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The Second Choice of MIRA  作者: ゆぴろ ✎*


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第4話 選ばれなかった方

ユイが死ぬ前に、何を見ていたのか。


シンは、死亡記録に残された参照履歴を辿り始める。そこで見つけたのは、ユイが短期間に何度も開いていた一件のAXIA相談記録。


相談者が最終的に選んだのは、MIRAの第一推薦だった。それでも内部評価では、選ばれなかったもう一つの候補が、すぐ後ろに残り続けている。


そして、その理由を辿った先に、見慣れないコードが現れる。

ユイの最後の文章を、シンはあれから何度か読み直した。


読むたびに同じところで引っかかり、読むたびに、その引っかかりを言葉にできなかった。言葉遣いも、考え方も、最後の軽口も、どこにも間違いはない。ただ、書いている姿が浮かばない。それは感覚であって、根拠ではなかった。感覚を何十回確かめても、根拠には変わらない。


だから今朝は、文章を開かなかった。


確定済みの死亡記録には、監査の過程で保存された関連記録がいくつか付随している。その一つが、死亡前のしばらくの期間に、ユイが業務で参照した記録の一覧だった。ユイの業務記録すべてではない。案件に関連するものとして保存された範囲だけだ。それでも、死ぬ前のユイが何を開いていたかは、ここから辿れる。


何を書いたかではなく、何をしていたか。確かめられるのは、そちらの方だった。


始業の一時間前のフロアには、まだ誰もいなかった。シンは自分の席で一覧を開き、日付の古い方から順に読んでいった。


大半は見覚えのある種類の記録だった。調査部門の報告資料、技術部門への照会、過去の調査案件、内部規定の改訂履歴。シンが同じ部署にいた頃、ユイと一緒に開いたものもいくつかある。案件名を見るだけで、そのときユイがどんな顔で画面を覗き込んでいたかまで思い出せた。


一件だけ、種類の違う記録が混じっていた。


AXIAの過去相談記録。


当時のユイはAXIAの所属ではない。それでも参照経路の欄には、調査部門からの正規の業務照会として記録が残っていた。規定の外で覗いたわけではない。


シンが目を止めたのは、同じ案件番号が一覧の中に何度か現れることだった。日付を変えて、短い期間のうちに、ユイはこの案件に繰り返し戻っている。調査の途中で何かを見返すことは珍しくない。ただ、案件名と相談区分を見るかぎり、ユイが何度も確かめに来るような記録には見えなかった。


相談区分は、生活拠点の選択。


シンは案件番号を選び、記録を開こうとした。


現在の参照区分では詳細を表示できません。


画面にはそれだけが出た。案件番号は存在している。アクセス履歴も残っている。相談本文と、その詳細に届かないだけだ。


見えない。それだけだ。


シンは表示を閉じ、同じ案件番号で別の記録を探した。相談本文とは別の系統に、推薦結果の要約が保存されていた。監査のために作られるダイジェストで、相談の中身までは含まない。こちらは今の区分でも開けた。


案件の概要は、そこから読み取れた。


相談者は四十代の男性。現在の生活圏に住み続けるか、トーキョー圏の外にある内陸の地方都市へ移るかを検討していた。相談を受け付けた時点の本人の希望は、別地域への移転。MIRAの第一推薦は、現在の生活圏に残ること。そのずれがあって、AXIAの案件になった。相談と再評価を経て、最終的に本人が選んだのは第一推薦の残留だった。


ごく普通の案件だった。何かが揉めた形跡もない。移ることを考えて相談に来て、話をして、残ることにした。AXIAでは、よくある流れだ。


第一推薦の理由も、読んでいて引っかかるところはなかった。今の職場への通勤を続けられること。長く通っているかかりつけ医から離れずに済むこと。近くに住む姉が、何かあったときに頼れる距離にいること。どれも具体的で、どれも本人の生活に即している。この理由が並んでいれば、残留が推薦されるのは自然だった。


