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魔法のある青春  作者: ドル
10月 魔法がある文化祭
100/103

第100話「お前ってさ……」

「お前ってさ、実はマゾだよな」


「は?」


 9月30日火曜日。みなが待ち望んだ魔導祭が明日に迫ったこの日に俺、日野回生は明日この教室で開かれるスイーツカフェを無事成功させるため、その準備作業に黙々と打ち込んでいたが、突然一緒に看板を作っていた宮魏悠真みやぎゆうまにそう言われた。


「だってお前今日、この教室に誰よりも早く来てやれ机の運び出しだの、看板作りだののクソつまらん作業を休憩の1つもせずに黙々とやってんだろ? 俺的にはお前が自分を追い込むことに興奮を覚える性癖持ちでもない限りその説明がつかないんだが」


 全くもって侵害な話だ。何を突然言い出したかと思えば、殆ど言いがかりの様な理由で俺をマゾヒストに仕立て上げようとする悠真に呆れ、すぐに自分の手元へと視線を戻し作業を再開する。


「だとしたらそれにずっと付き合ってるお前もお前だろ」


「俺はちゃんとお昼休憩くらい行ったわ」


 そういえばさっき『飯食い行ってくるわー』とか言って数十分程度席を外してたっけコイツ。俺もさすがに飯くらいは行こうと思ったが、時刻は既に15時近い。もうここまで来たらさっさと作業を終わらせて早めの夕食にありついた方が得策か。


「けどまあ、その甲斐あってようやくこの作業にも終わりが見えてきたろ。さっさと明日の準備を済ませて17時からの対抗戦の1年の部を見ようって誘って来たのはお前だろ」


「それはそうなんだけどな。そういえば、お前は確か1年の特別クラスに何人か知り合いいるんだろ? ぶっちゃけ勝てそうなのか?」


 この学園には一般クラスと特別クラスの2つの学部がある。特別クラスは少数精鋭で俺達一般クラスとはカリキュラムも教室が置かれている棟も全く違うので、基本的に殆ど関わることはないのだが、俺はこの5月に学園側の指示で彼らの実技試験に参加させてもらったため、一応何人か面識がある後輩はいる。


「さあな、こっちの1年はともかく相手側の神原学院の1年の情報が全くないんだから予想の仕様がない。ただやたら負けん気が強い子とかもいたし、そう簡単に負けたりしないだろう」


「それって私のことですか?」


 突然、背後から聞き覚えのある偉そうな女性の声が聞こえた。図星をつかれた俺はドキッと肩を震わせながらもそちらの方に振り返った。


「よ、よお、久しぶりだね一花」


 そこにいたのは5月の実技試験で同じチームで一緒に戦った霞一花の姿があった。彼女とはその時、色々とひと悶着あったが何だかんだで今となっては良好な関係で、暇な放課後は鍛錬に付き合ってあげたりしている。


「そうですね、本当にお久しぶりですね回生センパイ」


 こちらの方を不機嫌そうに睨みながら、俺も言った『久しぶり』という部分を強調しながら彼女は言い返してくる。


 いやまあ確かに2学期始まってからはこの魔導祭の準備が忙しくてあまり鍛錬に付き合ってあげられなかったのは悪いと思ってるけどさ……まさか今から鍛錬に付き合えとか言い出さないよな? この子は一見、というか基本的には聡明な子だけど我が強すぎてたまに暴走するからな。


「何か俺に用かな?」


 とりあえず様子見も兼ねて俺は彼女に聞いてみる。


「それ」


 彼女は俺と悠真が作っている最中の床に置かれた看板を指さす。


「手伝いますよ。どうせ対抗戦が始まるまで私、暇なので」


「お、おう。そうかありがとな」


 正直ここは手が足りてるので、どうせ手伝うなら他の所の応援に行ってほしいというのが本音だが、今の彼女にそんなことを言えばどうなるか分かるくらいには、付き合いがある。



……

『お前ってさ、やっぱ絶対マゾだろ』


『なんでそうなんだよ』


 すぐ近くで同じ作業に取り組む一花の耳には届かないように、悠真は俺の耳元で囁いてきたので俺もそれに習って小声で反論する。


『だってあの1年の子、どっちかって言ったらサディストっぽいじゃん』


『お前、全然面識ない後輩の女子のことをよくそんな風に評価できるな』


 俺は悠真のクソみたいな発言に少し引いていると 


「あの」


 一花に話しかけられた。一瞬『何コソコソ話してるんですか?』と詰問されるかと思い俺は焦ったが、それはどうやら杞憂だったようだ。


「多分これで完成じゃないですか」


「え? あ、本当だ。仕事が早いな」 


 元々3人分も手が必要ない作業とはいえ、ものの数分でそれを片付けた彼女の手際の良さに俺は素直に感心した。


「まあ別にこれくらい普通ですよ、次は何をすればいいですか?」


「ちょっと待っててくれ、次の作業に移る前に看板が出来たって報告を七瀬にしないと」



……

 看板が完成したことを七瀬に報告した回生だったが、彼が一切休憩を取っていないことを指摘され、そのまま試食という名目で一度作業から離れることとなり、その旨を悠真と一花に伝えてから彼は七瀬と共に教室から出て行った。


