第102話「嬉しいよ」
「つまんなーい!」
ついに始まった1年に1度の祭りに賑わうこの学園の中でただ1人、椎名明日香は嘆きの声をあげていた。
「なんだようるせーな」
その横を歩く天神煉は仕方なさそうにその明日香の相手をする。
「だってせっかくの魔導祭なのに、なんで私はこんなむさ苦しい野郎2人と周んなきゃならないのよ!」
「そりゃお前が魔昼にフラれたからだろ」
煉の横にいる加賀斗にそのことを指摘されると、そのことが余計気に触れたようで、明日香は両手を高らかに上げて反論する。
「フラれたんじゃないし! ちょっと今日は別にやりたいことがあるからってことで断られただけだし!」
「うわー、避けられてるのに気づいてないのか」
「1番嫌われるタイプだな」
「はぁー!? 私が嫌われてるわけないでしょ! そういうことなら煉、あんたまたなんか魔昼ちゃんとしょうもない喧嘩してるんじゃないでしょうね」
「いや別に何もねーよ、今は」
確かに煉は比較的しょうもない理由で魔昼とはよくいがみ合っており、そのことに対して自覚もあるので発言の最後に『今は』と付け足していたのだが、ふとそこまで言ったところでそういえば今朝、彼女とあったときに妙なことを言われていたのを思い出した。
ーーー
数時間前。
『お前ってアホなのか?』
『いきなり何よ! 失礼ね!』
学生寮の廊下で出会い頭に煉からの罵倒を受けた魔昼は吠える。
『いやその服装から察するにお前これから裏山辺りで鍛錬しに行くつもりだろ』
『その通りだけど、それがどうしたっていうのよ?』
煉の指摘通り彼女は学校から支給された運動ジャージに身を包み非常に動きやすい服装だった。別にそれは授業のない休日の学生としては正しい姿なのかもしれないが、あいにく今日は休日であってただの休日ではないため、また話が変わってくる。
『いや普通、文化祭より鍛錬は優先させないだろ、1年に1度のお祭りだぞ』
煉は至って正論を魔昼に叩き込んだつもりだったが、魔昼はそれに対して『やれやれ』と言わんばかりに大袈裟に首を振ってから答えた。
『バカね、こういうみんなが浮かれてる時こそ差を詰めるチャンスなのよ』
ドヤ顔でそう言ってから彼女はこの場を去っていき、ただ1人残った煉はその背中を見つめながら言った。
『絶対、俺の方が正しいぞ』
……
「あれ面白そうじゃん」
お互いに文句を言い合いながらも煉、加賀斗、明日香の3人は何だかんだで魔導祭を一緒に周っていて、その中で煉は中庭に置かれていたとある店にその興味を示した。
「何あれ? 射的?」
「こんなもんまであるのか」
煉に急かされるまま明日香と加賀斗はそのまま射的屋の前にできた列に加わる。
「玉は5発か」
代金と交換で渡されたコルクの数は加賀斗言う通り5つ。それをそのまま通された先の机の上に並べられたコルク銃に込める。
「お前らなに狙いなんだ?」
銃を構えながらも煉は他の2人が何狙いなのかを聞いてみた。
「うーん、私はあのクマのぬいぐるみかな? 可愛いし」
「俺はあのモデルガン! かっこいいからな」
「おい待て! あのモデルガンは俺の標的だぞ他のにしろ!」
「うるさい、しるか」
加賀斗は煉の抗議を完全にスルーしてそのまま素早くコルク銃を構え発射した。パシッ! その時、確かに放たれたコルクが何かに当たる音がして、煉は一瞬肝を冷やしたが
「クソ、外れたか」
加賀斗が撃ち取っていたのはモデルガンの1つ下の段に置かれていたお菓子だった。それを見て煉は一安心して胸を撫で下ろしたが、またすぐに加賀斗が次のコルクを装填し始めたのに気付き、負けじと大急ぎで自身の銃にコルクを込め始める。
「あ、当たった」
そんな安物モデルガンを巡る煉と加賀斗の早撃ち対決の真横で、明日香は宣言通り見事に、コルク銃の衝撃ではどうにもならなさそうだった熊のぬいぐるみを撃ち落とすことに成功していた。
「は!?」
「うまっ!!」
本来なら狙い通りの的に当てることすら困難なこの銃で僅か1撃でターゲットを仕留めた明日香の腕前に他の2人は驚愕していた。
「あと4発も残ってるし、私もあのモデルガン狙っちゃおうかな~」
『わー! やめろ! やめろ!』
たった今、格の違いを見せつけられ、このまま彼女の参戦を許せば間違いなく標的を横取りされると確信した煉と加賀斗は大慌てでそれを止めようとする。そんな2人の取り乱す姿を見て、明日香は楽しそうにくすりと笑った。
「冗談よ。後は適当にその辺のお菓子でも取るから2人で気が済むまで勝負すれば」
……