第二候補の方は、反対の理由が目についた。移転先の住居費は今より高くなる。今の支援網から離れる。移転先での仕事は、相談の時点ではまだ決まっていなかった。本人が移りたいと考えていた事情は、読めない本文の側にあるのだろう。ただ、表に出ている条件だけを比べれば、第二候補が第一推薦に並ぶ理由は見当たらない。


そう思って内部評価の欄まで読み進めたところで、シンの手が止まった。


第二候補は、一応並べられた代替案という扱いではなかった。第一推薦との優先差は小さい。高優先の候補として保持。再評価の対象として、相談終了後も記録に残されている。


選ばれなかった方が、選ばれた方のすぐ後ろにいた。


シンは、まず普通の説明を探した。


一つは、本人の移転希望だ。相談に来た時点で、本人は移ることを本気で考えていた。その希望が評価に反映されていたのなら、第二候補が高く残るのはおかしくない。ただ、ダイジェストの最終欄では、本人自身が残留を選んでいる。少なくとも、相談開始時の移転希望だけで、相談終了後まで第二候補がこれほど強く保持されている理由を説明するには足りなかった。


健康上の理由も考えた。だが通院の条件は、むしろ残留の側に働いている。家族の事情も同じで、頼れる姉は今の生活圏にいる。将来の仕事の変化も、移転先での就業が未確定である以上、第二候補を押し上げる材料にはならない。追加で入力された価値情報があったのかもしれない、とも思った。けれど、ダイジェストに残る追加入力の記録は、残留の側を補強するものばかりだった。


表から見える理由では、足りない。


足りないことが、そのまま何かの異常を意味するわけではない。ダイジェストは要約であって、評価のすべてではない。要約から落ちた事情が、読めない本文の中にあるのかもしれない。シンはそう考えながら、内部評価の欄を最後まで読んだ。


そこには、評価に使われた参照がいくつか並んでいた。住居費評価、通勤負荷評価、通院環境評価。どれも項目の名前がそのまま付いていて、名前を見れば何を評価したのかが分かる。


第二候補の欄にだけ、名前のない参照が一つあった。


補助評価参照 AUX-17


赤い表示もなければ、注意書きもない。ほかの参照と同じ書式で、同じ大きさの文字で、並びの一番下に置かれている。見落としても不思議ではない一行だった。


シンはユイのアクセス一覧に戻った。この案件への参照を、一件ずつ開いて確かめる。最初の数回、ユイが開いていたのは相談本文だった。その後の参照は、ほとんどがこのダイジェストに向いていた。最後の数回は、ダイジェストの内部評価の欄まで表示した記録が残っている。


ユイも、この一行を見ていた。


背後で扉の開く音がした。


「早いね」


ミオだった。上着を脱ぎながら、自分の席へ向かう途中で足を止める。


「過去案件?」


「昔の記録だ」


「AXIAの?」


「ああ」


ミオはそれ以上画面を覗こうとはしなかった。鞄を机に置き、壁の時計に目をやる。


「始業まで二十分。朝ごはん食べた?」


「食べた」


「そう」


ミオは少しだけシンの顔を見て、何か言いかけたようだったが、結局そのまま自分の端末を立ち上げた。フロアに、二人分の小さな作業音が戻った。


シンは内部検索の窓を開き、AUX-17と入力した。


結果はゼロ件ではなかった。


AUX-17


内部評価参照


詳細:現在の参照範囲では表示できません


コードそのものは、検索の索引に存在している。何かを指し示す参照として、制度の中に登録されている。ただ、それが何を評価するものなのかを説明する文書には、今のシンの範囲では届かない。


最終監査の開始参照のときと、似た表示だった。シンはそのことに気づき、すぐに結びつけるのをやめた。開始参照は死亡案件の監査記録で、これは相談案件の推薦評価だ。記録の種類が違う。表示が似ているというだけで、同じ理由で見えないとは言えない。


ユイが同じコードを、ほかの案件でも見ていなかったか。シンはアクセス一覧をもう一度最初から追った。だが一覧に残っているAXIAの相談記録は、この一件だけだった。案件に関連して保存された範囲の外で、ユイが何を開いていたのかは、ここからは分からない。コードから関連する案件を辿れないか検索条件を変えてみたが、返ってくるのは、コードが存在するという同じ一行だけだった。


