(4)
遠く離れていく新介を見送った蛇々美。
蛇使い、『道明寺暗塵』を見据えつつ、キースたちに声をかける。
「お互い距離を離した方がいい。間違って巻き添えになったりするのはイヤだかんね」
その声と表情に普段のおちゃらけた様子はない。
それはまさしく、剣を引き抜いた沙耶と同じ、戦いにおもむく者の危機迫るものと化していた。
それを見た百八郎はうっすらと戦慄を覚えつつ、すぐに表情を元に戻す。
「当たり前だろ。
情報通のオレが教えた通りに、それぞれが指定されたターゲットを狙うんだ。いいな?」
蛇々美はうなずき、目の前の相手へと両手の短刀を構える。チラリと後ろを振り向き、白い大蛇が動かないのを確かめる。
横でキースたちが消えていく気配を感じた。
暗塵は首を振りつつ、ゆっくりと立ち上がっていく。
「あの人間にはやっかいな護衛をつけてあるとは聞いていたが、まさか5人もとはな。
ほとんどは2,3年生でまかなうと思っていたが、しかも新入生の中から選ぶとは、あの教頭もやりやがる」
「同じクラスであればいつでも守りやすい。
そう思って、キョウトー先生はアタシたちを新介クンのまわりにつけたんだよ」
そう言って蛇々美は構えをいっそう整えた。頭をなでつける暗塵の顔がニヤリと笑う。
「お前、『忍びのもの』だな?
しかも隠し武器の扱いに長けている。おかげでお前の素姓がまったくわからなかった。だまされたぜ」
「『暗器使い』って呼んで。忍びの世界には暗器の扱いに長けた専門家がいる。
アタシはそういったうちの1人」
暗塵の細い瞳が怪しさをたたえたものになる。
「クククク、それじゃあれか?
そのパンクルックも、人間マニアって言うのもただのブラフ(だまし)か?」
「そういう時期もあったけど、いまは本当になった。
だから新介クンを守りたいっていう気持ちは本当だよ? アイツの命を奪おうとするやつらは誰だって許さない」
「ずいぶん偉そうなことを言えるもんだな……」
すると暗塵の笑みがよりゆがんだものになった。
蛇々美はそれをいぶかしむが、考えを進める前に暗塵は両手を広げた。
「……だって俺の仕掛けたワナに気づきもしねぇんだからなっっっ!」
蛇々美の視界が突然奪われた。
頭部全体におそいかかる圧迫感。蛇々美はあわてた。首の両側が傷付き、覆いかぶさったのが大蛇の頭だと気づく。
あわてて持っていた短刀で大蛇の頭を突き刺すが、なぜか全く動じることがない。
くぐもった暗塵の声が甲高く笑う。
「ヒャハハハハハハッッッ! ムダだよっっ!
そいつはおれたちと同じ不死身の存在だっ! 急所を突き刺したところでダメージなんか感じやしないっ!」
自分を包み込む感覚がのどから下に向かおうとしている。
急がなければ、肩が飲み込まれてからでは遅い!
蛇々美は頭の上あたりに短刀を持っていき、思い切り突き刺した。刀身が大蛇の肉に深く食い込むが、それをさらに下に引き抜いた。
頭を飲み込もうとする力がわずかにゆるんだ。蛇々美は急いで両手で大蛇のアゴをつかみ、力の限り押し開いて、一気に抜け出した。
空気に触れた瞬間に頭に妙な涼しさを感じ、髪に触れる。
「……んもうっっ! なんなのこれっ!
頭ベトベトじゃないっ! おかげでせっかくのセットがムダになっちゃった!」
その直後に背後に気配を感じる。
蛇々美は振り返りざまに飛びあがって両足を前に伸ばし、右足から順番にいまだ向かってくる大蛇の頭にたたきつけ、着地する。そして顔にも手を触れる。
「ああっ! しかもアイメイクも落ちてるっ!
