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(5)

「ったく、本気で後輩たちとやり会う気かよ!」


 言いつつ、番長の足取りはどこか軽快だ。


「アイツも一度思い立ったら聞かねえ口だからなぁ。

 ま、なるようにしかなんねえってことか」


 ライブ当日、空は晴天に見舞われた。

 とは言っても本番は夜からなので、空はすっかり夕やみに包まれている。


「にしても、オーディエンスの反応がイマイチだったら部長即退部なんだろ?

 本人はいいとして、タタミにはずいぶんプレッシャーなんじゃねえか?」


 最初のころは月に一度のライブと言うことでウキウキしていたヒャッパも、さすがにタタミちゃんが参戦するからには心配を隠せない様子だ。


「心配はしてないわ。

 彼女、やるときには絶対やる子だから。わたしにはわかる」


 思わずおれが顔を見合わせると、沙耶はいつものほほえみを浮かべた。

 親友の活躍を信じてやまない、と言わんばかりだ。


「俺だったらもう少し余裕があるんだがな。

 部長はなんで俺を指名しなかったんだ?」


 キースがそう言ってエアギターをかき鳴らすのを見て、番長はがアゴをさすった。


「それを言うんなら、このオレがボーカルを引き受けてもよかったんだぜ?

 ギターをはじきながら歌うのも大変だろ」

「番長、いきなり何を言い出すんですか? 冗談もほどほどにしてくださいよ」

「なんだったら今歌ってやってもいいんだぜ?

 おれの美声に酔いしれるなよ?」

「あっ、ちょっと待ってなんで今歌うんですか?

 なんだかいやな予感が……」


 しかし時すでに遅し。番長は深く息を吸い込んでしまった。


「ギッザマッドオ~デ~ド~ワ~、ドッヴォッギノザ~グ~……」

「「「「ジャイ○~~~~~~~~~~~ンッッッ!」」」」


 必死で両耳をふさぐおれたちはともかく、周囲にいた他の生徒たちまでその歌声を聴いてビクリと立ち止まってしまった。


「なんなんだよいきなり。ちっ、しらけるな。こんなことなら歌わなきゃよかったぜ」


 本人は歌唱力に問題があるとは全く思っていない様子で、ぶぜんとした表情で腕を組むだけだ。

 一緒にいたミノンちゃんがこれ以上騒音(そうおん)を耳にしないことに安堵(あんど)して、ほっとため息をつく。


「……はぁ、この場に弥子がいなくてよかったわー。

 いつも1人はイヤだイヤだ言って絶対離してくんないもんね。

 今日はお兄さんの手伝いだったからよかったけど、今の歌声聞いただけで逃げ出しちゃうところだったわ」

「ましてや今から行くところは大騒ぎになるもんな。

 弥子ちゃんってそういうところなんか苦手そうだし」

 おれの発言を聞いて、沙耶が横からジト目を向けてきた。

「わたしも最初からライブを見るなんて気が進まないわね。

 部長たちは一番最後なんでしょ? なんで聴きたくもない他のバンドも耳にしなきゃいけないわけ?」

「そんなこと言うなよ~。

 タタミちゃんたちの反応がどの程度になるかは、他の2バンドと聴き比べなきゃわかんないだろ?

