エピローグ
それから、瞬く間に時は過ぎた。
マリアとクリスは、正式な叙爵式と結婚式の後、与えられた領地に居を構えた。
屋敷に最低限の使用人が揃う頃には実りの季節が過ぎ、生活が落ち着き吐息が白く凍る季節に、娘が生まれた。
クリス似の金髪と青い目に、マリアそっくりの顔立ちで。
生まれた瞬間から、それは強い聖なる魔法を宿して。
娘とマリアの体調が落ち着いた頃、国王と神官長が面会に来た。
娘の力の強さに顔を綻ばせ、マリアに感謝と労いを述べながら、2人の口から飛び出したのは少々意外な事実。
大聖女の力は、遺伝しない。
一方で、国内に生まれた聖女の子どもは、稀にだが聖なる魔法を宿す。今いる国内すべてのただの聖女の親は、もれなくただの聖女である。
そうした国内生まれの聖女のルーツを辿っていくと、ただ1人の女性に行き着く。初代の大聖女······の双子の妹。
偉大な姉の影に隠れきった、ただの聖女にすぎなかった彼女だが、その功績は大きい。
彼女が遺した一人娘は、初代と同じくらいの強い力を持っていたからだ。
そしてこの血筋だけは、聖なる魔法を遺伝させる。子々孫々、大聖女には及ばないながら聖なる魔法を宿して生まれ、以来数百年の長きに渡って、脈々と民を癒し守ってきた。
それが、遠い遠い昔の話、それも本人達が名を残すことに興味を持たなかったが故に、今では国王と神官長が口伝で継ぐのみの物語。
マリアの娘は、史上2人目のこの国生まれの大聖女だ。もしかしたら聖なる魔法は孫にも遺伝し、新たな聖女家系が始まるかもしれない。
初代の妹の家系は、血が薄まったせいか徐々に力が衰えてきているから、王も神官長も、マリアと娘の存在を大層喜んだ。そして、この家系を守るため、先の物語を世に広めた。
娘を産んだ瞬間から、マリアの力は弱まった。というより、元通りになった。
浄化も、もちろん蘇生もできない、そこそこの治癒魔法しか使えない、普通の聖女マリア。
マリアは今では大聖女さまとは呼ばれない。でも、「聖母さま」として尊重されている。
もう、誰もマリアを蔑まない。
そして——
「かあさまー! あっ——」
「わあ、痛かったね。はい、これでもう大丈夫」
「ありがとぉ。これからおしごと?」
「うん、そうだよ。いい子で待ってられる?」
「じいとあそんでる!」
今日もマリアはそこそこの治癒魔法をささやかに使って生きている。
そこそこの治癒魔法だって、けっこう役に立つものだ。最愛の娘の膝小僧の擦り傷を治してやれるのだから。
「マリア、もうすぐ騎士団が帰還するよ!」
「すぐ行く! どのくらいケガ人いるかな」
「骨折、挫創が十数名だって。ヒマリちゃんが頑張ってくれてるから、大型の魔物には出くわさなくてすんだみたい。」
「それなら報告受ける時に全員治せるね」
「うん、よろしく! さ、行こう」
差し出されたクリスの手を取るのにもすっかり慣れた。
相変わらず温かくて心地がいい。騎士団を出迎えるために屋敷の門へと足を進めながら、その温度を味わう。
と、するりクリスの指が艶めかしく動いた。太陽が中天に坐す時間帯には似つかわしくない動きで、マリアの指に絡みつく。
「っクリス!」
「はは、ごめん、つい」
「今から仕事なのに······」
「安心しきった顔してるから。ちょっとドキドキさせてやろうかと」
「もう······」
「ごめんって。マリアの手が可愛くて、好きすぎてさ」
「手だけ?」
「まさか。全部愛してるよ」
「私も。愛してる」
笑い合って、触れるだけのキスを贈り合う。
そこそこでしかない自分だって、けっこう悪くないものだ。
だからこそマリアはクリスに出会えたし、今こうして隣にいられるのだから。
「クリス、幸せ?」
「当たり前だよ。マリアは?」
「とびっきり、幸せ」
マリアは知っている。
身の丈に合わない望みでも、背伸びして手を伸ばして、ついでにジャンプくらいすれば案外届く。 一度で届かないなら、届くまで飛べばいい。
それが、とびきり幸せに生きるコツ。
この手の中の幸せを守るためなら、マリアは二度と逃げ出さない。
お読み頂きありがとうございました。
ブックマークやご評価を頂戴できましたら大変励みになります。
マリアの物語はこれで完結です。
初挑戦の長編で、きっと拙い部分も多々あったかと存じます。精進しつつ、今後も細々と投稿していきたいと思います(^^)
またどこかでお目にかかれますことを祈って。




