(5)
いったん仲間たちと距離を取った百八郎は、必死に周囲に目をこらしていた。
なにせ相手の動きがうまくつかみとれない。
彼が相手をすることになった『弐嶺千阿鬼』は瞬く間に周囲の木々を移動し、百八郎の目をかく乱する。
とらえきれなくなったところで、どこかしらの木のかげから声が聞こえる。
「クククク、どうだ? オレの『刹那がえり』の速さは。
お前のような一介のオタクじゃ、オレの動きについてこれねえだろ」
「よく言うぜ、同じチビのくせに」
百八郎はバチバチと電流を走らせる2つのロッドを目の前にかかげる。
「フンッ! 同じチビでもオレは正真正銘のヤンキーだ。
そっちとじゃ踏んだケンカの場数がちがうんだよ。お前じゃぜってぇオレには勝てない」
「じゃあさっきからちょこまかと逃げ回ってんのはなぜだ!?」
「……こうするためさっ!」
背後から気配がした。
振り返ると、相手の拳がほおにぶつかる。思わずよろけた百八郎の腹部に、相手の靴がめり込んだ。
「ぐほぉぉぉっっ!」
「ケケッ! どうだっ!? オレの能力があれば普通の蹴りも威力が2倍っ!
さすがの死霊族でもたまんねえだろっ!」
「ざっけんなっっ!」
百八郎はスタンロッドをふるうが、相手はすぐに真後ろに下がる。
そしてもう一度近寄って来たかと思えば、下からやってきた拳がアゴにぶち当たった。
顔をのけぞらせ、後ろに倒れ込む百八郎。
そこへすぐに千阿鬼が迫り、上から何度も靴の裏で百八郎を踏みつける。
「どらぁっ! うらぁっ! りゃぁぁっ!」
「ぐはっ! ごほっ! ほぐぅっ!」
背中にバッテリーパックを背負っているため、宙に浮く百八郎の頭部が何度も上下にゆすぶられる。
「らぁっ! どうだっ! 入学間もなくセンパイにシメられる気分はぁぁっっ!」
しかしそれも長くは続かなかった。
かすかな力を振り絞り、百八郎は千阿鬼の片足にロッドを押し当てた。
とたんにバチィッ! という耳をつんざく音がひびく。
「ひぎぃぃぃぃぃっっ!」
千阿鬼は甲高い悲鳴をあげ、一瞬で距離を取った。
百八郎はうんうんうなりつつ、腹をかかえて上体を起こした。
相手がひるんでいるうちに、百八郎は深く息を吸った。
そしてそっと目を閉じ、ロッドを持つ両手を軽く広げた。
「ハハハッ! 観念したかっ!?」
一瞬で千阿鬼は距離を詰める。
拳を相手の顔に当てようとしたが、その瞬間に百八郎の両目が開かれた。
突き出した拳があろうことか相手の立てたロッドに当たり、千阿鬼は「ピギィィッ!」という短い悲鳴とともに後ろに下がる。
千阿鬼はしびれた手を必死に振りながら必死の形相で問いかける。
「なんなんだよこれっ! 目をつぶっていなかったにしても、オレの動きを捕えられるわけがねえっ!」
それに対し百八郎は静かにロッドを前にかかげた。
「考えてなかったのかよ?
