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私の中におっさん(魔王)がいる。  作者: 月村伊織
第一部
12/111

騎乗翼竜を見に行きました。

書き直しました。

 朝食代わりの昼食は、干し肉をお湯で戻して煮た肉じゃがのような物と、玄米のような米と出汁の効いてるお吸い物だった。

 肉は少し硬かったけど、味は良かった。これはどうやら豚竜とんりゅうというドラゴンの肉らしい。聞いた話によると、河童の顔にライオンのような体で、尻尾はトカゲのように長い。そして色は緑らしい。一体どんなドラゴンなんだろう? 

 ラム肉のような味がするから、定期的に出てくるこの肉はずっと子羊なんだって思ってたから驚いた。


 ドラゴン肉というのはともかくとして、食が合うっていうのは本当にありがたい。これで食がまったく合わなかったらここにいること自体苦痛だったと思う。


 それでもやっぱり、そろそろ家に帰る手立てが欲しい。風間さん達にまかせっきりだけど、これ以上待てる気になれるかどうか。


「だって、退屈なのよね」


 私は開け放たれていた障子の向こうに視線を移す。美樹の木の葉もすっかり落ちて、今や枝にしがみついている葉はあとわずか。真っ赤だった色も全盛期を過ぎくすんでしまっている。


 縁側の屋根越しと庭の木の間から覗く狭い青空。

 なんだか、ここが監禁部屋に思えてきちゃった。


「だからと行ってむやみやたらに出歩いてゴンゴドーラに遭遇しても、私なんて食べられて終わりだしなぁ……」


 出るに出られない。


「誰か一緒についてきてくれれば良いんだけど、中々言い出せないんだよね」


 ぽつりと呟いてため息をついた。

 月鵬さんは毎日、私のご飯やそうじやアニキの世話やらで忙しそうだし、アニキはお酒飲んではふらっとどっかに行っちゃうし、かと思えば突然やってきて、私の話し相手になってくれたりする。そういえば、そういう時は絶対お酒飲まないんだよなぁ。

(なんでだろ?)

 でも、私の話をうんうんって何もせずに聞いてくれるのって安心する。カウンセリングってこんな感じなのかも。アニキがいなかったら、ストレスでまいってたかも知れない。アニキはたまにしか来ないから中々頼めないし、クロちゃんも毎日やって来ては、お喋りに付き合ってくれるけど、アニキみたいに聞き役じゃなくて、友達同士のしゃべくりそのもので、すっごく楽しい。

 だけど、クロちゃんと話してると時々かなこを思い出す。口が悪いところが似てるのかも知れない。だから、たまにすごく寂しくなる。

 クロちゃんにはお願いしやすそうではあるんだけど、答えは見えてるから言えないんだよね。

 絶対、「なに、ぼく達を信用できないわけ?」って言うに決まってるもん。


 柳くんも結さんも全然見かけないし、あれから翼さんにも遇わないし、毛利さんなんて遇ったらどんな顔して良いのかわかんないし。

 話によれば、風間さんは陣頭指揮を取って帰る方法を模索してくれてるみたいだから、そんな人にわがままは言えない。

 雪村くんにはなんやかんやで気まずいから会いたくない。

 それ以外のお付きの人はそれぞれの区画でたまに顔は見るけど、知り合いじゃないし。


「はあ……」


 私はまた深くため息をついた。

(結局お願いできる人がいないんだよなぁ……)

