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演劇:桃太郎 ※小さなお子さん、心臓の弱い方の観賞はご遠慮下さい

 そこは、いかにも昔の田舎村といった場所だった。木造の小屋が十数軒立ち並び、村の中央には石造りの井戸がある。


 ぼろきれを纏った二人の村人が、井戸の傍で大地に座り、笑いながら語らっていた。否、村人ではなく村鬼と言うのが正しいだろう。頭に二本の角がついて、肌の色も人間とは違っていた。黄鬼と赤鬼の男達で、足元には金棒ではなく鍬(くわ)が二本転がっている。百姓なのだろう。

 二人は手に瓢箪を持っているが、その陽気な様子から、中身が酒であると容易に想像できた。


「がっはっは! しかし、この酒うんめぇなあ!」

「だな! 頭領があの村を脅してでも飲みたがったのもよくわかるべ」


 豪快に笑う黄鬼に、赤鬼が大きくうなづいて同意する。


「んだんだ。付いてった青鬼の話だと、あいつら怒った頭領にびびってしょんべんちびっちまったってよ」

「そらかわいそうに。まあ、頭領も鬼じゃねーべ、次はちゃんと金払ってやんだろ」

「鬼だけどな! がっはっは!」


 そして二人は笑い、同時に瓢箪を煽った。


「ぷはぁ! けどよぉ黄鬼の。おめぇの酒が美味いのはこの酒だからってわけでもねぇべ」

「あん? 何の事だ!」

「ははは、照れんなや。 めんこい女房がかわいい息子さ産んで、幸せの絶頂じゃねーか!

 こちとら憎たらしくてねーっての!」

「痛たた、やめろって赤鬼の! ひがんでねーでそっちこそさっさと嫁見つけろや。がっはっは!」


 赤鬼が黄鬼を肘で小突くが、黄鬼は言うほど痛そうな素振りは見せず、赤鬼の肩を叩き返す。

 黄鬼はしばらく笑いながらパシパシと叩いた後、急に真面目な顔つきになり、赤鬼の肩をがっちりとつかんだ。


「……なあ、赤鬼の。おめぇはいい奴で、本当に信用できる奴だ」

「な、何だぁ急に? 酔っ払ってんのか?」

「まあ、酔っ払ってねーとできねぇ話さ。……赤鬼の、おらにもしもの事があったら、おらの嫁と息子の事、おめぇに頼んでもいいか?」

「黄鬼の、おめぇ、なんか心配事でもあんのか?」

「がっはっは、ねえよそんなの!

 ただよぉ、息子の顔見てっとな、もしおらが死んだら嫁とこの子はどうすんだろって心配になってよぉ」

「ふん、幸せ者の与太話じゃねーか! 心配させやがって!

