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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第5話 魅惑の野菜炒め

 私はまな板の上に並んだ野菜を見つめた。


 緑色のピーマン。


 艶のある玉ねぎ。


 土の香りを残した人参。


 みずみずしいキャベツ。


 どれも採れたてなのが一目で分かる。


「こんなに新鮮な野菜があるのに、もったいない」


 思わず独り言が漏れた。


 素材は一級品だ。


 それなのに、さっき食べたスープは塩辛いだけで、野菜の甘みも肉の旨みもどこにもなかった。


 料理は素材を隠すものじゃない。


 素材の良さを引き出すものだ。


 私は、この野菜たちの力を信じよう。


 味付けは、ほんの少しの塩と胡椒だけ。


 ピーマンのほろ苦さ。


 人参の甘み。


 玉ねぎの香り。


 キャベツの歯応え。


 一つひとつの個性を、そのまま味わってもらいたい。


「……さて、と」


 野菜炒めにはラードが必要だ。


 ラードの濃厚な旨みが野菜の個性をひとつにまとめ、全体を包み込んでくれる。


「ギルさん、ラードはありますか?」


「ラード? なんだい、そりゃ……そんなものはないね」


 ギルは首を傾げる。


 棚には深緑色のガラス瓶が並んでいた。


 蓋を開けて香りを嗅ぐ。


 ほんのり青臭く、オリーブオイルに似た香りがした。


 悪くない。


 でも今日は違う。


 もっと肉の旨みが欲しい。


 ふと視線の先に、脂身が多いと言われた角うさぎの肉が吊るされているのが見えた。


「これだ」


 包丁を握る。


 肉はまだほんのり温かく、指先へ脂がじんわりとまとわりついた。


 滑らないようにしっかり押さえ、赤身と脂身の境目へ刃を滑らせる。


 余計な力を入れなくても、脂はするりと剥がれていく。


 慣れた手つきで白い脂だけを切り分け、小さく刻んだ。


「おいおい、そこは捨てるところだぞ?」


 ギルが慌てて声を上げる。


「食っても美味くないぞ?」


「捨てちゃうんですか?」


 私は思わず聞き返した。


「もったいないですよ。ここが一番、美味しい油になるんです」


「油になる?」


 ギルだけじゃない。


 見物していたドワーフたちまで首を傾げている。


 私はフライパンを火にかけた。


 十分に温まったところで、角うさぎの脂身を入れる。


 じゅわっ。


 小さな泡が浮かび始める。


 ゆっくりと透明な脂が溶け出し、香ばしい香りがふわりと宿屋中へ広がった。


「なんだ、この匂い……」


「肉を焼いてるだけじゃねぇぞ」


 暖炉の前で酒を飲んでいたドワーフたちが、一人、また一人と立ち上がる。


 妖精たちまで羽を震わせながら、キッチンの上をふわふわ飛び始めた。


「これで、よし!」


 きつね色になった脂身を取り出し、透き通ったラードだけを残す。


 そこへ玉ねぎを放り込む。


 ジュワッ!


 今までとは違う軽快な音が響いた。


 続いて人参。


 キャベツ。


 最後にピーマン。


 勢いよくフライパンを振る。


 シャッ。


 シャッ。


 野菜が宙を舞い、熱々のラードをまとって輝いた。


「おぉ……」


 誰かが小さく声を漏らす。


 私は構わずフライパンを振り続ける。


 炒めすぎない。


 火を入れすぎない。


 野菜の色が鮮やかなまま仕上げる。


「塩はありますか?」


「これかい?」


 ギルが差し出した硝子のポッドには、拳ほどもある白い岩塩がごろんと入っていた。


「湖で採れた岩塩さ」


「なるほど……」


 だからスープがあんなに塩辛かったのか。


 そのまま鍋へ放り込めば、濃くなるのも当然だ。


 私はスプーンの背で岩塩を少しずつ削る。


 さらさらと白い粉が舞った。


 その塩を指でつまみ、野菜へふわりと振りかける。


 最後に黒胡椒をひとつまみ。


 湯気と一緒に香りが一気に立ち上った。


「うわぁ……」


 誰ともなく感嘆の声が漏れる。


 宿屋の中が静まり返っていた。


 さっきまでカードをしていた男たちも、酒を飲んでいたドワーフも、みんな私の手元だけを見つめている。


「……出来ました」


 大皿へ盛り付ける。


 緑。


 橙。


 白。


 艶やかな野菜が湯気をまとい、まるで宝石のように輝いていた。


「野菜炒めです」


 ギルはごくりと喉を鳴らした。


「これは……本当に食べられるのか?」


 恐る恐るフォークでピーマンを刺す。


 口へ運ぶ。


 シャクッ。


 肉厚のピーマンがみずみずしく弾けた。


 甘い。


 いや、その前に香ばしい。


 ラードの旨みが野菜を包み込み、そのあとからピーマン本来のほろ苦さと甘みが広がっていく。


 ギルの目が大きく見開かれた。


 今度は人参。


 玉ねぎ。


 キャベツ。


 そして角うさぎの肉。


 夢中になって次々と口へ運ぶ。


「……これは美味い!」


 思わず叫んだギルは皿を高く掲げた。


「みんなも食べてみてくれ!」


 食堂にいた宿泊客たちは、我先にとフォークを手に取った。

「こりゃあ、美味い!」

「野菜って、こんな味だったのか!」

「肉まで柔らかいぞ!」


 口の周りを脂でべたべたにしながら、夢中で皿をつついている。


 さっきまで「ギルの料理に敵うもんか」と笑っていたドワーフは、もう無言で野菜を頬張り、空になった皿を名残惜しそうに眺めていた。


「もう終わりか……」


 その呟きに、思わず私は笑みをこぼした。


「まだありますよ」


 私は残っていた野菜屑と角うさぎの骨を集め、大きめの寸胴鍋へ入れる。


 玉ねぎの皮、人参の皮、キャベツの芯。


 さっきまでなら捨てられていた食材たちだ。


 たっぷりと水を注ぎ、火加減を弱めてじっくり火にかける。


 やがて鍋の底からプクン、と大きな泡が浮かび上がり、静かに弾けた。


 ふわりと立ち上る湯気に、野菜の甘い香りが少しずつ混じり始める。


 その様子を見ていたギルは、眼鏡をずり下げながら寸胴鍋を覗き込んだ。


「爽子は魔法使いみたいだな。今度は何を作るんだい?」


 私は木べらで鍋をゆっくりとかき混ぜ、にっこりと笑う。


「コンソメスープを作ります」


お読みいただきありがとうございます


最終更新は7月29日(水)21:03です


よろしければお立ち寄りください

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― 新着の感想 ―
丁寧な仕込みから、角うさぎの脂身からの自作ラードを作る発想の転換、そして「ジュワッ!」「シャッ!」と聞こえてくるような調理描写、見事な飯テロです! 豪快な大味料理から一転、削り塩と黒胡椒、絶妙な火入…
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