表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DISERD  作者: 桜木 凪音
12/44

前夜*「第11記 予感」

 スワロウ族の集落、ワツキ。その村を静かに見下ろしている者がいた。

 男の名は、ルアルティド・レジア。左目を黒い眼帯で覆っている。

「二度とこの地に足を踏み入れることはないと誓っていたのだが……」

 深紅の瞳が微かに揺れた。

「……ルーティング様」

 彼の後ろに控える兵士の一人が、苦渋を帯びた声で呼称を呟く。

 ルーティングは首を振ってから、青い大空を仰いだ。

「まったく、主は何を考えているのか」

 考えたところで、彼の思考を読み取れる者などいないだろう。

 流れる雲を眺めながら、無邪気に笑う栗毛の少年を思い浮かべる。

〝彼ら〟も昔はそんな風に笑っていたというのに。その笑顔を見ることは、もう叶わない。叶えてはならない。

 兵士たちは口を閉ざし、感傷に浸る統括者を見守る。

「この風景を、またこの場所で見ることになるとはな……」

 視線を下に落として彼は村を見つめる。

 彼らは村を取り囲む崖の上に立っていた。此処からは村全体を見渡すことができる。

 長い黒髪の女を見とめて、彼は僅かに右目を細めた。



      ◇   ◇   ◇



 険しい表情をした女が、足早に歩いていく。

「マツザワさん、どこに行かれるのですか?」

 そんな彼女を浴衣の少女が呼び止めた。

「……彼らを……迎えに行く」

 マツザワと呼ばれた女はくるりと振り返り、重々しく言った。

「それは、アキラさんに頼んだのでは?」

 ぱちぱちとまばたきをしながら、少女が小首を傾げる。

「そうだ。確かに私が頼んだ。だが、どうも心配だ」

「アキラさんが付いていれば大丈夫でしょう。それにその方々もお強いのでは?」

 彼女が指す危惧の対象は、恐らく夜盗や賊のことだろう。

 そうじゃない、とマツザワは首を横に振る。

「私が心配しているのは、阿呆の方だ。奴が大人しくしているとは到底思えない」

 奴を使者に立てたのはこの自分。その責任は己が負わなければならない。

 眉根を寄せて、マツザワは息を吐いた。

「そういう訳だから、私は彼らを迎えに行ってくる。しばらく、父上と村を頼む」

「そうですか。マツザワさんがどうしてもと仰るなら……くれぐれもお気をつけて」

「あぁ。よろしく頼んだぞ、ユウ」

 笑顔で応えて、それと、とユウは付け足した。

「決して無理はなさらぬよう。貴女はまだ床にいなければならない身なのですから」

 こういうことは抜け目ない。満面の笑みで釘を刺すものだから余計に怖く感じられる。

「……御意」

 苦笑混じりに短く返すと、マツザワは身を翻した。



      ◇   ◇   ◇



「いやはや、話があらぬ方向にどんどん進んでいくもんやから、どないしよ思うたわぁ」

 けたけたと笑いながら青年は言った。

「申し遅れましたが、わいはアキラ・リアイリドっちゅう者や。よろしゅ~なぁ」

「その名からして……」

 ディオウが言いながら頬を引きつらせる。

「お前……スワロウ族か?」

「ピンポン、ピンポン、大せ~かいっ! その通りや。わいはスワロウ族の大商人やでぇ~」

 さり気なく自分のことを宣伝し、アキラはディオウを見た。

「ギアディスさん、よぉわかりまったなぁ」

 ディオウは胡乱げにアキラを見上げた。

「お前のようなスワロウ族がいるとは……おれもまだまだだな」

「わいはスワロウ族の名物でっせぇ~」

「もう、いい。勝手にしろ」

 飄々(ひょうひょう)うそぶくアキラに逐一突っ込むのを諦めて、ディオウはアズウェルを顧みた。

「かなり風変わりな奴だが、まぁスワロウ族なら大丈夫だろう」

「そっか。……あ!」

 目を見開いたアズウェルが、ディオウとラキィに提案する。

「なぁ、この人にマツザワの村に連れて行ってもらったらどうだろ?」

「確かに手間は省けるが……」

「そうねぇ。確かに、楽だけど……」

 ラキィとディオウはアキラを一瞥した。言外に、二人の目は「こいつで大丈夫なのか」と訴えている。

 一方、当人は人差し指を左右に振りながら、目をすがめて笑う。

「あんさんら、人を見かけで判断するのはよくないでっせぇ~。こう見えてもわいはマツザワはんが立てた使者やで」

「おぉ! マツザワ村に着いたのか! ……よかった」

 アズウェルは安堵の息を漏らした。あの暗闇の中、一人で出て行ったのは、正直心配だったのだ。

「お姉さんが立てた使者……」

