24 ハロウィンですから
湊は、二日ほどで全快した。
動けなかった分、精力的に仕事をこなしたあと、山神と縁側でくつろいでいる時、それはやってきた。
黒い狐である。
裏門の上に浮いているのだが、お馴染みの小さき身ではなく、山神と同等の巨軀であった。
尻尾が九本ある。天狐だ。
輝かしい白き身を漆黒に染め上げていた。
さらに赤い隈取りのある双眸をこれ以上ないほど吊り上げ、口も耳まで裂けている。
ひどく禍々しい。さりとて、にじみ出る気配は、神々しいというチグハグさだ。
首から小さな箱を下げており、その蓋が勢いよく開いた。
ピコンと三角耳の頭が飛び出す。
「トリック・オア・トリートなんだじょ!」
浮かれた子狐のメノウであった。
そう、本日はハロウィンである。
天狐と眷属のメノウが仮装して遊びにきたのだ。
異国の祭りだが、国民がそうであるように、神も便乗して楽しむ気らしい。
天狐の仮装は〝妖狐〟と思われ、なんとも雑だが、それはともかく。
「お菓子をくれなきゃ、イタズラする……んだ……じょ……」
メノウの声は尻すぼみになっていった。
縁側にいるモノに、気づいたからだ。
それは、二体。
正座したのっぺらぼうは、さほど恐ろしくはあるまい。
問題は、その傍らに伏せた獣である。
目玉が垂れ下がり、皮膚はただれ、体の半分以上の骨が露出している。
いわば、ゾンビ。完全なるR-18G。おこちゃまには刺激が強すぎた。
すうとメノウは箱に頭を引っ込め、蓋を閉めた。
びええええっ。
耳を聾するその泣き声に、天狐が盛大に顔をゆがませる。
「山の神よ、お巫山戯がすぎるの。幼子を泣かすほどの仮装で迎えるなど、なんたるオトナ気のなさか」
「ほら、山神さん。気合を入れすぎだっていったでしょう」
のっぺらぼうの仮装をした湊もそういった。口はないけれども。
「天狐さん、いらっしゃい」
顔を向けると、「うむ」と頷いた天狐は、中空を歩いてきた。
「ソナタのそれもようできておるの」
湊は自身の鼻を指さす。
「すごいですよね、これ。顔にピッタリつく仮面なんですけど、全然息苦しくないんですよ」
山神製である。
『おぬしはこれを』と今しがた渡され、装着していた。
鏡を見て湊も驚いた。触れると鼻や口はあるのだが、見た目は凹凸がないように見えるのだ。
「気合は入って当然である。ぬしには負けられぬゆえ」
山神の声はひび割れている。しかも見た目もゾンビのままだ。
縁側に座した天狐も嫌そうに、山神を見た。
「いつまでその腐れ果てた姿でおるのじゃ」
「やかましいわ。我がいかなる格好をしておろうと、我の勝手ぞ。ぬしにどうこう云われる筋合いはないわ」
天狐は芝居気たっぷりに憐憫の相を浮かべ、震える小箱に頬を寄せた。
「おおメノウや、かわいそうに。すっかり怯えてしもうて。さぞ恐ろしかろう、怖ろう。かような腐れ神が近くにおったら、己が身まで腐れてしまいそうじゃからの〜」
びええええ、とさらにメノウが泣きわめく。
山神は骨だけの口から、唸り声を出した。
ふんと顔をそむけ、一瞬にしてその身をもとに戻す。
豊かな被毛に覆われ、うっすら光を放つその御身は神々しい。
半眼のご尊顔はたいそう不満そうだけれども。尻尾で床を叩くも、それ以上の行動は起こさない。
「さすがに子どもの前で、喧嘩はできないよね。素晴らしいメノウ効果。メノウ、もう大丈夫だよ」
湊は含み笑いをしながら呼んだ。
そろりと蓋が開いたが、即座に閉められた。
「おぬし、のっぺらぼうのままぞ」
「あ、しまった」
山神に指摘され、慌てて仮面を外した。しかし蓋は開かない。
とはいえ、心配はいらない。湊は背に隠していたブツを前へ持ってくる。
「メノウ、お菓子いらないの?」
「いるんだじょ!」
ガバっと蓋が開き、飛び出てきた。
いつも通りかと思いきや、しかと仮装をしていた。
「えーと、もしかしてオオカミかな」
「そうだじょ、オオカミ男なんだじょ!」
床に降り立ち、後ろ足で立つその身は着ぐるみに覆われている。ややムキムキであるが、狐から狼では驚くような変化はない。もちろんいえるはずもない。
「似合ってるよ。はい、お菓子をどうぞ」
カボチャのクッキーである。
仮装といい、お菓子といい、ここまで準備万端だったのは、昨日ツムギに頼まれたからだ。
メノウと一緒に仮装して伺いますので、なにとぞよろしくお願いしますと。
「ありがとうなんだじょ!」
とお菓子を受け取ったメノウは、咥えて天狐のそばへ戻っていった。
「主〜、もらったんだじょ!」
「よかったの。ここでいただいていくほうがよかろうな。帰ったら、他の眷属どもが騒がしいからの」
「そうするんだじょ」
そのやり取りを見ながら、湊は感心した。
「こういってはなんですが、メノウは歳のわりにしっかりしていますよね」
「ツムギのしつけの賜物じゃ」