 とりあえず私は、「ごちそうさまでした」と手を合わせて箸を置いた。その時、月鵬さんがやってきた。


「膳を下げに参りました」

「ありがとうございます。でも、たまには私が厨房に持って行きますよ」

「いいえ、そんな! 私にお任せ下さい」


 申し訳なさそうに言って、月鵬さんは何故かちらりと後ろを見た。障子の影からアニキが顔を出す。


「よう!」

「アニ――花野井さん!」


 アニキは堂々と部屋の中へ入ってきた。いつものようにドカッとあぐらを掻くのかと思いきや、立ったまま私を見下ろす。ニカッと笑うと、腰を曲げて顔を近づけた。


「嬢ちゃん、騎乗翼竜ラングル・ドラゴンって見たことねぇだろ?」

「ラングル・ドラゴン?」


 首を捻ると、耳に渋い声が響いた。

騎乗翼竜きじょうりょくりゅう』という声だ。

 魔王……あのおじさんか……。すっごく気味が悪いけど、今はがまんするしかない。ラングル・ドラゴンの意味は馬みたく騎乗できるドラゴンってとこだろう。


「良かったら見にこねぇか?」


 アニキは控えめに笑んだ。


「はい。ぜひ!」


 退屈してたし、ラッキー!


「よし、行こうぜ!」

「はい!」


 縁側に連れ立って歩くと、アニキが袖から水色の呪符を取り出した。


「離れるなよ」


 首だけで振り返って、向き直る。その瞬間、ぐらりと景色が歪んだ。

 まるで渦を巻くように見ていた景色が消え、瞬きの間に別の景色がそこに広がってる。明らかに違う部屋の数、薄暗く長い廊下。西の区画だ。


 転移はいつまで経っても何回やっても慣れる気がしない。特に、めまいのような感覚はすごく苦手。

 はじめは気のせいだと思ったし、目を瞑ってると一瞬違和感があるだけなんだけど、目を開けていると、景色が回るのがはっきりとわかる。


「花野井さんは、さっきの嫌じゃないですか?」

「さっきの?」

「ほら、空間がぐらって歪んで、渦巻くみたいに消えて現われるっていう――」


 めまいみたいな、と言いかけて止めた。

 アニキが怪訝そうに眉根を寄せていたからだ。


「……あれ?」


 思わず笑みが引きつる。なにか、まずいことでも言った?


「俺はまったくわからんかった。三条や風間ならその感覚はわかるかも知れねえけどな。魔王の影響だろ」


 魔王の影響――。

 アニキの何気ない一言が、妙に心に刺さる。

 突然、渋い声が聞こえてきたり、妙な感覚が自分にだけあったり、考えないようにしたいのに、魔王はそれを許さないみたい。

 自分の中に得体の知れないものがあるのは、気色が悪くて、怖くて、不安だった。


(早く家に帰りたい)


 泣きたくなって、顔を伏せる。突然、温かいものが髪の毛を包んだ。仰ぎ見ると、アニキが私の頭に手を置いていた。目が合うと、赤い瞳が細められる。

 柔らかく笑まれた目尻に、薄っすらとシワが寄る。

 まるで、大丈夫だよ、と言われているみたいだった。


 思わず唇を噛み締めた。

 そうしなければ、みっともなくすがりついて泣き出してしまいそうだった。

(アニキは優しいな……)


「……ありがとう、ございます」


 呟くと、アニキは頭から手を離した。


「行くぞ」


 明るく言って歩き出す。


「はい!」


 私もわざと明るく声を上げ、アニキについて歩き出した。



 * * *



 騎乗翼竜ラングル・ドラゴンの収容小屋には、翼竜が一つ一つ区切られたところに翼を畳んで入っていて、手前に餌を入れるのか、水を入れるのかは解らないけど、一列の石でできた受け皿があった。

