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異世界北海道 夫を探して異世界へ来たら、夫にはもう妻がいました ~食堂酒場を開き、幸せになります~  作者: 雫石しま


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第28話 トマトの苗を植える

 店の裏の空き地へ出る。


 朝露に濡れた草が足首をくすぐった。


 私は鍬を肩に担ぎ、ぐっと息を吸い込む。


「よし」


 今日は畑を作ろう。


 ヴェダー亭も少しずつ形になってきた。


 鶏小屋ができて。


 鶏が増えて。


 薪置き場も整った。


 次は野菜だ。


 自分で育てた野菜を料理に使えたら、きっともっと美味しい料理が作れる。


 まずは雑草を抜くところから始める。


 しゃがみ込み、根元をしっかり掴む。


 ぐいっ。


 スポン。


 気持ちよく土から抜けた。


 そのまま何本も何本も引き抜いていく。


 ヴェダーたちも真似をして、小さな手で草を引っ張っていた。


「ヴェダー!」


「ありがとう」


 一生懸命引っ張っているけれど、身体が軽すぎるせいで、草が抜けた瞬間に後ろへころんと転がる。


「ヴェッ」


 ごろん。


 その様子がおかしくて思わず笑ってしまう。


「気を付けてね」


「ヴェダー」


 照れたように葉っぱを揺らしていた。


 雑草を片付け終えると、今度は鍬を握る。


 ザクッ。


 ザクッ。


 土を掘り返す。


 黒く湿った土が空気へ触れ、ふわりと土の匂いが立ち上る。


 柔らかくて、いい土だ。


 鍬を入れるたびに、ぷくりとミミズが顔を出した。


「おっと、ごめんね」


 私はそっと横へ逃がそうとする。


 けれど。


「コッ!」


 チョボが猛スピードで駆け寄ってきた。


 コッコッ。


 つん。


 ぱくっ。


「あっ」


 あっという間だった。


 他の鶏たちまで集まってきて、土を夢中でつついている。


「コッコッ」


 美味しそうに食べている姿を見ると、止めるのも何だか野暮な気がした。


「自然ってすごいなぁ」


 そんなことを思いながら鍬を動かす。


 その横ではヴェダーたちが遊び始めていた。


 一匹が大きな石を抱えてくる。


「ヴェダー!」


 よいしょ。


 どすん。


 今度は別の一匹が穴を掘る。


 その穴へ石を落とす。


 また掘る。


 また埋める。


「何してるの?」


「ヴェダー!」


 得意そうに胸を張る。


 遊んでいるだけなのか。


 それともヴェダーなりに手伝っているつもりなのか。


 よく分からない。


 でも、とても楽しそうだった。


 シマエナガはというと。


「ジュリッ!」


 頭の上で元気よく鳴いている。


 白い大きな身体で木から木へ飛び移る。


 ぴょん。


 ふわっ。


 枝へ降り立つたびに。


 ミシッ。


 ミシミシ……。


「大丈夫?」


 思わず木を見上げる。


 普通のシマエナガなら絶対に鳴らない音だ。


 この子は大きすぎる。


 枝の方が悲鳴を上げている。


「ジュリ?」


 本人は全く気にしていないらしい。


 首を傾げながら、また隣の枝へ飛び移った。


 ミシッ。


 私は苦笑する。


「折らないでね」


 初夏の風が白樺を揺らした。


 青葉がさらさらと音を立てる。


 気持ちのいい風が汗ばんだ頬を優しく撫でていった。


「……ふぅ」


 私は鍬を地面へ立てる。


「畑を作るのも一苦労ね」


 腰をぐっと反らす。


 背中がぽきっと鳴った。


 目の前には出来上がった畝が並んでいる。


 真っ直ぐとは言えない。


 少し曲がっている。


 高さも揃っていない。


 それでも黒々とした土はふかふかで、苗を植えるには十分だった。


「上出来かな」


 私は満足そうに頷く。


 昨日、朝市の種苗屋さんで買ってきたトマトの苗を思い出す。


 店先には赤い実を付けた見本が並んでいて、とても美味しそうだった。


『これからが旬だよ』


 おじさんは笑いながら苗を選んでくれた。


『一番花が付いてる苗を選ぶんだ』


『最初の花が元気な苗は丈夫だからね』


 そう言って、小さな黄色い花を咲かせた苗を選んでくれた。