天狐は誇らしそうだ。
「御姉様は厳しいんだじょ。けど優しくもあるんだじょ〜」
と自慢げにいったメノウは、当然のように湊の膝に乗った。咥えたお菓子袋を向けてくる。
「ミナト、開けてほしいんだじょ」
「はいはい、わかったよ」
あげると「うまいんだじょ!」と手放しで喜んでくれた
メノウの縦横無尽に動く尻尾の向こうで、天狐が山神をのぞき込むように見た。
「それで、わらわはなにをもらえるのかの」
ハッと山神が鼻を鳴らす。
「なにをほざくか。歳を考えよ」
「矛盾しとるの。常日頃わらわを小娘扱いしておるくせに」
会話は殺伐としているが、神気がぶつかり合うこともない。
今回は、平和に過ごすことができそうだ。
「ところでメノウ、ツムギは? 一緒にこなかったんだね」
クッキーにかじりついたメノウの動きが止まる。
天狐がこちらを見た。
「ツムギは眠っておるのじゃ。少々疲れが溜まっておるからの」
「――そうですか」
大丈夫なのだろうか。
そういえば、ツムギはここに遊びに来た時もしばしば眠る。その時の眠りは深く、数回声をかけてようやく起きることもざらだ。
「なにも心配いらないんだじょ、御姉様は大丈夫なんだじょ!」
必死なメノウは、どこか痛々しい。
まるで自身に言い聞かせているようだ。
その違和感を口にしようとしたら、突然かぐわしい香りが広がった。
顔を引き攣らせて見れば、天狐の鼻先に、梨が浮かんでいる。
にんやりと笑う。
「メノウがもらったからには、わらわもお返しをせねばならんの」
片手では持てないであろうそれは、神の実であることは疑うべくもない。
「さて、わかっておるな? お決まりの台詞を申してみよ」
断れるはずもなく、湊は絞り出すようにいった。
「と、トリック・オア・トリート……!」
「いたずらはされたくないからの〜。わらわのとっておきのこれをソナタにやろう」
ふわふわと漂ってくる梨は、受け取らざるをえない。
しかと両手で包み込み、生気の抜けた目でいった。
「ありがたき幸せに存じます」
「表情が裏切っておるの」
「震えるほどうれしいです……!」
胡散臭い笑みでいい、しかと梨を見た。
「あれ?」
たしかによい香りである。
だが、すぐにでも口に入れたいという強烈な欲求がわいてくることはない。
「――うーん、食べられないのが残念だ」
「神の実に毛ほども魅了されんとはの。そんな人間は、ソナタくらいであろうの」
天狐は双眸を細め、感心しきりといった様子で続けた。
「そもそも神の実は、人間が目にすることなどまずもってないのじゃがの」
「そうらしいですね」
湊は縁があるのか、わりと頻繁に目にするが、一般人にとってはそうではない。
そもそも現世に存在しないのである。
あるとすれば、神の類が神域から持ち出し、うっかり落としてしまった時だけだ。
そんな事態は、数百年に一度あるかないか程度らしい。
前足に顎を乗せた山神がぽつりとこぼす。
「神の実を求めてやまない人間も少なからずおるがな」
昔、落し物の神の実をうっかり食べた者がいるという。その噂が広がり、現代でも取り憑かれたように探し求める者もいるらしい。
その執念に寒気がする。
湊が顔を強張らせていると、天狐が流し目を送ってきた。
「まあ、それはいいとして。ソナタ、わらわの神社にはいつ参りにくるのじゃ」
「――えーと、そのような約束をした覚えはございませんが」
「約束はしておらんが、ここから一番近い神社はわらわの所じゃ。ここに引っ越してきたらまずあいさつをしにいくのが、人間の常識よの」
間違ってはいないだろう。しかしその神社の祭神たる天狐へのあいさつはすでに済んでいるのだけれども。
初対面の時、神社の手前から手招きをされたが、山神に『神域に招かれようものなら、帰ってこられる保証はないぞ』と忠告されたため、辞退した。いまは交流し、関係は良好といえるだろう。
ならば、参拝にいってもいいかもしれない。
天狐の神社に興味もあった。
ツムギが時折、その姿をあえて人前に晒すがゆえに、かの稲荷神社は〝お狐様に会える神社〟として名高く、県外からも足繁く通う者も多いという。
裏島弟の情報である。
「――では、近いうちにお邪魔します」
「待ってるんだじょ!」
ブンブンと尻尾を振るメノウの後方で、山神がため息をついた。取り立てて反対する気はないようだ。
もとより、湊の決定に異を唱えることはない。
満足げに九つの尾がゆったりと扇がれ、クスノキの枝葉も静かにゆれる。そのはるか上空で木枯らしに吹かれた枯れ葉が舞い、御山のどこかでコンと狐が鳴いた。
【第2部第1章・完結】
明日、書籍12巻が発売されます。
詳細は活動報告にて。
完全版の書籍も、どうぞよろしくお願いします。
■更新について
少しお休みします。6月頃、再開予定です。
アニメも観てくれよな!
ではでは〜