 ……そんな日こねーと思うけどよ、万が一の時は安心しろや」

「ありがてぇ、ありがてぇなあ」


 そう言って突然泣き始めた黄鬼に、赤鬼は困惑した様子を見せる。


「はっはっは、おめぇ今日は飲みすぎだべ。今日はもうこれでお開きだ。そんな酒くせえ息を息子にかけたら嫌われんぞ」

「うぅ、そうだなあ。おらは少し酔い冷ましてから家に戻るよ」

「おう、酔っ払って井戸に落ちんなや!」


 赤鬼は鍬を拾い、自分の家へと歩き始めた。家はすぐ側にある小屋らしく、入り口の横に鍬を立てかけて家の中へと入っていく。

 残された黄鬼は井戸に備えつけられている釣瓶を引っ張り、くみ上げた水を桶から直接ゴクゴクと飲んだ。そして井戸に寄りかかり、うつらうつらと船をこぎはじめる。

 やがて黄鬼は目を閉じて倒れ、グウグウといびきをかき始めた。



 その様子を、小屋の陰からずっと覗いていた者がいる。

 それは一匹の猿であった。


 猿は赤鬼が家の前に立て掛けてあった鍬にを伸ばし、それを引きずる様にして持ちながら、そろりそろりと黄鬼の方へと近づいていく。

 口元に笑みを浮かべながら。


 そして猿は眠る黄鬼の前に立ち、鍬を大きく振りかぶって――


 *   *   *


 そこで舞台は暗転し、ドシャリッという嫌な音だけが大音量で会場に流された。

 会場内の数カ所で女子生徒が呻く声が聞こえ、その後小さくざわめきがおこる。


 再び舞台が明るくなった時、舞台はそのまま村の広場のままだった。井戸の横に茣蓙(ござ)がかけられた何かが横たえられているが、黄鬼の死体だろう。

 井戸には黄色い花が添えられて、先程の赤鬼を含む鬼達が舞台に上がっていた。布に包(くる)まれた赤ん坊を抱いている女の鬼もいる。厳密には、彼女が抱いているのは赤子に見立てた人形である。


