(3)
つまらないケンカを阻止すべく、おれとヒャッパは急いで事件現場のバルコニーに向かった。
「まったくっ! あの番長はともかく、沙耶ちゃんまでなにをやってんだっ!
非道丸たちが集合して猟師たちのもとに向かってからじゃ遅いんだぞっ!?」
ヒャッパの叫びを聞きつつ現場にたどり着く。
石畳の広場の中に、たくさんの生徒たちに囲まれ沙耶と番長が3度目の対峙をしている。
番長は傷が治りきっていないらしく、手足を包帯でグルグル巻きにしている(なぜか学ランの上から)。
赤い血がにじんでいるのが痛々しい。おれは眉をひそめて叫びあげた。
「おいっ! お前らいい加減にしろってっ!
番長の気持ちはわかるけどなんで沙耶ちゃんもいちいちそれにつっかかるんだよっ!?」
番長はするどい眼光で一瞥しただけ。
沙耶ちゃんは顔を向けずに口を開いた。
「邪魔しないで。わたし、この人のことを許せない」
「許せない? なんでまたそんなこと……」
言いかけたおれをヒャッパの声がさえぎる。
「そんなこと聞いてる場合じゃないだろっ!
いまはともかく大変なんだっ! 外に人間の集団があるんだけど、それを非道丸連中が狙ってる!
沙耶ちゃん、奴らを止めるために協力してくれっ!」
さすがにこれには反応するかと思いきや、彼女は少し目を大きくしただけで、すぐに元の表情に戻ってしまった。
「悪いけど他を当たって。わたしは今いそがしいの」
「わからないのかっ!? 沙耶ちゃんほどの腕がなけりゃあの連中を止めるのはムリだっ!
沙耶ちゃんはあの連中の実力を知ってるだろっ!? 教師陣がすぐに止められる奴らじゃないんだっ!」
ヒャッパの必死の呼びかけにも、沙耶は小さく首を振るだけで動じない。
「なんでっ!?
沙耶ちゃんは明らかに人が殺されようとしてるのに、そんなことよりも番長と決着をつけることが大事なのっ!?」
「立入り禁止令を無視して入り込んでくる人間が悪いわ。
正直、奴らが非道丸たちになにをされようが、わたしには関係ないわ」
ヒャッパが信じられないと言わんばかりの表情で「そんな……」とつぶやく。
そこでおれが問いかけを発した。
「沙耶ちゃん。
ひょっとして番長、おれのことでなんか失礼なことでも言った?」
ヒャッパがはっとした顔でこちらを見た。
同時に沙耶も動揺した顔つきになる。
「やっぱりそうなんだ。
一見不愛想に見えて、沙耶ちゃんって意外と感情が顔に出やすいよね。
やたらムキになってるあんたを見て、ひょっとしたらと思った」
そのやり取りを聞いて、番長が鼻を鳴らした。
「フン、新入生にしちゃ察しがいいんだな。
そうだよ、オレはこの女にこう言ってやったんだよ。
『お前は人間を嫌っちゃいるくせに、転入生のことはかばうんだな。
奴だってお前の嫌いなゴミのうちの1人にすぎないクセに』ってな……」
おれは悲しくなった。
死霊族にしてみれば、人間は確かに地球を汚すゴミのように見えるかもしれない。
そう思いつつ、沙耶を見た。ところが、彼女は首を静かに振る。
「すべての人間がそうではないわ。中には身を持って清廉さを証明できる人だっている。
数は少ないかもしれないけれど、この剣で守るのに値する人間は現実にいるわ」
「へぇ、でお前は、そこにいる転入生がそのうちの1人だとでも言うんかい。
まだ会って2日しか経ってないってのに、それがわかるとでも言うんか?」
「わかるわ。珠銅鑼教頭が選んだ人だもの。わたしは彼を信じる」
思わず聞き入ってしまう会話だったが、ヒャッパがそれに横やりを入れる。
「だから言い争ってる場合じゃないだろっ!?
