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ぐるぐるに巻かれた包帯にひとつため息を吐いて、ブーツを履き直す。革紐を緩めて調整するとゆっくり立ち上がってみる。
「ふむ、大丈夫そうかな」
「大丈夫じゃありませんよ。大人しく座ってください」
またも横抱きにされ、椅子に座らされる。あまりの早業に言葉も出ない。再チャレンジしようとするも、にっこり笑顔で制止されてしまい身動きがとれなくなった。
「町を見て歩きたいのは分かりますが、あと数分は我慢してください。そうすれば動かしても大丈夫ですから」
治療魔法を学ぶ彼は、真っ赤になった足首に簡単な治療魔法を施してくれた。治るのに時間がかかるのが難点だが、捻った程度なら十分もすれば治るらしい。それを待てずに動こうとしたから止められたわけなんだけれど、自業自得とはいえどうも人の家に長居するのは居心地が悪い。
「これどうぞ。サワーレインという果実です」
四角くカットされた薄緑色の果実は、一口食べるとしゃりしゃりとしていて清涼感がある。後味もさっぱりとしていてサラダにも使えそうだ。つい癖でサワーレインを使ったレシピを考えてしまう。
「お口に合いましたか?」
「はい! とっても美味しいです。これの産地はどこですか?」
「三大国家のひとつ、オーランドリーゴル国ですよ。あそこは気候が穏やかですから気候変動に弱い作物や果実が育ちやすいんです」
オーランドリーゴル国の名前はヘクセさんからちらりと聞いたことがあった。あの国の薬草は質が良く、裏庭で育てている薬草のいくつかはそこから取り寄せたのだと。珍しく褒めていたから記憶に残っていた。
「もう動かしても大丈夫ですよ」
果実を綺麗に食べきると、リーズさんからお許しが出た。椅子から飛び降りて薬の代わりに貨幣が入った革袋を入れた籐籠を腕にぶら下げる。中身が見えないように上に布をかけて、フード付きローブを羽織るとリーズさんに向き直った。
「怪我の治療と美味しい果実をありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそいつも薬をありがとうございます。学生の俺たちも模擬戦などでよくお世話になるのでそれのお礼だと思ってください」
「そういえば……この前の王宮からの依頼で作った魔力回復薬はもしかして魔法学院に支給するための……?」
「そうです! 魔女殿のあの薬は今まで支給されていたものより圧倒的に効果が高いんですよ。飲んで感動しました」
シュルトさんを助ける前に作っていた、馬鹿みたいに量の多い魔力回復薬は記憶に新しい。王宮から回復薬はよく頼まれるのだが魔力回復薬は初めてで驚いたものだ。取りに来た人がシュルトさんの上司だったので魔法部隊にでも割り当てるのかと思っていたがどうやら見当違いだったらしい。
「なにか魔力回復薬で不便なことや効き目に問題があれば手紙をください。レジェさんを通していただければ魔女の家に手紙は届けられますので」
この店からの納品依頼は、王宮同様ルナが連絡役を担っている。そのため町の人々はこの店に依頼を出す。その依頼の手紙をルナが毎日行き来をして魔女の家まで運んでくれるのだ。
「もしなにかあればそうします。……今度は気をつけて歩いてくださいね?」
「う……はい」
リーズさんに見送られ店を後にすると活気のある通りに向かう。喧騒が近くなればなるほど美味しそうな匂いが強くなる。それに引かれるようにふらふらと足を進め、香辛料の匂いが食欲をそそる露店の前で立ち止まった。なにやら薄いパンに野菜と厚切りの肉を挟んだものが売られていた。
「ん? どうしたお嬢ちゃん。お使いか?」
「えっと……はい。少しお腹が空いたのでこの辺を見ていたらすっごく美味しそうな匂いがしててつい」
頬を掻き、笑う。店主であろう恰幅の良い中年の男性は、にかりと豪快な笑顔で身を乗り出すと私の頭を乱暴に撫でた。
「お嬢ちゃんは小さいのに見る目があるね! よし! 普通なら五ルディだが、特別に三ルディだ!」
「ええ!? それは悪いです! ちゃんと五ルディ払います!」
「しっかりしてるのは偉いが、子供が遠慮なんかするもんじゃねえよ」
乱暴に撫でた手を戻し、薄いパンに焼きたての肉と野菜を挟んで差し出してきた。正規の値段を払おうとするが頑として譲らないので渋々三ルディを手渡し、熱々の品物を受け取る。
「これの名前はなんて言うんですか?」
「これか? これはパニーニだ。北の方でよく売られてる食い物だよ」
頷きながらパニーニなるものにかぶりつく。行儀は悪いがそれを咎められたりはしない。少し粗相の悪い子供、という認識程度だからだろう。海外でよく日本人は幼く見られると言われるが、この国では輪をかけて幼く見えるらしい。いまの会話からこの店主も私がこの世界で成人している歳だとは露ほども思っていないだろう。せいぜい見えて十二歳くらいか。いつもは少しムッとするが、今は有難い。
「ちょっと辛めですね。北の方で売られている理由はこれですか」
「随分と賢いなあ……! そうなんだよ。体を暖める方法のひとつなんだろうさ」
唐辛子にも似たピリリと辛い香辛料が肉の旨みを引き立てていて食欲があればいくらでもいけそうだ。最後の一口を食べ終え、店主に礼を言うとまたふらふらと歩き始める。
精緻な刺繍がされた布地や、魔法の媒介として使える宝石類に鉱石類、重そうな鎧や兜、様々な武器を売ってる露店などを興味本位で覗いていると、装飾品が売られている露店で足が止まった。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。ここにある品は安物だが、質はいいものだよ」
客が子供だと分かり、一瞬店を構えている老人が驚いた顔をしたが、そこはさすが商売人ですぐに柔和な笑みを作るといくつか新しい装飾品を出してくれた。
「……これ、どのくらい魔力耐久がありますか?」
「お嬢ちゃん魔法学科生かい? あまり強いものではないがそこそこ役に立つじゃろう」
その言葉を受けて、風属性の影響を受けやすい翠玉の首飾りとどんな属性とも相性のいい金剛石の指輪を買った。お小遣いはすっかり消えたが、こういう時にしか使い道がないのでいい買い物をしたと思う。魔力を込める練習材料としては安いほうだ。それに宝石に魔力を込めれば、魔力が枯渇した時に予備魔力として使えるから無駄にもならない。
薬を売ったお金で必要品を買い揃えて森への帰路を急ぐ。重くて何度か途中で休憩を挟んだが、なんとか日が落ちる前に辿り着けた。