やめてよこれパンダ目みたいじゃないっ! いったいどうしてくれんのっ!?」
ふたたび対面した暗塵はアゴをさすっていた。
「へえ、考えたもんだな。
痛みや恐怖を感じない不死であっても、のどの筋肉を切り裂かれてまともに動けるわけじゃないからな。うまいことやったもんだ」
蛇々美は怒り心頭といった感じで後ろの大蛇に親指を向けた。
「こいつにいったい何したの? 不死身の大蛇って聞いたことないんだけど」
「ククク、不思議に思うのも無理はねえな」
そう言って暗塵は再び両手を広げ、ゆがんだ笑みを浮かべる。
「なんせそれが俺に与えられた特殊能力、『サーヴァント(使い魔)』さ。
特定の動物に自分の血を分け与えることで、自分の思い通りに動かすだけでなく、死霊族と同じ再生力を持たせることも可能なのさっ!」
蛇々美は再び背後に気配を感じる。
今度は振り向かずに身体をかわし、通り過ぎた頭部に向かって逆手に持ち替えた短刀を上から突き刺す。
それでも抵抗するのでもう一方の短刀も突き刺した。
「なるほど、それじゃコイツはいまやアンタの身体の一部ってわけね。
まったくややこしいったらありゃしない」
背後で気配がした。蛇々美は両手を離して身をかがめ、大蛇の尻尾が通り抜けるのを見送る。
尻尾が頭部に突き刺さった短刀に当たってよろけ、それをふたたび蛇々美は握り、引き抜いた。
「だったら本体をたたけばコイツも無力化できるってことでっっ!」
そう言って蛇々美は疾走した。
その動きは死霊族である同じ暗塵から見てもすさまじい速さだった。しかし相手の余裕は変わらない。
「バカめっ! おれの使い魔が1体だけだとでも思ったかっ!?」
そう言って暗塵は学生服の前を広げた。
そこからおびただしい数の巨大バチが現れる。蛇々美は足を止め、すさまじい羽音をひびかせる大群に備える。すぐに全身が無数のハチに取り巻かれる。
「ヒャハハハハハハハッッ!
コントロール下になければ危険なスズメバチも、使い魔となった今は俺の意のまま、服の下で飼いならすことさえできるっ!」
蛇々美は草むらに身を伏せ、転がって取りついた虫を押しつぶす。
しかし一部は空中を飛び交っているため全滅には至らない。
タタミは立ち上がり、短刀をしまって代わりに分銅を飛び立たせた。
両そでから伸ばした2つの分銅を振りまわし、飛び交うハチたちをたたきつけて地面に落とす。
そこで暗塵が「戻れっ!」と告げた。数はまだ多かったはずだが、蛇々美を取り巻く虫の群れはいなくなってしまった。
「ここまでやれば大丈夫だろう。どうだ? 身体が思うように動かなくなった気分は」
言われたとおり、身体が重い。全身がしびれ、思うように動かない。
「スズメバチのもつ猛毒でさえ、死霊族を死に至らしめることはできない。
それでも足止めするには十分だ」
顔に手を触れた。あきらかに元の形をしていない。きっとふくれ上がっていつもの自慢の顔が台無しになっていることだろう。
後ろからは大蛇の気配がする。いまの体力で、こいつの動きにどこまで対処できるか。
「クククク、ずいぶんガンバってくれたみたいだが、しょせん新入生。
経験を積んだ上級生に勝つことはできねえよ」
「よくも、よくもやってくれたな……」
……仕方がない、あれを使うか。そう思い、蛇々美は右目の眼帯に手を伸ばす。
思いのほか簡単に取れた。ヘビかハチにおそわれた時点でヒモがゆるんでいたかもしれない。こんなことなら早くとっておけばよかった。
「……な、なんなんだ、それは……」
暗塵の笑みが完全に溶けている。
ムリもない、いまの奴の目には、周囲をヘビのウロコにおおわれた真っ赤な瞳が見えているはずだ。
「……忘れないでよね。アタシも死霊族、
