第101話「いいことしたな」
ドン! ドン!
上空では景気よく花火が数発打ち上がる。それはこの2日に渡る長い祭りの開催を知らしめる合図だった。
「始まったな」
私、片桐夏樹は普段、自分達が利用している特別クラス1年の教室の窓から、この校舎に向かって押し寄せる人の群衆を見下ろしながらそう言った。
「どこから周りますか?」
私の右隣にいる臼井桃子は興奮気味に問いかけてきた。さっき彼女自身が言ってたが、どうやらこの魔導祭が楽しみすぎて昨日はあまり寝れてないらしい。
「当然、まずはお化け屋敷からね」
私の左隣りでそう言う黒森も今日はいつもに比べて興奮気味の様子に見える。
「まあまだ明日もあるんだから色々楽しもうな」
まあかくいう私も当然、今日という日をとても楽しみにしていたのは同じで、一秒でも早くこの祭りを楽しむため先頭に立ってこの教室を後にした。
……
数分後、私達は黒森の押しに負け、お化け屋敷を開いている3年2組の教室に訪れていた。
まだ開催されたばかりでさらに3階という比較的奥の方の教室で開かれていることもあり特に待たされるということもなく私達は中に通される。
当然中は薄暗く、入り口で手渡された懐中電灯で足元を照らしながら3人横一列に並んで進んでいると。
「うらめしや~」
どこからともなく聞こえてくる不穏な声と共に目の前から火の玉が3つほどノロノロと迫ってくる。
「ひゃー!! ごめんなさーい!! 明日からは嫌いなトマトもちゃんと食べます!」
「何について謝ってるねんお前は!」
それを見た途端なぜか嫌いな食べ物克服宣言をした桃子に反射的に突っ込んでからも、私はもう一度こちらに近付いてくる火の玉を見つめた。
「これ良くできてるなーって思ったけど、魔法で作られた本物の炎か」
「そうみたいね。まあその方が費用も削減できるから中々賢いわね」
「けど一応本物の炎ってことだろ? 危なくないか?」
「さすがにその辺は術者の方で温度調節してるんでしょ、ほらこの距離でも全然熱くない」
黒森はそう言いながら私達の真横を通り過ぎようとする火の玉に向かって手を伸ばしてた。私もそれに習って火の玉に手を近づけたが確かに指先が若干ぽかぽかするくらいの熱しか感じなかった。
「本当だ、魔法って便利だな」
……
火の玉とすれ違ってからまた少し歩くと、今度はいかにもなボロボロの白装束を着て顔色が悪い女性が壁から飛び出してきた。
「呪ってやるー!!!」
「ぎゃーーーー!!!!!」
桃子は甲高い悲鳴を上げながら隣にいた黒森の足元にしがみついた。そのせいで黒森は一瞬、体勢を崩しかけたが何とか踏みとどまり、それから淡々とこの女幽霊を解説しだした。
「これは精霊ね、わざわざこのためだけに作るなんて意外と気合が入ってるようね」
「ああ、だから足がないのか」
この幽霊は膝の辺りから下の存在がきっちり無くなり明らかに宙に浮いているので、どういう仕掛けなのかと思ったらそもそもこれは人がお化けの扮装をしてるんじゃなくて、そういう見た目で作られた魔導精霊だったらしい。
「ほら桃子、これが精霊よ。あながよく休みの日に裏山を散歩させてるケンくんと同じ魔導精霊よ」
「あれ? そうなですか? じゃあ怖くないですね」
「いやお前の恐怖心は0か1しかないんかい!」
黒森の言葉を聞いた途端ケロッとした様子で立ち上がった桃子に私は思わず突っ込みを入れた。
……
「というかあなたさっきから全然怖がらないのね」
それからも色々と魔法を使った脅かしポイントがあり、その度に桃子の絶叫が教室内に響き渡っていたがその反面、私と蓮見は淡々とそれらの仕掛けを考察したりしていた。
「まあ、これまで散々お前に騙されて心霊スポットだの超怖いホラー映画見せられてきたからな、今さらこのレベルじゃあ怖がらないよ」
黒森と仲良くなってからまだ月日は半年もたってないが、その短期間の中でも今言ったような恐怖体験に巻き込まれたのは1度や2度ではすまない。
そのおかげというのはなんだが、どうやらある程度のホラー耐性が私の中で出来てしまったようだ。
「まあ確かにあのお化け屋敷は中々レベルが低かったわね。例えば最初火の玉のところだけど私なら」
「まあまあ、所詮は学生の出し物なんだからそんなムキになるなって」
……
「なんだそのツッコミは!! もっと声を張らんか! このボケー!!」
お化け屋敷を回った後に私は体育館で開かれている学生達によるお笑いライブを見に来たのだが、そのあまりのレベルの低さを目の当たりにして私の中で何かが熱くなってしまい、良くないことだと分かっていながらも思わず野次をとばしてしまった。
「まあまあ、所詮は学生の出し物なんだからそんなムキになっちゃだめよ」
数分前、自分が口にした言葉を黒森にそのまま返されてしまう。
なるほど、あのお化け屋敷を見た黒森はこんな気持ちだったのか、だとしたらダメ出しの1つや2したくなってしまうのも仕方ないと今なら理解できる。
「そこ! 周りのお客様に迷惑ですよ! 静かににしてください」
「す、すいませんでした!」
後ろから怒られた私はすぐに振り返って頭を下げて謝る。しかしその途中で何かに違和感を感じた私は上半身は倒したままの状態で顔だけは上に向け、そのことを確認した。
「新城さん?」