 *   *   *


 次の日、広場には鬼達が集まっていた。

 その輪の中心には黄鬼の亡骸があり、赤子を抱いた女の黄鬼が亡骸の前で膝をつき泣いていた。

 その横では赤鬼が膝をつき、さめざめと泣いている。すぐ側には男の黒鬼が金棒を持ち立っていた。

 黒鬼が金棒を担いで周囲を見回していると、そこに青鬼が駆け込んで来る。


「頭領、海岸に不審な舟はありやせんでした。下手人は既に島から出てったかもしれやせん」

「まさか! そんな簡単に俺たち鬼の目を盗めるものか。いま島に来てるよそ者はいないのか?」

「数日前から桃太郎とかいうガキが来てやすが」

「桃太郎? ああ、俺達が奴の住んでる村の隣村を襲ったと聞いてとんできたあいつか」

「へい、きび団子とちんけな貢物を手土産に、頭領のご機嫌うかがいに来たあいつっす。ただし、昨晩は宿の鬼と飲み交わしていて、一度も外に出てやせん」

「桃太郎の仲間が島に隠れてたりはしないのか?」

「桃太郎はかなり小さな小舟で来てやすし、上陸の時に見張りの鬼が立ち会ってやす。あるいは貢物の箱の中に、小さな子供くらいなら隠れてたかもしれやせんが……」

「まさか餓鬼に鬼殺しはさせねえ、か。

 駄目元だが、あとは総出で山狩りだ。鬼を全部集めて探せ!」

「へい!」


 返事をした青鬼はその場から走り去っていく。周囲の村鬼達もそれに続いた。

 頭領と呼ばれていた黒鬼はそれを見届けたあと、動かずに泣いている赤鬼の側にしゃがみ込む。


「おい、赤鬼! お前、本当に下手人は見てねぇのか?」

「へぇ、すんません、おらが、おらが酔っぱらった黄鬼を一人にしなけりゃあ」

「そら言いっこなしだ! まあ、お前は青鬼と一緒に下手人を探してこい。

 俺は黄鬼の嫁が落ち着いたら、黄鬼を墓に弔ってやるつもりだ」

「そ、それならおらも!」

「馬鹿、お前に黄鬼の嫁を引き剥がして黄鬼を土に埋める事ができるのか?」

「……お、おらには無理だぁ」

「ふん、わかったらさっさと行け! ……ああそうだ、桃太郎ってやつも連れてけ! 今は猫の手も借りたいし、怪しいから念のため見張ってろ」

「へえ」


 赤鬼は返事をしたが、すぐには動かず、黄鬼の嫁に向かって手をついて土下座の姿勢をとった。


「すまん、すまんなぁ、おらがちゃんと黄鬼さ見てりゃなぁ」

「……赤鬼さん、顔上げてけれや」


 黄鬼の嫁は半分顔を覆いながらも赤鬼の方を向き、小さく首を振る。


「赤鬼さんのせいじゃねぇ。鬼ヶ島で鬼に手ぇ出す奴が出るとはだんれも思わないよ」

「すまねぇ、すまねぇなぁ。

 おらぁ黄鬼に嫁と息子のことさ頼まれてただ。何でもするからなぁ」

「赤鬼さん、ありがとうなぁ」

「それじゃあ、おらも山狩りに行ってくっからな」


 そう言って赤鬼は立ち上がり、金棒を担いで青鬼たちのいる方に駆けていく。

 それを見送った黄鬼の嫁は、再び黄鬼の体に泣きついて声をあげて泣き始めた。


「……もう少ししたら墓に埋める。難しいと思うが、早めに気持ちにけりをつけてくれ」


 黄鬼の嫁を眺めながら、黒鬼はぼりぼりと頭をかく。

 黒鬼は自分も早く山狩りに参加したいのだろうが、もうしばらく黄鬼の埋葬は待ってやることにしたらしい。


  *   *   *


 そして、舞台が暗くなる。

 先ほどよりも大きくセットを動かしているので、次は村から場面が変わるのだろう。


 優鬼が気になったのは、黄鬼の死後にも赤鬼の家の前に綺麗な鍬が立て掛けてあった事だ。

 猿は黄鬼の鍬を無視し、赤鬼の鍬を使って殺した。しかしその次のシーンでは、赤鬼の家の前には鍬が立て掛けてあった。その事をミステリーやサスペンスのパターンに当てはめて考えれば――

