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神統断片拾遺 反逆神 ディット・グー・ドーズ その1

 さて第二の座の神について述べて行きたいと思う。万夜(ばんや)と終焉を司る、反逆神ディット・グー・ドーズ。聖嵐神とひとつの光より分かれ出でた、双子の弟神である。されど、その名の示すとおり、神々の歴史において、この神ほど忌み嫌われる者はいない。バルギニア版統一神書は、次のように記す。


  第二の座、万夜と終焉を司る男神。始原が御身を裂きたまいしとき、最初にこぼれ出でし大いなる光が二つに分かれ、その暗き片割れ、夜を負いて生まれたるが、この神である。兄神シャナル・コーハル・ヴェルフィナと、本はひとつの光を分かちし、双子の弟にあたる。


  その御姿は、兄神とはまるで異なる。兄が天を衝く雷雲の威容なれば、弟は、たおやかにして、あえかに美しい。背に流るる長き黒髪は、夜の帳(とばり)のごとくつややかに、ひと筋の乱れもなく垂れ、肌は月光のごとく青白く、血の気うすきその美貌は、見る者の魂を、しらず惹きつける。憂いをふくんだ切れ長の瞳は、星ひとつなき夜空のごとく深く、底が知れぬ。御声は低く、甘く、絹のごとくなめらかにして、ひとたび語れば、聞く者の胸に、心地よき眠りにも似たやすらぎが、しのび入るという。

  されど、人よ、この美しさにこそ、最も心せねばならぬ。麗しき姿は、底知れぬ毒を隠す杯にひとしい。この神の内には、生まれ落ちしその時より、兄への妬みと、世を呑まんとする昏(くら)き野心とが、とぐろを巻いていた。

  第二の座に甘んじ、兄が至天の光輝として崇めらるるを、この神は深く恨んだ。なにゆえおのれのみが、夜の側、影の側に置かるるのか、と。やがてその恨みは、世界そのものへの憎しみへと膨れあがった。生けるものが光のもとに栄えるを妬み、ことごとくを己が夜のうちへ引きずり込み、終わらせ、そののちに、おのれ一柱が頂(いただき)に立たんと欲したのである。

  ついにこの神は、父たる始原に弓引いた。八柱のうち、ただ一柱、おのれを生みし祖に刃を向けし、許されざる大逆である。これより、世を二つに裂く千年の闘争が始まった。

  その操りし万夜の魔導は、世にもおぞましき邪法であった。ものを生み出すにあらず、ただ歪め、ねじ曲げ、腐らせる。触れたる大地は朽ち、清き水は澱み、生けるものは正気を失いて、おぞましき万夜の一族へと堕とされた。さらに恐るべきは、その甘き弁舌である。慈悲深きふりを装い、安らぎを与うると偽りて、迷える者、弱れる者へ近づき、その魂を闇のうちへと誘い込み、二度と帰さなかった。救いを騙(かた)る、世にもっとも卑劣なる手口であった。

  かくのごとき悪逆、神々の容(い)るるところとならず。ついにこの神は、双子の兄、聖嵐神の御手によりて、闇界の最下層、光ひとすじ届かぬ混沌の底へと、永遠に封じられた。これぞ、おのれの罪に見合うた、当然の報いである。その操りし万夜の魔導は、三大禁忌のうちでも、禁忌というより異端とされ、これに触れる一切の記録は、一文字たりとも残さず焼き捨つべしと定められた。

  ゆえに、世の人よ、ゆめ忘るるな。麗しき夜の貌(かお)に、心を許してはならぬ。やすらぎめいた甘き声に、耳を貸してはならぬ。これぞ、始原に弓引きし唯一の神、世にもっとも美しく、世にもっとも恐るべき、邪神なり。


 これが、いかなる版の統一神書にもおおむね共通する、世に流布する反逆神の姿である。美貌の邪神、始原に弓引きし唯一の大逆者、甘き声で魂を誑(たぶら)かす者。闇界の主であり、あらゆる生きとし生けるものを蔑するもの。人類の敵であり、打ち果たされなければならぬものである。

 

 しかし、神統学者の中で議論され続けていることがある。なぜかの神は始原神に弓引くに至ったのか、聖嵐神は何故うち滅ぼすことなく封じることで終えたのか、そして反逆神といまでは呼ばれるが、その初めからしてそうであったのか。悩ましいことに、その研究は一歩間違えれば異端となるがゆえに、関心は呼びこそすれど、進んでいないのが現状である。この度は、ファーマディア派聖母神協会 ジャスル・エーグルハ大司教の思し召しで、特別にかの神について論じ、書き記すことを許され、つづることとなった。かの神が邪なるものであることには変わりないが、偉大なる神であることもまた事実である。本章は神統の歴史における事実を、知りえた史料から伝えるものであり。かの神の行いの是非や、正邪を問うものではないことを先に断っておく。