数分後、明日香の手にはクマのぬいぐるみといくつかのお菓子、加賀斗の手には最初に当てたお菓子1つ、煉の手には最後、店を出る前に貰えた参加賞の駄菓子が1袋あるのみだった。
「まあ景品を1つでも手に入れたんだから今回の勝負は俺の勝ちだな」
「はぁ!? 勝負の内容は標的のモデルガンをどっちが先に落とすかだろ? 結局どっちの手元にもモデルガンはないんだからこの勝負は引き分けだ!」
「いや勝負の内容はどちらがより多くの景品を取るかだったはずだ」
「ふざけんな! 勝手にルール変えんな!」
「変えてんのはそっちだろ!」
そんな低レベルの喧嘩を真横で始められた明日香は、『いや変えたも何もその場のノリで勝手に勝負を始めたんだから、明確なルールなんて最初からないでしょうが』と突っ込みたかったが、下手に口を挟んで巻き込まれるのも嫌だったので、ひとまず話題を変えることにした。
「ところで次はどこに行くの?」
「そうだなー、もういい時間だしそろそろ飯にするか?」
「祭りで飯といえばたこ焼きか!」
「バカ! 焼きそばに決まってんだろ!」
「ふざけんな!」
変更した先の話題でも、喧嘩し始める2人の姿を目の当たりにして『もうこいつらダメだ』と思った明日香は仲裁するのも面倒なのでこの場に2人を置き去りしようとさえ考えた。
だがそれを実行するより先に、2人の間に割り込む者が1人いた。
「馬鹿者! 祭りといえばチョコバナナじゃろうが!」
『え?』
祭りの日に何を食べるべきか論争に新たな一石を投じたその人物はやたら大きな麦わら帽子に被り、顔にはダサい色眼鏡に黒マスクとパッと見はただの不審者だが、ここにいる3人全員その声には聞き覚えがあった。
「ひょっとして母さん?」
出来ればそうであってほしくはないが、違えば違うで中々怖いという、少々複雑な気持ちで煉はそれを聞いた。
「なんじゃ! そんなことわざわざ確認しなくても分かるじゃろ! 生みの親に対して失礼な」
(ああ、この頭悪そうな感じ間違いなく母さんだ)
「蓮華さん、今は変装中だということをお忘れなく」
その後ろから蓮華とは違って特に防止やマスクなどで顔は隠さず、普段と同じ格好の天神花火が姿を現した。
「おお、そうじゃったな花火! 私は今、お忍び中だった」
「父さんも来てたのか」
「今日はみんなで紅蓮の応援をしに来たんだ」
天神紅蓮、煉の実の兄である彼はこの後行われる魔導祭のメインイベント、対抗戦2年の部に出場しそこで神原学院の代表選手と死闘を繰り広げる予定になっている。しかし煉は前日、同じように1年の部で代表選手の1人として対抗戦に出場していた。
昨日は一般開放されていない前夜祭の催しとして行われたので仕方がないことではあるが、今の花火の発言は紅蓮のことだけを依怙贔屓しているように聞こえ、煉はそのことが少し面白くなかった。
「俺の時は見に来なかったくせに」
その想いを抑え込めず、ぽろっと本音がその口からこぼれてしまう。
本人はそのことに『しまった!』と慌てて口を抑えたが、言われた側の蓮華は何食わぬ顔でこう答えた。
「いや昨日も見とったぞ」
「え?」
「学校側から特別許可を貰って実はこっそりね。教えてあげれば良かったんだけど、僕と母さんはこのところ少し忙しくて、本当に行けるかどうかは直前まで分からなかったから」
天神は今の魔導界でも重要な役割を占める、御三家の一角である。特に蓮華の方はその当主であり、また同時にたった7人しかいない魔導協会の最高戦力、極天魔導士の1人でもある。そのため日々様々な業務に追われ多忙の日々を送っている、そのため昨日、今日とこの神森学園にお忍びで遊びに来ることは口で言うほど簡単なことではない。
「お主が神原家のガキに殴られた時は、思わずリングごと爆炎で葬ってやろうかと思ったが花火に止められたってしまってのう。あの時は助けてやれず、すまんかった」
両手の平を合わせて謝罪してくる蓮華の言葉がどこまで本当で、どこからが嘘なのか、息子である煉でも見極められずにいたが、今の彼にとってそれはどうでもよかった。
「いや別に、傍で応援しててくれただけで俺は嬉しいよ。その……ありがとな」
照れくさそうにしながらもきっちりとお礼を言う煉の姿を見て当事者でもある蓮華と花火は勿論、先程まで煉といがみ合っていた加賀斗でさえ少し心が温まった。しかし彼女だけは少し違った。
「いいなー」
風の中に消えた彼女、椎名明日香のか細い声。しかしそこには確かに彼女だけの強い想いが乗せられていた。
続く




