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DISERD  作者: 桜木 凪音
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前夜*「第7記 謎の少年」

「ウィアード・スプレイ!」

 最後の炎が水に呑まれていく。

 シューっという音を立てて、炎は跡形もなく消えていった。

「よっしゃぁ! これで街から出られるぞぉ!!」

 アズウェルは両手でガッツポーズをした。

「ありがとな、ルーティング」

 そう言いながら、右手をルーティングに差し出す。

「……何だ? この手は」

「握手だよ。知らねぇの?」

 目をしばたたかせるアズウェルを見て、ルーティングが嘆息する。

「あのな、俺が言いたいのはそういうことではなくてだな……」

「ん~っと。じゃぁ、ごめん」

「何故謝る?」

「おれ、誤解してたから」

 アズウェルは消火活動中のことを思い起こした。



「え、じゃぁ……お前、スチリディーさんのこと保護しようとしてたわけ?」

「まぁ、そういうことだな。あるじの命令だ。奴らが宣戦布告付きの任務依頼したらしく、仕方なくこんな夜中に来たんだ。スワロウ族の女を呼び出そうとしたのは、主が話したいことがあると言ったからだ。ウィアード・スプレイ!」

 これで十三個目だ。一体いくつ火をつけたのだろうか。

 終わりの見えない消火活動に、ルーティングは何度目かわからない溜息をついた。

「ふーん。けど、スチリディーさんとこ前から嫌ってただろ? おれたち殺そうとしたしさ」

「別に俺はスチリディーのことを嫌っていた訳じゃない。ただあいつはフレイテジアのくせに、フレイトが造れないなどとふざけたことをほざくから、気に食わなかっただけだ。過去に殴り倒したくなったことはあるが、殺意を抱いたことは一度もない。本家がスチリディーを消しに来るのは予測できた。とにかく一刻も早くこの街から引き離す必要があったんだ」

 次の消化場所を探しながら、ルーティングは続ける。

「お前たちを消そうとしたのは、邪魔をしたからだ」

 その言葉に、アズウェルは目をみはる。

「邪魔したから……ってそんだけかよ!?」

「それだけだ。元より、主には気絶だけでいいと言われていたし、俺も当面再起不能にする程度のつもりではあったがな」

「でも、結構マジでおれ死にかけたし、ディオウまで消そうとしたじゃんか」

「あの時手加減をしていたら、スチリディーの行方を追えなくなる。結果的にお前が彼女に依頼の真相を明かしていたからよかったが……。野獣は……ギアディスは、千里眼を持っているだろう? 根に持たれて追いかけられたらたまったもんじゃない」

 疲れ切った表情で語るルーティングを、アズウェルは無言で見つめる。

「……」

「……何だ?」

 怪訝そうに眉根を寄せたルーティングに、アズウェルが笑いかけた。

「おまえってさぁ、すっげぇわかりやすいっていうか……何か単純だなぁーって」

 ぴく、とルーティングが片眉を上げる。

 単純。

 初級魔法程度ではしゃぎ回るアズウェルにだけは言われたくない言葉だ。

「どういう意味だ」

「だってさぁ。普通ディオウがあんなに切れてたら驚くだろ? 全く動じないし。マツザワから聞いたけど、ディオウって何かすっげぇんだろ? それ殺そうとするとか、命令に忠実過ぎるなぁってさ」