お前ら、非道丸たちに人殺しをさせたいのか?
たとえバカな連中でもむやみに殺しをさせちゃダメだろっ!」
必死な表情のヒャッパに、おれは手をかけた。
あ然と振り向く奴に、おれは首を振ってやった。
「他を当たろう。
沙耶ちゃんみたいな腕の立つ奴はほかにもいるだろ?」
「おい、本当に止めなくていいのか? この争い、オレからしたら……」
「奴らはどこから外に出たんだ?
あいつらにあの高い柵を越えられる方法はあるのか?」
「いや、奴らの腕ならあるいは……てお前」
ヒャッパの顔つきが、見るからに怪しい者を見るものになった。
「おい、お前何考えてる?
まさか時間稼ぎでもしようってんじゃないだろうな」
「お前は心当たりを探すんだろ?
そのあいだにおれがちょっと様子を見てくる」
その瞬間に相手は目を大きく広げた。
「何考えてんだお前っっ!?
お前、ただの人間にすぎないんだろっ!?
お前なんかが行ったら猟師連中と一緒に真っ先に……」
「時間がないんだろっ! それともお前が連中の様子を見に行くか!?」
案の定ヒャッパは、「それは……」と口ごもった。
死霊族でもオタクである彼には奴らと向き合う勇気はないだろう。
「それにお前のほうが顔広いだろ。
おれが先生に連絡して、対応を待つよりずっと対応が早い」
おれはヒャッパの顔をまっすぐ見つめ、こう言ってやった。
「じゃあお前、もし立場が逆だとしてもし同じ死霊族が人間に殺されそうになってたら、お前は助けずに見殺しにするのか?」
それを聞いて、さすがのヒャッパも「それは……」と口ごもる。
それでも突然首を振り、さとすようにいいつのった。
「だとしてもだ。お前の力じゃ校舎の外に出ることなんかできねえぞ。悪いがお前は……」
「科学研究棟の裏に、秘密の抜け道がる。
いつもは草むらの中に隠してある」
おどろいて振り向くと、ヘッドフォンをシャカシャカ言わせ、スナックをポリポリとかじるタコゾウの姿があった。
「猟師連中はもうすぐ非道丸に囲まれる。
ライフルで応戦するはずだから、その音を頼りに現場に向かってやれ」
ヒャッパが「タコゾウ、お前っっ!」と叫んでいるあいだに、おれは全速力で走りだした。
すぐにヒャッパが追いかけてくるんじゃないかと思ったが、タコゾウが足止めしているんだろう、その気配はなかった。
少し道に迷ったが、なんとか電波塔の建物の裏にやってきた。
なぜか太いパイプやケーブルがあちこちにひしめき合っている通路をなんとかかき分け、高く伸びる鉄柵までやってきた。
「……あったっっ!」
おれは草むらを必死にかき分け、ほんの少しだけ開いたすきまに身体をねじ込む。
そうしているあいだに、遠くで銃声のような音が聞こえる。
早くも猟師たちがヒドウマルたちに接触してしまったらしい。
おれはなんとか鉄柵を抜けだし、うっそうとした日本のジャングルに目をこらす。
木々に音が反響してどちらから撃たれたのか判別しにくい。
またしても銃声。今度はなんとなく方角がわかった。
おれは意を決して、何者かが潜んでいそうな怪しい雰囲気を放つ森の中へかけ込んだ。
「な、なんでだっ!? こいつら、銃弾が身体に当たっても、びくともしないっ!」
「ば、バケモノぉぉっっ!」
いかにもくたびれた中年のおっさんたちらしい声が聞こえてきた。
向こうからしてみればあまりに異常な光景だろうが、不死身の死霊族相手では大型マシンガンかバズーカでも使わなければ倒すこともできないだろう。
「クククク、おびえきった顔をしやがって。だがお前らにとって、本当の恐怖はここからだ」
ヒドウマルの声だ。
野郎、自分がやろうとしてることがなにを意味してるのか本当にわかってないのか?