 沙耶もそんなこと言ってないでちゃんと付き合えよ」


 それでも沙耶は黒髪をかきあげ、心底ため息をつく。

 でもわかってる。本当は心配なんだろう。

 親友がよけいな騒動(そうどう)に巻き込まれ、その行く末を左右するポジションにいる。内心気が気ではないはずだ。

 そんなことを振り返っているうちに、俺たちはふたたびライブハウスの中に足を踏みいれるのだった。





 すでにライブは始まっている。魔界からわざわざ応援しに来た追っかけ連中もいるので、ライブハウスは大盛況だ。

 先に演奏していたのはスミカ率いる、ザ・セルフディストラクションだ。

 けたたましい大音量のなか、スミカはマイクに向かってでたらめに叫びあげている。


 中学の時に親に内緒で友達とライブを見に行ったことがあるのだが、CDで聴くのと実際に目にするライブはケタ違いの迫力がある。

 あまり上手なバンドでなくてもそれなりに聞こえてしまうのだから、ましてやプロ級の実力を持つTSDなんか別格の音に聞こえる。

 いつもはテキトーな歌い方に納得のいかないおれでも、実際の演奏とライブの盛り上がりようを目にすると、なぜこんなに人気があるのか納得がいってしまう。


 しかし、曲に合わせ激しく身体をぶつけあうステージ前と比べ、後ろの方は反応がいまいちだ。

 ここらあたりにいるのはみんな顔に派手な化粧をほどこした連中ばかり。

 あきらかに対バンのBTR目当てだとすぐにわかる。


 おれたちはそんな連中の中に混ざっていた。

 前方の奴らの暴れっぷりがあまりにすさまじくて、死霊族ではないおれが巻き込まれたらそりゃあひとたまりもないからだ。


「新介君、ちょっと残念よね。後ろの方だとあまり盛り上がれないんじゃない?」


 申し訳なさそうな笑みを浮かべる沙耶に対し、おれは首を振って見せた。


「そんなこともねえよ? 後ろの方だと、かえって音がよく聞こえるんだ。

 ステージに立ってる連中は自分の都合のいいように音を調整してるから、その分前の席は音質がちがって聞こえる。

 その分オーディエンスはパフォーマンスを楽しむわけだけど、後ろの方にいれば本来あるべき本当の曲のよさがわかるから、これはこれでいいんだよ」

「へえ、知らなかったわ。

 わたしライブハウスに足を運んだことがなかったから、勉強になるわね」


 しかし一方のミノンちゃんはこんなことをつぶやく。


「あんた去年まで中坊だったでしょ。

 そんな歳でライブに足を運ぶのはちょっと問題なんじゃない? セキュリティはパスできんの?」


「うっ、それは……」適当に年齢をごまかしてました。

 前方のさわぎが大きくなった。

 ライブが盛り上がりすぎて、観客が勝手にステージ上にあがってきたようだ。


「神聖なステージに上がってくんじゃねえっっ!」


 ボーカルのスミカは彼らをののしり、口を大きく開けた。

 するとそこから空気のゆがみが現れ、観客にぶつかると大きく吹き飛ばされた。

 ミノンちゃんが声をあげる。


「げっ! あいつ『破裂声(はれつせい)』の使い手なのかよ!

 新介よくアイツ怒らせないですんだわね!」

「ははは。ホント、胸倉つかまれるだけで済んでよかったよ……」


 横を見ると、沙耶は早くも疲れ切った表情をしていた。

 ステージ上で暴れまくるスミカをながめつつ、早く終わってくれることを切に願うのであった。


 続いてジンが率いるビハインド・ザ・レッドラムのライブ。

 こちらもまあホントすさまじいライブである。


 とにかく重低音のギター・ベースがやかましく、ついでにジンもひたすらヴォウヴォウいいまくるので、やかましくてしょうがない。

 沙耶なんかは先ほどから耳を必死にふさぎ、ひたすら耐え続けている様子だ。

 頭をちぎれそうなくらい激しく振っているヒャッパとは大違いである。

 それでも、奏でられるメロディアスな旋律(せんりつ)と、時々流れるジンの流れるようなコーラスは、息を飲むほど美しい。

 さすがは絶対音感を持つだけのことはある。ただ激しいだけの曲では誰も聴きたがらないものだ。


 しかし、おれたちの周囲の観客は無反応。

 ひたすらジェルで固めたカラフルな頭髪の連中は、ひたすら前方をにらみつけて微動だにしない。

 バンドの対立がオーディエンスレベルにまで浸透(しんとう)していることがよくわかる。

 おかげでおれの身は安全だが、とにかく怖い。


 途中、前方から激しい光のまたたきが現れた。

 人の持つギターが激しい電流をほとばしらせると、音色もまた耳をつんざくようなすさまじいものに変わる。


「もうやだっ! ホントやめてっっ!」


 沙耶が目をギュッと閉じてヒステリックに叫ぶなか、まったく別のテンションな奴がいた。


「もうたまんねぇぇぇぇぇっっ! オレも混ぜろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」


 そう言ってヒャッパがかけだそうとするのを、キースが首根っこをつかむ。


「やめろっ! お前こりずにまたあん中に飛び込む気かっ!?」

「うるさいっっ! はなせっっっ!」

「お前みたいなチビがあんな大騒ぎに混じったらあっという間にバラバラに解体されて最悪頭を踏みつぶされるぞっ!

