クリス視点(3)
結論として、ヒマリは非常に優秀な生徒だった。与えた課題には真剣に取り組み、わからないところは素直に聞いてくる。一度教えたことは完璧にこなす。
何より、変に女らしさを出してこないのが気に入った。この国の貴族の女性はこぞって動きにくいドレスにどぎつい香水を振りまいて、白粉と頬紅がこちらの服に付きそうな距離感にしなだれかかってくるものだが、ヒマリはドレスというよりはワンピース、香水ではなく石鹸かハーブの香りを纏って、手を伸ばしてもぎりぎり触れられないくらいの位置に陣取ってくれる。
ヒマリの教育をするに当たってクリスが最も留意すべきことがある。
それは「ヒマリに恋心を抱かせないこと」だ。ヒマリたちの世界の常識がどうだかは知らないが、クリスは25歳、ヒマリは18歳。この世界では十分恋愛対象になり得るし、国王や父の策略も相まってとにかく顔を合わせる頻度が高い。万が一ヒマリがクリスを気に入ってしまったら、それこそ強制的にクリスの婿入りが決まってしまう。
だから、クリスは積極的にマリアの話を振った。どんなに優しい女性か、どんなにしなやかに強い女性か。
「クリス先生、マリアさんのことお好きなんですか?」
1ヶ月しない内に気づかれた。少々の気恥ずかしさはあったが、隠し立てするつもりはない。短く肯定すると、ヒマリは途端に目を輝かせた。
「えー! いいですね、素敵ですね! もしかしてもうお付き合いされてたり?」
「いや、それがまだ告白すらできてないんだ」
「一番楽しい時期じゃないですかー! え、え、いつ言うか決めてるんですか? シチュエーションは? あっ、ごめんなさい、私ったら不躾に。知ってる人同士のこういう話なんて久しぶりで、つい」
きゃあきゃあとはしゃぐヒマリに、クリスは少々気圧される。年頃の女性たちは一体あんなに頻繁にお茶会を開いて何を話すことがあるのかと常々疑問に思っていたが、もしかしたらこういった話題でいちいち盛り上がっているのだろうか。
「たぶんマリアさんもクリス先生のことお好きだと思うんだよなー」
「そう思う!?」
しまった、今度はクリスがあり得ない速度で食いついてしまった。小さく咳払いをして取り繕う。ヒマリはからかうでもなく、小さく笑って続けた。
「はい。と言ってもクリス先生ほどアピールなさることはないから、直接確かめたことはないのですが……でも、クリス先生の話をするといつもより楽しそうにされます」
「そっか、そうなんだ……!」
「ただ、最近は楽しそうなだけじゃなくて、どこか疲れているご様子というか」
それはクリスも危惧していたことだった。
単純に、今クリスもマリアもオーバーワークなのだ。何せ怪我や病気はクリスの事情など汲んでくれないわけで、クリスが治療院にいられる時間は半減しても患者の数は変わらないのだ。クリスと同じレベルで治療ができるのはマリアだけなので、必然的にマリアが普段の5割増の患者数をさばいてくれている。
クリスも精神的には疲れてはいるが、毎日の授業ついでにヒマリに治癒魔法をかけてもらえるぶん、体調だけはいままでの人生で一番すぐれていた。
一方マリアは目に見えて疲労が溜まっている。それもそのはず、聖なる魔法はイメージに反して体力消費が大きいし、自分自身にはかけられないから、マリアの体力は常々限界に近いはずだ。
昨日は久しぶりに副院長室でマリアに会えたのだが、あまりの顔色の悪さに、早く帰れと叱ってしまった。それなのに、宿舎に帰ったらキッチンに焼き立ての何某かが差し入れられていたから、結局寝たのは深夜だろう。ちなみにその包みは嬉しすぎてまだ破けていない。
包みのことを思い出してにやける唇を無理やり噛みしめつつ、ヒマリとの話を続ける。
「今、マリアの負担が大きくなっちゃってるからね……。僕が治癒魔法をかけてあげたいところだけど、宿舎に帰る頃には僕の魔法力も大抵空っぽだし、そもそも顔も見られない日が多いからかけようもないし……」
「そうですよね……。 週1回だけですけど、お茶会の時には私が治癒魔法をかけておきますね」
「ありがとう、助かるよ」
「あと、もしよかったらこれ」
ヒマリが差し出してきたのは、香ばしさを漂わせる可愛らしい包み紙だった。
「無理を言ってお城のキッチンで焼いたんです。普通のハーブ入りのクッキーですけど、なんか私が作ると回復効果がついちゃう? みたいで……。騎士団の皆さんに配った残りですが、食べれば多少は疲れが癒えると思います。マリアさんとお茶でもなさってはいかがですか」
クリスは言葉を失った。さすが大聖女、食物にまで聖なる魔法を付与できるとは。しかしこの心遣いは素直にありがたかった。早速今晩にでもマリアに食べさせよう。
その日は手早く最低限の仕事だけ片付けて宿舎に戻り、お湯を沸かし終わったタイミングでちょうどマリアを迎えることができた。スムーズにお茶に誘い、少しだけ迷ってからヒマリのクッキーを茶菓子として差し出した。本音では食べたいのはマリアの焼き菓子だが、これはいくらマリアにでもあげられない。クリスの今晩の書類整理のお供になってもらうのだ。
ヒマリのクッキーは、治癒魔法ほどではないが確かに回復効果があるようで、1枚、2枚と食べ進めると徐々に疲労が薄まる気がする。体に良いものだからだろうか、やたらと美味に感じる。これなら元気のないマリアでもたくさん食べてくれるだろう。実際、おいしいと呟いている。
「マリア、もっと食べときな」
クリスは純然たる善意と愛情からマリアにクッキーを押し付けた。
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