 さらに。


『これも持っていきな』


 細い支柱と麻紐までサービスしてくれた。


『ありがとう』


 市場の人は本当に優しい。


 私は一本一本丁寧に苗を植えていく。


 根鉢を崩さないように。


 そっと土へ入れる。


「苗を植えたら……支柱を立てて……っと」


 辺りを見回す。


「あれ?」


 支柱はどこへ置いたっけ。


 探そうとした、その時だった。


「ヴェダー!」


 元気な声が聞こえる。


 振り返ると。


 七匹のヴェダーたちが一本の支柱を肩へ担ぎ、よたよた歩いてきた。


「えっ」


 しかも一本じゃない。


 次から次へと運んでくる。


 まるで引っ越し屋さんだ。


「ありがとう、ヴェダー」


「ヴェダー!」


 胸を張って得意顔をしている。


 私は笑いながら支柱を立てた。


 ヴェダーが運び。


 私が土へ差し込み。


 麻紐でトマトの茎を八の字に結える。


 またヴェダーが次の支柱を持ってくる。


 息もぴったりだった。


「みんな、本当に働き者ね」


 町の人はヴェダーのことを悪戯好きの厄介者だと言っていた。


 でも。


 私にとっては違う。


 大切な仲間だ。


 良きパートナーだ。


 おかげで苗植えは思ったより早く終わった。


「最後はお水ね」


 私は桶を持って井戸へ向かう。


 チャポン。


「ヒィ……」


 今日も怖がりの精霊が小さく鳴いた。


「いつもありがとう」


 桶いっぱいの水を汲み上げる。


 冷たく澄んだ水をトマトの根元へゆっくり注ぐ。


 ごくごくと土が水を飲み込んでいく。


「大きくなってね」


 私は朝も。


 昼も。


 欠かさず水をあげた。


 まるで子どもを育てるみたいに、毎日話しかけた。


 けれど。


「……あれ?」


 三日ほど経った頃だった。


「おかしいな……」


 元気だった葉が少し垂れている。


 黄色い花も元気がない。


 一週間もすると、花は茶色く萎れ始めた。


「どうして?」


 私は毎日水をあげている。


 日当たりもいい。


 なのに。


 葉は黄色くなり。


 茎もしんなりしていく。


 根元を見ると白い綿のようなものまで生えていた。


「カビ……?」


 胸が締め付けられる。


 せっかく楽しみにしていたのに。


 真っ赤に実ったトマトでミネストローネを作って。


 ピザソースも手作りにして。


 夏限定メニューにしようと思っていたのに。


 苗は日に日に弱っていった。


「どうしよう……」


 翌朝、私は朝市の種苗屋さんへ駆け込んだ。


 事情を話すと、おじさんは苗を見たこともないのに「なるほど」と頷いた。


「一度ギルドで見てもらうといい」


「ギルド?」


「農業専門の組合みたいなもんさ」


 おじさんは笑う。


「畑を見てもらえば原因が分かるかもしれない」


「農業の組合……」


 私は思わず口にする。


「JAみたいなものね」


「ジェーエー?」


「あ、ううん、何でもない」


 私は苦笑した。




◇◇◇




 ギルドは町の一番奥に建っていた。


 石造りの建物は重厚で、役場のような雰囲気がある。


 壁には蔦が絡まり、大きな木製の看板が掛かっていた。


 人の出入りは少なく、とても静かだ。


「ちょっと緊張するな」


 私は深呼吸をして扉を押す。


「こんにちは〜。お邪魔します〜」


 ギィ……。


 蝶番が静かに軋み、重たいガラス扉が開いた。


 中はひんやりとしている。


 受付の奥には書類が山積みになっていた。


 その机の向こうには、一人の男性が座っていた。


 黒髪をきちんと整えた青年。


 銀縁眼鏡の奥の瞳は静かで冷たく、隙がない。


 どこか近寄り難い空気をまとっている。


 彼は書類から顔を上げ、私を見た。


「どうされましたか?」


「あの……トマトを育てているんですが、うまくいかなくて……相談に来ました」


 私がそう答えると、彼は一瞬だけ考えるように目を伏せ、静かに立ち上がった。


「それでは、その畑を見に行きましょう」


 銀縁眼鏡を軽く押し上げる。


「案内してください」


 そう言って、彼は迷いなく受付の外へ歩き出した。


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