 お前のせっかくの脳みそをただの肉のかたまりにしてもいいのかっ!」


 それでもはなせはなせ騒ぎまくるのを、キースはひたすら押さえ続ける。

 なかなか面倒見のいい奴だ。おれもじっと前方をうかがう。


「うっわ~、前、ものすごいことになってんな。ほとんどケンカじゃねえか」


 ミノンちゃんが声をひそめて話しかけてきた。


「ここだけの話、今年だけでもう2,3人が頭をつぶされてカキサエ神社に運ばれてんだよね。

 それで弥子もお兄さんもスタンバイしてるわけ」

「……くだんない連中のバカ騒ぎのせいでよけいな仕事をさせられる弥子ちゃんあわれっっっ!」


 光のまたたきが強くなった。

 見ればジンのギターから放たれる電流がさらに大規模になり、とうとう客席にまで押し寄せてきた。

 電流をもろに食らい、全身をわななかせる観客たち。

 それすらも大喜びしているように見える。


「もう頼むから早く終わってくれよっっっ!」


 心なしか、周囲にいるセルディスのファンたちがこちらをにらみつけているような気がした。





 永遠に続くと思われたビハレムのライブも終了。

 ようやく部長、タタミちゃん、タコゾウの新バンド、「ストリート・ヴェイグラント」の出番だ。


「よっしゃ終わった。帰ろうぜ」

「今日のライブ、BTRの勝ちだな」


 ところが、ライブが終わった瞬間にほとんどの連中が帰ろうとする。

 部長のバンドなど、まるで最初からなかったかのようだ。


「おいおい! みんな薄情だなっ! 部長だぞ部長!」

「う~ん、当然というか。しばらくライブから遠ざかってた人だしな。

 それに正規の部員じゃないタタミがベースを務めるとありゃ、期待してる奴はほとんどいないだろうな」


 キースに言われても憤慨(ふんがい)して目の前の光景をながめるおれだったが、入り口に向かう連中の足並みがとどこおった。


「おいおい、お前らいったいどこに向かうつもりなんだ?」

「3番目のバンドがスタンバイしてるのよ?

 帰りたいならきちんと耳にしてからにしなさい?」


 聞き覚えのある2人の声に、おれは思わず片手で額を押さえた。


「あっちゃー! そう来たか! これはむしろクギをさしとくんだったな!」


 いちおう確認してみると、出口付近にはそれより一回り大きい巨漢が仁王立ちし、そのとなりに日本刀を手にかけた黒髪美少女が身構えている。

 なんという見た目のギャップ。


「なんだてめえらはぁぁっ! 邪魔するとボコボコにしてやっぞぉ!」

「おいやめろっ! 応援団長と狛田村家のお嬢様だぞっ! 戦うだけムダだっ!」


 場内の1人が言ったとたん、あちこちでざわめきが聞こえる。


「けっ! まともに聞いてみれば、ずいぶんチンケな曲を聴きやがって。

 お前ら本当の音楽って奴も聞かずに、さっさと帰るつもりかぁ?」

「あれが本当に音楽と呼べるものかしら。

 わたしにえらそうな口をききたいのなら、本当の音楽っていうのを勉強してからになさい?」

「番長っっ! 沙耶っっ!