お前相手に下手な奴を戦わせるわけがねえだろ。お前にその俊足があるみたいに、オレにだって特殊能力があるんだ。同じ死霊族なんだからわかるだろ」
千阿鬼はツバを吐き、一瞬で姿を消す。そして死角からおそいかかろうとしたが、振り向いた百八郎がロッドを振りまわし断念する。
あきらめずに別の角度からおそいかかるが、それも相手に悟られ、横に振られたロッドを伏せてかわさざるを得ない。。下から狙おうとしたが、そこに上からロッドをたたきつけられ、千阿鬼は短い悲鳴をあげながら転がって距離を取った。
ヒザをついたモヒカン男が、じっと相手を見据える。
「お前っ! オレの動きが見えるのかっ!?」
百八郎は一歩進み出て、ロッドの先を相手に向けた。
「『アリスメティック・プロセシング(演算処理)』。
オレの身体は素早く動かせないが、脳ミソは早く動かせる。この能力を使えばお前の動きなんて一目瞭然だ」
それを見て、千阿鬼はむしろ顔に笑みを浮かべた。
「バカめっ! それじゃお前の身体がついて行けない動きで先回りしてやればいいだけのことだっ!」
立ち上がりざまに姿を消す。
横に回り込んだ千阿鬼に、百八郎はロッドを向ける。
しかしそれは陽動にすぎず、千阿鬼は反対の方向に回り込んで飛び蹴りをかます。
ところがその攻撃は反対の手を突き出した百八郎のロッドに触れてしまった。
「アヒャアァァァァァァッッ!」
おかしな体勢で着地して、ごろごろ転がる千阿鬼。
なんとかヒザをついたときには、その顔には焦燥感が満ちていた。
「ちきしょう、ちきしょうっっ!」
もう一度立ち上がり、姿を消す。今度は完全に姿をくらました。百八郎は冷静に様子を探る。
いったいどこにいる。上か? それとも正面から迫ってくるか。
「後ろだよっっ!」
なぜか振り返らない百八郎。
千阿鬼はバックパックを狙い拳をたたきつけるが、とたんに全身に電流が走り、千阿鬼は「グギャアァァァァァァァッッッ!」とのけぞった。
その瞬間に百八郎は振り返り、両手のロッドを相手の両肩に叩きつけた。
「ガアァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
「備えあればうれいなしっ! ってなぁぁっっ!」
千阿鬼は必死の思いでこちらの両腕をつかみとる。
おかげで電流が自分の身体にも流れ込んでくるが、かまわずにロッドから電流を流し続ける。
次の瞬間、千阿鬼の両目が思い切り飛び出した。少量の血が百八郎の顔のあたりをぬらす。
空いた目の穴や耳から煙を出しながら、相手の身体から力が抜ける。そこでようやくロッドを離した。
横向きに倒れる千阿鬼。それを見すえ、百八郎がヒザを落とした。
「ふぅ、勝った……」
ところが。両目を失った千阿鬼がガバリと起き上がり、すばやく腕を突き出してきた。
まっすぐ伸ばされた指がのどにめり込み、一瞬で息が苦しくなる。
百八郎はロッドでその腕を払いのけると、尻をついて距離を離した。
警戒して前に武器を構えるが、相手はそのままぐったりと動かない。
「ごぼっ! ごぽっ! ぐぱっっ!」
百八郎は白い顔をさらに真っ青にさせ、せき込む口から血が噴き出す。
死霊族ゆえ死にはしないだろうが、苦しい呼吸は当分続くだろう。なかなかいい悪あがきだった。
木の影を誰かが近づいてくる気配がしたが、百八郎はすぐにその姿を確認できなかった。
キースは手に持った円輪を自在にふるうが、相手である『馬場葬也』はありえないほど柔らかい動きで次々とかわしていく。
「クソッ! ちょこまかとっ! よけてばっかりいないでそっちからも攻撃してみたらどうだっ!?」
「そんなこと言われても困るな。お前は武器持ちなんだろう?
だったらこっちは回避に徹せざるを得ない」
「そう言っといて頭ん中じゃどうやって俺を倒そうか考えてるんだろうがっ!」
キースの言うとおり、裸の上半身に経文を施した葬也の充血した瞳は、冷静にこちらの様子を観察している。
そのしなやかな動きで回避に専念しつつ、自分は罠に誘い込まれているような気がしてならない。
そのうちに、葬也の背後に木の幹が迫った。
あせったキースは攻撃を強めるが、葬也の身体が木に触れたところで、その姿が消えた。
「クソッ! 何て動きだっ!」
言ったとたんに背後で気配がする。振り返ったその時、キースの大きな瞳がさらに見開かれた。
あきらかに人の形を成してはいなかった。極限まで引き延ばされた葬也の細い肉体が現れ、開かれた手がキースの顔面をつかむ。
そのまま後頭部を背後の木に叩きつけられた。
キースは低くうめきながらも、手にした円輪を相手の腕に叩きつけようとした。
しかし手の感触が消え、いつの間にか葬也の姿が離れた。
しかしその肉体はグネグネと曲がりくねり、少したってようやく元の身体に戻る。
「なるほど、てめえはタコ人間ってわけか」
「『オクトボディ(軟体)』と呼べ。
俺の肉体は無数の軟骨でできている。それを自在に切り離し、可動することでいかなる形態にも変化することができる」
葬也はグネグネと身体を動かし、骨の位置を微妙に調整する。
そのあいだにキースは円環を目の位置にかかげた。
「それじゃ俺も遠慮するこたねえなっ! 軟骨ごとてめえの身体をたたっ切ってやるぜっ!」
かけだしたキースは、すかさず円輪を相手の身体に向かってないだ。しかし葬也は全身をくねらせ、するどい攻撃を次々とかわしていく。
わずかにスキがあったのか、逆にキースの胴に拳がめり込む。
思わず「グフッ!」と叫んで少しだけ目を向けると、無知のようにしなる相手の腕が容赦なくこちらの身体に叩き込まれている。
「ぐあっ! ごほっっ! あほっっ!」
「修行不足だなっ!