アンタが持ってるみたいにアタシにも特殊能力があるんだから」
危険を察した暗塵が、一気に大きく口を広げた大蛇を向かわせる。
しかし蛇々美は前を向いたまますばやく身をかわし、ヘビの首に分銅を巻き、もう一方の手に持つ短刀を下から突き刺した。
アゴに突き刺さった刀身を横に引くと、骨が外れて肉がちぎれ、大蛇のあごが下にたれ下がった。
続いて暗塵は大蛇の尻尾の先を蛇々美の後頭部に向かわせる。するどい突きを食らわせようとしたものの、おどろくべきことに蛇々美は順手に持った短刀を少し後ろに突き出しただけで、尻尾の先端がいとも簡単に貫かれた。
「は、はあぁぁぁっっ!? なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁっっ!」
よほどの達人でなければできない芸当を軽々とこなした蛇々美に、暗塵は口をあんぐりさせる。
顔がくずれながらも蛇々美は余裕の笑みを浮かべる。
「どうしたの? それで終わり?」
我に返った暗塵は、思いなおしたように学生服の前を広げる。
「まだまだぁぁぁっっっ!」
言った瞬間にふたたび無数の羽音がくのいちにおそいかかる。
蛇々美は両手の武器を大蛇から離し、それをそのままハチの大群に突きつけた。
その動きをみてまたしても暗塵はがく然とする。空中を素早く待っているはずのハチは、蛇々美の正確すぎる攻撃によって次から次へと地面にたたきつけられる。
暗塵は両手を突き出し、押しつぶされたはずのハチを復活させて蛇々美をおそわせる。
しかしそれをも彼女は叩きつぶしていき、こちらへと近寄っていく。
いつの間にか暗塵を守る護衛は1つもなくなっていた。
立ちすくむ暗塵を見て、蛇々美はするどい切っ先を向ける。
「気になるんなら教えてやるよ。
アタシの能力は『見切り大蛇』。この蛇みたいな右目は迫りくる危険を事前に察知して、どうすればうまく対処できるか教えてくれるんだよ」
ほとんど見えなくなっている左目の代わりに、赤い瞳のするどい縦一本線が暗塵を射抜く。
暗塵はあきらめかけた顔で、少しだけ笑みを浮かべた。
「なるほどね。
つまりどんな厄介な攻撃を仕掛けようが、それがたとえ不意打ちでも、お前には通用しない、ってことか」
しかしそれでも暗塵は制服の前を広げた。
「それならこれもお見通しだろっっ!」
制服の中から、新たな生き物が現れる。
現れた小さなヘビは蛇々美に飛びかかるものの、それを蛇々美は片手でつかみ取る。
そこから粘液のようなものが飛び出すものの、さらりとかわして難を逃れる。
そしてそのまま暗塵の背後に回り込んだ蛇々美は、両腕を使って暗塵ののどを締め上げる。
胸が相手の後頭部に押しあてられる感触がする。
「胸の感触はサービスだっ! ありがたく受けとんなっ!」
そして勢いに任せて相手の頭をねじ曲げる。
おかしな方向を向いたまま、暗塵は全身の力を失って倒れた。
同時に蛇々美も力尽き、その場に倒れる。とたんに目の前がクラクラしてくる。
「うぅ……ちょっと食らい過ぎたかも。このまま死んだりとかしないといいけど……」
もうろうとする意識の中、不意に前方から何者かがやってくる気配を察した。
長く続いた取っ組み合いが終わり、番長・荒木笹勝馬とホッケーマスク・『坊罷勢尊 』は互いに距離を取った。
「まったく、いつもそんなダンマリかよ。たまには一言ぐらいしゃべったらどうだ?」
うんざりした顔で笹勝馬はつぶやくが、相手は一言も発さない。
「だからオレはてめえがきれえなんだよっ!」
そう言って笹勝馬は大きな拳を相手に叩きつけようとした。
しかし巨大な一撃は両手をかかげた勢尊によってさえぎられる。
笹勝馬はその拳を引っ込め、もう一方の拳をつきだす。