 見たところ牛舎のような感じだ。


 騎乗翼竜は、想像していたよりも小さかった。

 馬の大きさと同じくらいで、首が細くて、うねっている。 そして名の通り、翼が生えている。

 騎乗翼竜は見たところみんな首が長かった。一メートルくらいありそう。


「へえ……」


 感動ながらも、少しだけ怖い。

 ドラゴンなんて、ゴンゴドーラ以来見てないし、他の種類も見たことなかったから。


「触ってみるか?」

「え!?」


 アニキはおかしそうに笑った。


「大丈夫だ。こいつらは人懐こいから」

「そ、そうなんですか……?」

「ああ。ラングルは、元々気性が穏やかで有名だが、騎乗翼竜になるやつは大抵野生じゃない。そう育てられてるから人に危害を加えるやつは少ない」

「……少ない、ですか――それでも、危害を加える可能性はあるんですね」

「そりゃそうだ。愛玩してるペットだって主人に噛み付いたり、命令を無視することだってあるだろ。絶対じゃないってことだ。生き物だからな」


 そりゃ、そうか。


「……じゃあ、触ってみようかな」

「ああ。んじゃ、俺の騎乗翼竜にするか。その方が安心だろ?」

「はい」


 収容小屋の端から移動していると、大抵は灰色か白が多い中、赤い騎乗翼竜の姿が目に留まった。


 赤々しいというよりは、暗めの赤色。でも、何故か鮮やかな印象を持たせた。それは毛色というよりは、翠色の瞳によるものだったのかも知れない。

その瞳は、どこか気高い感じがした。


「アニ、花野井さん。この騎乗翼竜って――?」

「黒田のだ」


(ああ~! クロちゃんの)

 なんだか妙に納得してしまう。

 クロちゃんとこの騎乗翼竜はなんだかすごくぴったりな気がする。このドラゴンに跨ったクロちゃんはとてもさまになるだろうな。


「そいつには触れねぇからな」

「え?」

「餌やり担当の部下が、そいつに触ろうとして黒田んとこの部下に止められたんだと。聞いた話じゃ、そいつは黒田以外には触らせねぇし、黒田以外の命令は利かねぇんだとよ」

「へえ、そうなんだ」

「ま、良いラングルだわな」

「そうなんですか?」

「民間ならともかく、軍のラングルはそういうやつの方がいい。つっても、大抵のラングルは穏やかで人懐こいから、こういうのはごく稀だろうな」


 言って、アニキは赤い騎乗翼竜を見た。

 

「へえ」

「戦場で死んだやつのラングルを取られると、面倒な事も起こりうる。まあ、起こりうる可能性だけどな。それに、大抵乗ってる人間よりラングルの方が先に死ぬ」

「……なんか、可哀想ですね」


 優しくて、穏やかで、だから人に利用される。

 人を信じて懐くのに、その人よりも先に死ぬ。――殺される。

 そんなのって、可哀想だ。

(せめて、飼い主だけはちゃんと大切に扱って欲しい)

 でなければ、可愛そう過ぎる気がした。


 私は目の前の赤い騎乗翼竜に目を向けた。

 騎乗翼竜は私を一瞥する。


「まあな……。騎乗翼竜に愛着を持ってるやつは大勢いるしな」

「アニキも?」

「ああ……アニキ?」

「はっ!」


(ヤバイ!)


 急いで手で口を塞ぐ。けど、今のはばっちり聞こえてたよね? 私はアニキの顔を恐る恐る見上げた。

 アニキは驚いて目を見開いている。

 できればなかったことにして欲しい!


「え、ええっと……その、実はですね。私兄弟が居なくて、花野井さんみたいなお兄さんがいたらなぁ……と勝手に……」


 口に手を当てたまま、ごにゃごにゃと言い訳をしてみるけど、結局耐え切れずに手を離した。


「すみません!」


 バッ!と、頭を下げる。

 まるで、うっかり先生をお母さんと呼んでしまったときのように恥ずかしい。

 私は、真っ赤になっているだろう顔を上げられなかった。

 そこに、突如豪快な笑い声が響いた。

 

「――ハハハハッ!」


 恐る恐る顔を上げると、アニキが爆笑していた。

(そんなに笑わなくても良いじゃない……)

ショックを受けている私に、アニキは手を合わせる。


「いや――スマン。スマン」


 謝ってるけど、まだ含み笑いが口から飛び出している。

(だからそんなに笑わないでよ~っ!)