「非道丸さん、本当にいいんですか?
このことがセンコーたちに知れ渡れば、オレたちはいったいどうなるか、そもそもこの行為に意味があるのかどうか……ぐぼえっっ!」
「つべこべうるせえんだよ『チアキ』。
俺たちはだまって目の前の獲物を狩るのを楽しめばいいんだよ。
クククク……血が騒ぐぜ……」
木陰から様子をうかがうと、目隠しをした男の姿をとらえた。
奴はニヤニヤしながら、目の前にいるおびえきった猟師たちに一歩一歩近寄っていく。
「「「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」」」
猟師たちがヒステリックな声をあげ、突きつけたライフルの銃口を相手に向け、発砲する。
うち1つが目隠しの胸のあたりに当たるが、血が少し飛び散っただけでまったく動じていない。
それを見た猟師がまた甲高い悲鳴を上げる。
目の前で木材がはじける音が。おれは身を隠した。
バカ野郎、的は目の前にあるんだからちゃんと狙って撃てっ!
深く息を吸い込み、おれは意を決して叫び声をあげた。
「おいっっ! お前らっ! そいつらに手を出すのはやめろっ!
お前らの狙いはおれだろっ!?」
銃声が止む。
静寂の中、ヒドウマルの声が聞こえる。
「ほう、あの新入生か。
こんな場所に足を踏み入れて、まともに生きて帰れるとでも思ってるのか?」
「さあなっ!
でもおれがここに来たことでそいつらの命を奪う意味はなくなっただろっ!
そいつらを逃がせっ! おれが代わりにそっちに向かう!」
「ほう、なにを考えている? お前がこんな奴らの代わりに死ぬというのか?」
「複数の人間が死ぬよりはましだろ」
「生かす価値などないな。こいつらは条例を破って無断で森の中にやってきた連中だぞ?
自分の命を犠牲にしてまで助ける義理などないだろ」
「そんなこと知ったことか! いいから早くそいつらを解放しろっ!」
おれの声は半ばヤケクソ気味になっている。早くみんなはやってこないのかっ!?
「人質を解放してほしいのなら自分から前に出るのが道理だ!」
おれは舌打ちをしつつ、両腕をあげて木のかげから姿を見せた。
目の前の目隠しが鼻をクンクンさせてにやりと笑う。
「間違いねえ、新入生だ。自ら出向いてきたとはご苦労なこったな。
これでまた儀式を最初からやり直ししなくてすむぜ」
姿の見えないヒドウマルが「行ってこい」と言うと、別の声が「待て」と発する。
「ワナの可能性をきちんと考慮しろ。相手が単独だとかぎらんだろう」
おれは2度目の舌打ちをして、いぶかしむ目隠しをにらみつけた。
「味方がいると思ってんのか? 学校の連中は今ごろ仲間集めに必死だ。
お前らみたいなヤバい連中相手にまともな奴がかなうわけないだろ」
「信用できんな。
話しぶりからすると、お前は賢そうだ。
狙いはおそらく時間稼ぎだろう。違うか?」
姿が見えないので声から記憶をたどると、おそらくは全身に呪文を書き込んだギョロ目の男だ。
奴はおバカなリーダーの代わりにチームのブレーンの役目を果たしているらし……
突然だった。なにが起こっているのかわからなくなっていると、突然首が激しく締めつけられた。
あまりに強い圧力にぼう然と上を見ると、目の前にマッシュルームカットのキツネ目が現れる。
「ヒャヒャヒャァァァァァッッッ!
お前こそ時間稼ぎされたのに気付かなかったなっ!
こっそり忍び寄られてるのに気付かないなんて、ホントおマヌケだぜっっ!」
いやいや、まさか上空から仕掛けてくるなんてあり得ないだろ!