しかし今度は片手で受け止められた。続いて太い足を繰り出すが、それは勢尊のヒザに防がれる。
今度は連続で拳を突き出す。圧倒的な破壊力を持つはずのそれも、自分に比べれば小柄な勢尊の両手に次々とふさがれてしまう。
あきらめた笹勝馬は、ふたたび距離を離す。
「まったく、相変わらずだなてめえは。ちっとはお前の方から攻撃してこいや!」
そう言って両拳を胸の位置にかかげ、身体を斜めにする。
きちんとした武術の訓練を受けたものに見られる、スキのない構えだ。
「ウォーミングアップはこれくらいにしようや。さあ、本気を見せやがれっ!」
そう言うと、突然笹勝馬の拳が燃え上がった。『火炎手甲』と呼ばれる、彼の特殊能力である。
一方の勢尊も両手を大きくかかげると、上半身裸の屈強な肉体が色を変えた。
まるで全身をにぶい光がおおったかのような質感。彼の肉体はまさしく鉄のように固まり、それは『鎧通さず』と呼ばれる。
笹勝馬は炎の拳を、容赦なく相手に叩きつける。
とたんに甲高い金属音がひびきだす。少しバウンドしつつも動じない勢尊だが、よくよく見ればその体表が少し溶けかかっている。
「今日は少し効いたみてえだなっ!」
笹勝馬は連続して殴り続ける。相手はそれを確実に受け止めるものの、突然前蹴りを放たれると対応しきれず後ろによろめいた。
勢尊は開いた両手を逆にして指の様子を確かめる。少し溶けかかっているように見えた。
しかし笹勝馬の方も無事では済まなかった。
燃え上がる炎の勢いは止まらないが、よくよく見れば裂けた肉のあいだから骨が見えている。
それをホッケーマスクにあいた眼孔からとらえた勢尊は、開いた拳をぐっと握りしめた。
それを見るや否や、笹勝馬の顔にも笑みが浮かぶ。
「ククク、ようやく殴り合いをするつもりになったか」
勢尊が拳をかかげたままズカズカとこちらに向かってくる。
「よっしゃっっ! それじゃ今日も派手にぶちかますとするぜっっっ!」
2人が一定の距離を詰めたところで、激しい殴り合いが始まった。それぞれの拳が、はじかれることなく互いの身体に容赦なく叩きこまれる。
一切の防御をとらない、ただ相手の肉体を破壊するために行われる凄惨とも言える闘い。
笹勝馬の炎の拳が、勢尊の鉄の拳が、次第にそれぞれの屈強な肉体を崩壊させていく。
笹勝馬の筋肉が裂け、骨が砕け、柔らかくなった筋肉がだらりと垂れ下がる。
勢尊の鋼鉄の肉体がへこみ、無数のクレーターをつくりだしていく。
しかしそれも長くは続かなかった。限界に達した笹勝馬の拳が砕け、手の甲がおかしな具合にひしゃげる。中から赤い肉と白い骨が飛び出した。
そして勢尊のいまだに健在な拳が、笹勝馬の胴体を突き破り、深くめり込む。
その場には誰もいなかったが、もし観客がいたとしたら仮面の男の勝利を確信しただろう。
しかし笹勝馬の顔に失意はなかった。
下くちびるを突き出して息を吹くと、帽子が勢いよく飛び、フケだらけの長い髪が現れた。
「おああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
叫びとともに、笹勝馬の頭部が勢い良く燃え上がった。
それを思い切りのけぞらせると、相手の頭部めがけて思い切り打ちつけた。
腕を笹勝馬の胴体に貫かせたままの勢尊はそのまま顔をのけぞらせる。
ホッケーマスクの一部が割れ、前頭部が大きくへこんだ。そのままがっくりと頭を後ろに倒した。
「……ちきしょう、また引き分け、かよ……」
炎の勢いが止むと、笹勝馬の頭部は黒コゲになっていた。
うっすらと頭蓋骨のシルエットさえあらわになっている。
2つの屈強な肉体は、そのまま崩れ落ち倒れた。
静かになったあと、そこへまたしても何者かの影が現れる。




