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僅かな振動しかしないその馬車は、さすが王宮の馬車だと感心せずにはいられない。乗合馬車や商人の馬車など比べるのが馬鹿らしくなるほど乗り心地が良く、座っていても不快感も苦痛もない。


しかしその事に感動しているのは私だけらしく、へクセさんもシュルトさんもそれが当たり前だと言わんばかりに平然としていた。


「道中休憩を挟みますが、それでも長時間の移動になりますので体調がよろしくなければ遠慮なく仰ってください」


シュルトさんが一人そわそわする私を見て何を勘違いしたのか、そんなことを言い出した。私は途端に恥ずかしくなりその場に縮こまる。隣のへクセさんはやれやれと首を横に振った。




「一旦休憩にしましょう。ずっと狭い中にいてお疲れでしょう」


微睡んでいた私は、その声に覚醒して馬車の外へ出る。柔らかな日差しと新鮮な空気に大きく伸びをした。いくら快適とはいえ慣れない馬車での長時間移動で体が強ばってたらしい。パキパキっと骨が鳴る。


「あ、そうでした! 差し出がましいかもしれませんが、多く作ってきたので皆さんよろしければ食べてください」


ずっと膝の上に乗せていた藤籠から、厚切りのパンに野菜と肉を挟んだバゲットサンドを取り出し、へクセさんはもちろん数十人いる兵士さん達に配る。彼らは馬に乗って私たちの馬車を護衛してくれているのだ。敬意を払わなければならない。


「シュルトさんもよろしければどうぞ!」

「ありがとうございます」


受け取るのを躊躇った兵士さん達とは違い、警戒も躊躇いもなく受け取ったシュルトさんは嬉しそうにそれを口に運んだ。もちろん何も入っていないが、疑う兵士さん達はシュルトさんがなんの躊躇いもなく魔女が作ったものを口にしたのに驚いたのだろう。眉根を寄せてたり、慌てて駆け寄ろうとする人など様々な反応を見せた。しかしそんな兵士さん達の視線などものともせずにシュルトさんは優雅に微笑む。


「アンジェさんの作るものはやはり全部美味しいですね。わざわざ私どものために作っていただいてありがとうございます」


あっという間に食べてしまったシュルトさんはまだ手をつけようか躊躇っている兵士さん達にも聞こえる声量で私に感謝を述べた。半分は嫌味だろうな、 兵士さん達に向けての。


それを理解したのだろう、兵士さん達は意を決したように次々にバゲットサンドにかぶりつき始めた。


「う……うまい」

「なんで俺は疑ってたんだろう……」


呆然と呟く兵士さん達に思わず笑いがこみ上げてきた。声を殺して笑っている私にシュルトさんが気が付き、柔らかく微笑む。最近では慣れてきたので直視しても大丈夫になったが、やはり眩しい。


「アンジェ、あそこの木のそばに薬草がある。採ってきてくれるかい?」


すりこぎと鉢を出してそこら辺に生えている雑草を何枚かすり潰していたへクセさんが突然私が立っている場所から少し先にある背の高い木を指さして言った。


「わかりました。その分量だと……だいぶ多めに必要ですね」


雑草も組み合わせによっては薬になる。この辺に生えている雑草は魔女の森であまり採れない種類が多いので、私も気になってはいたが早速薬を作り始めるとは思わなかった。周りがドン引きしても気にしないへクセさんに頬が緩む。


「私もついて行っていよろしいですか?」

「構いませんよー」


木の前まで歩いてしゃがむと、へクセさんが言っていた薬草は、周りに生えているものと大した違いがないのでよく見なければ分からない。久々に見る種類の薬草の見分け方を思い出しながら摘んでいく。


「私にはどれも同じにしか見えませんが……やはり違いがあるのですね」

「もちろんです。例えば……こっちは今摘み取っているのと同じに見えますが、根っこに毒を持っています。毒と言っても死ぬわけじゃないですよ? 少しお腹を下す程度です。見分け方は葉がざらざらしているかどうかですね」


