第21話 未知の生物との出会い
チョボの仲間を迎え入れるための鶏小屋も作りたい。
そう思った私は、日用雑貨の店でもう少し買い物をすることにした。
「木材もありますか?」
「もちろんあるぞ」
ドワーフの店主は店の裏へ回ると、長さの違う板を何枚も抱えて戻ってきた。
「鶏小屋なら、このくらいで十分だろう」
丈夫そうな杉板だった。
節はあるけれど反りは少なく、木目も真っ直ぐだ。
「トンカチと釘もお願いします」
「ほい」
道具箱から年季の入ったトンカチと、小さな釘の入った革袋を渡してくれる。
私は板を一枚ずつ眺めながら、頭の中で鶏小屋を組み立てていた。
庭の椎木の近くに建てよう。
朝日が当たって。
風通しが良くて。
雨の日も濡れない場所。
「チョボ、お友達が増えるよ」
思わず一人で笑ってしまう。
雄鶏も迎えれば卵も増える。
食堂酒場を続けるには、その方がずっといい。
夢は少しずつ形になってきていた。
ペンキ塗りは翌日の昼。
ドワーフの青年たちが手伝いに来てくれることになった。
約束をして店へ戻る。
椎木の家を見上げると、青い屋根は相変わらず色褪せていた。
「明日には綺麗になるからね」
誰に言うでもなく呟く。
その日の夕方は、木材を庭へ運び、鶏小屋を建てる場所へ印を付けた。
チョボはその横で「コッコッ」と鳴きながら地面をつついている。
「そこじゃないよ」
笑いながら抱き上げる。
「もう少し向こう」
チョボは不満そうに「コケッ」と鳴いた。
その仕草が可愛くて、思わず頬が緩む。
夜になる。
昨日まで胸を締め付けていた不安は、不思議と少し薄れていた。
布団へ入る。
耳を澄ます。
雨も降っていない。
椎木の葉がさらさらと揺れる音だけが聞こえる。
そして。
例の「上田――」という声は聞こえなかった。
朝食のパンも消えない。
静かな夜だった。
久しぶりにぐっすり眠ることができた。
◇ ◇ ◇
「よいしょ!」
「もう少し右だ!」
「そこ塗り残し!」
翌日の昼。
椎木の家は朝から賑やかだった。
ドワーフの青年たちが脚立を立て、屋根へ上がっている。
刷毛が木材を擦る音。
笑い声。
時折誰かが歌い始める陽気な仕事歌。
昨日まで静かだった店が、今日はまるでお祭りみたいだ。
……ギシギシギシ。
屋根の上を歩く音が響く。
私はその音を聞きながら厨房で昼食の支度をしていた。
昨夜のうちに仕込んでおいたパン生地を取り出す。
ぷっくりと膨らんだ生地を優しく押し、空気を抜く。
木の台へ置き、丸く丸く伸ばしていく。
「このくらいかな」
少し縁を厚めに残す。
そこへ細かく刻んだトマトをたっぷり並べた。
真っ赤な色が生地いっぱいへ広がる。
チーズを惜しみなく振りかける。
最後は市場で買ったばかりの緑鮮やかなバジル。
葉を指でちぎるたび、爽やかな香りが立ち上った。
「よし」
窯の火加減を見る。
薪はいい具合に熾火になっている。
窯の奥は熱すぎる。
今日は手前。
そこへそっと滑り込ませた。
数分。
チーズがふつふつと泡立つ。
香ばしい匂いが厨房いっぱいへ広がった。
「できた」
黄金色に焼き上がったマルゲリータピザ。
チーズがとろりと溶け、トマトは艶やかに輝いている。
「みなさーん!」
私は店の外へ顔を出した。
「ピザが焼き上がりましたよー!」
「おっ!」
屋根の上から声が返ってくる。
「いい匂いだ!」
「腹減ってたんだ!」
「待ってました!」
青年たちは刷毛を置き、次々と梯子を降りてきた。
頬には青いペンキ。
鼻にも青い点。
誰かは髭まで真っ青になっている。
その姿がおかしくて、私は吹き出してしまった。
「顔、真っ青ですよ」
「え?」
互いの顔を見て大笑いになる。
「先に手を洗ってくださいね」
「おう!」
一人が井戸へ桶を投げ入れる。
ポチャン。
「ヒィぃ……」
井戸の精霊が今日も小さく悲鳴を上げた。
「また鳴いたぞ!」
「なんだ今の!」
青年たちは目を丸くする。
「井戸の精霊です」
「井戸にも精霊がいるのか!」
また笑い声が広がる。
皆で手を洗い、汗を布で拭う。
椅子へどっかり腰を下ろす頃には、全員のお腹がぐうぐう鳴っていた。
視線は一斉にキッチンカウンターへ向く。
私は焼きたてのピザを切り分け、木皿へ並べた。
「熱いので気を付けてください」
「いただきます!」
「アチチチ!」
「うまっ!」
焼きたてを頬張りながら、青年たちは口々に叫ぶ。
「なんだこれ!」
「パンなのに柔らかい!」
「チーズが伸びるぞ!」
「トマトが甘い!」
夢中で食べている。
その姿を見ているだけで嬉しくなった。
あっという間に皿は空になっていく。
そして。
最後の一切れだけが皿へ残った。
「俺が最後だな」
一人の青年が嬉しそうに手を伸ばす。
その時だった。
「あれ?」
青年の手が止まる。
「おい」
皿を覗き込む。
「俺の分のピザがないぞ?」
さっきまで確かにあった。
誰も席を立っていない。
なのに。
「お前が食べたのか?」
「いや!」
隣の青年が首を振る。
「食べてない!」
「じゃあ誰だ!」
皆が顔を見合わせる。
私はその光景を見た瞬間、背中が冷たくなった。
まさか。
また。
「上田――」
あの声だった。
「えっ!?」
私は声のした方を見る。
キッチンカウンターの陰。
そこから、何かがひょこっと顔を出していた。
手のひらほどしかない丸い身体。
阿寒湖の毬藻みたいにふわふわした緑色。
細い手足がちょこんと生えている。
頭にはフキの葉によく似た大きな葉っぱが一枚。
その小さな両手には――。
最後のピザを大事そうに抱えた、不思議な生き物がこちらをじっと見つめていた。




