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DISERD  作者: 桜木 凪音
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前夜*「第5記 アズウェルVSルーティング」

 死角は、ない。退く時間ひまも、ない。

 襲ってくる刃は三本。それらの狙いはただ一つ、アズウェルだ。

「アズウェル!」

 名前を呼ぶと同時に、ディオウは駆け出す。スチリディーも彼の名を呼び、ラキィが悲鳴を上げる。

「身の程を知るがいい……!」

 間に合わない。

 その場にいる誰もがそう思った時。

 高い金属音が、ルーティングの嘲笑を両断する。

 やいばはアズウェルに喰らいついた――かのように見えた。

 アズウェルは崩れない。小刻みに震えているのは、兵士たちの腕だった。

 三本のは、ある一点で止められていた。

「貴様、何をした?」

 ルーティングが驚愕し、眉根を寄せる。

「狙われてるってのはわかってんだ。飛び込んでいくならてめぇらの動きを予測することくらいしてるさ」

 三本の刃からアズウェルを守っていたもの。それは、アズウェルがフレイト稼業の相棒であるスパナだ。

「舐めんなよ……!」

 スパナを勢いよく左下に振り下ろし、右に駆け抜ける。

 剣先が僅かにアズウェルから離れた。その時だ。

 がん、と鈍い音が鳴る。

 前足で兵士二人の頭を踏み倒したディオウが、残る一人に鋭利な眼光を向けた。

「ひっ……! この、猛獣が……!」

「どこ見てんだよ!」

 ディオウに斬りかかろうとした兵士に、アズウェルがスパナを投げる。

 スパナは回転しながら、アズウェルの声に顧みた兵士の額を強打した。

 気絶した二人を足蹴にしているディオウを飛び越え、アズウェルは頭を抑えてよろめく兵士の鳩尾みぞおちに、痛烈な肘鉄を打ち込む。

 糸が切れられた操り人形のように倒れた兵士を見て、ルーティングは眉間にしわを刻み込んだ。

「貴様ら……黙って見ていれば、随分好き放題暴れてくれたようだな……!」

「助けにも入らなかったくせに、よく言うぜ」

 ルーティングを冷ややかに一瞥しながら、吐き捨てる。

 抱き寄せたスチリディーをディオウの背に預けると、形相を一変させ、アズウェルは狼のような鋭い視線で再度黒幕を睨み返した。

「おれは……! おまえたちクロウ族を、絶対に許さねぇ!」

 拾い上げたスパナを握り締める右手に、青筋が浮かぶ。

「貴様ごときに何ができる……!?」

 剣を抜くやいなや、ルーティングがアズウェルとディオウに斬り込んだ。

 ディオウが後ろに飛び退き、アズウェルは体を右にひねる。

 漆黒のつるぎは、一瞬前まで彼らがいた空間を切り裂いた。

「ディオウ、こいつの相手はおれがする! スチリディーさんと街の人を頼む!」

「な……!? 無茶を言うな! そいつは相当の手練だぞ!」

 アズウェルはルーティングの斬撃をけながら、ディオウに怒鳴り返す。

「大丈夫だって! こいつはおれがブッ倒す! 早く行けっつってるだろ!! 早く、早くスチリディーさんを連れてけ!!」

「だが……!」

「ディオウ、あんたまでこっちに残ったら、誰が遭遇する兵士を倒すのよ!?」

「ディオウ君……」

「っち……わかった」

 ラキィとスチリディーに怯えた眼差しを向けられ、ディオウは仕方なくきびすを返した。

 肩越しにちらりとアズウェルを見やる。

「アズウェル、無茶はするなよ……!」

 器用にスパナで応戦するアズウェルに呟いて、ディオウは店から飛び出した。ラキィが後に続く。

「く……! 余計な真似を!」

 焦りを覚えたルーティングが、一振りに力を込こめる。

 スパナを伝って、アズウェルの右腕に衝撃が駆け抜けた。

「――っ!」

 気力で黒剣を振り払い、一旦間合いを取ったアズウェルは、予知能力を発動した。

 恵まれた運動神経を備えているアズウェルでも、流石に剣客の動きはそう易々とは見切れない。

 怒りに任せて剣を振り回していたルーティングが、徐々に冷静さを取り戻す。

 比例して、一撃一撃が重みを増していく。

 一太刀受け止める度に、アズウェルの右手はびりびりとしびれた。

 ほんの僅かに力が緩むと、ルーティングの剣がアズウェルのスパナを跳ね飛ばす。

 黒剣が、その先にある喉元に喰らいつかんと迫り来る。

 アズウェルは咄嗟に両膝を折り、突きを回避すると同時に倒立する。そのままの速度で、ルーティングのあごを思いっきり蹴り上げた。

「がっ……!」

「これ以上スチリディーさんの店で暴れるわけにはいかねぇんだ。ってことで吹っ飛んでもらう!」

 倒立したまま、揃えた両足でルーティングの胸元を蹴り飛ばす。

 防ぐ間も与えられなかったルーティングは、店の外まで吹き飛ばされた。

「小僧っ!」

 街道から起き上がると、鬼のような形相でアズウェルを睨みつける。

「許さねぇって言ったろ!!」

 突進してきたアズウェルを右にかわし、ルーティングは背後へ回る。

「首を切り落としてやるぞっ!」

「くそ……!」

 予測しているというのに、ルーティングの動きが僅差で勝った。

 アズウェルは体を捻ってやいばから逃れようとするが、完全には叶わない。刃はアズウェルの左肩を斬りつける。

「ぐ……っ!」

 ぐらりとアズウェルの体勢が崩れかかった。