 優鬼は隣の玲奈部長に気づいているか聞いてみたいが、玲奈に上演中に喋るような奴と思われるのは嫌だったので口を開けない。


 舞台が再び明るくなると舞台は森の中で、そこには多くの鬼とともに桃太郎がいた。

 ようやく主人公が現れたのだが、それを歓迎する気にはなれなかった。


 *   *   *


 その日の夕方、青鬼率いる鬼達はいまだ山狩りを続けていた。

 途中で渋柿を齧っては悶えている馬鹿な猿を見つけたが、彼らはそれが下手人だと気づく事もなく森の奥へと進んでいく。

 最初は集団で近場の森の中から探し始めた鬼達だったが、次第に捜索範囲が島全土と広くなっていき、今は二人一組となって捜査を進めていた。

 赤鬼は桃太郎と二人一組を作り、息巻いて進んでいた。


「くそうっ、どこだ、どこにいる!」

「今からそんなに張り切っていると、いざ見つけた時に疲労で取り逃がしてしまいますよ、赤鬼さん」


 あらぶって金棒を振りまわしている赤鬼を、その一歩後ろを歩く桃太郎が窘(たしな)める。


「はあ、はあ…… んだな、ちっと落ち着くわ」


 赤鬼は素直に金棒をおろしてしゃがみこんだ。さすがの鬼も、朝からずっとこの調子では疲労が溜まるのも無理はない。


「ええ。それに犯人なんて見つかりっこないですよ」

「んだとぉ!?」

「ちょ、待ってください! 犯人に心当たりがあるんですって」

「ほ、ほんとか?」


 赤鬼に掴みかかられた桃太郎は必死に弁明する。


「ゲホッ、え、ええ。犯人は村の中にいます。だから山狩りなんて無駄ですよ」

「おんめぇ、おらの仲間を疑ってるだか!?」

「お、落ち着いて! 落ち着いて聞いてください!」


 再び赤鬼に掴みかかられそうになった桃太郎は、後ずさりしながら説明を続けていく。


「だってここは鬼ヶ島でしょう? よそ者が見張りの鬼の目をかいくぐって上陸なんてできませんよ」

「そらぁ、そうだけどよぉ」

「そ、それに……」

「それに?」

「それに、鬼は人間の子供をあんなに残酷に殺したじゃないですか。鬼同士だって殺しあうんじゃないですか?」

「殺しただぁ? 何の話だ」

「え? だって隣村を襲ったときに……」

「見つけたぞ赤鬼の!」


 そこで怒鳴り声が桃太郎の話を遮り、直後に茂みから黒鬼と青鬼が飛び出してきた。二人の鬼は桃太郎――ではなく赤鬼を睨みつけ、その手の金棒を赤鬼に向ける。

 青鬼は右手に金棒を持っているだけでなく、左手には血の付いた鍬を持っていた。


「な、なんだぁ頭領、どうしただぁ!?」

「ふざけるな、この仲間殺しがぁ!」


 言うや否や、黒鬼が赤鬼の懐に飛び込んで金棒を振りおろす。赤鬼はすんでのところで飛び退いてかわし、続く横振りの一撃をかろうじて自分の金棒で受け止めた。

 二人はそのまま鍔迫り合って硬直する。


「な、なんだぁ、なんの話だぁ!?」

「ぬけぬけと! おめぇが黄鬼の事殺したのはわかってんだ」

「んなぁ!? おら、知らねぇよ!」

「ええい黙れぇ!」


 激昂する黒鬼が金棒に力を込め、赤鬼を吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた赤鬼は、背後にいた桃太郎を巻き込んで倒れこむ。


「おい、青鬼!」

「へい! ――おい赤鬼の、この鍬に見覚えはあるな」

「よ、汚れてっけど、おらの鍬じゃねーか。なんで血がついてるだか?」

「白々しい、おめぇが黄鬼の事を殺した時に付いた血だろが」

「し、知らねぇ! おらの鍬は昨日夜に家の前に立て掛けといたが、血なんかついてなかっただ」

「そいつぁ黄鬼から盗んだ鍬だろうが。黄鬼の嫁が夫のに間違いないって言ってたぞ。

 てめぇ黄鬼を自分の鍬で殺した後、代わりに黄鬼の鍬を盗んだな?」

「知らねぇって! そんな鍬どこにあったんだ!?」

「俺が黄鬼を墓に埋めに行った時に、一匹の犬が地面からこいつを掘り起こしてたんだ。墓を荒らすふてぇ犬だったが、あれがなきゃ気付かねぇところだったぜ」

「そんな……」


 ひどく動揺する赤鬼の様子が、黒鬼達に誤解をより強く植え付けてしまったらしい。二人はジリジリと赤鬼ににじり寄っていく。

 そんな赤鬼に、密着していた桃太郎が耳元で囁いた。


「あ、赤鬼さん、これは黒鬼の罠です。逃げて下さい」

「頭領の?」

「そうです、脱出を手伝いますから、僕を彼らの方に突き飛ばして下さい。後で東の浜辺で落ち合いましょう」

「で、でもおらぁ犯人じゃねーし、逃げたりしたら……」

「駄目です赤鬼さん、今はどうか僕を信じて」

「く、くそぉ!?」


 赤鬼は吠え、桃太郎を突き飛ばして黒鬼達から逃げる様に駆け出した。

 追い詰められた赤鬼は判断力を失い、自分を信じていると言う桃太郎の口車に乗ってしまったのだ。


「うわぁー」


 突き飛ばされた桃太郎が、わざとらしく黒鬼に倒れこむ。


「くそ、どけこの野郎」

「すみません、赤鬼にのしかかられてたから足が痺れて」


 そうして赤鬼は黒鬼達に背を向けて、一心不乱にその場から逃げたのだった。


 *   *   *


 そして舞台が暗転する。

 優鬼には次に幕が開いた時にはおそらく海辺で桃太郎と赤鬼が落ち合うシーンだろうと予想がついていた。観客はこの先の展開が読めず不安に思う者とおおよそ結末まで見えた者に分かれていたが、優鬼は後者である。


「……聞いていたのと違うわね」


 玲子の小さなつぶやきが、優鬼の耳に入った。


「え?」

「あ、ごめんなさい。何でもないわ」


 玲子は演劇の最中に会話するような性格ではなく、独り言がつい口をついて出ただけで、それ以上話す気はないらしい。

 優鬼は少し気になったが、一旦忘れて演劇に集中する事にした。


 *   *   *


 夜、海辺で佇む桃太郎の元に転がり込んできたのは、あちこち擦り切れてボロボロになった赤鬼だった。


「赤鬼さん、無事でしたか!」

「はあっ、はあっ…… も、桃太郎だけか」

「はい、今は私しかいません。安心して下さい」


 肩で息をする赤鬼に、桃太郎は瓢箪を差し出す。その中身を赤鬼ががぶ飲みしているが、今回は酒ではなく水なのだろう。


「ふぅ、ありがとよぉ桃太郎。 けど、なんでこんなことになったんだか」

「これは僕の予想ですが、おそらく黒鬼は黄鬼さんのお嫁さんに横恋慕したのではないでしょうか?