「いま回生センパイと一緒に出て行ったのが七瀬って人ですか?」


 2人がたった今出て行った教室の扉を睨みつけながら一花は同じくその場に残された悠真に聞いた。


「そうだね」


「へー、回生センパイから名前は聞いたことありましたけど、あの人がそうなんですか、へー」


(七瀬には後で一応、夜道に気を付けろって忠告しておくか)


 一花から漏れ出ているただならぬ殺気を真横からひしひしと感じていた悠真はそう心に決めた。


「ところで俺は次の作業に移るけど君はどうするの?」


「そういえば私、ちょっと用事があること思い出したのでここで失礼させてもらいます」


(分かりやす過ぎだろこの子、逆に凄いな)


 回生という目的を失った途端、まだ数分程度しか手伝っていないのにあからさまな言い訳だけして出て行く一花に悠真は呆れを通り越してもはや関心すらしていた。



……

 俺は七瀬優火が好きだ。


 だからこの家庭科室で2人きり、しかも彼女の手作りクッキーを食べられるなんて最高のシチュエーションがさっきから嬉しくて仕方ない。これは朝から休憩無しで明日の準備を頑張ってきた甲斐があるというものだ。


「じゃあちょっと食べてみて貰える?」


 だからそのクッキーが出来上がってしまった時、残念にさえ思ってしまった。なんせ目の前に置かれたこのクッキーを食べ終えてしまえば、この幸福な時間が終わってしまうのだから。


「ハート型なのか」


 だから少しでもそれを先延ばしにするため、俺はすぐにはそのクッキーに口を付けず、まずは見た目から触れていく。


「う、うん! これを買ってくれた人が幸せになってくれますようにって意味で」


 彼女は嘘をつくとき視線が左に逸れる。


「そうか、それはいい心がけだ」


 そう言うと俺はそのハート型のクッキーを1つ摘まみ上げてそのまま口の中に放り込む。


「うん、美味しいな」


「本当!? やったー!!」


「これならきっとお客さんからも大盛況だろうな」


「え、あー……うん! そうなると嬉しいかな」


 全くもって嘘ばっかりだな、俺も七瀬も。


 クッキーを作る時の彼女の真剣な表情から分かる。これは明日お客さんに配る用のクッキーじゃない、彼女にとってもっと大切な人、天神紅蓮に渡すためのものだ。


 つまり俺は今、自分が好きな人が好きな人に渡すためのクッキーの試食をさせられている。中々馬鹿げた状況だがこうなったのは俺の責任だ。彼女は悪くない。なんせ俺は試食を頼まれた時点でこうなる未来が予測できていたのだから。


『お前ってさ、実はマゾだよな』


 もしこの場に悠真が居て、もう一度そう言われたら反論するのは難しいな。


 だがそれでも俺はその場でクッキーを食べ続けた。


「美味しいよ……とっても」


 なんせそう言った時に見せる彼女の満面の笑みが俺はこの世で1番好きだからだ。



……

 翌日、10月1日水曜日、魔導祭1日目。俺達のクラスのスイーツカフェは大いに繫盛して、そのおかげでシフト中せわしなく働き続けたが午後13時過ぎ、俺はようやく休憩時間になり一旦家族と合流することにした。


「それから3年2組のお化け屋敷行って、あ! 2年4組のコスプレカフェも面白かったよ!」


「また随分色々回ったんだな」


 合流するまでどこを回っていたのか必死に説明する妹の芽衣の話を俺は聞きながら、さっきそこで買ったたこ焼きをつまんでいた。


「当たり前でしょ! 15時からは今日のメインイベント、対抗戦2年生の部を見るんだからそれまでにめぼしい場所は一通り回っておかないと、ていうかなんでお兄ちゃんは対抗戦出ないの?」 


 実際のところ、その件については夏休みのうちに一度だけ、2年特別クラスの担任を務める輝夜先生から声をかけられていたが。


「あのなー、俺が強いといってもそれはあくまでも一般クラスの中での話なんだよ」


 対抗戦じゃなくてクラスの出し物の方を優先したいからという理由で、その件は断ったなんて言ったら『なにそれ? バカじゃないの?』とかなんとかボロクソ言われるのは目に見えてるので、俺はその件については胸の内に秘めておく。


