22 やはりおかしな妖怪
たぬ蔵の言葉に偽りはあるまい。人ならざるものはやるといったら必ずやる。
そのあたりは神と一緒だが、おそらく妖怪のほうがタチが悪い。
執念深いのである。
困ったものだ。しかしながら、山神の祠の場合、噂でもしかと伝えられているはずだ。
必ずお礼はすること、と。
ゆえに約束を守らない方が悪いといえる。
とはいえそこまで心配はしなくていいだろう。たぬ蔵は人間を好ましく思っている。そこまでひどいお仕置きはしないはずだ。
「俺今日は、たぬ蔵さんに聞きたいことがあってここにきたんだよね」
「ほう、なんだ。言ってみるといい」
「御山の近くの橋で、人に助言を与えている妖怪がいるらしいんだけど、知らない?」
「知っとる。最近橋の下に住みついた流れモノのことだろう。あれはさほど害のないヤツだぞ」
「さほどとは?」
「適当な思いつきをいって、人をからかうくらいだ」
やや厄介なタイプかもしれない。
「――そうなんだ。ちょっと会いにいってみようかな」
「物好きなことだ」
「たまに言われる。それで、その妖怪はどんな妖怪?」
「カッパだ」
「へえ、ちょっと楽しみ。結構有名だけど、まだ会ったことないんだよね」
「人間らが想像する通りの外見をしとるぞ。亀のような甲羅を背負って、頭に皿も乗せとる」
「じゃあ、その皿が乾いたら弱るというのも本当?」
たぬ蔵はにやりと嗤った。
「さあな。試してみたらどうだ」
✽
夕暮れ時。同じ赤系統の色に染まりつつある世界のなかでも、その太鼓橋はやけに目立っていた。
両端の擬宝珠が光る様は、どこかこの世のものならざる光景のようだと、播磨は思った。
そう感じるのは、橋の真ん中にいる妖怪が発するおどろの妖気のせいもあろう。
カッパだ。おそらく。
その身は、異様に大きかった。本来、人間の幼児ほどしかない小柄なはずだが、後ろ手に拘束する成人の倍はあった。
そう、カッパは女人を人質にしている。
播磨が阿倍野とその式神とここにたどり着いた時、カッパは若い女を盾に、待ち構えていたのだ。
己が手下の妖虫を捕らえた者が、自身を退治しにくることを知っていたからこそだろう。
眼をギラつかせたカッパは、牙をむいた。
『それ以上、近づくな』
前に突き出された女人は、力なく項垂れている。気を失っていた。
カッパは本来、人間にとってさほど害にならない妖怪である。
川に引きずり込み、尻子玉を抜くと言われることもあるが、そもそも人間に尻子玉など存在しない。
カッパは相撲を好み、仲よくなれば、傷に効く薬をくれる。
わりといい妖怪なのだ。
それなのになぜ。
なぜ、かような禍々しい妖気を放つのか。
播磨は苛立ちから、指の関節を鳴らした。
他方、阿倍野も手を出しあぐねている。
しかし少女型の式神は違った。
笑顔で何かをつぶやいたその手に杖が現れ、大ぶりに振るった。
それからあまたの土塊が放たれる。砲弾めいたそれらがカッパを襲う。
当たる間際、突風が吹いた。
弾かれた土塊が一つ残らず川へ落ちる。
よろめくほどの暴風のなか、播磨は細めた目で見た。
カッパが見る間に小さくなるのを。
発していた禍々しい妖気も減っていく。
牙をむく恐ろしげな風貌が、ひょうきんな顔へと変わる。
そして、その後に湊が立っているのが見えた。
腕を伸ばし、何か小さな物を持っている。
どんぐりの木彫りだ。
カッパの妖魂から力のみを抜き取り、その中に閉じ込めたのだろう。
よもやそんなこともできるのかと、播磨は目をむいた。
「キュエ!」
素っ頓狂な叫び声をあげたカッパが川に飛び込む。
水柱が高く上がるその中から、一瞬だけこちらを見た。
怯えるその眼が見たのは、播磨か、阿倍野と式神か、湊か。それとも人質にしていた女か。
わからないまま、その身は水柱がなくなるとともに消えてしまった。
それを見送るしかなかった播磨の耳に、湊の声が届く。
「大丈夫ですか⁉」
倒れた女に駆け寄っている。
半身を起こすと、女は目を開けた。
とぼけた表情から己の状況を理解していないようであったが、突然覚醒する。
「ええっ、何事⁉」
と跳ね起き、見回す。播磨と阿倍野の姿も目にした途端、さらにうろたえ、駆け出した。
「走れるくらいなら問題ないだろう」
「なに言ってるんですか、播磨さん。身体はなんともなくとも、精神的に傷を負ってるかもしれないじゃないですか」
呆れたようにいった湊であったが、阿倍野を見て、ビクリと肩をゆらした。
式神は消えており、阿倍野は鉄扇を口元に当て、じっと湊を見ていた。
「ええっと……」
後ろに手を回し、挙動不審になった。そんな湊に声をかけることもなく、阿倍野は踵を返す。
「播磨、僕はさきほどの女性を追いかけるよ」
湊のことには触れないらしい。
湊が人ならざる力を遣ったことにも気づかなかったふりをしてくれるようだ。
湊は、陰陽師になることは望んでいない。
目立つことも好まない。
そこまで察したとは思えないが、阿倍野は他人の事情に深入りはしないタイプである。
播磨は阿倍野に「頼む」といったあと、礼を述べる。
「恩に着る、一条」
「やめろ。僕を一条と呼ぶな」
射殺さんばかりの目を向けられてしまった。
阿倍野とは母方の姓であり、勝手に名乗っているだけだ。
本名は、一条明水。
播磨と犬猿の仲な陰陽師、一条晴士郎の異母弟である。
異母兄と違い、人を慮れる阿倍野のことはそれなりに信頼している。ただ独断で動く式神たちが厄介なだけだ。
嘆息した播磨は、所在なさげな湊に向き直った。