貴様の動きにはまだまだムダがあるっ! 経験を積んだ俺の敵じゃないっ!」
攻撃を受けつつ、いつの間にか背後の木に背中が叩きつけられていた。
危機を察したキースは思わず円輪を前に突き出すが、その腕を葬也にからめとられた。
そのまま腕を回され、円輪の鋭い切っ先が、キースのあごにめり込んだ。
そのまま後頭部を幹に打ちつけられると、葬也が円環を持った手をとり上げた。
そして手の先を円環にめり込ませる。手首までねじ込まれた時点で骨がアゴを叩き、食い込みが止んだ。
しかしその時にはすでに円輪は頭蓋骨を突き破り、脳幹にまで突き刺さった。
葬也が手を離すと、キースの頭部が木に張り付けになっていた。その表情に生気がない。
「他愛ない」
そう言って葬也は木の幹に立てかけられたキースの身体から離れた。
そのまま背を向けて立ち去ろうとする。
「……クククク……アハハハハ……」
葬也の動きがピタリとやんだ。
ゆっくり振り向くと、脳を破壊されたはずのキースの顔に笑みが浮かんでいる。
だらりと垂れ下がっていたはずの手がおもむろに動き、頭に突き刺さっている円輪へと伸びていく。
「バカなっ! 死霊族は脳を破壊されて死にはしないものの、思考が停止して再起できなくなるはず!
なぜ貴様は動けるっ!?」
キースは頭に突き刺さった円輪を、少し手間取って一気に引き抜いた。
とたんに頭部からドロリと赤い液体が流れるが、それが見る見るうちに収まっていく。
「普通は、そうだろうな。だけど俺は特別だ」
出血が止むと、深くえぐられたはずの傷がふさがっていた。
葬也は心底おどろき、充血した目を目いっぱい広げた。
「なんてことだ。『クイックリカバリー(超速再生)』かっっ!
話には聞いていたが、初めて目にするぞ!」
「数年につき1人、誕生するかしないか。それほど珍しい能力を、おれは授かったってことさ」
そう言ってキースはのど元に円輪を突きつけた。
その表面は見る者が思わず鳥肌を立てるほど、醜くただれている。それに円輪を横にすっと引くと、とたんに血が流れ出した。しかしそれもすぐに止み、元のただれた皮膚に戻る。
「俺の身体は傷ついても、すぐに元に戻る。
脳を破壊されても食い込んだ異物を引き抜く意志さえあれば、手でそれを抜き取ってすぐに再生することができる」
葬也はそれを聞き、「むうぅ」とうなった。
しかしあきらめたわけではないようで、手足を大きく広げ、一瞬だけグニャリと曲げた。それを見てキースも円輪を持つ腕を横に広げ、構えを取った。
「よっしゃっっ! ここからが本番だぜっ!