「つまんないのー。そういえば七瀬お姉ちゃんは? 一緒じゃないの?」


 不意にその名を出されて俺はドキッとする。これまでできる限り考えないようにしていたが頭の隅には常にそのことがあった。


 七瀬、あいつはきっと今頃。


「……さあな、あいつもどこかでこの祭りを楽しんでるんじゃねーの」


「それより回生、私とお父さんは2人が対抗戦を見ている間、その裏でやってる演劇を観に行きたいんだけど、この第1体育館っていうのはどこにあるの?」


「あー、それなら」


 俺は母さんから手渡された校内マップを見て、それのどこに体育館が記されているか探していると


「あ! そういえばさっきお兄ちゃんのクラスのスイーツカフェにも行ったよ! このクッキー凄く美味しいね、1個あげるよ」


「おう、ありがとな」


 視線はパンフレットに向けたまま、その視界の端に見えた芽衣の手からクッキーを受け取り、そのまま口に含んだ。


「あ、ここだよ」


 俺がようやく紙のどこに第1体育館があるか見つけたとき、同時にあることに気づく。


 このクッキーの味を、俺は知っている。


「おい芽衣! そのクッキー貸してくれ」


「いいよ、これすっごく美味しいからやみつきになっちゃうよね」


 芽衣から残りのクッキーの入った袋を受け取り確認したが、やはりそれらは全てハート型で統一されていた。この味にこの形状間違いない。


 その時、俺は何となく今この魔導祭の裏で何が起きてるかを悟り、瞬間クッキー入りの袋をその手に握りながら走り出した。


「悪い、俺ちょっと急ぎの用事が出来た!」


「あ、ちょっと! クッキーを返せー!」


 言われなくても返しに行くよ。


 俺はそう想いながらスマホを取り出し、悠真と急いで連絡を取ろうとする。



……

 俺は悠真と連絡を取って今いる場所を聞き出し、彼と合流。すぐに今の状況を伝え、七瀬を助けるため手を貸して欲しいと頭を下げて頼んだ。


「いいのか?」


 悠真は俺のお願いにイエスともノーとも答えず、ただこちらを真っ直ぐ見つめながらそう問いかけてきた。

 

「もう一度よく考えてみろ。その選択肢をとった時、お前にどういう未来が訪れるのかを」


 確かに悠真の言う通り例え俺がこのクッキーを無事に七瀬に届けられたとしても、その先に俺が望む未来は待ってないだろう。


 しかし、そんなことはわざわざここで問い直されなくても、ここに来る途中で散々自問自答を繰り返してきて、その中でも俺の答えは最後まで変わらなかった。


「同じことだよ。こいつを届けても届けなくても、多分どっちの未来も俺にとっては地獄だ。……ただどうせ同じ地獄なら、俺は七瀬が笑ってる方の未来を選びたい、それだけだよ」


 そう、昨日の試食の時から一貫して俺の行動原理はたった1つ、彼女の笑っている姿が見たい。それがこの世界で唯一俺が救われる瞬間だからだ。


「わかったよ、さっさと通話でもなんでもかけて七瀬の居場所を聞き出せ。この学園の敷地内にいるなら俺が転送魔法陣を繋いでやる」


「悪いな、悠真」



……

 無事、七瀬にクッキーは渡せた。そのまま紅蓮の元へ向かう彼女を見送った俺は急に無気力になってしまい、特に何をするわけでもなく1人、屋上に残り続けた。


「そういえば、芽衣の奴と一緒に対抗戦を観戦する約束をしてたなー。対抗戦はもうそろそろ始まるだろうから、グラウンドに向かわないと」


 口に出してみたものの、俺はその場から一歩たりとも足は動かさずその場に立ち尽くしていた。


 ブー! ブー!


 ポケットに入れていたスマホが鳴った。いつまでたっても帰ってこない兄に腹を立てた芽衣が怒りの呼び出し電話をかけてきたのかと思ったが、スマホの画面には七瀬優火と表示されていた。


『回生くんありがとう! おかげでクッキーは紅蓮くんに渡せたよ!』


「そっかよかったな。それで?」


『それで?』


 俺の非常に意地悪な質問に七瀬は困ってしまったようで、しばらく向こうからの応答は途切れる。だが昨日と違い、今回は彼女に気を遣ってその質問を取り下げたりする気はなかった。


『このお礼に私が回生くんの分のシフトも受け持つから、今日、明日は思う存分魔導祭を楽しんでね!』


「そうか、わかった。ありがとな七瀬」


 バタン! 俺が七瀬との通話を切断した瞬間、すぐ後ろにあった屋上の出入口が開きそこから悠真が姿を現した。


「七瀬の奴、告白したって?」


 俺は悠真の質問にすぐには答えず、その場に体を仰向けに倒し空を見上げた。


 そこには雲1つない晴天が広がっていて、なぜか無性にそのことが腹立たしく感じた。


「どうやら、もう少しばかりこの地獄は続くみたいだ」


「そうか」


 悠真はそれだけ言うと黙ってしまった。


 俺もそれ以上は言うことがなかったので2人の間ではしばらく沈黙が続く。


 下からは魔導祭を楽しむ学生や来賓の方々の声がよく聞こえる、そんな中で俺たちはただ空を眺めていた。


「お前ってさ……」


 その沈黙に耐えかねたのか、それとも俺にどうしてもそのことを確認したかったのか知らないが、悠真は俺に言った。


「やっぱりマゾだよな」


 全くもって、返す言葉もなかった。


続く

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