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プロローグ ~現実世界の崩壊~

外からは寒風の吹き荒ぶ音と時々何か獣の慟哭(どうこく)が響いてくる。いったい何でこのような状況になってしまったのか、どこから説明したものか...。数時間前まで単なる一介の中年サラリーマンだったはずの自分が何故このような場所にいるのか、自分の中でも未だに整理が出来ていない。


40手前にして未だに平社員の俺は、いつものように早々と仕事を切り上げて、横浜野毛の飲屋街をぶらついていた。

まだ夜の8時をまわったところで、通りは会社帰りのサラリーマンで賑わっていた。行きつけの焼き鳥屋にでも行こうかと細い路地を曲がったところまでは良かったが、しばらくして辺りに漂う喧騒が全く消えていることに気が付いた。携帯を見ながら歩いていたため周りの変化に気づくのが遅れたのだ。周囲をきょろきょろと見渡したが、つい10秒ほど前までの賑やかさがうそのようにシーンと静まりかえっている。明らかに人気がなくなった周囲の状況をおかしく思った俺は、元の大通りに戻ってみた。

そこはまるで、終電を大分過ぎた平日のような状況だった。この辺は繁華街とはいえ渋谷や新宿と異なり、終電を過ぎると人気が嘘のようになくなる。いや、今はまだ夜の8時を過ぎたところだ。そしてしばらくして俺は、更に終電とは明らかに違うぞっとすることに気が付いた。通りの飲み屋の明かりは全て煌々とついているのだ。しかし外から暖簾(のれん)越しに見えるはずの人影が全くない。試しに最寄の店の暖簾(のれん)をくぐってみるが、客はおろか店員までいない。その串焼き屋のカウンターにはさっきまで客がいたことを思わせる飲みかけのビールと串焼きが残っている。しかも厨房には、焼きかけの串焼きまで残っている始末だ。俺は頭を真っ白にしたまま店の外に飛び出した。

「いったい何がどうなってしまったんだ…。」俺は、思わず独り言を呟いた。


そしてそいつは不意に現れた。

15m程離れた路地から人影が現れたのだ。俺は、その人影に向かって走りかけたが、その口から漏れた獣の唸り声に背筋に冷たいものを感じた。そいつは人と言って良いものか。ぼろきれをまっとったそれは、人の形をしていたものの明らかに人とは異なっていた。目は濁って血走っており、口からは涎を垂らしている。肌は灰色に近く、まさに死んだ人間が腐るとこのような…。

「まさか…」

俺の頭の中に今まで見たゾンビ映画やゲームの映像が鮮烈に蘇った。

その瞬間、俺に向かって近づいてくるそれを良く確かめる前に一目散に逃げ出した。

いったい何の冗談なのか全く理解ができなかった。

幼い頃から空想癖があった俺は、空想世界への対応には慣れていたはずだが、それが現実になることには全く慣れてなどいなかった。ゲームであれば、武器があってゾンビとも対等に戦えるかも知れないが、そんなものは現実世界で持ち合わせているわけもない。俺は息継ぎも忘れてひたすら走ったが、運動をしなくなって久しく100m程で気持ち悪くなりかけ、後ろを振り返った。どうやらゾンビと思しきそいつは足は速くないらしく既に暗闇の中で見えなくなっていた。

「いったい何がどうなっているんだ。」

大きく呼吸をしながら振り返った瞬間、目の前の路地から今度は複数の亡者が現れた。後から気づいた事だが、そいつらの格好はどうも現代の服装とはかけ離れており、ぼろぼろの皮よろいのようなものをまとっていた。

「ちょっ。」

こんなところで、死にたくない。

俺は、言うことを聞かない足腰をぎこちなく必死に動かして逃げ出した。

鉤爪のようなものが俺の背後から肩を掴んできたが、必死に振りほどいた。


皆からは刹那(せつな)的な生き方だねと言われることが良くあった。

楽しみと言えば、酒飲んで意識が混濁した状態で空想に(ふけ)ることぐらいで、あまり生きているという現実感を感じられない生き方をしてきたと思える。

ただこんな理由もわからない空間で、わけもわからない死に方をするのは、嫌だと思った。


(つう)っ」

急に左腕に激痛が走ったかと思うと気づかぬうちに亡者の鋭い爪が食い込んでいるのが見えた。

ここにきて普段生きていて感じられなかった現実が、リアルに思えてくる。

こんな夢か現実かわからない空間で死にたくねえよ。

自分では気づかぬうちに辺りは死者の群れに囲まれていた。

俺は唯一閉ざされていない細い路地に逃げ込んだ。

人一人手を広げたら両端に届いてしまうぐらいの狭い路地である。

こういう路地は、歩道として計画的に作られたわけではないことが多いため、大抵は袋小路になっていることが多いのだが、予想に違わずこの路地も30m程行くと行き止まりとなっていた。

低い唸り声を出しながら、ゆっくり、ゆっくりと背後から死者たちが近づいてくる。

俺は辺りに逃げ道がないか見渡すが、飲み屋の裏口のようなものは一切見当たらなかった。

持ち物は、使い古してぼろぼろのビジネスバックだけである。

俺は、この状況にきて何故か自分に笑みが浮かんでくることに気が付いた。

このまま気がふれてしまえば、楽かもしれないな。

そんな思いがふと脳裏をよぎった。


(あなた、生きたい?)

ふいに俺の頭の中に直接女性の声が響き渡った。

「誰だ、あんた?」

奇妙かもしれないが、俺は頭の中に直接響いてきたその声に返答していた。

(あなた、このままだと死ぬわよ)

再び何の感情もない声が頭の中に直接響いた。

まるで、薬殺前の野良犬に対して話しかけるとこのような感じになるかもしれない。

そして、犬歯が異常に発達した亡者が俺に襲い掛かってきた。

首筋に激痛を感じ、体に生暖かい液体がかかるのを感じた。

そして、目の前がセピア色に変貌していく。

「死にたくない。まだ生きたい。」

俺は必死になって叫んだ。

(私を受け入れなさい)

何のことかわからなかったが覆いかぶさってきた亡者を弾き飛ばすと辺りを見渡した。

袋小路の壁の前にスーパーボール大の発光体が浮かんで漂っていた。

(私をうけ入れなさい)

俺はその発光体を両手で優しく掴むと必死に食するかのように受け入れた。

その瞬間、目の前が真っ暗となり、俺はそのままブラックアウトした。


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