私が感じていた違和感通り、注意してきた人物は同じクラスの新城さんだった。
「何してるんですか?」
私達が所属する特別クラスはその人数の少なさから、基本的に何か売店などの出し物などはせず基本的にはこの魔導祭を楽しむ側の人間になるのだが、彼女はその腕に『見回り中』という腕章を巻き付けていることから明らかであるようにどう考えても運営側の立場にいた。
「何ってバイトよ」
「バイト?」
「そう、基本的にパトロールは風紀委員と生徒会の人間がやることになってるけど、みんな自分たちのクラスの出し物もあるし、普通に魔導祭も楽しみたいからってことでシフト組むのに苦労してたらしいの。そこで私が時給貰えるなら手伝いますよーって生徒会長に直談判した結果、こうしてお手伝いさせてもらうことになったの」
「時給っていくら貰えるんですか?」
「1800円」
「いや高いな!」
「なんか話をしたら生徒会長の王条先輩が『そういうことなら俺様のポケットマネーでお前を雇ってやろう、ハーッハッハー!!』ってなんか羽振りの良さそうなこと言ってて、これは吹っ掛けられそうだなって思って交渉した結果そうなったわ」
この学園の現生徒会長である王条先輩。直接話したことなどはないがドッチボール大会で戦った時や、全校集会などで前に出て話す時の様子から、その非常に濃いキャラは把握しているので、いま新城さんが話した情景も容易に想像できた。
「けどそれだと新城さんはこの魔導祭中はずっと見回りばかりで、誰かと一緒に出店を回ったりはしないんですか?」
「ええ、まあそういうことになるわね。けど後悔はしてないわ、この祭が終わったら今度は体育祭の紅白戦が待ってるんだから、そのための蓄えはいくらあっても足りないわ」
前に聞いたこと話によると彼女は『銭投げ』という黒魔術を使う。それはお金の価値をそのまま力に変換して攻撃する術、だから彼女が人一倍お金にがめつくなるのも仕方がないことなのかもしれない、けど……
「そんなの勿体無いですよ!」
私が思ったことを桃子はそのまま言葉にしてくれた。
「勿体無い?」
「そうですよ! 見回りも大事なことですが、せっかくこんな楽しいお祭りが開催されてるのに遠目で見てるだけで参加しないなんて絶対損してますよ!」
「損してる!?」
彼女の性分というものなのだろうか、先程から桃子の発言に含まれている『勿体無い』、『損してる』という単語に新城さんは敏感な反応を見せている。
「新城さんは本当にそれでもいいんですか?」
これだけ言われてもまだ踏ん切りがつかない様子の新城に桃子は詰め寄り、そのまま訴えかけるように彼女を見つめる。桃子は普段マイペースでのほほんとしているが、たまに今みたいに妙に人の心を見透かしたようなことを言って詰めてくるときがある。そしてそういう時は大抵彼女のいう事の方が正しいので不思議なもんだ。
桃子の圧に押されて新城さんはたじろいでしまっていたが、やがて頬を赤くしながら渋々といった感じでその質問に答えた。
「やっぱり、今から最終日のキャンプファイヤーの時間だけでもシフト外して貰えないか相談してみる……だから! それでもし許可貰えたりしたら責任持って私と一緒にキャンプファイヤー参加しないさいよ、臼井桃子!」
「はい! 喜んで! 今から楽しみにしてますね」
桃子は満足と嬉しさが同居してたような顔で返事をした。
「じゃあ私は早速、生徒会長に今の話をしてくるからまた後で連絡するわ」
新城さんはまるで桃子の笑顔から逃げ出す様にそそくさとその場を後にした。
「いいことしたな桃子」
「決めたのは新城さんですよ」
「……なんか良い話っぽくまとまってるところ悪いんだけど、今お兄ちゃんから連絡があって今この学園についたみたいだから私ちょっとそっちの方行ってくるわね」
新城さんと桃子がやり取りしている横で蓮見が何か熱心にスマホを弄っているのは気づいていた。
「おお、そうか。また後でな」
新城さんに引き続き、蓮見もそう言うとこの場を後にしたため、その場には私と桃子だけが残された。
「そういえば私もお昼過ぎになったらお父さんとお母さんが来てくれるみたいなので、そっちに行くつもりなんですけど、片桐さんもどうですか? それとも片桐さんにもこの後どなたか家族の人が来る予定があったりしますか?」
『家族』、今日はやたら楽しそうにこの祭りを周っている親子とすれ違ったせいもあるのだろう、私はその単語を聞いた途端、思わず胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
いや、ダメだ! ダメだ! さっき目の当たりにしたばかりだが桃子はこういうのにやたら鋭い、絶対に悟られないようにしないと。
「いや、まあ家族は来ないけど同じ中学の友達が来るからしいから、午後からは私も別行動かな」
嘘だ。同じ中学の人間で未だに連絡を取り合っている者など1人もいない。しかし私の演技力も中々のものなようで、桃子は『そうですか、分かりました』とあっさりと私の嘘に騙されてくれたので、少し罪悪感を覚えた。
だがきっとこれで良かったんだ。多分、桃子が目の前で家族と楽しそうにこの魔導祭を周り始めたら多分私は耐えられない、そんな確信が私の中にあったから。
続く