 一瞬の猶予も与えない。すかさず心臓を狙う突きを放つ。

「うお!」

 間一髪のところでけ反り、紙一重でアズウェルは命を繋ぐ。

 一瞬の判断が、優れている。

 アズウェルが一筋縄では落とせないと判断し、ルーティングは無防備な足を払った。

「な!?」

 バランスを失ったアズウェルが、石造りの街道に後頭部を強打する。

「――――!!」

 頭に激痛が弾けた。

 視界が歪む。息が不規則になる。

 微かな光が金属のそれとわかり、アズウェルは必死に己の身体に訴えた。

 動け。動け。動いてくれ。

 どんなに念じても、身体は言う事を聞かない。

 動けないアズウェルに、ルーティングの剣が真っ直ぐ振り下ろされる。

「終わりだ……!!」

 アズウェルは反射的に目をつぶった。



      ◇   ◇   ◇



 びくり、とディオウは体を硬直させた。

「ディオウ? どうしたのよ?」

 ラキィが不審そうに問う。

 だが、ディオウはそれには答えず、街道の奥を見つめた。

「何? ……何もないわよ?」

 ラキィの言う通り、ディオウの見つめる先には何もない。揺らめく炎に照らし出される街道が続いているだけだ。

「……今、何か聞こえなかったか?」

「はぁ!? 何も聞こえないわよ! 空耳でしょ! ぼっとしてないでよね! 早くみんなを避難させなきゃいけないのよ!?」

「そうか……悪い」

 ディオウは背後をちらりと振り返る。

 胸騒ぎがする。アズウェルは無事なのだろうか。

「早く! 早く!!」

「わかったって!」

 催促されるがままに、ディオウは再び走り出した。



      ◇   ◇   ◇



「どこに……消えた……!?」

 ルーティングの黒剣は、街道に突き刺さっている。

 冷たい殺気を背後に感じて、首筋を汗が伝った。

「何を焦ってんだ、おまえは。悪いが、これ以上おまえに付き合ってるわけにはいかねぇ」

 その声からは、氷のような冷たさを感じる。

 アズウェルはルーティングのうなじを掴むと、全体重を掛ける。

 急激に接近する地面に、ルーティングは抗うこともできない。

 声も出せず、手も動かせない状況で、耳元で囁かれた言葉が一層彼を戦慄させた。

「少しおねんねしてろ、レジア」

 驚愕に両眼を見開いた刹那、ルーティングは意識を手放した。

 ぐらりとアズウェルの身体がかしぐ。

 ルーティングの横に倒れ込んだアズウェルの瞳は、既にまぶたで覆われていた。



      ◇   ◇   ◇



 総勢数十名といったところだろうか。

 店を構えているだけで、周辺の村々から稼ぎに来ている者が多いエンプロイにとっては、夜中だったのが幸いした。

「これで全員か?」

 ディオウが街の民を見渡して尋ねる。

「はい。これで全員です」

 民の中の一人が答えた。

「こっちもオッケーよ」

 ラキィの後ろにはライド・ビーストたちがいた。エンプロイのライド・ビースト店の者たちだ。

「しばらくここで待っていてくれ。スチリディー、任せたぞ」

「あぁ。本当に助かったよ、ディオウ君、ラキィ君。早くアズウェル君のところへ行ってやっておくれ」

 こくんと頷き、ディオウは身を翻す。その時、おずおずと若い男がディオウを呼び止めた。

「あ……あの……聖獣殿!」

「何だ?」

「お、おれたちはこれから……どうしたらいいんですか? 店も家も皆燃やされてしまいました……! もう、生きていく道など……」

 男の顔が、哀しみに歪んだ。

「壊されようが、燃やされようが、また、造ればいい。命があることが一番だ。仮住居はおれが保証するから、余計な心配をするな」

 ディオウの言葉を聞いて、いささか安心したのか、男の表情が仄かに和らぐ。

 その時、住民たちが悲鳴を上げた。

「ディオウ、追っ手が来たわ!」

「そいつらはおれの獲物だ」

 ラキィの言葉にそう返すと、ディオウは最前線に躍り出た。

「何だ!? この野獣は!?」

「おい、こいつ化け物だ!! 目が、目が三つもあるぞ!?」

「殺せ! その獣を殺すんだ!!」

 口々に叫ぶクロウ族の台詞に、ディオウが眉根を寄せて唸った。

「このおれ様を知らない奴がいるだと……!? 貴様ら潜りだな」

 アズウェルのことはとりあえず棚の上に上げて、ディオウは溜息をつく。

 斬りかかってきた兵士をつまらなそうに前足で殴りつけ、不快だと言わんばかりに長い尾をゆらゆらと揺らす。

「ぐぁああああ!」

 当然、ただの打撃ではない。鋭利な爪付きだ。殴られた兵士は痛みのあまり、のたうち回っている。

 次々と倒されていく同胞を見て、一人が叫ぶ。

「て、撤退だ!! 全員撤退! 負傷者も連れて行け! 急げ! 化物から逃げるんだ!!」

「何だ。もう終わりか」

 結局、ディオウは一歩も動かず、お座り状態で前足を振るっていただけだった。

「こんな下等兵士ばかりでおれたちを消しにくるとは……随分と舐められたもんだな」

 文句を並べているディオウに呆れたラキィが、ぺしぺしと耳で彼の頭をはたく。

「あんた死にたいわけ? まったく、そんな文句言ってる暇はないわ。急いでアズウェルのところへ戻りましょ」

「……そうだな」

 ラキィを頭に乗せたディオウは、再び紅炎で包まれている街の中へと駆け込んだ。


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