変身ヒーローのモノマネはイタいのでやめよう(1)
朝、いつものように野球着に着替えたおれにヒャッパが問いかけてくる。
「また練習か、毎日毎日、大変なこったな」
チラリと視線を向けると、小柄なルームメイトは下着を履いただけの姿に靴下を突っ込もうとしているところだった。
「『114校』。
おれたちが争うことになる西東京大会の出場校数だ」
おれのさりげない物言いに、ヒャッパは神妙な顔つきになった。
「ものすごい数だな。甲子園に出場できるのは、その中のたった1つか。
トーナメント票を思い浮かべるだけでクラクラしてくるな」
「これでも年々減少してる方なんだよ。
それでも全国での出場校は毎年『4000校』を超える」
「4000校っ!?
この国にはそんなに甲子園で目立ちたい学校があるのかっっ!」
「まったく途方もない数字だよな。
こん中で名誉ある甲子園に出場できるのはたったの『49校』。
まったく、ホントあきれた数字だよ……」
「それでも、お前は甲子園を目指すんだよな?
100校以上の予選出場校をすべてたたきつぶして、人間じゃないチームを甲子園に行かせようって考えてるんだよな」
どこか責めているような口調に、おれは思わず額を押さえた。
「よせよ。思い浮かべるだけでクラクラする。
仕方ないだろ、こっちは部の存続がかかってるんだ」
「いや、変なこと言ってワリイ。ただお前の覚悟が聞きたかっただけなんだ」
「困ってる先輩たちをなんとかしたいと思ってるのは本当だ。
それに、影乃に希望を持たせたいってのもあるしな。
こいつが野球で自信を持てるようになれば……
だから早くしろって言ってんだろ! お前いい加減早い朝に慣れろよっ!」
おれは身を起こしながらもうとうとしている影乃の頭を思いきりはたき、せきたてて着替えを急がせた。
「ほら。まずは試作品、できたわよ」「ありがとうございます」
おれは校医の干支倭ミカから怪しい赤いアンプルを借り受けた。
「すみませんね。変なお願いをして。
もっとも先輩たちの今後がかかっているのを考えてもらえればうれしいんですけど」
恐縮しつつ言うと、ミカ先生は白衣に包んだ両手を組んで眉をひそめた。
「そりゃあ、高校球児の輝かしい未来を奪う行為は許せないけどね。
だけどあなた、自分がいったい何をしてるのか、自覚ある?」
「わかってます。
人の力を超えた存在を薬で抑えつけ、なにも知らない普通の高校球児たちと戦わせ、敗北させる。
その行為が持つ重みを、おれも痛いほど理解してます」
考えれば考えるほど、本心は葛藤するばかりだ。
「本来なら、決して許される行為じゃないわよ?
そして、考えなくてもわかると思うけど、無謀でもあるわよ」
「あまり言わないでくださいよ。
自分がしてることの重大さに、サンドウィッチされちまいそうですから……」
頼りなげなおれの発言に、ミカ先生は深いため息をつき、うなずいた。
「ごめんなさい、言いすぎた。
わかってるわよ、これはあなた1人だけの問題じゃないからね」
そう言って練習中の野球部員に目を向けると、1つしかない手を大きく上げて、大声を発した。
「おーい! 白球大好きな野球少年たちー!
話があるからさっさとこっちに来なさーいっ!」
「あなたたちにはこれから、こいつを身体に投与して練習してもらうわ。
多少身体の動きが悪くなるけど、これがこっちの世界の人間の運動能力だと思って、ガマンなさい」
集まったおどろおどろしい見た目の野球部員たちの前で、ミカ先生は片手で器用にアンプルを開ける。
それをおもむろにベンチの上に置くと、用意していた注射器を突っ込んで、中身に赤い液体を入れる。
「ほれ、まずは部長から」「部長じゃない、主将と呼べ」
「主将、ヤンキーだから仕方ないのかもしんないけど、いちおう先生にはデスマス調で答えてくださいよ」
おれの発言を半ば無視するかのように非道丸は腕をむき出しにすると、ミカ先生は容赦なく注射器の針を突き刺し、ポンプを押した。
そしてすぐに針を抜くと、同じ注射器をもう一度アンプルに突っ込み、入れ替わったクルガ先輩に注射器を向ける。
同じ注射器を複数人に突き刺す光景はWHOからクレームが来そうだが、彼ら死霊族は押し並べて病気に対して強い抵抗力があるので問題ない。
「この薬、先生が調合したんですか?
思ったより早く実験がスタートしたんですけど」
先生は次々に部員たちに薬を投与する作業に没頭しながら言う。
「そんなんじゃないわよ。
この薬はもともと現世で活動する死霊族用に開発された薬なの。
死霊族は普通の人間の動きを知らないでしょ? そういう奴に対して人間の動きの限界を知ってもらうための、疑似体験用の麻痺剤ってことね」
「あ、そうですね。そうですよね。
よく考えればわかることです、すみませんでした」
「あやまらなくてもいいわよ。さ、あんたも腕を出して?」
なぜか先生はおれに注射器を向けてくる。
おれは本当にツッコんでいいかどうか迷った。
「あの……忘れて、ません?