「あいつが立てた使者……」

 アキラの言葉に安堵したのは、アズウェルだけだった。

 ディオウとラキィの視線は剣呑さを増し、頭から爪先までアキラを観察する。

「そ~いうことで、わいはあんさんらを無事に村へ連れてかなあかんのや。よろしゅうな」

「よろしくな……え、と……あ、あき……?」

「アキラや」

 アキラはアズウェルに向き直って名前を繰り返す。

「アキラ・リアイリド、アキラ・リアイリド、アキラ・リアイリド」

「アキラ・リアイリド……?」

 アズウェルが問うように復唱すると、アキラは破顔一笑する。

「せやせや。アキラでええよ、アズウェルはん」

「おう! おれはアズウェル・クランスティ!」

 名前は知っているようだが、アズウェルも名乗る。すると、アズウェルの予想通り、彼は優しく微笑んだ。

「アズウェル・クランスティやな。よぉし、ちゃぁんと頭に叩き入れたで!」

 何故だかわからないが、兄ができたような嬉しさを感じて、アズウェルは無意識に顔を和ませた。

 そんなアズウェルとアキラのやり取りを眺めていたディオウが、半眼で口を挟む。

「おい、そこ。和むのもいいが、急いだ方がいいんじゃないのか?」

 ディオウの声音に硬さを感じたラキィは呆れ顔で溜息をついた。

 今日出会ったばかりのアキラに妬いているとは。千年生きようが、やはりディオウは子供なのだ。

「あ、そうだったな。じゃあ道案内よろしくな、アキラ!」

「まっかせろぃ! このわいがきちっと案内したるで!!」

「頼んだぜ!」

 明るく返事をしたアズウェルの顔を見て、ディオウが目を細める。次にアキラをじろりと睨んだ。

「最短ルートでだぞ。事は一刻を争っているんだ」

「ディオウ、クロウ族の攻撃は二日後の午前十時よ。そんなに慌てなくても余裕で着くわ。ここからはさほど遠くないはずだし」

 南西を見やったラキィを、ディオウが無言で見返す。

 矛先が自分に変わったことに気付かない振りをして、ラキィはアズウェルの肩に飛び乗った。

「でも、急ぐに越したことはないわ。時間に余裕があれば色々と対策も練れるし」

「そうだな。んじゃ、すぐ行こうか。アキラ、ここから村までどれくらい?」

「それは、距離かいな? それとも、時間のことやろか?」

「ん……と、時間かな」

 アキラはしばらく思案してから、そやなぁと口を開く。

「歩いていけば夕方に着くかどうか。飛んでいくなら昼過ぎくらいやろな」

「急ぐに越したことはない、と。ディオウ、よろしく」

 アズウェルがディオウを振り返る。

「言っておくが、そいつは乗せたくないぞ」

 唸るように言ったディオウは、ひょんひょんと尾を振って不快さを表している。

「何言ってんだよ! 事は一刻を争うって言ったのおまえだろ」

 アズウェルはディオウに騎乗し、その頭をぽんぽんと叩いた。

 それでも、揺れるディオウの尾は動きを止めない。

 アキラは頬を人差し指で掻いた。

 その程度で妬かれても、こちらとしても困るのだが。

 ディオウの鋭利な眼差しに苦笑しながら、相棒を取り出す。

「アズウェルはん、気持ちだけもろとくわ。わいにはこれがあるから問題ありまへん」

「何だよ、それ?」

 指を差されたアキラがそれを振ると、かしゃかしゃと音が鳴った。

「これは算盤そろばんっちゅうモンでな。一般的には計算の時に使うモンや。わいは武器としても、移動手段としても使うけんな」

「へぇ~、ソロバンかぁ」

 アズウェルの瞳は興味津々といった感じだ。

「それでさっきおれのスピードについてきたのか?」

 ディオウが顎で算盤を差す。

「せや、ここのボタンをポチッと押してな」

 アキラがボタンを押すと、算盤から強風が噴射した。笑顔のまま、アキラは風に押されて徐々に移動している。

 流石に三人とも目を疑った。

 その反応を楽しみながら、再びボタンを押す。

 風と共にアキラの動きもぴたりと停止した。

「このままやとちょいっと小さ過ぎまっから、わいの符術でこれを……」

 懐から一枚の呪符を取り出す。

広拡こうかく!」

 呪を唱えると算盤がベッドサイズ並に拡大した。

「ここに乗ってきたっちゅうわけや」

 よいせ、と算盤に乗り込む。

 三人は驚愕のあまり硬直していた。

 一体何なのだ。この男は。

 その金縛りから最初に抜け出したのはアズウェルだった。無免許とはいえ、一応フレイテジアの彼は、好奇心のままに疑問を投げかける。

「すっげぇな。符術で大きくなったのはわかったけど、ジェットの方は? フレイトみたいだったけど、ジェットはどうやって出てるんだ?」