慣れないうちは触りながら慎重に摘んでいたが、今では目視で違いがわかるようになったので摘むのも楽だ。隣でシュルトさんが感心したように葉を触っていた。


「これだけあれば充分かな……」


薬草が山盛りの藤籠を持ち上げようと手を伸ばした。しかし藤籠に触れる寸前、横から藤籠を奪われ私が伸ばした手は空を掴んだ。


「薬草の見分け方のお礼です」


反論は許さないとばかりに美しい微笑みで私の言葉を封じた。何も言えなくなった私は、歩き出したシュルトさんの後ろをついていく。


「魔女殿、こちらアンジェさんからです」

「おや、随分と甘やかしてるねえ。私の弟子はお前さんが思うようなか弱い女じゃないよ」


ふん、と面白そうに鼻を鳴らすへクセさんに動じずシュルトさんはにこにこと微笑みを崩さない。ひとり手持ち無沙汰な私はそちらを気にしつつ、自分の分にとっておいたバゲットサンドを胃に収めた。


「そろそろ行きましょう。夕方までには町につかなければ……」


シュルトさんが兵士さん達に指示を出す。私とへクセさんは兵士さん達の準備が終わるまで摘んだ薬草を選別し、バゲットサンドを入れていた藤籠に詰めた。


「王宮まではどのくらいなんですか?」


馬車に乗り込み先に進む。この後は休憩なしで王宮に近い町へ行き、そこで一泊するらしい。窓の外の景色から視線を外し、シュルトさんに尋ねた。少し考えるそぶりを見せたシュルトさんはこのまま順調に行けば明日のお昼あたりだと答えてくれた。


「本当は転移魔法陣を使いたかったのですが……」


苦い顔をして言葉を濁すシュルトさんに、大体理解した私は大丈夫の意を込めて首を横に振る。魔女にも縋る思いではあるが、貴重な人材と魔法陣を使うのは自尊心(プライド)に反するのだろう。王妃様の病も原因不明とはいえ今日明日の命というわけでもなさそうだし。


「多くを語らずとも伝わるのは嬉しいですが、こういう場合は少し困りますね」

「お前さんが転移魔法陣云々言う前からこの娘は気づいてたよ。隠すならもっとうまく隠しな」


窓の外を眺めていたへクセさんが小馬鹿にしたように口角を上げた。シュルトさんは淡く微笑んで次からそうします、と軽くかわした。何人もの曲者を相手にしてきたような、相手が不快にならない程度のあしらい方を学んでいる。なまじ目が眩むほどの美貌では笑顔を向けられただけで満足する人もいるのだろう。しかしへクセさんは根性が曲がっているため、その笑みには動じずシュルトさんが動揺しなかったことに面白くなさそうに窓の外に視線を移した。


「シュテルツェルト様、町に到着しました」


馬車の揺れがおさまったと思ったらシュルトさんの背後の壁の一部が開き、御者さんが顔を覗かせた。それにシュルトさんは応えると、一足先に馬車を降りる。へクセさんをエスコートしようとするがへクセさんはばっさり断るとさっさと降りてしまった。


「シュルトさんごめんなさい。あれがへクセさんなんです」

「いいんですよ」


にっこりと気分を害した風もなく私が持っていた藤籠をするりと奪うと馬車を降りるのを手助けしてくれた。荷物は既に兵士さん達によって宿屋に運ばれたらしく、私達はその宿屋に移動した。


「こりゃまた女神様のような騎士様だ……」


宿屋に着くなり受付に座っていた恰幅の良い女性が神々しいものでも見るかのごとく目を見開き呆然と呟いた。シュルトさんは慣れているのかお金を渡して部屋の鍵を受け取った。


「これに彫られている絵と同じ絵の扉がアンジェさんの部屋になります」


渡された鍵には猫のシルエットが描かれていた。部屋は主に二階にあり、一階は受付と食事処になっているらしい。一応大浴場はあるが別料金だとか。確かにこの世界ではお湯を適温に保つのは難しく、それなりの時間と手間を要するので納得ではある。その他諸々の説明を受け、まだ兵士さん達の指示が残っているというシュルトさんと別れて階段をのぼった。

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