喜劇の終わりに
『こうして、犬、猿、雉を家来にした桃太郎は悪い鬼を退治したのでした』
『鬼達は桃太郎にお詫びとして金銀財宝を持たせます』
『桃太郎はその財宝を鬼に襲われた隣村の人々にわけて、彼らを貧困から救いました』
『桃太郎は隣村の人々に感謝され、余った財宝は桃太郎のものとなりました』
『その後桃太郎は財宝を持ち帰り、おじいさんとおばあさん、そして家来達と幸せに暮らしましたとさ』
『めでたし、めでたし』
ナレーションが流れ、多目的ホールの全ての灯りが点灯する。
これで二年B組の『桃太郎』は終わりなのだろう。
会場には拍手もなく、カーテンコールを求める声もなく。
「……めでたくねえよ」
どこかの男子学生がそう一言呟いた瞬間、瞬時に会場は白熱した議論の場と化した。
「おまえ、鍬の入れ替えに気づいてた?」
「犬が出てきてないじゃん」
「絶対犬はコーギーの着ぐるみだと思ってたのに、姿すら出なかった」
「ああ、手芸部のコーギー凄かったよな。あれ造ったの二年B組の人だっけ?」
「金棒で殺陣するなら、もっと打ち付け合った時の金属音にこだわるべきだった。減点」
「最後鬼はなんで桃太郎に財宝わたしてんのさ」
「赤鬼を殺してもらったお礼じゃないの?」
「頭領の黒鬼が死んで鬼ヶ島が弱体化したから、人間に報復されるのを恐れたとか」
「そもそもこの桃太郎、人としてどうなの?」
「昨日よりはまし。昨日はもっと酷かった」
「まあ普通の人間が鬼を倒そうとしたら、だまし討ちとか同士討ちとかさせるよね。人間だもの」
「そんな『人間だもの』は認めない」
「な、なんだこれ……」
映画や演劇を見た後で、それについて語り合いたくなるのは普通の反応である。
しかし高校のクラス演劇で、これほど意見交換がされるようなものは少ないだろう。それが良い作品であった証拠という事ではないが。
「たぶん桃太郎という皆が知ってるテーマだった事で話しやすいんじゃないかしら? それに作品全体を通して不穏な空気だった事が原因でしょうね。不安は人を饒舌にするから」
玲奈が優鬼の呟きの意味を察し、それに対する返答をする。
優鬼は自分の言いたいことを一瞬で理解した玲奈に驚かされた。
「さ、流石ですね」
「あら、優鬼君でも理由くらいすぐわかるでしょう?」
そう言って、玲奈は優鬼にニコリと笑う。
とぼけているのか本気なのか、優鬼にはとても判断がつかない。
「それで、優鬼君はどうだった?」
「何というか、邪道かなと思います」
「邪道というと?」
「えっと、面白いかとか感動したかとかよりも、興味を持たれるかや話題に上るかに重きを置いてる感じがして」
優鬼の苦い顔で答える優鬼に、玲奈もつられて苦笑する。
優鬼は自分が負けるのはまだ納得ができた。内容はともかく、奇抜さという点では自分のテンプレに沿った新撰組よりも桃華の桃太郎の方が優れていたかもしれない。
しかし玲奈部長の驚きと感動の詰まった演劇が、この話題性ばかり濃い演劇に負けてしまうであろう事が残念でならない。
「それはむしろ、王道なんじゃないかしら」
「え?」
そんな優鬼の思いを知ってか知らずか、玲奈はそれを否定する。
「どんな素晴らしい作品も、観客がいなければ始まらないもの。
まずは観てもらう事、観てもらった上で評価して貰える環境を作る事。それに力を入れる事は間違ってはいないわ」
「そう……ですね」
優鬼にも、それは思い当たる節はいくらでもある事だ。
「そう。それに私のクラス、たぶん優鬼君の一年A組に負けると思うわ」
「そう……ええ!?」
続く玲奈の言葉が優鬼を驚かせる。
なにしろ優鬼は三年E組の演劇を見て、自分の一年A組の敗北をはっきりと自覚していたのだから。
「うちのクラスはくじ引きでいい時間帯を取れなかったし、高校の文化祭でオリジナル作品に挑んだからね。観に来てくれた人は楽しんでくれていたと思うけれど、そもそもの客入りが少ないのよ」
「そんな……」
「新撰組や桃太郎の方が誰にでも親しみやすいし、興味を持たれるから。演劇部ならオリジナル作品でも観に来てくれる人がいるでしょうけど、クラス演劇でやってはいけなかったのでしょうね」
優鬼にも思い当たる節はある。
優鬼の『新撰組』の客層は女子が多かった。狙ったつもりはないのだが、新撰組という題材であれば当然の帰結である。
桃華の『桃太郎』は本来は小さな子供向けの作品だが、あえて小さい子供お断りな作品にする事で全校生徒の注目を集めた。