 だから邪魔な黄鬼さんを殺して、その罪を赤鬼さんにかぶせた。

 そうする事で黄鬼さんのお嫁さんに、自分の力を魅せたかったのかもしれません」

「そんな……まさかっ、あの優しい頭領がそんなことするはずねぇだよ!」


 芝居掛かった桃太郎の推理に、赤鬼が反論する。追われる立場にあっても、赤鬼には仲間思いの黒鬼を信じていた。

 その事に桃太郎はわずかに顔をしかめるも、赤鬼を信用させようと話を続ける。


「えっと、赤鬼さんは隣村の襲撃には参加してないのですよね?」

「し、してねぇ。あらぁ黒鬼と青鬼が数人だけ連れて行っただけだからな」

「では、その場で黒鬼達が人をたくさん殺した事は知らないのですか?」

「そんなことが!?」

「ええ、それも酷いやり方で、赤ん坊を……」

「赤ん坊……」 

「あ、いえ、えっと…… 怯える農民達に、その愛用の鍬を奪って突き刺したそうですよ」

「な、それって黄鬼と同じじゃねーか!」

「そうです、皆黒鬼に騙されているんですよ」

「そんな……それが本当なら、おらぁどうしたらいいだ?」


 赤鬼が頭を抱えてうずくまる。そんな赤鬼の姿に桃太郎が満足気に笑い、そして赤鬼の肩に手を置いた。


「赤鬼さん、黒鬼を倒しましょう」

「はぇ!?」

「僕は黒鬼に媚びを売って村を見逃してもらおうと思い、ここまで来ました。ですが今回の事を見て、黒鬼が話の通じる相手ではないと知りました。

 ……赤鬼さん、僕はあなたと一緒になら、黒鬼を倒せると思うんです」

「む、無理だぁ。頭領はすんごい強いんだよ! おら達じゃ勝てねぇ」

「それなら任せてください」


 そう言って桃太郎が指笛を吹くと、一羽の雉が飛んできた。


「ここに腐ったきび団子があります。僕の雉に、これを黒鬼達の食べている鍋に運んで入れさせましょう!

 そうすれば奴らは腹を壊して弱るはずです。そこを赤鬼さんが叩くんです!」

「そ、そんな恐ろしい事……」

「いいんですか赤鬼さん! こうしている間にも、黄鬼さんのお嫁さんが黒鬼に手籠めにされているかもしれないんですよ!」

「っ!」


 桃太郎の激励に赤鬼はわなわなと震え、そして立ち上がった。


「そらぁ……駄目だ! おら、そんな事になったら黄鬼に合わせる顔がねぇ!」

「それじゃあ!」

「ああ、おらぁ覚悟決めたぞ! おらが村の皆を助けるんだ!」

「赤鬼さん、よくぞ言ってくださいました。

 ――さあゆけ、雉よ! この腐った団子を黒鬼の鍋に混ぜるのだ!」


 そして団子を足に掴んで飛んでいく雉を背景に、桃太郎と赤鬼は向かい合って固く握手を交わしたのだった。


 *   *   *


 ここまでくると、ほとんどの観客にラストの展開が読めていた。あんまりな内容の劇に、揃って真顔で劇を観ている。

 その中で優鬼には別の不安が発生し、演劇に集中できなくなっていた。

 姉の桃華の事が心配になってきたのだ。


 これが本当に姉の作品なら、姉は心を病んでいるのかもしれない。

 事実、姉はあれほど嫌がっていたカードゲーム同好会に入り、喰い喰い(エッセカンプ)にのめり込んでいる。もしかしたら、自分が姉の桃太郎を失敗に追い込もうと画策したのが原因だろうか?