おれは白い大蛇に首を締めあげられ、そのまま足が宙に浮く。
身体に大蛇を巻いたままマッシュルームが木々を器用に移動していくと、いつの間にかおれの身体は地面にたたきつけられた。
気がつくと、おれの目の前にはおびえ切った猟師たちの姿があった。
みな周囲の怪物たちと同じ目でおれを見る。
心の奥底が冷えきるような感じがした。
あたりを見回すと、昨日俺の心臓を引っこ抜いた6つの怪物が、徐々におれの方ににじり寄ってくる。
「さて、いけにえを無事確保できた。
あきらめかけていた素材がこんな形で再び手元に戻るとはな」
全身を黒くペイントし、顔に白くドクロマークをかきあげた袈裟姿の男。
2度と見たくないと思っていたヒドウマルの姿だ。
先ほどのやりとりに加わっていた4人の仲間に加え、新たにガタイのいいホッケーマスクが加わり、そろって尻もちをつくおれを見下ろす。
真剣に死を覚悟した。
「こ、こここ、これで、マンゾクだろ……あ、あいつらを、かかか、カイホウ……」
うまくろれつがまわらない。
ヒドウマルたちは顔を見合わせ、何人かがゆがんだ笑みを浮かべる。
代表してドクロが口を開く。
「この期に及んで自分より他人の心配か。
残念だな。奴らは生かして返さんよ」
後ろから悲鳴が上がる。
思わずうしろを振り向くと、正面の1人が完全に腰を抜かした。股間からは湯気があらわれる。
「や、やめろ……やめろ……」
それが自分のことなのか、後ろの連中のことなのか、なにがなんだかさっぱりわからなくなっていた……
え? おれ、いま何やってんの? アホか? おれは正真正銘のアホなのか?
わざわざ捨て身で助けに来て、しかも犬死にって、おれ本気で何やってんの?
こんなんだったら最初から助けなかったほうが……
思考は目の前に現れた影にさえぎられた。
白いパンツが見えたのは一瞬で、すぐに紺のプリーツの中に隠れる。
そしてそれもさらりとした黒髪に少し隠れた。
正面に立つ非道丸の顔に、赤い一本の筋が現れた。
少しだけパックリと割れ、中から少量の血が流れる。
「新介君、あなたも意外とバカね。
時間稼ぎのためにわざわざもろい身体を相手にさらしに行くだなんて」
少しだけ振り返り、長すぎる黒髪の中から対象的な白い横顔が現れる。
それをながめるヒマもなく、あたりから突然霧のようなものが現れる。
瞬く間に目の前をおおっていくと、目と鼻が染みておれはあわてた。
「わぁっ! なんじゃこりゃぁっっ!」
顔を手でふさごうとすると、その腕をいきなりつかまれた。
「今のうちにみんなを逃がしなさいっ!
ちゃんとした人間はあなたしかいないのよっ!?」
沙耶の声におれははっとし、あわてて後ろにふりむいた。
猟師たちは煙幕にやられひたすらせき込んでいるだけだ。
立ち上がり、大急ぎで駆け寄る。
なんとか立っている1人を捕まえ、胸倉をつかんだ。
「今のうちに逃げろっ!
彼女が時間を稼いでいるうちに、はやくっっ!」
相手はおびえ切った顔をしながらも、おれの手を乱暴に振り払い、仲間たちの身体をたたいて一緒に逃げだした。
しかし尻をついた仲間は放りっぱなしだ。
おれは仕方なく、太りぎみの中年男性の前にひざまずく。
「さあ、立ってっっ!」
腕を引っ張り上げ立たせると、男は小さい声で「ありがとう」と言って、おぼつかない足取りで逃げ出した。
まだ礼を言う理性が残っていたことに、おれは少しだけ安堵した。
しかし、その男が途中で足を止めた。
後ろにいたおれがぶつかってお互い倒れそうになったのを何とかこらえると、前方に目を向けた。
目の前にいたのは、例の大蛇マッシュルーム。
先回りしてこっちまでやってきたらしい。しかしその表情に余裕はない。
「ちっ! あの女動きが早いなっ!