しかし玲奈の完全オリジナル作品は、玲奈や三年E組のやる気を知っている人間という小さな客層にしかアピールできていなかったのだ。
「この場合、私のクラスが邪道でこの桃太郎が王道なのよ。高校の文化祭なのだから、それに合った勝負の仕方をしなさいって事ね」
「それは……理解できてもあまり参考にはしたくないです……」
「そうね、私も参考になんてしないわ」
「え?」
「私は面白い脚本を作る事しか考えなかったし、その結果多くの人の目に留まらなくてもいいと思ったのよ。たとえ票が少なくても、観に来てくれた少数が十分に楽しんでくれればそれでいいじゃないかって」
玲奈の言葉には、彼女の信念が込められていた。
「そうかもしれないですけど、でも悔しくならないんですか? 僕が玲奈部長なら、自分の演劇の方がずっと面白いのにって妬ましく思いますよ」
「ふふ、優鬼君? 実は私はね、野心家なのよ」
「野心家?」
首をかしげる優鬼に、玲奈は口角を上げてニヤリと笑った。
「私はね、それをひっくり返せるような演劇を作りたかったのよ。見に来たほんの数人が大絶賛して、桃太郎や新選組を吹き飛ばしてしまうような脚本を書きたかったの。
今回は私の実力不足でそれができなかったけれど、習作と思ってまた次の機会に挑戦するわ。……付き合わされたクラスの皆にはいい迷惑でしょうけどね」
そう言って、玲奈は小さく舌を出して見せる。
優鬼にはわかる。これはただの負け惜しみで、そして強がりだ。あの三年E組の演劇は間違いなく玲奈にとって全力投球だったはずだ。もっと多くの人に観てもらいたかったに違いない。この桃太郎よりもずっと人を集めるべき作品だった。
玲奈が桃太郎を書いたならより面白くなっただろう。しかし玲奈はそんな誘惑を、己の信念と貪欲さをもってねじ伏せたのだ。たとえ今は無理でも、いつかは桃太郎を倒せるだけの作品を生み出すのだろうか。
そんな玲奈を優鬼は馬鹿だと思い、そして尊敬した。
「さて、私は友達の所に戻るわね。付き合ってくれてありがとう」
「あ、こちらこそありがとうございした」
「ふふ、文芸部の活動は次は水曜日から再開だから忘れないでね」
そう言って玲奈は席を立つ。
優鬼は付いて行かずに見送ろうとして、そして一つ思い出した。
一日目の桃太郎の事である。
「あ、玲――」
「なんだ優鬼、こんなとこにいたのか」
優鬼が玲奈に声をかけようとした所で、狙いすましたかの様に姉が登場した。
「なんだよその顔は? つまらなかったか?」
「つまらないとは言わないけど――」
桃華のせいで玲奈部長に話しかけ損ねた、とは口が裂けても言えない。
何しろ、桃華以上に優鬼の質問に答えられる人物はいないのだ。
「うん、まあでも、今日のは生温くてあんまり面白くないよなぁ。どうせなら一日目に来てくれりゃ良かったのに」
「これで、生温い? あっちこっちで話題になってるけど、一日目に何があったのさ」
「それがさぁー、一日目はもっと過激で面白かったんだよ。
本当は寝てる黒鬼の嫁の目を雉が潰したり、黄鬼の子供を犬が咥えていって井戸に落としたりさ。赤ん坊が井戸ぽちゃする音とかすっごい怖かったんだけどなー」
「…………」
「なのに昨日の演劇の後で、生徒会の奴らがこんな劇を外部に見せられるかって怒鳴り込んできてさぁ」
優鬼は生徒会に感謝した。
もしも一日目と同じだったら、その後の玲奈とは語り合う事もなく無言で解散したであろう。
そもそもそんな凄惨な演劇を憧れの人と一緒に観たくはない。
「あたしは夜通し脚本直すことになるわ役者も台詞間違えるわでもう散々だったよ。犬役に至っては二日目は舞台に出してやれなくなって、着ぐるみ作った友達の顔がさっきから怖くって逃げてきた」
「……………………」
「まあでも無事に終わって良かったよ。なんか知らんけど超満員だし、もしかしてあたしって才能あったりして……聞いてんのか優鬼?」
「もちろん聞いてるよ。姉ちゃんには才能があるかもしれないね」
「へ?」
「こんなに観客を集めるなんて凄いと思うし、本当に尊敬するよ」
「ば、ばっか冗談だって! そんなに褒めるなよ」
弟にベタ誉めされて、桃華は思わず顔がにやける。
優鬼が桃華の心の病を心配している事などつゆ知らず、鬼の首でも取ったかのように喜ぶ桃華だった。
優鬼のこの優しさは――その後、桃華がただのホラー好きだったと判明するまで続く事になる。
読了感謝!




