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誘拐され、騎士団に救われました

 ……はあ、これからどうなってしまうのだろう?

 猿轡を噛まされた口からでは、文句はおろかため息を漏らすことすらかなわず、私はただひたすらうなだれる他なかった。


 日の傾き具合から察するに、おそらく私が誘拐されてから半日程度の時間が経過したらしい。

 私の意識はだいぶ前に戻っていたから、その後は出来る範囲で情報収集を図ってきた。

 といっても今私は全身を縄で縛られた状態で荷馬車の中に転がされているものだから、ぎりぎり見える小窓から軽く外の状況を窺うことくらいしか出来ないのだけれど。

 ついでに言えば窓から見えるのは木々ばかりだったから、結局のところどこかの森の付近を走っているのだろうということくらいしか分からなかったのだけれど。

 それでもまあ、半日くらいならばまだ国境は越えられていないはずだし、国境地帯に差し掛かればたくさんの検問所があるから誰かが異変に気づいてくれる可能性はそれなりにあるのではないかと思う。

 そんな希望的観測を抱くことで、私は不安に沈みそうになる心を慰めていた。


 状況が変わったのは、それから一時間経ったかどうかという頃だろうか。

 突然、かきんという何か金属がぶつかるような音がした。

 さらに響いたのは、何事かを叫ぶ人々の声。

 ……何? 何が起こったというの?

 わけも分からず震えるばかりだった私だけれど、次の瞬間に聞こえてきた言葉にはっと息を呑むことになった。


「我々はイルディア帝国騎士団である! 大人しく取り調べに応じるというのならば、手荒なことはしないと約束しよう。だが、歯向かうというのならば話は別だ。多少強引な手を使ってでも、お前たちの荷を検めさせてもらうぞ!」


 ああ、助けだ。私に救いの手が差しのべられたんだ……!

 どうして王国騎士団ではなく隣国・イルディア帝国の騎士団なのかはわからないけれど、少なくとも彼らは私の敵ではないはず。

 騎士ともあろう人々が誘拐犯に遅れを取るとも思えないので、これで私は救われるに違いない……!

 そう私がほっと安堵の息を漏らしている間に、騎士たちは素早く誘拐犯たちを制圧してくれたらしい。

 まもなくして荷馬車の扉ががちゃりと開けられ、精悍な男性騎士の顔が馬車内へと向けられる。


「っ……! お嬢さん、大丈夫ですか!?」


 こくこくと頷くと、慌てて駆けつけてくれた騎士が縄を切り、そして猿轡を外してくれる。


「はあ、やっと自由になれた……。騎士様、ありがとうございます」

「いいえ、それよりもお怪我などはありませんか?」

「大丈夫です。強いて言えば、縛られっぱなしで体が固まってしまったくらいで。多少節々が痛みますが、少し休めば治る程度です」

「分かりました。では休める場所に移動しましょうか。見たところ誘拐か何かの事件に巻き込まれたようですので、出来れば落ち着いたところであなたのご事情もお伺いさせてください」


 それはもちろん構わない。私一人ではどうにもならなかったところに駆けつけてくれた救世主なのだから、出来る限りの話をしたいと思う。

 騎士はそのままエスコートして荷馬車の外へ連れ出してくれて、私は騎士団に護衛されながら彼らの屯所に連れて行ってもらったのだった。


***


「そんなことが……」

「大変でしたね……」


 とりあえず屯所で一息ついた私はこれまでのことを言える範囲で説明した。

 言える範囲というのは、ここで王子に婚約破棄されて追放された公爵令嬢だと明かしても良いものか判断ができなかったので、ひとまずは相手や自分の身分は伏せてただ婚約破棄されて国を追われたのだということだけ語るにとどめたというのが一点。

 そしてもう一点、誰が何のために私を誘拐したのかは純粋に知らないので説明することができなかった。

 だがまあ、誘拐された当人が自分をさらった人間のことを知らないというのは至極当然のことであっただろう。

 同席した騎士たちは特段深く追求せず、ただただ私の境遇に同情してくれた。


「そういう事情で私はここまで来たのですが……あの、こちらからも少し質問させていただいても?」

「もちろんです」

「それでは、なぜ帝国の騎士団が王国にいらっしゃるのでしょうか? 私がさらわれてからの時間を考えると、ここはまだ王国内ですよね?」

「あっ、そのことなのですが……実は、ここは王国ではありません。れっきとした帝国領土内、しかもかなり帝都に近い場所です」


 は、と思わずぽかんとした顔をしてしまう。

 ちょっと待ってほしい。王国と帝国は隣接した国であるとはいえ、私がずっと暮らしていた王都から帝国に行くには少なくとも一週間はかかるはずだ。

 どんなに頑張ったとしても、こんな短時間で辿り着くような位置関係ではない。


「……嘘ですよね?」

「嘘ではありません。こちらとしても、にわかには信じがたいのですが……しかし、あなたのお話と状況を照らし合わせると、考えられるのはあの誘拐犯らが『ゲート』を使ったということになるかと」