だがたった1人で6人全員と立ちまわるのはさすがにムリだったようだぜっ!?」
そう言って大蛇男は笑みを浮かべはじめるが、突然「ムギィッ!」と小さな悲鳴をあげた。
そして目と口を大きく広げて横に首をかたむける。そのこめかみには……
なんだこれ? 『クナイ』?
「あらま、1人だと思っちゃった?
残念、ちゃんと仲間がいるよん♡」
聞き覚えのある声に耳を疑った。
ゆっくりと顔を横に向けると、これまた見覚えのある姿がおもむろに手を向けている。
「……タタミちゃんっっ!?」
間違いない。バクハツさせたセミロング、眼帯にまつ毛を強調したアイシャドウ、バッヂだらけのカーディガンに丈と柄の違うソックス。
おれと死霊族をつなぐ架け橋の役目だと思っていた彼女の姿がそこにあった。
白いマッシュルームの下の鋭い目つきがこめかみのクナイを引き抜き、そんなタタミちゃんを横目でにらむ。
「調子に……乗るなっっっ!」
マッシュルームが手をまっすぐ突き出すと、白い大蛇が意のままに彼女の方向に飛びだす。
タタミちゃんは全く動じることなく、同じくもう一方の片手をつきだす。
すると今度は彼女の腕から黒い何かが飛び出す。
大蛇が動きを止めると、大口を開けた頭の後ろに黒い鎖が絡みついていた。
下には少し大きい鉄のかたまりが伸びている。
「鎖分銅っ!? 貴様、ただのシロウトじゃないなっ!?」
つられておれも「どゆこと?」と問いかける。
タタミちゃんはあいた手をタテにしてペロリと舌を出した。
「だまっててゴメンね。
アタシも沙耶ちゃんと一緒で、シロウトじゃないんだよね」
そしてグイッと鎖を引っ張ると、背中から何かを取り出した。
刃渡りの短い小さな小刀を、大蛇の白い頭に向かって思い切り突き刺す。
大蛇は「シャアァァァッッ!」という叫びをあげてがっくりと頭を落とす。
「ヒ、ヒィィッ!」
小太りの中年が、それを見てふたたびバランスをくずしそうになった。
おれはあわてて身体を支え、ぐいぐいと前に押し出そうとする。
ところが、そこへ新たな敵が現れた。
例のホッケーマスクだ。番長ほどではないにしろ大きな図体でグイグイこちらに迫っている。
横はマッシュルームがいるので逃げられない。
ところがそのホッケーマスクの大きな身体が、いとも簡単に吹き飛ばされた。
近くの巨木に叩きつけられるのを見て、こんなことができるのは1人しかないと思った。
振り返ると、案の定通常の人間ではありえない巨大な拳を突き出した番長の姿が現れた。
岩のような顔がこちらを見ると、中年が「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げる。
ここで番長が、岩のような顔をくずした。彼が笑みを見せたのは初めてのような気がする。
「コゾウ、1人で敵陣に乗り込むたぁ、いい根性してるじゃねえか。
人間なんてモロすぎて守る価値がねえと思ってたが、見直したぜ」
「あ、ありがとうございますっっ!」
思わず礼を言うと、番長はくたびれた学生帽をグイッと下げて顔を隠す。
「はやく行けよ。そのデブが目の前にいられたら足手まといなんだよ」
これは絶対照れ隠しだなと思いつつ、急いで中年の背中を押す。
しかし少し進んだところでまた邪魔が入った。今度はドクロ以外の残り全員。
「なんとか時間を稼ぐことには成功したようだな」
中央の全身経文が低くつぶやく。
両どなりのモヒカンと目隠しがうまく目の前をふさいでいる。
「ちきしょうっ! ここまでかっ!」
顔をしかめるおれを見て、経文は口のはしを吊りあげた。