果たしてグニャグニャ身体を動かすしか能がないあんたに、俺の身体がどこまで破壊できるかなっ!?」
葬也は一瞬で動いた。キースはふところに飛び込んだスキンヘッドに向かって円輪を払ったが、すばやくかわした相手に両腕でとられた。
どこをどうやったのか、葬也はキースの手に持った円輪を器用に絡めとった。
軟体人間は奪った武器でキースの胴を斬りはらう。
「ちきしょうっ!」キースは両手の拳を握り相手を殴りつけようとするが、武器を持ってても斬りつけることができなかった相手に、拳が届くわけがない。
あせっているあいだに、後ろに回り込まれた。足払いを繰り出されると、キースは転んで手足をついた。
そこへ葬也が両手に持った円輪を上から叩きつけられる。するどい刃はキースのうなじに深く食い込んだ。
そのままぐいぐいと押しこまれ、抵抗も空しくキースの首は斬り落とされた。
しかしその瞬間にキースの両手が葬也の剃りあげた後頭部をつかんだ。
のど元を肩に押し込まれ、葬也は両目を見開く。「ぐむぅっっ!」
円輪を持った手は地面に手をついた瞬間相手のヒザが押し付けられる。まったく身動きが取れなくなり、呼吸ができず血行もとどこおったためか、次第にその動きが弱まっていく。
葬也はキースの身体を叩き、あきらめずに残りの手足を柔らかく伸ばして踏ん張るものの、うまくいかない。
充血した目がおもむろに地面に転がった頭部に向けられた。
切り離されたはずなのに、その目は必死にこちらをにらみつけている。
にらみあう時間は長くは続かなかった。葬也の目は白目をむき、柔らかい全身がキースの背中にのしかかる。それにつられて首のないキースの身体も地面に倒れ伏した。
キースの残された首が息を吹こうとするが、口を開いても何も出てくるはずもないのであきらめる。
言葉を一切発することができない状態で、仕方なく考えにふける。
さて、敵は倒したものの、この状態では動こうにも動くことはできない。
切り離された肉体はあくまで脳がつながっていた時点で受けた命令に従っただけで、もう動くことがない。
誰かが自分の首を拾い、つなげる必要があるが、ではいったい誰が? まわりの連中は皆いそがしいというのに?
いや、「あいつ」はムリだろう。動く生首を拾う度胸なんてあるはずがない。
そう思っているうちに頭がぼうっとしてきた。
まずい、いくら不死身でもこのまま放置されればさすがに危ない。頼むから誰か拾って……
不意に後頭部に感触がした。誰かが本当に拾い上げたらしいが、それでもびっくりして目を見開いてしまう。
どぎまぎしているあいだに、首の向きが替えられ、切断された身体に向かって押しつけられた。
目を隠した長髪の男、『賦螺手来瑠牙 』は鼻をクンクン鳴らしながら、うっそうとした森の中を歩く。
「おらぁっ! 隠れたってムダだぁっ!
俺の能力は『エクステンセンス(拡張感覚)』! なくした視力をほかの感覚が全部おぎなってくれるっ! 隠れていてもニオイや音、空気の動きで全部筒抜けだっ!」
余裕ぶっているが、内心はただ事ではない。
あのずんぐりむっくり、思いのほか素早い動きで森の中を行ったり来たりしてやがる。
来瑠牙は振り返った。すばやい影が木々の間をすり抜けたが、何やら様子がおかしい。
どうも敵は普通の移動手段を使っていないようなのだ。目隠しをほどこした顔がいまいましげにゆがめられる。
その時、背後に気配を察した。
あわてて振り向いたが対応しきれず、上半身に巨大何かが叩きつけられ、来瑠牙はバランスを失って倒れる。
あわてて起き上がると、横から気配がする。来瑠牙はなんとかそれをかわした。
そして改めて様子を探る。野郎、やはり足を使って移動していないな。
「……空気の動きでわかる。
お前は身体を丸め、空中を素早く移動しているな!?」
気配が止まった。来瑠牙の感覚は宙に静止したまま、手足を伸ばしたずんぐりむっくりの姿を浮かび上がらせる。
細かいところはわからないがおそらく口を大きく広げ、笑っているはずだ。
「その通りだ。
おれの能力は『フローダンス(空中浮遊)』。
おれの身体に重力と言うものは通じない。いつでもどこでも、おれは好きな時に好きな場所に行ける」
「確かにやっかいな能力だ。もっとも俺にも対抗手段はあるがな」
来瑠牙はおもむろに両腕を伸ばした。
手首を持ち上げると、そこから鋭い切っ先を持つ刃物が現れた。
肉を突き破って表れたため、両方の手から1滴の血がたれる。
「こう言う時のために、隠し武器は用意しておくもんだぜ」
来瑠牙は腕をクロスさせると、蛸蔵に引けをとらないゆがんだ笑みを見せた。
丸っこい肉体は手足をしまい、よりボールに近い形態になる。
そしてあらぬ方向へとまたたく間に消えた。
来瑠牙は神経を研ぎ澄まし、木々の間を行きかう気配を探る。
来れるもんなら来てみろ。近づいた瞬間、この刃でお前のやわらかい肉を切り刻んでやる!