 もう少し姉に優しく接した方が良いのかもしれない。


 そんな優鬼の不安を他所に、劇は最後の場面をむかえるのだった。


 *   *   *


 鬼ヶ島にある鬼の村は、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 村のあちらこちらで火の手があがり、村の鬼達がおう吐しながら苦しそうに地面にうずくっている。うち何人かは赤鬼に金棒で殴られたのか、頭から血を流してこと切れていた。

 広場の端には、青鬼の死体もうつ伏せになっている。


 広場の中央では苦しい表情の黒鬼が金棒を杖がわりにして立ち、正面の赤鬼と睨み合っていた。赤鬼も無傷ではない様で、頭から血を流している。

 そして黒鬼の後ろには、赤子を抱いて怯えている黄鬼の嫁の姿があった。


「てめぇ赤鬼、良くも仲間を!」

「そらぁこっちの台詞だ頭領! おらぁ村の皆を助けるだぁ!」

「ちぃ、罪の意識で狂いやがったか!」


 叫ぶ赤鬼の大ぶりの一撃を、黒鬼も叫びながら受け止める。

 林の中では赤鬼を力任せに吹っ飛ばした黒鬼だが、毒団子で弱った黒鬼は逆に赤鬼に押されてたたらを踏まされた。

 赤鬼の猛攻を黒鬼はそれを必死に自分の金棒で受け続ける。しかしすべてを受けきる事ができず、ついに赤鬼の一撃が黒鬼のわき腹を捉えた。


「ぐうぅ」


 たまらず体をくの字に曲げる黒鬼。そこに赤鬼が体当たりを食らわせると、黒鬼は吹き飛ばされて尻餅をついた。


「くるなぁ!」


 追撃をかけようとする赤鬼を、黒鬼は金棒を振り回して牽制する。

 それに赤鬼は一瞬足が止まるが、黒鬼ではなくその金棒に狙いを定め、自分の金棒をフルスイングで打ち付けた。金棒は黒鬼の手から離れて飛ばされ、民家に当たってその壁を破壊する。

 呆然とする黒鬼の前に赤鬼が立ちふさがり、そして金棒を真上に振り上げた。


「黄鬼の仇だぁ!」

「ああ、畜生」


 赤鬼の一撃が黒鬼の頭を砕く。黒鬼は倒れ伏し、そして二度と動く事はなかった。


「やった……やったぞ! おらぁこの村を救っただぁ!」


 赤鬼は勝利の雄たけびを上げ、そして黄鬼の嫁の方へと歩み始めた。


「やったぞ、もう大丈夫だからなぁ」

「ひい! 来ないで、来ないでぇ」

「がっはっは! 怯えなくてもいいだよ、黄鬼の仇はとったんだ」


 黄鬼の嫁は腰を抜かしたのか、立ち上がれないまま後ずさりするのが精一杯だ。赤鬼はそれを追う様にゆっくりと歩く。

 赤鬼にそのつもりはないのだろうが、じわじわと詰め寄って来る赤鬼に黄鬼の嫁は余計に恐怖を感じてしまっていた。


「誰か、誰かぁ」

「大丈夫だぁ。黒鬼も青鬼も、危ねぇ連中はみーんなおらが倒しただよ。落ち着いて……」


 瞬間。

 ドズリッという音がして、赤鬼の胸から刀が生えた。


「え?」


 何が起こったのかわからない赤鬼が間の抜けた声をだす。

 そして振り向くと、そこには背後から自分の背中に刀を突きさしている男がいた。


「桃、太郎? な、んで」


 桃太郎は赤鬼の話を最後まで聞かず、赤鬼に刀を差したまま赤鬼の体を押し込んでいった。

 その先にあるのは、井戸。


「うあ?」


 赤鬼の体は井戸に吸い込まれるように消え、大きな水音があたりに響いた。



 黄鬼の嫁や、腹を壊しつつも生き残った鬼達が、唖然として桃太郎を見上げる。

 桃太郎は赤鬼の血で汚れた刀を天にかざし、そして村中に聞こえるような大声で宣言した。



「我が名は桃太郎! 悪い鬼はこの桃太郎が退治した!」


 

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「賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書」

ひっそり連載中(※ジャンルはハイファンタジーです)

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