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町を出てからまる六日が経った。未だに鬱蒼とした森は続き、本当に進んでいるのかと思うほど同じ景色が繰り返される。


「ふぅ……」


半日歩き通しのせいか、思ったよりも大きなため息が出てしまった。慌てて前を見るが、アリアさんとリドさんは気がついていない。ほっとしたのも束の間、ふわりと体が浮いた。


「アンジェさん、休憩を挟みましょう」

「だ、大丈夫です! まだ歩けます! だから下ろしてくださいお願いしますううう……!」


私の後ろを歩いていシュルトさんにはお見通しだったらしい。後ろから膝下と背中に手を回され、横抱きの状態にされた。所謂お姫様抱っこである。美貌の騎士に平凡な薬師がされていいものではない。そういう題材を見るのはいいが、自身がされると頭が沸騰して熱でも出そうだ。


真っ赤になっているであろう顔を両手で覆い隠してシュルトさんを視界に入れないようにする。見たらきっと私は鼻血を吹いて気絶する自信がある。そんな醜態は乙女として晒したくない。


「おや、そういえば休憩をとってなかったね……。悪いね、つい進んじまったよ」

「いいんです! 進みましょう! そしてシュルトさんは私を下ろしましょう!」

「嫌です。私にとってアンジェさんの身が第一です。疲れたのならそう言ってください。無理をして倒れられる方が時間を削ってしまうでしょう?」

「そうですけど! これは流石に恥ずかしいです!」


私は子供じゃない、と声を大にして言いたかったが、あまり大きな声で騒ぐと魔物が寄ってきてしまう可能性がある。そのため、シュルトさんへの抗議も小声だ。


「まあまあ、兄ちゃん。ちょうどこの辺りから水の音がするから恐らく小川がある。そこで休憩にしよう。嬢ちゃんもそこまでならいいだろう?」

「よくないですけど妥協します」


そうでなければこのままアルルの洞窟まで連れて行かれそうだ。リドさんの提案に渋々頷き、諦めて全身の力を抜いた。体を預けていても全く振り落とされる気配がないのでそういった面では心配ないのだが、精神的によろしくない。


早く水場に着いてくれとひたすら心の中で唱えていたのがよかったのか、比較的すぐに小川にたどり着いた。


「着きました! おろして下さい!」


何故かやや残念そうなシュルトさんにゆっくりとおろされ、大きく伸びをする。少し凝り固まっていたのか、ぱきぱきと骨の鳴った。


「ここの小川は飲んでも問題はなさそうだ」


水の状態を確かめる精霊石を小川に浸したリドさんが問題ない、と頷いた。リドさんが持っている精霊石は真っ白い楕円形をしており、表面に水の魔法陣が彫ってある。これを水に浸すと飲むのに問題がないかを確認できる。飲める時は魔法陣が青く、飲めない時は赤く光る。


判断基準は不明だが、冒険者組合(ギルド)お墨付きのため多くの冒険者が愛用しているものだ。喉が渇いていたのでさっそく水を手で掬って飲む。するりと喉を滑る冷たさが心地いい。


「ぷはー! 生き返った……!」


思う存分喉を潤し、その場に腰を下ろした。最後の方は全く動いていなかったが、疲労は溜まっている。行儀は悪いが、足を伸ばして後ろに手をついた格好で空を仰ぐ。昨日の雨が嘘のように快晴で、木々の隙間から陽光が溢れ、ほのかに暖かい。


「アルルの洞窟まであと三日……いや、このまま進めば四日か……。思ったよりも予定が崩れてないね」

「小人たちがちょくちょく魔物のいない道を教えてくれたからなー。そのおかげで余計な労力を使わずに済んでるのが大きい」


そうなのだ。この森に住む小人族が近道や魔物のいない道を案内してくれたおかげで、洞窟での足止め分を取り返している。


「ですが、ここから先は少し空気が異なります。小人族達もこの先は立ち入れないようですし、強い魔物も多そうですから予定通りに進むかは微妙なところですね」


硬い表情でここから先を見据えるシュルトさんに、同様の気配を感じ取ったアリアさんとリドさんの表情も自然と引き締まったものになった。ここで何も感じ取れない私は完全なる蚊帳の外だが、表情だけでも取り繕っておくことにした。


「さて、そろそろ進むとするかね。水の補給なんかは終わったかい?」


大剣を担いで立ち上がったアリアさんの言葉に全員が頷く。残り少なくなっていた革水筒の中身も無事に補給し、パンパンに張った革袋を背負った。




「つ、着いた!」


あれからさらに三日、町を出てから九日目にしてようやくアルルの洞窟にたどり着いた。小人族の案内はなかったけれど、魔物の痕跡から縄張りに入らないよう進んだおかげでかなり順調に進んだ。


「ま、順調に進んだのはいいことだけど、この洞窟が問題だね。……こんなに濃度酷かったかい?」

「いや……そんな報告は聞いてねえ。瘴気化してんじゃねえか」


僅かに漏れ出る魔力はあまりにも濃度が高すぎて瘴気に近い物質となっていた。半魔族であるアリアさんは問題ないが、私とシュルトさん、リドさんは問題大ありだ。


瘴気化した魔力は人間にとって毒も同じだ。触れれば魔力の濃さに耐え切れずに体内から侵され、最後はボロボロに崩れて灰となる。


「どうしましょう……。まさか瘴気化するほどの濃度だとは思わなかったので、対策を用意してないです……」


瘴気化した魔力を防ぐ手立ては二つ。聖具を身につけるか、聖属性の魔法が扱える魔法士に保護魔法をかけてもらうか。


どちらにしても街まで戻って調達するしかない。せっかくここまできたのに、と肩を落とす。戻りましょう、と言おうと口を開きかけた刹那、肩にそっとシュルトさんの手が置かれた。見上げれば、小さな革袋を片手に微笑んでいる。