ところが。ボールはなぜか目の前に現れた。
しかしまたたくような速さで上下左右を行ったり来たりし、来瑠牙の感覚は狂いそうになる。
「落ち着け。これはただのかく乱だ……」
どうせ接近した時には、来瑠牙の並みはずれた感覚に捕えられる。
どれだけこっちの目をごまかそうとしたところでムダだ。
しかし、その動きに変化が現れる。宙を舞うボールは来瑠牙のまわりを周回し始めた。
その動きはとても速いが、全方位に感覚が向く盲目の男には通用しなかった。
さあ、どの方向からでもかかってこい。この俺に死角と言う者は存在しない。
空気が押し迫り感覚、そして空気がこすられるわずかな音を察し、来瑠牙は振り返った。
「そこかっ!」来瑠牙は笑みを浮かべる。
角度的には厳しいが、訓練を積んだ来瑠牙の動きでは反応できなくはなかった。
しかし、するどい切っ先を向けた先に手ごたえはなかった。
おどろいたことに、筋肉のボールは突きつけた刃のほぼ寸前で静止していた。
「なにぃぃっっ!?」
ボールが少し回転し、蛸蔵のニヤリ顔が姿を現す。
「お前が両腕に刃を仕込んでいるのは知られているぞ。
だからこそこの俺が選ばれた。おれにお前の刃が届くことはない」
「……ぬくそぉぉぉぉぉぉっっ!」
来瑠牙はすばやく踏み出し斬りかかったが、蛸蔵はそれ以上の速さで距離をとり、ふたたび縦横無尽に動き回る。
上下左右に加えて、前後の動きも加わった。近づいては遠のき、遠のいてはまたこちらに向かってくる。
来瑠牙は動き回りつつなんとか斬りつけようとするが、相手はまるでこちらの動きなどお見通しだと言わんばかりに、一歩届かない。
一瞬気配が消えたかと思うと、敵ははるか上空からやってきた。
来瑠牙は「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」と叫びながら真上に向かって刃を払うが、それもまた空を切った。
その不意をつかれた。ガラ空きになった腹部に向かって、信じがたいほどの衝撃がのしかかった。
「……ぐぽおぉぉぉぉぉぉっっっ!」
来瑠牙はバランスを失い、よろめいた。
そのスキをつくかのように、あらゆる角度から衝撃がやってくる。来瑠牙の方向感覚は完全に狂ったが、蛸蔵は地面に倒れるのを許さない。ふらついた盲目男を前後左右から攻め立て、次第にその意識を奪っていく。
それでも、来瑠牙は最後の力を振り絞って、うつ伏せではなくあおむけに倒れた。
真上からやってくる影に向かって、両腕の刃を必死に伸ばす。
円形の影が広がり、ずんぐりむっくりの手足が現れた。刃は広げられた相手の両手に突き刺さる。
しかし相手はそれも見越しているようで、手に刃物が突き刺さったまま相手の腕を地面に押し付けると、口を大きく開きのど元にかみついた。
「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
相手の叫びを聞きながら何度も何度ものどの肉を食いちぎっていると、来瑠牙の意識が途絶えた。
死霊族由来の再生力と鈍感さよりも、激しい損傷と苦痛が勝ったようだ。
蛸蔵は口を真っ赤に塗らした顔をあげる。
遠くを誰かが通り過ぎたような気がしたが、いまは見えない。
蛸蔵は血まみれの顔をニヤリとゆがめ、両手から刃を引き抜いて、そのまま宙を飛んでどこかへと消えた。




