第46話:霧の洗礼
お待たせいたしました!
またなんとか再開できそうです。
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「……おい…頭がお呼びだ」
あれから程なくして低く落ち着いた声で起こされた。
カイが重い瞼を持ち上げると、そこには木製の仮面を被った男が立っていた。
差し出されたのは、表面を滑らかに削っただけの簡素な杖だ。
カイはズキズキと熱を持つ右腕を庇いながら、ゆっくりと上体を起こす。
全身の細胞が悲鳴を上げているが、ここがどこであれ、動かなければ先はない。
外に出ると、そこは乳白色の深い霧が支配する世界だった。
視界は数メートル先で途切れ、巨大な樹木の根が複雑に絡み合う間を、泥を跳ねさせながら歩く。
すれ違う里の者たちは皆、仮面の下で静かにカイを見つめ、声もなく霧の向こうへと消えていった。
案内されたのは、里のなかでも一際太い巨樹の空洞を利用した広間だった。
立ち上る香草の煙の向こう、一段高い場所に、獣の骨をあしらった仮面の男が座っている。
彼こそが、この泥濘の地を束ねる頭だ。
「……目覚めたか、草原の若人よ」
頭の声には、威圧感よりもむしろ、威厳のある重みがあった。
「あんたが、ここの頭か。……助けてくれたことには、感謝する」
カイが杖を突きながら短く告げると、頭はゆっくりと頷いた。
「礼には及ばん。我らとて、ただの慈悲で動く余裕はない。……お前が連れていたあの巨熊を退けた力。それがこの里を救う『可能性』に見えたからこそ、拾い上げたに過ぎん」
「力……右腕のことか」
「そうだ。我ら森の民は、この泥と霧の中で細々と命を繋いでいる。だが、それも限界に近い。……お前のその異質な力が、我らの窮地を払う『楔』となるならば、我らはお前を客人として迎えよう」
頭の言葉は理知的で、かつ現実的だった。
カイもまた、自分が一方的に守られる立場ではないことを悟る。
その時、広間の奥を覆っていた薄い布が静かに揺れた。
「……父様。お呼びでしょうか」
鈴の音を叩いたような、澄んだ声が響く。
現れたのは、質素な白い衣を纏い、顔の半分を覆う仮面を手にした少女だった。
「おお、エリスか」
それまでの厳格な面持ちを和らげ、頭の声に父親としての慈愛が混じる。
「この者の腕を診てやってくれ。……昨日、お前が精一杯の癒やしを施してくれたおかげで、こうして立てるまでになったのだな」
エリスと呼ばれた少女は、音もなくカイに歩み寄った。
彼女の指先が、包帯越しにカイの右腕にそっと触れる。
その瞬間、焼けるようだった熱が、春の陽だまりに溶けるように引いていくのをカイは感じた。
「……今は、痛みを眠らせただけです。無理をすれば、すぐにまた身体を焼くでしょう」
エリスはカイの目を見ることなく、静かに、そしてどこか寂しげに告げた。
その瞳の奥には、今のカイには読み取れない深い「諦め」のような色も宿っている。
「カイと言ったな。……この里の現状を、エリスに案内させよう。我らが何を恐れ、お前に何を求めているのか。それを知った上で、改めて答えを聞かせてくれ」
頭の言葉に、エリスは静かに一礼し、カイを促すように入り口へと歩き出した。