 かの神に魅入られたものがどうなるか、この先を読み進めるものへの警句として、2つの事例を紹介したい。万夜の神に魅入られたものの寓話としてよく知られている話である。


 ひとつは、王国歴1298年、実り豊かな谷を治めた女領主イゼルダの話である。富にも美貌にも恵まれた彼女は、ただ一つ、それらをいつか失うことだけを、何よりも恐れた。老いること、奪われること、移ろうこと。そのおびえと我欲に、甘き声がつけ入った。「お前のものを、永遠に、お前のものにしておいてやろう」と。万夜の術を授かったイゼルダは、おのれの谷から「終わり」を締め出した。花は咲いたまま枯れず、果実は実ったまま熟れず、領民は老いもせず、されど死ぬこともできなくなった。移ろいの止まった谷は、やがて生きながらの腐臭に満ち、永遠の夜に沈んだ。イゼルダはただひとり、変わらぬ若さを鏡に映しつづけ、誰もいなくなった館で、黄金を抱いて朽ちていったという。すべてを手放すまいと握りしめたその手の中で、すべては腐るのである。


 いまひとつは、王国歴1417年、セレント公に仕えた、ザイドという野心家の家臣がいた。才ある我が身を、低き位に甘んじさせられていると信じ込み、彼は主君と、自分の上に立つ者すべてを、内心で見下していた。その驕りに、甘き声が囁いた。「なぜ仕える。お前の上の者を終わらせれば、その座は、お前のものだ」と。万夜の術を得たザイドは、主君を、同僚を、邪魔な者を、ひとりずつ夜のうちに「終わらせ」、ついにセレントの位を奪い取った。だが、玉座に就いた彼が見たのは、術に蝕まれて朽ちゆく都であった。兵は万夜の一族と化し、臣下は影のごとくうつろい、誰ひとり、まことに彼へ従う者はいなかった。空(むな)しき都にただひとり君臨したザイドは、やがておのれの招いた闇に呑まれて消えた。人の上に立たんとして人を踏みにじる者は、最後に、誰もいない頂で、ひとり朽ちるのである。


 これらの二名は史実を調べると、その本性は善なるものであったことがわかっている。女領主イルダは治める谷が豊かになるよう、農業を発展するために学者を招き、谷の気候にあった作物を積極的に育て、交易で稼ぎ、領民の生活を第一に考える名領主であった。ザイドも野心家と書かれるが、その実は主君を立て、足らないところを補い、家を盛り立て、佞臣を退ける優秀な家臣であった。使えたセレント公からの覚えもよく、それぞれの子の婚約を結ぶほどであり、驕り嫉むような人物ではなかった。ではなぜ、かのニ人は万夜に落ちてしまったのだろうか。


 史実はこうである。イルダは領主を継ぐこととなった前領主である夫との間に一人子をなしていた。その子を次の領主にすべく統治に奔走していたのだが、あるときその子が熱病にかかり、7夜熱にうなされ、手立てなくその命を失おうとしていた。大事な一粒種を失うことの恐怖から、イルダは子の生を願い、死を遠ざけんと祈ってしまったのだ。子を思う母の切なる願いを反逆神が聞き入れてしまい、純なるその願いは歪められ、結末は記したとおりである。


 サイドも事情は伝え聞くものと違う様相を示している。長年使えたセレント公が隣国との戦争で矢傷を受け、倒れてしまった。後継者の子が幼かったため、セレント公の弟デアントが公爵の後を継いだ。セレント公ほどの才あるものではなかったが、平凡でもなかった弟ではあったが、兄との比較を受けていくなか、自身の功を課題に吹聴するようになり、兄の功績を貶めることをし始めたのである。セレント公を敬愛していたサイドにとって弟の仕打ちは耐え難いものではあったが、主君である以上、ときに諫め、ときに耐え過ごしていた。一線を越えたのが、デアントがセレント公の子の継承権を廃し、己が子を次期公爵としようと暗躍したことに始まる。セレント公に疎まれ閑職に追いやられた家臣を取り立て、信あった家臣を遠ざけていき、領内を手中に置かんとしたのである。サイドはその行いを見ていく中、セレント公が守り育んできた領地が公爵家が、ただ一人の我欲によって汚されんとするのを見ていられず、弟とはいえなぜあのようなものが血筋のみで公爵として上に立っているのか怒りを覚えてしまったことが悲劇の始まりであった。サイドは一瞬とはいえ、使える主を疑ってしまった、その油断をかの反逆神に付け込まれたのである。仕えるべきでないものに仕える必要なく、弑し道を正すべきだと囁かれ、誘惑に負けてしまったのである。デアントをはじめ佞臣を万夜の術にて弑したが、語られるように、領地領民すべてを万夜の手に堕ちいさせてしまったのであった。


 このように、いかなる善なるものであっても、寧ろ善でありすぎたために、反逆神の囁きに堕ち、破滅を迎えることになってしまうのである。かの神の囁きは、いつどこでも響いている。人の強き思い、嘆き、悲しみ、慟哭、願い、怒りに甘き声にて救いを与え、されど代償に破滅を給うのである。だからこそ我々は常に心していなければならないのである。


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