おれ普通の人間なんですけど……」
とたん、典型的な白衣の保健医は見るからに動転しだす。
「あ。あ、あたし何してんのかしら。す、すっかり忘れてたわ。
ていうか、なんでこんな当たり前のことうっかりしてたのかしら……」
先生が言い終わらぬうちに、なぜかおれの身体が後ろからはがいじめにされた。
「うぉっっ! なぜだっ!? なぜおれを捕まえるっっ!?」
後ろをなんとか振り向こうとすると、顔面包帯男・豹摩の姿を確認した。
「さぁっ、先生!
今のうちにこのチョーシこいてるエースピッチャー気取りにズブリとやっちゃってくださいよっっ!」
「イヤよ。ていうかそんなくだらないマネしてないでさっさと新介君離しなさい」
「断るっっ!
先生がイヤだってんならセンパイッ! 誰かたのんますっっ!」
豹摩の呼びかけにマッシュルームカットの暗塵先輩が動く。
「よっしゃ! 俺に任しとけっ!
オラオラネーチャン! さっさとその注射器よこせやっ!」
「やめなさいって! あっ! だから勝手に人の注射器奪うなっ!」
「アハハハハハ! さあ、シンスケく~ん。
いまからオニイサンがとびっきりのクスリを注射してあげますから、おとなしくしててくださいねぇ~」
そう言って暗塵は楽しそうに赤い液体の入った注射器を向けてくる。
一方のおれは必死にその魔手を逃れようとするが、まだ力が残っている豹摩の腕からなかなか抜け出せない。
「先輩はなんで麻薬を投与するノリなんですかっ!
ていうかほかの先輩たちもゲラゲラ笑ってないで助けてくださいよっ!
おい影乃っ! お前も笑ってないで助けろっ!」
孤立無援の状況のなか、野球部唯一の良心である華鷹先輩は「なんだこのくだらない遊びは……」とあきれかえっているばかりで、結局助けてくれない。
なぜかミカ先生が助けてくれることになり、危うくはげしい虚脱感におそわれずにすんだおれは、次第に文句を言いはじめる野球部員たちの様子を観察する。
「うっっっおっっっ! 身体が、動かねぇ~~~~~~~~~っっ!」
「身体に力がはいんねぇっ!
これかっ!? これが世に言う、『ダルい』って奴なのかぁっ!?」
「ハイハイ先輩たち文句言わないでくださいよっ!
あんたらがダルいって思ってるそれも、おれからしたら普通のことなんですから、しっかりしてくださいよっ!」
おれの呼びかけに不良野球部員たちはそろっておれにうらめしげな視線を向けてくる。
ただ1人顔にドクロマークをペイントしている非道丸先輩だけが、早く新しい身体の動きに慣れようと必死に身体を動かしている。
「う~ん、こうしてみると、なんだかよくわからないわね」
おれが横を見ると、ミカ先生はアゴに手を触れて考え込んでいるようだった。
「残念だけど、あたしの目には彼らの動きが人間並みになっているのかどうかわからないわね。
ここはどうしても新介君の目を借りなきゃいけないみたい」
「チアキ先輩はやたら身体を動かしてるんでわからないですけど、主将と勢尊先輩はあまりしんどそうじゃありませんね。
体格がいいだけ薬の量が足りないのかもしれません」
「相手によって薬の量を変える必要があるのかもしれないわね。
これから少しずつ調整して、新介君が納得する量を見極める必要があるわ」
「ミカ先生には、ご迷惑おかけします」
おれがていねいにあやまると、美人校医は笑って手を振った。
「やめてよ、そういうのは。
あたしたち教員はみんな君に未来を託してんのよ?
