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「…………どちらさまでしょうか」
一週間前に採ったアママンダの実の乾燥具合を確認しているとドアをノックする音がした。シュルトさんだと思い、扉を開けると騎士は騎士でも見知らぬ甲冑男達がずらりと並んでいた。
思わず閉めそうになるのをぐっとこらえて尋ねると、一斉に騎士達がその場に膝をついた。先頭にいた騎士が顔を上げ、懐から一枚の羊皮紙を取り出すとよく通る声で私とヘクセさんに城へ来て欲しいとやたらと命令口調の文を読み上げた。
「……なんだい、騒がしい。おや、そんなに大人数で一体何の用だい?」
どうしようかとオロオロしていたところにタイミング良くヘクセさんが裏庭の方から現れた。籐籠を持っているということは薬草の採取でもしていたに違いない。騎士達を一瞥して私を見る。私も分からないの意味を込めて肩を竦めると、先頭にいた騎士がもう一度先程の文面を読み上げた。
「またけったいな内容だねえ……。王妃の病を治すために協力して欲しいとは。王宮治療師は何をやっているんだい?」
「我々も詳しくは知らないのですが、王宮治療師が全力で治療に当たっても治る兆しがなく……。そこで魔女の薬が大変効果があるとの噂を耳にし、試したところ僅かですが回復されて」
「それならそのまま薬を飲み続けろ、と言いたいところだがお前さん達がわざわざ来たということは一時的に効いているだけ、ということかい?」
「さすが魔女殿……。はい、そう聞き及んでおります」
へクセさんは一通り聞き終わると明日に登城する旨を伝えるように頼み、小屋に引っ込んでしまった。騎士達は慌ただしく引き返していった。瞬きをする間に見えなくなったその速度に本当にこの世界はファンタジーだと思い直す。この世界の馬は魔力を持つ馬が多く、魔力を持った馬は普通の馬より桁違いに速い。乗っている人間も自身に強化魔法を施せばその速度に耐えられるので、城から往復一日弱のこの距離を数時間で駆けてしまう。シュルトさんが頻繁に来れるのもその馬があってこそ、と本人が前に語っていた。
「明日出発ってことは……やることが多いなあ」
アママンダの実が十分乾燥しているのを確認して小屋の中に入れ、ひとりごちる。次に手をつけるのは薬屋に手紙を出すことだ。城に行くため暫くは店に商品を下ろせないかもしれないと書き、ルナに運んでもらう。次に地下室の薬品類を整理して、期限が迫っているものは城に持っていく事にし、籠に詰める。その他はそのまま棚に並べておき、軽く掃き掃除をしてから地下室を出た。
「後はー……自分の荷物か」
部屋に戻り、荷造りをするが数分で終わってしまった。考えれば、私自身の持ち物は全くないと言っても同然だったのだ。持っていくものといえば数着の服とへクセさんから貰った薬草学の本数冊だけだ。自分でも憐れになるほど少なかった。
昔はあれもこれも捨てられずにとっておいて部屋の引き出しがぐちゃぐちゃだったのが懐かしい。荷物を大きめの革袋に詰めていると部屋をノックする音が聞こえ、へクセさんが入ってきた。
「準備はできたかい?」
「ちょうど終わるところです。薬の期限が危なそうなのは籠の中に入れて下の居間に置いてあります」
「仕事が早くて助かるよ。アンジェ、これをやろう」
「これは……首飾り(ペンダント)ですか?」
雫型にカットされた真っ黒な黒曜石は部屋の灯りをも取り込んでなんとも言えない独特の輝きを放っている。手のひらで包めるほどだが、大きさに見合わぬ何かがこれにはある。慎重に受け取り、へクセさんを見上げた。
「これはお前さんを護ってくれる魔法石さ。歴代の魔女の魔力が蓄積されている。いざとなったら使いなさい」
しっかりと頷いて、首にかける。大粒の石なのに不思議と重さは感じない。これならつけてても違和感がなくていい。
「他の奴らにそれを見せてはいけないよ。魔女だからこそ持てるものだからね」
「わかりました」
言わてたとおり一見わからないよう服の下に隠すと、へクセさんは満足げにひとつ頷いて、明日は王宮に行くからあの服を着ていくようにと言って出ていった。
「……よし、寝るか」
羽毛を詰め込んだふかふかのベッドに潜り込み、保温効果の魔法陣を織り込んだ薄い毛布をかぶって目を閉じた。
次の日、まだ薄暗い時間に風の精霊達に起こされ目が覚めた。若干眠い目を擦りベッドから這い出る。昨日言われた通り、クローゼットから一着の服を取り出す。生活に慣れてしばらくして渡された真っ黒なロングドレス。ドレスと言ってもワンピースに近いもので、華美な装飾はない。喪服にも似たそれは魔女としての正装らしく、よく見れば服全体に精緻な魔法陣が描かれている。身を守るための保護魔法陣が織り込まれているのだともらった時に聞いた。それを着込み、いつものフード付きローブを羽織る。荷物を背負い、下に降りると既に準備を終えていたへクセさんがいた。
「概ね時間通りのようだね。もうすぐ馬車が来るから荷物を外に出しておいておくれ」
へクセさんの荷物も私同様少なく、さして苦労することなく玄関の外に置けた。私は小屋にとってかえすと、ルナに暫くは戻れないから自分でご飯を食べるようにと伝え、肉を与える。賢いこのルナは肉を丸呑みすると返事の代わりに翼を羽ばたかせ飛んでいった。
これで心配事はなくなった。へクセさんに軽い朝食を出して自分も保存しておいたパンを齧る。空が白み始める頃、蹄の音と車輪が回る音が聞こえてきた。水に濡れた手を手巾で拭いて外に出る。近づいてくる馬車は、簡素だが高い素材であることが見て取れた。目の前で止まった馬車から降りてきた人物に私は目を見張った。
「………シュルトさんがどうして……」
「私が迎えに選ばれたからです。さあ、王宮へ参りましょう」
おどけたように手を差し出した美貌の騎士に、苦笑いで荷物を差し出したのだった。




