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46『世界』

 クロネコの爪で首を切断されたルールーは、死んではいませんでした。悪魔とはそういうものなのです。


「その体で、どうやって……ああ、そういうことか」


 落ちた頭を拾い、切断面を合わせればほら、元通り。対するクロネコには右脚まるごとと左脚の下半分、右腕の三分の一程度がありません。残っている身体も半分ほど蝋化しています。

 その、どう見ても自力で移動ができない体でここまで来ることができたのは、猫鬼が運んできたから。クロネコと戦った猫鬼の集団の生き残りの一匹が、蝋化がはじまったクロネコをルールーへと届けに来たのです。


「ハーヴィと同じ理屈か。頭の中に本があるから、工場ではなく私のところへ持ってきた。はは、実に面白い」

「エリー……かえ……」

「残念ながら、エリーはもう返せない。だが、エリーのおかげで世界は救われた。それだけは感謝しよう」


 クロネコは、大きく息を吸い込みます。


「エリー! おかえり!」

「は?」


 嫌な気配がして、ルールーが海溝の入り口を振り返りました。


「おい……そんなのありか」


 沈んでいくはずのアリスが浮いて、大きく膨らんでいます。


「エリー! 僕はここにいるよ!」


 ボコン。アリスが、さらに大きく膨らみます。


「エリー! おかえりには、ただいまって言えばいいんだよ!」


 そして、花火のようにはじけとび、中からエリーが現れたのです。


「クロネコ! ただいま!」


 ばちゃばちゃと不器用に陸に上がりクロネコに抱きついたエリーの瞳は二つ、両方ともライトブルー。


「おい、ふざけるなよ。また、不思議が科学をあざ笑うのか? おかえりを言われるべきは君たちじゃない、世界蝋燭という新しいエネルギーだろう!」

「クロネコ、少し待っててね、あいつやっつけるから」

「うん、がんばってねエリー」


 エリーはスックと立ち上がり、濁りのない眼でルールーを見ました。


「ふざけるな、私は恋人を失い、人間であることもやめ、世界を救おうとしているのだぞ。それを、この世界の(もと)であるアリスどもが壊そうというのか! いいのか! 私を止めればこの世界が滅びるんだぞ!」

「なら、俺を殺せばいい。でも、無理だけどね。俺を殺せるのはクロネコだけだから」

「糞ったれが!」


 激昂したルールーがエリーに飛び掛かります。


「かっ……」


 エリーは見事に躱し、躱すついでにルールーの喉を食いちぎりました。


「あんまり美味しくないね」

「理不尽め」


 ルールーの声帯は、すぐに再生します。




 それから、数回のぶつかり合いがあり、全てエリーが競り勝ちました。


「ふざけるな……ただの力比べに負けて、世界は滅びるのか」

「俺、もう行くね」

「糞が」


 エリーは馬乗りになってルールが動けなくなるまで殴ると、静かに立ち上がります。それから、クロネコをひょいとかつぐと、ルールーのシェルターがあるほうへと歩いていきました。


「こんな終わりは馬鹿げてる……私の今までは…………なんだったんだ……」


 クロネコを運んできた猫鬼も二人の後をついていきます。


「そういえば、不思議の国のアリスもあっけない、なんでもない終わり方だったな…………」


 空を見上げるルールーの瞳に映る、太陽よりもまぶしい光。ボイジャー一号が大気圏に突入したのです。

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