文化祭二日目、多目的ホールにて
優鬼達が通う高校の文化祭は土日の二日間かけて行われる。一日目は土曜日に生徒だけで行われ、翌二日目には外部の人間にも一般開放される。
そのため演劇は土曜日と日曜日の二回上演する事になるが、土曜日の時点で各演劇の評判は出てくるため、日曜日になると客層がはっきり分かれていく。評判の良い演劇には日曜にも生徒が集まり、評判の悪い演劇は外部からの客ばかりになるのだ。
「……なんだこれ?」
優鬼の目に飛び込んできたもの、それは満員を超えて立ち見客も多く、そしてそのほとんどが在校生で占めている二年B組の演劇の会場だった。
クラス演劇としてはありえないレベルの大入りである。普段は食べ物系にしか興味を示さないような、他の演劇は観てないであろう生徒も来ているらしい。
クラス演劇の勝敗は観客の投票により行われるため、この人数を集めた時点で――演劇の内容がどうであろうと――二年B組の優勝が決定したも同然だった。
もっとも、外部からの客が少ないのには二年B組の看板も原因があるだろう。
看板には大きく『桃太郎』と書かれ、背景に川を流れる桃が描かれてる。それ自体はごく普通の桃太郎なのだが、その看板の下に大きなA4の紙が貼りつけられ、
『※小さなお子さん、心臓の弱い方の観賞はご遠慮下さい』
という注意書きが貼られていた。
* * * * *
優鬼は一日目は演劇の準備に忙しく、夕方の三年E組の演劇は観る事ができたが、午前中に行われていた二年B組の演劇を見る事は出来なかった。
三年E組の演劇は文芸部の部長が脚本を担当したオリジナルの作品である。手に汗握る展開、驚きと感動のラストを備えたそれは本当に面白かった。小道具にもこだわり、役者の演技にも熱が入っていた。
それは優鬼が一年A組の負けを認めて落ち込むほどに面白かった。
しかし、次の日学校中の話題になっていたのは何故か三年E組ではなかった。
もちろん優鬼の一年A組でもなく、話題の中心は桃華の二年B組の桃太郎だったのだ。
あれ以降桃華がライバルである優鬼に演劇の相談をすることはなかったので、優鬼はその概要を知らない。二年B組の生徒は演劇の内容に箝口令を敷いたようで、桃太郎であるという事以外には事前情報が全くなかった。
そして昨日、面白かったという意見もあれば頭がおかしいという非難もあった。熱狂した観客がいれば、観るに耐えないと席を立った者もいたらしい。
二年B組の担任教師が校長に怒られたとか、二日目は中止するべきと生徒会による会議があったとか、きな臭い噂も流れている。
優鬼は姉が何をやらかしたのか不安で仕方なく、文化祭を楽しめないでいた。
* * * * *
「優鬼君、こっち」
「玲奈部長?」
「丁度よかったわ。隣の席にどうかしら? 友達の為にとっておいた席なんだけど、怖気づいたみたいで来ないってメールが来てね」
唖然としていた優鬼に話しかけてきたのは、文芸部の部長で三年E組の脚本を担当した白岩玲奈だった。黒髪の美しい優鬼の憧れの先輩で、優鬼はこの人を下の名前で呼べただけでも文芸部に入った価値があると思っている。
だからこそなおさら、今回の演劇の脚本対決で勝ちたかった優鬼なのだが、
「この観客の数は……残念ながら私達の負けみたいね」
「……そうですね」
そう悲しげに言う玲奈に、優鬼は気の利いた台詞を言う事は出来なかった。
「えっと、玲子部長の友達が怖気づいたって事はやっぱりホラーなんですか?」
「うーん、聞いた通りならサスペンスホラーみたいだけど。優鬼君は詳しくは聞いてないの?」
「はい、姉も教えてくれませんでしたから」
「そう。それならネタバレはしない方がいいかしらね。
――もう始まるみたいだし」
多目的ホール灯りが、前の方から順次消えていく。
そして女性の声によるナレーションが聞こえて来た。
『昔々、ある所におじいさんとおばあさんが住んでいました』
『ある日、おじいさんは山へ芝借りに、おばあさんは川へ洗濯物へと向かいます』
『おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこ~、どんぶらこ~、と流れてきました』
『おばあさんはその桃を拾い、持って帰っておじいさんと二人で仲良く食べました』
『するとどうした事でしょう。翌日に目を覚ましたおじいさんとおばあさんは若返っていたのです』
『いままで二人の間には子供ができませんでしたが、若返った二人は子供を作る事も出来ました』
『産まれたのは元気な男の子でした。桃のおかげで生まれたので桃太郎と名付け、大切に育てました』
『そして桃太郎が成人する頃、ある噂が流れてきました』
『隣村が悪い鬼に脅されて、村人が大事に作った酒を取られてしまったというのです』
ナレーションが終わり、舞台の幕が開く。
優鬼は最後に玲奈の整った横顔をちらりと盗み見て、そして舞台の方へと目を向けた。
そして、二年B組による『桃太郎』の幕が開く。