 足止めは許すにしてもライブにケチをつけるのはやめなさいっっ!」


 おれはすぐにいさめるが、時すでに遅し。場内は険悪なムードに包まれていた。

 その時だった。奥の扉が開かれ、部長たち3人の姿が現れた。

 とたんに周囲の鋭い視線がそちらに向かう。


「……あら、ずいぶんと大歓迎なこと」


 タタミちゃんが気まずそうな表情を見せるのとは対照的に、部長は涼しい顔でグラサンを持ち上げた。


「かまわんさ。

 期待が少なければ少ないほど、本物の音を聞いた時の衝撃(しょうげき)は大きい。

 今夜はなんだか楽しいギグになりそうだ」


 そう言ってステージに向かう3人。

 それぞれが持ち場についたとたん、場内から罵声(ばせい)が飛んだ。


「名だけ部長が今さらしゃしゃり出てくんじゃねえよっ!」

「あげくの果てにシロート舞台に立たせてんじゃねえ! さっさと降りろコラッッ!」


 それにつられて周囲もがなり声を建てようとした時、黒い影がおどった。

 どよめきが起こって人が避けていくと、フロア中央で観客の1人の胸に剣を突き刺している沙耶の姿があった。


「どう? これでも部長たちをののしるつもり?

 必要ならもっとひどい目にあわせてもいいけど?」


 おれはまたしても手で顔をおおう。


「だからよけいなことはすんなって……」


 もっとも、これで場内は静まり返った。

 脅迫(きょうはく)によりおとなしくなった客席を見て、タタミちゃんは苦笑いで沙耶に親指を立てる。


「なんか、ゴメン……」

「遠慮なんかしないで、思い切りあなたの音をかき鳴らしなさい」

「よし! 行けっ! お前らの音を、ふざけた連中の耳にぶちこんでやれっ!」


 キースに続き、ヒャッパも声をまくし立てる。


「タコゾーッ! お前も足引っ張んなよっ!

 野球の件名誉挽回(めいよばんかい)のチャンスなんだからなっっ!」


 言われ、タコゾウはすぐにドラムをたたき始めた。

 とてもかけだしとは思えない巧みなリズムをかなで、またたく間に場内を驚愕(きょうがく)(うず)に引きずり込む。


 タタミちゃんの表情が変わった。

 先ほどまでの喜怒哀楽はげしいものから、戦闘時の沙耶にも似た冷徹な目つきに変わり、小刻みに身体をゆさぶってベースの(げん)をはじきまくる。


 最後に、仁王立ちになったジミーが思い切りギターをかき鳴らした。

 それを聞いたとたん、オーディエンスたちは一気に新しい音楽の世界に引き込まれる。


 一瞬だけマイクをにぎり、ジミーは歌いはじめた。

 スミカのように音程をわざとらしく外さず、ジンのようにがなりたてることもない。

 なのに、激しい。

 先ほどまでの2人のボーカリストが歌い上げたものより、ずっとずっと激しいものを感じた。

 絶望とも希望とも、どちらとも言えない感覚が、おれの全身をひたすらゆさぶりかける。


 やがてフックに差しかかると、そのたかぶりがより大きくなった。

 正直、おれがこの耳で直接耳にしたライブ音の中でもっともクオリティが高いものだと思えた。

 いや、それどころじゃない。

 自分の中のこれまでの音楽観が根底からゆさぶられるかのような、衝撃(しょうげき)的な体験。

 こんな感覚、練習中で耳にした時には全く感じられなかった。

 本番ならではの、本気を出した彼らの力なのだろう。

 これが、音楽。これが、本物のロック。


 思わず、周囲に目を向けた。

 キースも、ヒャッパも、ミノンちゃんも開いた口がふさがらない。

 そのほか大勢のオーディエンスも同様だ。


 いつの間にか、セルディスやビハレムのメンバーも訪れていた。

 スミカはどこか絶望的な表情でぼう然としており、ジンは怒りと悲しみが入り混じった顔つきになっている。

 やがて、沙耶がゆっくりとした足取りで戻ってきた。

 なにも言わずおれの横に立ち、いつものほほえみを浮かべておれにそっと横目を向ける。


 おれもまた笑みを返し、前方に目を戻す。

 静まり返る場内をよそに、3人のミュージシャンはひたすら自らの世界に没頭し続けていた。

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