君を通してこの学校の生徒を心変わりさせるのは、当校における一大プロジェクト。
そう考えれば、こいつらを普通の高校野球に出場させるのも、案外アリなんじゃないかと思えるわ」
おれは相手の言葉を飲み込むようにうなずき、腕を組んで苦闘する野球部員たちの姿を一緒にながめた。
「で、どうなの野球部の調子は?」
翌日の休憩時間に、タタミちゃんが問いかけてきた。
「薬の投与実験が始まったんだけど、まだまだ調整が必要みたいだな。
ただでさえ先輩たちには薬に慣れてもらわなきゃいけないのに、おれの裁量で増減しなきゃならないって言うのも、なんだか申し訳ない気持ちになるな」
「フン、そうやって連中を振りまわしてやれ。
どうせならあのカン違いエースピッチャーには大目に投与してやったらどうだ?」
椅子に腕をかけ軽く手を振るキースに、おれはジト目を向けた。
「キース、お前豹摩にやたらとかみつくな。
同じヤンキー同士なんだから気が合うところもあるだろ」
「フン、あんなヤツ好きでもなんでもねえ。
はっきりいや、毎日のように女子をはべらせてる野郎なんざ口もききたくないね。
あれで本当に野球がうまくなるつもりでいんのかよ」
そんなキースに対し、おれは少し気の毒な視線を向ける。
思うのだが、キースは根っからの不良ではない気がする。
風体はともかくどちらかと言えば真面目であるおれたちとツルみ、豹摩みたいなリアル不良とは距離を置いている。
一匹狼なのだと言えばそれまでだが、本当はおれたちとツルんでいたほうが楽しく思えるのだろう。
そんなおれの感慨をよそに、タタミちゃんはにしししし、と笑いだした。
「キースって案外純情なところがあるからねー。かーわいい」
「なんだとぉ~~~~~~っっっ! やんのかてめぇ~~~~~っ!」
「上等だオラァッ! 表に出ろやぁっ!」
キースがいきなり立ち上がると、タタミちゃんも腕をまくっていきり立った。
おれはしらけぎみにツッコむ。
「ハイハイいいけど、やるのは放課後になってからにしろよ」
タタミちゃんも見た目はゴスパンクのヤンキー少女なので、こちらはなにげに絵になる。
そんなくだらないことを考えながら後ろを見ると、なぜか今まで会話に加わらなかった沙耶が、机に手をついてヒャッパがいじくるタブレットに見入っている。
「めずらしいなお前ら。いったい何をチェックしてるんだ?」
チラリと視線だけをこちらに向けたヒャッパが、タブレットをおいて難しい顔をしだす。
「お前、
B組の『藤ヶ丘疾太』ってヤツ知ってるか?」
「ああ、あの完全中二病ね。
いつも特撮ヒーローのモノマネばっかして周囲からウザがられてる奴でしょ?
おれも何回か見たことあるけどマジでイタイタしいな。
ていうかいい歳こいてまだあんなマネしてんのかよみっともない。
ホントこの学校ヘンな奴多いな」
「どうせそれオレのことも含めてんだろ? はいはいすみませんねヘンな奴で。
言っとくけどハヤタと一緒にしたらブチ切れるからな」
ヒャッパがあきれかえる一方、沙耶は真剣な目をこちらに向けた。
「2人とも脱線ばっかしてないで。話聞いてちょうだいよ。
実はこのハヤタって言う子、昨日からずっと行方不明みたいなの」
「行方不明?」とおれが言うと、ヒャッパが沙耶をチラ見してうなずいた。
オイ、今のチラ見は下心からだろ。
「昨日の夕方から誰も姿を見なくなってな。夜遅くなっても寮に帰ってこない。
寮の人たちも先生たちもずいぶん探したみたいなんだが……」
ヒャッパは身を乗り出して、声をひそめて言った。
「ここから問題なんだ。
みんななぜか途中で探すのをあきらめて、おとなしく解散しやがった。
けっきょくハヤタは今日の授業に一限も出席してない」
その頃にはケンカをやめたタタミちゃんとキース、そしてなにもせずにボーッとしていた影乃も加わってきた。ヒャッパは手早く説明する。
「どうだ? おかしいと思わないか?
オレにはなんだか、例のごとく生徒会が関わってきてるような気がしてなんないんだがな」
「確信するにはまだ早いわね。
たしかに先生方が途中で手を引いたのは気になるけど、まだまだ判断する材料がほしいわ」
「ちょっと待てよ。
これがもし何らかの事件だとしても、おれたちがかかわるのは差し出がましくないか?」
おれが首をかしげていると、キースのほうからあきれかえらんばかりの声がかえってきた。
「おい、ビビってんのか?
もし生徒会が関わってんなら、お前も他人事じゃないだろ」
「そうだよ新介。
もしこれが生徒会の陰謀だとしたら、後々厄介なことになるかもよ?」
「新介、お前は前、何のかかわりもなかったオレを助けてくれたじゃないか。
あの時の意気はどこに行ったんだ?」
タタミちゃんや影乃までそんなことを言いだすので、おれは両手を思いきり上下させた。
「待て待てっ! なにもしないって言ってないだろ。
ただもっと慎重になれって言ったんだ」
本当は、若干面倒事に関わりたくないという気持ちもあった。
というのも、野球部のことがあるからだ。もうすでに人助けにまい進しているなかで、もう1つ厄介な事件をかかえたくないのが本音だったが、口にしない方がいいだろう。
「いずれにしろ情報収集から始めるのが先だけど、まずは表に出ずにこそこそやろう。
ヒャッパ、引き続きそのタブレットで調べられるか?」
「自室のパソコンを使いたいが、仕方ない。
まあできるだけのことはやるよ」
おれは時間割表を確認しながらみんなに告げた。
「ある程度わかることがあったら、みんなで手分けして事情を聞きに行こう。
どこに聞きに行くかはおれが判断するから、それまでちょっと待っててくれないか?」
「でかした! やっぱ新介はそうこなくっちゃ!」
親指を立てながら笑みを浮かべるタタミちゃんに、おれは真顔でうなずいた。




