1 紅葉の庭
お久しぶりです。おはようございます。
更新が途絶えていた間も応援ありがとうございました!
第2部第2章もお楽しみいただけると幸いです。
楠木湊の朝は、カーテンを開くことから始まる。
肌寒さで目が覚めたその日もそうであった。
シャッと勢いよく居間のカーテンを開けた湊は、目ん玉をひんむく事態となった。
「に、庭が燃えてるっ……!」
なんということでしょう、庭が紅葉でまっかっかではありませんか。
一瞬、本当に燃えているように見えたのだ。心臓に悪い。
「びっくりした」
一夜にして、イチョウがモミジになっていた。
それだけでなく、庭の大部分を占めていた大池も縮小し、もとのひょうたんのかたちに戻った。それに伴い、渡り廊下もクスノキの下にあった板張りも消えた。
つまり、湊がこの家に来た時の配置に戻ったワケだが、ほどよく生えたモミジのおかげで、見知らぬ庭のように感じる。とはいえ庭の真ん中には、ゆるぎなくクスノキが立っている。そのことに、言葉にならない安堵を覚えた。
「クスノキはそのままにしてくれていてよかったけど、まったく山神さんは……」
ひと言ほしいものである。
その改装を無断で行った犯人はといえば、縁側にいる。
四肢を投げ出し横たわる巨軀の狼は、まだ日の差さない軒下であっても、輝きを放っている。背景が赤いからこそ、より一層白さも際立つ。豊かな尻尾をゆるく振り、顎を上げる。ちろりと片眼だけで見てくることから、そうとう自慢げである。
加えて無駄に御身をピカピカと明滅させるのは、大改装をしたところで、屁でもないという主張だろう。
「山神さん、おはよ」
笑いながら窓を開けると、冷たい風が流れ込んできて、瞬時に真顔になった。
「うわ、さむっ」
「秋の景観に合わせて、気温も下げた。あたたかな格好で出てくるがよい」
「そうする。その前に顔を洗って歯も磨いてくるよ」
寝間着のままの湊は、いったん窓を閉めた。
身支度を整え、きっちり厚着をして、いざ庭へ。
「よそのお宅の庭みたいだ」
モミジの映える日本庭園の景観に見とれた。
盛土となっている庭の中央で、空へ腕を広げるように枝を伸ばすクスノキは、日光をひとり占めしようとしているようにも見える。
それは、イチョウがなくなったせいもあるかもしれない。
播磨に忠告されたのだ。
クスノキがイチョウに嫉妬しているようだと。
猛省した。そうであろうとわかってはいたが、初見で播磨に気づかれるほどだったとは思っていなかった。
代わりにモミジとなったわけだが、クスノキは、どう思っているのだろうか。
湊は、クスノキへと導くように転々と置かれた飛び石をたどる。掌状の葉をふんだんに茂らせたモミジが自己主張するように、枝を広げているが、頭の上の高さにあるから、邪魔にはならない。
両側の赤が途切れると、真緑の樹冠が待ち構えていた。
通常のクスノキは、常緑樹のため、秋になっても葉を落とさない。しかし春と秋に古い葉が色づき、新しい葉へと変わるため、若干紅葉した姿が見られるものだ。
だが、この変わり種のご神木様は、いまだ夏仕様の色彩のままである。クスノキの譲れないところなのだろう。
木陰に入る前に、ざわざわと枝葉が動いた。ぽこんとクスノキの精が肩に乗ってきた。
「おはよう」
手のひらを上にすると、飛び移る。眼の高さに掲げ、真正面から視線を合わせた。
瞬くこともなく見つめてくるその眼は、輝いている。頭に生えた小さな葉っぱも色鮮やかでツヤツヤだ。
「元気そうだね」
その身をゆらし、頭の葉っぱも回転させることから、ご機嫌なことがうかがえた。
「モミジたちとは仲良くできそう?」
こくんと頷いてくれて、湊は胸をなでおろした。
一番気がかりだったことがなくなり、湊は軽やかな足取りで庭をめぐる。
お次は、露天風呂。こちらに変化はない。ほこほこと湯気の立つ水面をかきわけ、ラバーダックがのどかに遊泳中であった。
「おはよ」
「ぷきゅ!」
その身の側面をへこませ、鳴いた。
縁側で寝そべっている山神が操作しているのだ。わかってはいるが、愉快なため、毎回声をかけている。
「湯加減はどう?」
いったん深く沈み、しゅぽんとロケットのように飛び上がった。
「ご満足いただけているようで、何より」
笑いながら、池へと歩み寄る。
規模が小さくなってしまったが、霊亀一体なら申し分ないだろう。
ひょうたん型のくびれの部分に、石造りの太鼓橋も架かっている。ひさびさの登場である。湊は石の硬さをサンダル越しに感じつつ、欄干に身を乗り出し、池を見た。
底に白い玉石が敷き詰められ、ひょうたんの膨らみの小さな方にだけは水草が生えている。端へと向かうにつれ、密度が高くなる様は、まるで何かを隠すよう、ではなく、実際隠している。なびく水草の隙間に、竜宮門が見えた。
鮮やかな朱塗りの門の真ん前に、霊亀がいる。
眼を閉じていることから、寝ているのであろうが、こちら側に顔を向けている姿勢は、竜宮門を守っているようにも見えた。
が、違ったようだ。霊亀の瞼がひらく。
「おはよ」
『うむ……うむ……』
言葉は不明瞭。こくこくと首を振るさまも緩慢。
おそらく、竜宮城でしこたま酒を喰らってきたあとなのだろう。
「起こしてごめんね」
あんぐりと開いた口からたくさんの水泡が出てきた。
酔っ払いの行動はよくわからない。湊は足音を立てないよう、石橋を渡った。
お次に、石灯籠。いまは誰も住んでいないそれは、片隅にあり、二基から一基に減っていた。
「あ、なんか、大きくなってる」
若干形状も変わったようだ。癖で火袋をのぞくと、石が入っていて、驚く。
「どちら様?」
つい訊いてしまいたくなるほど、その石はアヒルにそっくりであった。ぷきゅ~と露天風呂でアヒルが鳴く様は、我のトモダチとでもいっていそうだ。
「よかろう。そやつは、夜には明かりになるぞ」
縁側で伏せた山神が愉快げにいったあと、アヒルが光を発する。ほんのりとした橙色だ。
「いいね。夜の景観もよくなりそうだ」
笑いながら、縁側へ。そばに、手水鉢がある。
筧からしたたる水を受け止めるその水面に浮いたモミジは、緑、黄色、赤に分かれて縞模様をつくり、見事なアートと化していた。
「山神さん、今回、だいぶ細かい所までこだわったね?」
「たまにはよかろう」
耳と尻尾を派手に動かす山神のもとへ、湊は笑いながら戻った。