「だがしょせん人数は集まらなかったようだ。しょせん短い時間では人数を集めることはできまい」
「……おやおや、安心するのはまだ早いみたいだぜ」
3人が横を振り向く。おれもつられてそちらを見ると、見覚えのある姿がそこにあった。
「キースッ!? お前までっ!?」
「キースだけじゃねえぜっっ!」
キースが立っているそばの木のかげから、そして反対側の上空から、またしても知ってる人物の姿が現れた。
「ヒャッパッ!? タコゾウっ!? まさか、お前らまで……」
おれの叫びにこたえるように、キースは首に巻いている円盤をグイッと前に押し出す。
すると円盤は“キース自身の首を引きちぎり”ながら、ほんの少し穴があいているだけの円輪をさらけ出した。
同時にヒャッパは背中から2つの棒を取り出した。
それを目の前でカチンッと打ち合わせると、そこから青白い電流が現れる。
タコゾウはなにもしなかったが、いままでの無表情をガラリと変え、思わず背筋がふるえるくらいのニヤリ顔を浮かべた。
三白眼を見開いて口を横に大きく広げる。
全身に鳥肌が立ちつつ、わけがわからなくなっていた。
そこへキースの声がひびく。
「お前の周囲に、フツーの奴をよこすわけないだろ。
お前は命を狙われてんだ。だったら周りを護衛で固めとくのはトーゼン」
理解はできるが、納得はできなかった。
沙耶やタタミちゃんはともかく、キースやヒャッパ、タコゾウまでおれのボディーガード役だったとは……
後ろで何かがぶつかった音がした。
振り向くと、番長とホッケーマスクが取っ組み合いをしている。
体格差があるはずなのにまったく互角の勝負を繰り広げる。
「はやく逃がせっっ! おれたちもそう長く足止めなんかできないぞっっ!」
おれはあわてて、ふたたび中年の身体を押しだす。
相手は完全にパニくっているが、それでも何とかここから逃がさなければならない。
「逃がすと思っているのかっっ!」
そこへすかさず呪文が手を伸ばす。
そこへ遠くからキースが円輪を投げつける。
カーブを描きながらこちらまで飛んで来て、呪文の指をいくつかはね飛ばした。
同時に目の前を巨大な何かがすりぬけた。
目を向けると、なぜか敵方3人が地面に倒れており、そのそばにタコゾウが立っている。
顔だけをこちらに向けてニヤリと笑った。
「ああもうっ! 早く行けってっっ! じれってえなっっ!」
ヒャッパは叫ぶが、目の前の中年は冷静さを取り戻したのか少しずつ足早に走り出した。
いつの間にかおれよりずっと早い動きになり、遠くへと離れていく。
「お前も早く逃げろっ! お前も立派な足手まといなんだからな」
ヒャッパの声にうなずきつつ、おれは立ち上がろうとする3人をしり目にその場をかけだした。
小柄なインテリ男子に近寄っていくと、相手は心底うんざりした顔をしていた。
「はっきり言うぜ。オレはケンカなんて苦手だ。
教頭の野郎、まったくよりによってオレをお前のお目付け役に任せやがって」
「悪かった。今度からはこんなムチャはしない」
そう言うとヒャッパは人差し指を突きつけてきた。
「いいか、絶対だぞ? 今度同じ目に会う時は絶対相談だからなっ!」
その時、目の前の巨木に白いものが叩きつけられた。
マッシュルームがヘビなしで地面にずり落ちていく。
それに向かってスタスタと歩いてくるタタミちゃんの姿が見えた。
片手の鎖分銅がシュルシュルと袖の下に収まっていき、かわりにもう一本の小刀が現れる。
「さぁ~てっ! はじめるとしますかっ! 新介クン、危ないから遠くに行っててねっ!」
いまだに信じられない光景を目にしつつ、おれはその場を逃げ出すことにした。