「いや、アニキなんて呼ばれたの何年ぶりだろうな」

「普段呼ばれてないんですか?」


 意外だ。月鵬さんとかにも影で言われてそうなのに。


「ああ。俺をアニキと呼んだのは一人だけだ」


 懐かしそうに微笑んだアニキは、見惚れるほどに寂しそうに見えた。


「呼んでくれるか?」

「え?」

「アニキって、呼んでくれるか?」

「……花野井さんが良いなら」


 控えめに頷いた私に、アニキは微笑んだ。

 その笑みにはもう、寂しそうな色はなかった。



 * * *



 案内してもらったアニキの騎乗翼竜は、他の騎乗翼竜よりも大きかった。軽くひとまわり、いや、ふたまわりくらいは違う。

 真っ白な騎乗翼竜で、首が長くなかった。首周りにふわふわとした白毛が生えている。ティラノサウルスに翼をつけたような感じだ。


「こ、これも……騎乗翼竜ラングル・ドラゴンなんですか?」


 頬が引きつる。正直言って恐ろしい。


「ラングルではねぇけど、騎乗翼竜ではあるな」

「?」


 怪訝に首を傾げると、アニキは愛馬ならぬ、愛竜に手を伸ばした。

 白い騎乗翼竜はそっとアニキの手に近づいて、その手に顔を埋めた。


「ラングルってのは、さっき見てきた竜の名称だ。騎乗翼竜ラングル・ドラゴンってのは、ラングルがなることが多いからそう呼ばれてる。だから、ラングル以外の竜が騎乗翼竜になっても、ラングル・ドラゴンと呼ばれる」

「へえ……そうなんだぁ。――このドラゴンの名称はなんていうんですか?」

「こいつは、白夜竜コアトル。名前は白矢ハクシだ」

「白矢」


 名前を繰り返して、白矢を見た。

 白矢はちらりとこっちを見て、アニキの手から離れた。

そのまま私の方へと首を伸ばす。


(うっ! やっぱ怖い! )

 思わず目を閉じると、アニキの優しい声音が耳に届いた。


「大丈夫だ」


 右手に温かい感触がして目を開けると、大きな手のひらが私の右手をそっと取っていた。そしてそのまま導かれるように、白矢の鼻の上に手を置かれる。

白矢の肌は、硬い突起物がたくさんあり、ゴツゴツしていて、ざらついてる。


(でも、温かい)


 その温かさに触れた途端、何故か強い安堵感に包まれた。白矢の金色の瞳がとても優しく私を見ていたように感じられた。


「へへっ!」


 思わず笑みが漏れる。

 白矢は何かに気づいたような顔をして、突然私の手から外れた。私の後ろを見ていることに気づいて振り返える。

 そこにはアニキが立っている。それ以外は何もない。

 アニキはにこりと笑うと、私の頭に手を置いた。

 そのまま、わしゃわしゃとなでられる。


「帰るか」


 私は、胸を掴まれた気がした。

 快活な口調になのか、アニキの太陽みたいな笑い顔のせいなのか、私にはまるで、この世界で、帰って良い居場所があると言われたような気がした。


「はい!」



 * * *



 ゆりと花野井が収容小屋を去って行く。その後姿を、白矢は見つめていた。

 白矢はその金色の瞳に、先程まで自分に触れていた少女と、その光景を見ていた主の姿を思い浮かべた。


 主は、妙に優しい瞳をしていた。

 自分に浮かべるよりも、もっと柔らかい瞳。

 まるで、少女を見守るような視線。


 白矢は、天を仰いだ。

 青空を見たかったが、あったのは薄汚れた天井だ。


 白矢は、ふうむ……と考えながら、膝を折り、体を丸める。

 どこかで、遠く昔に、主はあんな瞳をしていた。

 その時も、誰かが自分に触れていた。


 白矢はそれが誰だったか、思い出そうとしたが、うららかな日差しの中でうとうとし出し、やがて眠りについた。







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