シンは椅子の背にもたれ、画面に並べた記録を見渡した。


ユイの死亡記録。死亡確認の三十四分前に始まった最終監査。ユイらしいのに、ユイが書いている姿だけが浮かばない文章。そして、その横に、見知らぬ男の生活拠点の相談。


どこかで、シンは思い込んでいた。死ぬ前のユイが向き合っていたのは、ユイ自身の身に起きることにつながる何かだったのだろう、と。だから、ユイの最後の数日を辿れば、ユイの死の方へ近づけるはずだと。


一覧の中でユイが何度も戻っていたのは、四十代の男が住む場所を決めた、ありふれた記録だった。


ユイはこの男を知っていたわけではないだろう。相談の中身だけを見たかったのなら、本文を開いた時点で用は済んでいたはずだ。それでもユイは、ダイジェストに戻り、内部評価の欄を開き直している。


シンは第一推薦の理由を、もう一度上から読んだ。通勤。通院。近くにいる姉。足りないものはない。


次に、第二候補を見た。


表から見える理由では、やはり足りなかった。そして、その説明のつかない第二候補の欄には、名前のない一行が残っている。


補助評価参照 AUX-17


「……何を参照してる?」


返事の代わりに、画面には同じ一行が残っていた。


AUX-17。


(第4話 了)

ユイが死ぬ前に何度も開いていた、ありふれた相談記録。


そこに残っていたのは、選ばれた答えではなかった。選ばれなかった方。説明のつかないほど高く残された第二候補。


そして、その評価に紐づいていた一行。


補助評価参照 AUX-17。


ユイは、これを見ていた。


では――AUX-17は、何を見ていたのか。



『MIRA』

進学、就職、居住地など、人生の大きな選択を支援する推薦システム。「第一推薦」「強く非推奨」「許容」「条件付き代替案」などの評価を示す。新しい情報が加わることで、再評価や条件の追加が行われる場合がある。


『AXIA(人生選択調整部門)』

MIRAの推薦と本人の希望が大きく食い違った際の相談窓口。本人から事情や価値観を聞き取り、必要な情報をMIRAへ追加する。AXIA自体が推薦を書き換えることはできない。


『再評価』

新しい事情や価値情報をMIRAへ追加し、選択肢をあらためて評価する仕組み。情報が増えても、一方だけが強くなるとは限らない。複数の選択肢の理由や条件が、それぞれ具体化される場合もある。


『推薦外の選択』

MIRAの第一推薦以外を選ぶことも可能。必要に応じて支援条件や再評価の時期などが設定される。


『内部評価』

MIRAが選択肢を評価する際に用いる内部情報。住居費、通勤負荷、通院環境など、複数の参照情報が評価に使われる。利用者向けに見える理由だけでは、内部評価のすべてを確認できない。


『AUX-17』

内部評価に使われていた「補助評価参照」。検索索引上には存在するが、シンの現在の参照範囲では詳細を確認できない。ユイが繰り返し見ていたAXIA案件の第二候補にも紐づいていた。


『最終監査』

案件の確定に伴い、記録の保全や事後確認を行う処理。死亡確認後に限らず、生存の見込みが極端に低い場合などには、それ以前に開始されることもある。ユイの最終監査は、死亡確認より三十四分前に始まっている。


『開始参照』

最終監査が何を根拠に開始されたのかを後から辿るための参照情報。通常は最終監査の開始時に紐づく。ユイの記録では「詳細を表示できません」となっており、中身を確認できない。


『シンとミオ』

ともにAXIAで相談対応を担当。シンは以前、調査部門に所属。ミオとは当時から面識があった。


『ユイ』

シンが調査部門にいた頃の相棒。公式記録上の死因は「自殺」。最後に残した文章は内容や言葉遣いこそユイらしいが、シンはその書かれ方に違和感を覚えている。死亡前には、あるAXIAの過去相談案件を繰り返し参照していた。


『ヴェル』

記録や参照履歴を扱う技術部門の職員。シンが調査部門にいた頃から面識があり、システム仕様について相談できる相手。

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