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3月16日 修正。内容に変更はありません。

「本当に美味しかったです。ありがとうございました!」


美味しい焼き菓子をいただいたお礼を言って頭を下げる。本当は何かお返しを、と思ったのだが本人がいらないと断固として譲らないので諦めた。


「いえいえ。喜んでいただけて何よりです」


美しいという表現すらおこがましいほどの笑みを残してシュルトさんは帰っていった。それをいつも通り見送り、洗濯物の取り入れや夕食の準備など午後の作業にとりかかった。




ガタガタと荷馬車の揺れと共に私の体と一緒に籠いっぱいに入れた瓶たちがふわりと浮く。慌てて膝に抱えて覆い被さるように瓶を押さえる。


「お嬢ちゃん大丈夫か?」


馬を操る農夫が、私が慌てた気配を察したのか声をかけてきた。それに大丈夫ですと返して瓶が割れていないか確認する。幸いにも瓶はどれも割れていなかった。ホッと胸を撫で下ろして、流れていく景色をぼうっと眺めた。


ヘクセさんの手伝いの一環として町の薬屋に薬を届けるために森を徒歩で抜けて、町までの道のりを歩いている時だった。運悪く道端の石に躓き、瓶を死守するあまり足を挫いてしまったのだ。森から出たとはいえ、昼時を過ぎた時間に町までの道を通る人や馬車は稀だ。どうしようかと途方に暮れているところに本当に奇跡的に通りかかった農夫の荷馬車に乗せてもらって現状に至る。優しい農夫は薬屋の前まで私を送ってくれた。お礼を言って足を引きずりながら古ぼけた看板を掲げる店の扉を押し開ける。


「……こんにちはー」


ギギギッと錆びれた音を響かせ開いた扉の隙間から室内に滑り込む。相変わらず薬草の匂いがこびりついた室内は羊皮紙がそこらじゅうに散らばっている。


「いま行きます!」


カウンターの奥から若い男の人の声が聞こえて首を傾げる。ここを経営しているのは六十代くらいのおじさんだったはずだ。月に二回、半年近く通っているが若い男の人が対応したことは一度もない。息子さんかなと結論づけていると慌ただしい音と共に人が出てきた。声の通り若い男の人だった。顔立ちはそこそこ整っていて栗色の癖毛に垂れ目がちな新緑色の瞳。穏やかそうな雰囲気と相まってどこか犬を連想させた。青年は私を確認するとふんわりと陽だまりのように笑った。


「こんにちは。森の魔女の遣いの方と聞いて正直不安だったのですが、こんなに可愛らしい方だとは思いませんでした」

「あ、ははは。ありがとうございます……? あの、いつものレジェさんは?」

「親父は今腰を痛めてしまっていて、俺が代わりに店番をしているんです。名前はリーズと言います」


リーズさんはほわほわとあたりに花を飛ばして説明してくれる。正直あの気難しそうなおじさんにこんな癒しの塊みたいな息子がいるなんて想像がつかない。きっと彼はお母さん似なのだろう。


「そうでしたか。私は魔女見習いのアンジェです。今日はいつもの薬を届けに来ました」

「わざわざありがとうございます。本当は俺が行けばいいんでしょうけど、普段は魔法学院に通っているのでそうもいかなくて……」

「大丈夫ですよ。それに町に来るのは苦じゃないですから」


森での生活はなんのしがらみもなく楽しいが、町の活気ある雰囲気も好きだ。月二回の薬納品の日は町をじっくり見て回れるので私の密かな楽しみの一つとなっている。それを説明すると美味しいパン屋さんや安く野菜を売っているお店など色々な情報をくれた。


「これは新作の薬ですか?」

「そうです。女性の不調を助ける薬になりますね。説明としては、土台はただの回復薬(ポーション)ですがそれにレレミーの根っこを乾燥させたもの、アスカリレの実と葉っぱをすり潰してそれを湯と混ぜて練り合わせたものを三日間煮込みました。それに少し魔力を込めて日持ちを長くしています。作ったのが昨日ですから保ってひと月です」


レレミーの根っこは乾燥させてお茶として飲むことで血行を良くする効果がある。アスカリレは実と葉で効果が異ななり、実は鉄分が豊富で貧血を助ける。葉はそれ自体に効果はないが、甘みが強く薬の苦味を消すのに役立つのだ。それらを回復薬(ポーション)と合わせると女性の体調を整える薬になる。主に月のものや妊娠時に使用して欲しいと付け加える。彼は私が説明した効能や使われている薬草を羊皮紙に書き留めている。お客さんにきちんと説明できなければ、不安にさせるし大切なことだ。


「随分と手間のかかる薬ですね……。これをここで売ってもよろしいんですか?」

「構いません。むしろここでなければ薬を作っても売れませんよ」


魔女の薬は効能は確かでもわざわざ森にまで買いに来る奇特な人はいない。迷いの森はその名の通り、魔女の家に明確な目的があって来なければ辿り着けずに迷ってしまう。もちろん魔女自身は例外だ。それを町の人たちは分かっているのでこうやって町に薬がきて販売されるのを待っているのだ。


他の薬も全て渡し、代金を受け取る。店を出ようと一歩踏み出した時、ズキンと捻った方の足首に痛みが走った。思わずその場にしゃがみこむ。


「大丈夫ですか……!?」

「……っぅ……大丈夫で……す」

「大丈夫じゃなさそうですね……。ちょっと失礼」


するりと背中と太ももの裏あたりに人肌を感じたと思ったらふわりと体が浮き上がった。一瞬何が起こったか理解不能だったが、わんこ系美形の顔が近いと思った途端に自分が横抱きにされている事実に気がつく。


「あああの……! 自分で歩けますので降ろしてください……!」

「駄目です。絶対腫れてます」


私の抵抗虚しく奥の部屋に降ろされ、履き倒してヨレヨレの皮のブーツを脱がされる。基本日に当たらない真っ白な肌は足首だけが痛々しく腫れ上がっていた。こんな状態だったのか、と思わず口元が引き攣った。


「こんなになるまで我慢してたんですか?」

「…………忘れてました」


痛みに慣れてしまい完全に意識の外だった。あはははと誤魔化して笑うが、にっこりと微笑んだ彼には全く通用しなかった。

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