第26話 大丈夫だよ
私は急いで店へ戻った。
ヴェダーたちは心配そうに私の後ろをついてくる。
「ヴェダー」
「大丈夫、大丈夫」
振り返って微笑む。
「すぐ迎えに行くからね」
巨大なシマエナガは傷ついている。
あのまま森へ置いておくわけにはいかなかった。
厨房の横を通り抜け、物置の扉を開ける。
ギィッ。
木の扉が軋む。
中には薪や農具、それに古びた木製の手押し車が置かれていた。
荷台にはまだ昨日運んだ薪の木屑が残っている。
「これなら乗せられるかな」
私は木屑を払って荷台を綺麗にする。
車輪を持ち上げてみる。
ギシッ。
少し軋んだけれど、まだ十分使えそうだった。
「よし」
麻縄も荷台へ積む。
もし途中で暴れても落ちないように軽く固定した方がいい。
ヴェダーたちは興味津々で手押し車の周りをぐるぐる回っていた。
「ヴェダー!」
「押してくれる?」
「ヴェダー!」
元気よく葉っぱを揺らす。
私は思わず笑った。
「頼りにしてるよ」
◇◇◇
再びブナの原生林へ戻る。
朝霧は少し晴れ始めていた。
木漏れ日が差し込み、苔の上で小さな光が揺れている。
巨大なシマエナガは、さっきと同じ場所で羽を休めていた。
こちらを見ると、黒い瞳が少し警戒するように細くなる。
「ジジジ……」
「迎えに来たよ」
私はゆっくり近付く。
「傷を治そう」
もちろん言葉は通じない。
それでも優しく話し掛ける。
シマエナガはじっと私を見つめていた。
逃げようとはしない。
飛べないのだろう。
傷ついた羽が痛々しく垂れている。
「少しだけ我慢してね」
私は荷台を横へ付けた。
「みんな、手伝って」
「ヴェダー!」
七匹が一斉に駆け寄る。
小さな身体で白い羽を押し始めた。
「よいしょ」
「ヴェダー!」
「せーの!」
もちろん掛け声は私だけだけれど。
ヴェダーたちも一生懸命力を込めている。
すると。
「ジジジジ!」
シマエナガが羽をばたつかせた。
大きな羽が風を巻き起こす。
白い羽毛がふわりと宙を舞った。
「大丈夫!」
私は慌てて声を掛ける。
「怖くないよ」
「ジジジ!」
まだ嫌がっている。
嘴を少し開けて威嚇する。
ヴェダーたちは一瞬だけ後ずさった。
「ヴェ……」
「もう少しだけ」
私は羽を傷つけないように身体を支える。
ふわっ。
「えっ」
思わず驚いた。
見た目よりずっと軽い。
身体のほとんどが羽毛だからだろうか。
大きいのに、抱き上げるとふかふかの毛布みたいだった。
「よいしょ」
ヴェダーたちも下から押し上げる。
七匹並ぶと、まるで緑色の小さな団子が動いているみたいだった。
「ヴェダー!」
「あと少し!」
ごろん。
ようやく荷台へ乗せることができた。
「やった!」
私は思わず拍手した。
ヴェダーたちも葉っぱをぶんぶん振って喜んでいる。
シマエナガは少し不満そうに頬を膨らませた。
「ジジ……」
「ごめんね」
私は羽をそっと撫でる。
「治ったらすぐ森へ帰れるから」
その言葉が分かったのかどうか。
シマエナガは小さく瞬きをした。
私は麻縄を軽く荷台へ掛ける。
縛るというより、落ちないように添える程度だ。
傷ついた羽へ当たらないよう慎重に結ぶ。
「苦しくない?」
「ジ……」
今度は威嚇しなかった。
少しだけ警戒が解けたのかもしれない。
「帰ろう」
私は手押し車の柄を握る。
ぐっと力を込める。
ギシッ。
車輪が軋んだ。
荷台へ巨大なシマエナガが乗っているせいで、いつもよりずっと重い。
それでもゆっくり前へ進み始めた。
ガタゴト。
ガタゴト。
森の道は平らではない。
木の根が盛り上がり、小石が転がっている。
車輪が段差へ引っ掛かるたび、荷台が揺れた。
「ごめんね」
私はなるべくゆっくり歩く。
「揺れるよ」
シマエナガは不安そうに羽を縮めた。
七匹のヴェダーたちは荷台の横をちょこちょこ走っている。
「ヴェダー!」
一匹が前へ回り込む。
二匹は後ろから押す。
残りは左右で見守っている。
小さな護衛みたいだった。
「ありがとう」
私は笑う。
ブナ林を抜ける頃には道がぬかるみ始めていた。
昨夜の雨がまだ残っている。
ぐにゅっ。
車輪が泥へ沈んだ。
「あっ」
押しても動かない。
「うーん」
力を込める。
びくともしない。
「ヴェダー!」
七匹が一斉に後ろへ並んだ。
丸い身体で荷台を押し始める。
「せーの!」
私も力を込める。
ギシギシギシッ。
車輪が大きく軋む。
泥が跳ねる。
「もう少し!」
「ヴェダー!」
ぐぐっ。
次の瞬間。
スポンッ。
車輪が泥から抜けた。
「やった!」
思わず声が弾む。
ヴェダーたちは飛び跳ねて大喜びだった。
「ありがとう、みんな」
「ヴェダー!」
葉っぱが嬉しそうに揺れる。
私はもう一度荷台を引いた。
白樺の林が見えてきた。
その向こうには、大きな椎木。
青い屋根のヴェダー亭。
あと少しで家に着く。
私は巨大なシマエナガを振り返り、優しく微笑んだ。
「もう大丈夫だからね」