 ルーティングの瞳が一瞬揺らいだが、アズウェルはそれに気付かない。

「それに、おまえおれとやり合った時、さっき手抜いたら時間がどうのって言ってたけど、実際は少し手抜いてただろ? 魔法だってホントは使えたんだし」

 今度も返答は、ない。

「答えないところを見ると図星?」

「……お前、やはり死にたいか?」



 真顔でアズウェルに謝罪されたルーティングは、決まりが悪そうに視線をらせた。

「あの状況なら誤解しても仕方ないだろう」

「はは、おまえ意外と優しいのな」

 そう笑った時、アズウェルの頭に拳が降ってくる。

「――――ってぇ~。何するんだよ、いきなり」

「……ふん」

 頭を押さえてうめくアズウェルを尻目に、ルーティングはさっさと屋敷から出て行く。

「あ、おい、待てよぉ。……お!」

「終わったみたいね」

「やっと、か」

 屋敷の外にはラキィとディオウがいた。後ろには兵士たちもいる。皆明るい表情をしているが、疲労の色は隠し切れていない。

 ディオウが大きな欠伸あくびをする。

 その横に、アズウェルはどさりと横に座り込んだ。

「流石に徹夜の消火活動はこたえたな。眠くて敵わん」

「おれも……眠いけど、早くマツザワのとこ行かねぇと」

 アズウェルはそう言いながら目をこする。

「そうよ、しっかりしないと! 街の人たちだってまだ林にいるのよ?」

「もう一頑張りすっかぁ」

 立ち上がったアズウェルが、ふらりとよろける。

「おいおい、大丈夫か?」

「大丈夫……だって……」

 言葉も虚しく、アズウェルはディオウの背後に倒れ込んだ。

 驚いたディオウが、アズウェルを前足で揺する。

「アズウェル! おい、大丈夫か!?」

「ちょっと、あんたしっかりしなさいよ!」

「う~ん。やっぱ……眠い」

 心配するディオウとラキィに、アズウェルは苦笑いを浮かべた。

 無言で成り行きを眺めていたルーティングが、おもむろに口を開く。

「情けないな。それでよく俺に勝てたものだ。おい、帰還するぞ。お前ら武器を取ってこい」

了解ラジャー

 軽く敬礼して、兵士たちは素早く街道を駆けていった。

 視界から部下が消えると、ルーティングは宙に印を描く。

「ケア・ダスト」

 アズウェルたちの体が淡い光に包まれた。

「何だ、この青白い光は」

「……馬鹿野獣」

 前足でその光を払おうとするディオウに、ぼそりとルーティングが呟いた。

「あぁ!?」

 聞こえてはいなかったが、反射的にディオウが声を上げる。

「黙ってじっとしていろ。動くと効果が薄れるぞ」

「ディオウ、おれ眠くなくなってきたぜ」

「何だと?」

 動きと止めると、徐々に身体の重さが消えていく。

 アズウェルの言ったように、眠気も薄らいでいった。

「……どういうつもりだ?」

 敵であるはずのアズウェルたちを治療しても、ルーティングに利益はない。

 ディオウが眉根を寄せる。

「別に」

 短く答えると、ルーティングはくるりと背を向けた。と、その目が大きく見開かれる。

 ルーティングは眼前にたたずむ人物を見て、息を飲んだ。

「あ……主!? 何故、ここへ……!?」

「おはようございます、ルーティング! 消火活動ご苦労さまー」

 爽やか声色の少年は、にっこりと微笑を浮かべた。

 少年は硬直しているルーティングから離れて、アズウェルたちに歩み寄る。

「あ、みなさん、おはようございます~。ボク、シルード・ウィズダムっていいますっ」

 誰もシルードの挨拶には答えない。三人とも目の前の人物をただ見据えている。

 これがクロウ族の頭かなのだろうか。

 十四、五歳に見えるシルードは、まだ顔に幼さが残っている。肩まで伸ばした栗色の髪を後ろで一つに結っていた。

「あれ? 聞こえなかったのかな。おはようございますって言ったんだけど」

 シルードは助けを求めるようにルーティングを振り返った。

 主と視線が合ったルーティングは、慌ててそっぽを向く。

「……ルーティング。この人たちに何をしたんですか?」

 むっとした表情でルーティングを睨み上げる。

「そいつはおれたちを殺そうとしたんだ。まぁ、アズウェルに負けたがな」

「な……そんなことしたんですか!? あれほど、人を傷つけてはいけないと言ったのに!?」

 主に批難されて、ルーティングは言葉を詰まらせる。

 アズウェルには真意を伝えたが、ディオウに言い訳しても聞く耳を持たないだろう。

「みなさん、本当に申し訳ありませんでしたっ。彼にはボクがよく言っておきます」

 ぺこぺこと何度も頭を下げるシルードに、アズウェルが疑問を投げる。

「おまえがクロウ族の族長?」

「いえ、ボクは違いますよ」

 アズウェルが話しかけてくれたことが嬉しかったのか、シルードは満面の笑みで答えた。

「ルーティングはおまえのことを主って言ってるけど……」

「あぁ。彼は確かにボクのこと主って呼んでますね。その辺りはあまり気にしないで下さい。大したこと無いですから」

「ふ~ん」

 そういえば、とシルードはアズウェルに言った。

「みなさん、これからスワロウ族の村に行くんですよね?」

「え、うん。まぁ」

「じゃあ、族長さんに伝えてくれますか? 総攻撃は三日後の午前十時より開始いたします、と」

 数秒沈黙が流れた。

「へ?」

「え?」

「あ?」

 シルードの言葉の意味を理解した三人が、揃って声を上げる。

「だから、総攻撃は――」

「いやいや、わかったけど。何でそんなことわざわざおれたちに言うんだ? 言ったら不利になるんじゃね?」

 アズウェルの言葉にラキィもうなずく。

 不審感を顕にして、ディオウは吐き捨てる。

「ふん、どうせ罠に決まっている」

「聖獣さん、嘘じゃないですよー。闇討ちなんて、勝った内に入りませんから。クロウ族はフェアがモットーなんです。ね、ルーティング」

「……あぁ」

 同意したものの、ルーティングの内心は穏やかではなかった。

 敵に情報を流したと知れば、本家はそれ相応の処罰を下すだろう。

 少しは自分の立場を考えて欲しい。

 眉間を押さえながら、ルーティングは深々と嘆息した時、兵士たちが武器を携えて戻ってきた。

「主……! おはようございます!」

 兵士たちはシルードに敬礼する。

「おはよう、みんな。さて、ボクの用件も彼らに伝えたし、還ろうか」

了解ラジャー

「それじゃぁ、みなさんまた会いましょう!」

 シルードは極上の笑顔で手を振る。右腕のシルバーブレスレットが、朝日に照らされてきらめいた。

 それに応じて、アズウェルも手を振り返す。

「おう! まったなぁ!」

「……はぁ。お前わかってんのか? あいつら敵だぞ、敵」

「わかってるよ。けど、おれシルードたちは何か違う気がする。ルーティングだって根っからの悪じゃないみたいだし。悪いのはこの街に火をつけた奴らだと思うなぁ」

 アズウェルは遠ざかっていくシルードたちを目で追った。

 街道の終わりでシルードはアズウェルを振り返る。

 碧色あおいろの瞳が穏やかに笑みを浮かべた。

 どくん、とアズウェルの鼓動が跳ねる。


――おはようございますっ


 視界が霞み、耳の奥で懐かしい声が聞こえた気がした。

 乱暴に目を擦って、再び顔を上げるが、もう其処に彼らの姿はない。

「あいつ……」

「どうかしたの?」

「……いや……多分気のせいだ」

「アズウェル?」

 ラキィの呼びかけには応えずに、アズウェルはシルードたちが消えていった方向をじっと見つめていた。


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