「ゲートですって!? そんなまさか……!」


 ゲート――それは、遠距離をあっという間に移動できる奇跡のような装置だ。

 その名の通り門扉のような形状をしていて、中に足を踏み入れると別のゲートが設置されているところへと一瞬で移動することが可能である。

 だからこれを使ったということならば、私が長距離をありえないほどの短時間で移動して帝国に辿り着いたという現象にも納得できる。

 しかし、動かすには神聖力と呼ばれるとても特別で大きな力が必要だ。神聖力を生み出す魔晶石と呼ばれる鉱物は、非常に稀少かつ高額なものである。

 そんな事情から、ゲートは各国の要所にほんの少数しか設置されていない。また、そのいずれもが国王・皇帝の名のもとに厳重に管理されている。

 利用には王族・皇族による特別な許可が必要で、間違ってもそこらの誘拐犯が使えるような代物ではない。

 騎士だって、もちろんそのことは理解していただろう。その証拠に、彼らはゲートを使った可能性を指摘しておきながら自分で自分の言葉に半信半疑といった表情を浮かべている。


「誘拐犯の供述はどうなっているのですか? ゲートを使ったと言っているのでしょうか?」

「それが、実は……大変申し訳ないのですが、全員取り逃がしてしまいました」

「……えっ? 全員!?」

「我々の存在を見てとるや、彼らはほとんど戦闘することもなくすぐに逃げていったのです。もちろんこちらもきちんと訓練を受けておりますから、即時追尾体制に移行しました。それでも追いつけなかったというのは……相手もまた只者ではなかったと、それなりの訓練を受けた手練の集団だったと、そう思わざるを得ません」


 つまり、騎士たちが強かったから戦闘があっさり終わったわけではなく、そもそも戦闘自体がろくに行われなかったということだったのか。

 考えもしなかった事実を突きつけられ、私は戸惑うしかない。


「そんな手練が、なぜ私を誘拐したの……?」

「分かりません。ありがちなのは身代金目的かと思いますが、家や国を追われたというお嬢さんの立場を考えると何とも……。あとは物取りなども考えられますが、とりあえずお嬢さんの荷物は残っていたようで……あっ、荷物は今持ってこさせます。一応無くなっているものがないか、中身を確認してもらえますか?」


 そう言って持ってきてくれたのは、継母に持たされた鞄だ。元来中身をちゃんと確認出来ていたわけではなかったけれど、特に奪われたものなどはないように思われる。

 まあ、もとから金目のものなどろくになかったから、当然といえば当然かもしれないけれど。

 唯一気になったのは、私が一つだけ自分自身で追加した物の存在。実は、ソレイユ殿下に突き返されたロケットだけは持ち出すことが出来ており、辻馬車が動き出した後に鞄の中に入れていたのだ。


「良かった、あったわ……。このロケット、殿下がほしいと強くおっしゃったからお渡ししていたけれど、実はお母様の数少ない形見の品の一つだったのよね。国を追われた今、これだけでも手元に残ったのは本当にありがたいことだわ。……騎士様、特に奪われたものなどはないようです」


 ロケットを大切に握りしめながら報告すると、なぜかこの場にいる騎士たちが凍りついたように動きを止めて私の手元に――より正確に言えばロケットに、視線を送っていることに気付いた。


「あの、何か?」

「申し訳ございませんが、あの、お手元のロケットを見せていただくことは出来ますか?」

「それはまあ、構いませんが」


 騎士にロケットを渡すと、他の騎士たちもわっと集まってくる。

 裏表をまんべんなく確認し、金色の表面に刻まれた紋章をことさら丁寧に検分した彼らは、信じられないと言った様子で口々に「嘘だろ」などと呟いていた。


「あの、私のロケットが何か?」

「お嬢さん、このロケットはどこでどうやって手に入れたものですか?」

「私の母のもので、母亡き今は数少ない形見の品なのですが……」

「お母様、ですか……? もしやその御方は、紫色の髪に金色の瞳をしておられますか?」

「ええ、そうですが……」


 私は紫色の髪は母から受け継いでいるが、瞳は父譲りの赤色だ。だから何も知らない人がどうして母の目の色を当てられたのだろうと思ったのだけれど、次の瞬間そんな疑問を口にする余裕を失ってしまった。

 目の前にいる騎士が、突然涙を流し始めたからである。


「ど、どうされたのですか!?」

「お嬢さん……いえ、皇女殿下」

「……はっ? 何を……?」

「このロケットは、ただのロケットではありません! 我が帝国の皇族が、生まれたときに皇帝陛下より賜る皇族の証でございます。中でもこの紋章は、行方不明となっているシエナ皇女殿下のもの。皇女殿下の御娘であられるのなら、あなた様もまた我が国の皇族に連なる御方となるのです……!」


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