「アズウェルはん、人には一つや二つや三つや四つ、誰にも言えん事があるやろ」

 小首を傾げながらアズウェルは目をしばたたかせた。

「秘密ってことか?」

「まぁ、そんなところや」

「答えられないだけじゃないの?」

「あるいは、説明が面倒だとか」

「企業秘密や」

 口を挟んできたラキィとディオウに、アキラは間髪入れずに切り返す。

「はよ着いた方がええんやろ? 行きまっせ!」

 やはり答えられなかったのだろう。

 二人は半眼でアキラを一瞥する。

「よし、出発だ!!」

 張り切るアズウェルに聞こえないように、ラキィはディオウの耳元でささやいた。

「話題をコロッと変えられても、それにすぐに順応するアズウェルはある意味凄いのかも知れないわね……」

「まったくだ」

 二人は尊敬の眼差しで主人を見つめるが、それに当人は気付かない。

「行くぜ、スワロウ族の村!」

「ワツキや」

 何となく語呂が悪いと思ったアキラが、村の名前を口にする。

「行くぜ! ワツキ!!」

 アズウェルもそう思ったのか言い直す。

「やっとか……」

 ディオウは大きく嘆息して飛翔した。

 呪符を取り出しアキラは呪文を唱える。

宙飛ちゅうひ!」

 算盤がふわりと宙に浮く。

「ほな、ポチっとな」

 算盤の一辺から、強風が勢い良く飛び出す。

 アキラは満足そうに微笑んで、ディオウの後を追った。



      ◇   ◇   ◇



 ぞくり、とマツザワの背中に悪寒が走った。

 嫌な予感がする。

 こういう時だけは予感が的中するのだ。頭上から苦手な声が降ってくる。

「マツザワは~ん」

「お、マツザワ!」

 アズウェルの声と共に目の前にディオウが降り立った。次いでアキラも算盤を着地させる。

「なんかすっげぇ久々な気がするな」

「まだ一日しか経っていないが……」

 頭の後ろで指を組んで笑うアズウェルに、彼女は苦笑した。

「密度の濃い一日だったな、昨日は」

「そうか、疲れは我が村で癒すといい」

 こきこきと首を鳴らすディオウに、彼女は微笑んだ。

「お姉さんもお疲れ様」

「あぁ、ありがとう」

 眼前に浮かぶラキィに、彼女は顔をほころばせた。

「マツザワはん、わいちゃんと役目まっとうしたで。褒めとくれ~」

「……」

 駆け寄ってくるアキラに、彼女は無言で刀を突きつけた。

 咄嗟に飛び退いて、アキラは悲しそうな顔をする。

「何でわいにだけそないな酷いことするねん!!」

 明らかに、アキラだけ待遇が異なる。

 すっと目を細めたマツザワが、冷ややかに尋問した。

「無礼なことをしたのではないのか?」

「そないなことするわけ……」

 言い差してちらりと背後へ視線を送ると、ディオウが睨んでいた。

 ディオウの険しい表情を見て、マツザワは誰にも聞こえないように舌打ちをする。

 あれほど、先に釘を刺していたというのに。

「問答無用!」

 マツザワの振るった白刃がアキラに襲いかかる。

「うお! 危ない、掠るところやった」

 どうやら相当怒らせてしまったようだ。

「解!」

 アキラは瞬時に算盤の符術を解き、元の大きさに戻すと同時に、頭上から振ってきた刀をそれで受け止めた。

「お、おい……やめろって!」

 アズウェルが止めに入ろうとするが、ディオウに遮られる。

「よせ。怪我をしたらどうする」

「あのなぁ、喧嘩している場合じゃな……」

 不意にアズウェルの動きが止まる。

 どくん、と心音が響いた。脈拍が急激に速度を上げる。

 襟元えりもと鷲掴わしづかみ、苦しげにアズウェルは咳き込んだ。

「お、おい! アズウェルどうした!?」

 ディオウの大声に、喧嘩をしていたアキラとマツザワが動きを止める。

 ラキィがアズウェルの顔をのぞき、くりくりとした紅い両眼を見開いた。

「ちょ、ちょっと……アズウェルの目どうしちゃったの!?」

「一体どうしたというのだ?」

 マツザワとアキラも、アズウェルに駆け寄る。

「アズウェル!!」

「アズウェルはん!?」

 ディオウが声を荒げ、アキラがアズウェルの体を揺すった。

 唸り声を上げて、風が辺りを掻き乱す。

 アキラの手を払いけると、その風に身体ごとなびかせてアズウェルは告げた。


「墜ちる。片翼の鳥……〝ヴィアンタの失墜〟……〝絶望のファルファーレ〟……」


 まるで闇夜に吸い込まれたかのように、その瞳は漆黒に染まっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