「大丈夫ですよ。ルイに聖具を造らせましたから」

「……へ? 聖具あるんですか!?」

「ええ。これです」


革袋から出てきたのは、指輪だった。表面に複雑な紋様が描かれた銀色のそれは、ちょうど四つ。


「二つは予備として持ってきたのですが、正解でした。お二人もどうぞ」


シュルトさんがアリアさんとリドさんに指輪を手渡す。二人は指輪を受け取ると嵌めることをせずにしげしげと眺めている。その様子に首を傾げていると、するりと右手を取られ人差し指に指輪が嵌められた。


ちょっとまった。


「シュルトさん?」

「はい、なんでしょう?」

「なんで自然に私の指に嵌めてるんですか」

「おや、つい流れで」


流れってなに。


アリアさんとリドさんに助けを求めようと二人を見るが、未だに指輪を穴が開くほど見つめ続けていて全く助けになりそうにない。


「それよりも指にきちんと嵌っていますか? 一応嵌めた人間の指に合うようにはなっているようなので問題ないと思いますが」


思いっきり話を逸らされたが、言及したところで特に何も生まないので乗っかることにした。


「ぴったりです。……アリアさんとリドさん付けないんですか?」


時が止まったように固まる二人に声をかけると同時に我に返ったようで、勢いよく顔を上げてシュルトさんに詰め寄り始めた。


「本当にあんた達なんなんだい!? この指輪、気軽に渡せるものじゃないだろう!?」

「安心してください。お金を取ろうなどとは考えませんよ」

「そういう問題じゃねえ! これ一個でひと月は遊んで暮らせるぞ!」


え、うそでしょ。


反射的に指輪を抜こうとするが、指に張り付いたかのようにびくともしない。とんでもないものを嵌めてしまったと青くなる私の隣でシュルトさんは穏やかに微笑む。


「ですが、これならば安心して洞窟に入れるでしょう? 聖具は粗悪品も多いと聞きますから」

「……それを言われるとそうなんだけどねえ。そもそもアタシは瘴気は効かないから返すよ」

「いえ、持っていてください。これは聖具でもありますが、守護魔術も組み込まれていますので」

「ほんとにとんでもない代物だね!?」


再びアリアさんは叫ぶが、どうあってもシュルトさんが動かないと判断したのだろう。渋々と言った様子で二人とも指輪を嵌めた。


「それでは入りましょうか」


魔灯(ランタン)を掲げたシュルトさんを先頭に、私、リドさん、アリアさんの順に洞窟へと足を踏み入れる。森を歩いていたときとは逆で、ここからはシュルトさんの出番である。







「……思ったより大したことありませんね」


落胆したように呟いたシュルトさんは、まだ息のある魔物にとどめを刺した。魔核を破壊された魔物はさらさらと砂となって消え、シュルトさんは剣に付着した血を丁寧に拭い取って鞘に収める。そして極上の笑みで振り返った。


「さあ、先に進みましょう。もうすぐ最奥です」


三人揃ってこくりと頷く。


「……Sランクって本当に規格外だね……。ここまでAランクの魔族やら魔物やら出てきたけどほとんど一撃……。アタシとリドだったら途中で緊急脱出してるよ……」

「シュルトさん、念のため回復薬(ポーション)をどうぞ」


まるで出番のないアリアさんとリドさんが手持ち無沙汰にしながらも警戒は緩めない。いくらシュルトさんが強いからといって、無敵ではないのだ。


「ふむ、この先はどうやら結界で護られているようですね……。こことまるで感覚が違います」


さらに奥へ進んでいくと、あれほど濃度の濃かった瘴気が急激に薄れ、魔物が全く出現しなくなった。あまりの変化に驚いていると、シュルトさんが人ひとりがようやく通れる天然の通路を発見した。通路に手を伸ばすが、透明な何かに阻まれるように手が通っていかない。


「あ、浄化の花……。ということは……」


入口の少し手前の岩陰にひっそりと咲く浄化の花を見つけて駆け寄った。薄暗い洞窟の中でも真っ白な花弁が浮かぶように仄かな光を放っている。


毒や瘴気を打ち消す効果がある花で、この影響でこの一帯は瘴気がほとんどないのだろう。納得しつつ、ローブの内側についた複数の衣嚢(ポケット)のひとつから小石程度の魔石を取り出す。ほんの少し緑がかった乳白色の魔石は、ヘクセさんの魔力を注いだものだ。


「アンジェさん、その魔石は?」

「ヘクセさんに浄化の花がある場所まで辿り着いたらこれを出せと言われてました。通行許可証のようなものだそうです」


説明をしながら通路の入り口に立つ。岩の切れ目と言っても差し支えないほど自然的な通路は、しかし手が加えられた魔力反応がある。おそらくはこの通路から先は『場所』が異なるのだろう。


通路の前に魔石を掲げて、ヘクセさんに教わった呪文を唱える。魔石から光が溢れ、手から離れるとパンッと光が消えた。


「……結界が消えましたね。これなら通れそうです」


先程阻まれたのが嘘のように通れるようになった。シュルトさんを先頭に一人ずつ通路を通る。暫く歩くとようやく視界が晴れた。


「…………!」




言葉も失うほど美しい光景が、広がっていた。

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