14 猫の神様のご指名とあらば!
『その後ろの扉が、神産物の作り手の神域へとつながっているにゃ』
猫神がいうのは、天井から垂れた鈴緒越しの、扉のことだ。いまは固く閉ざされている。
「なるほど。神産物は、拝殿の向こうからもたらされるんだな」
トリカが納得したようにいい、湊も腕を組む。
「たしかに宅配便といえなくもないような……」
「だな。――ああならば、ここに神産物を求めて来たモノは、あの鈴緒を鳴らし、直接神と交渉すればいいということか?」
トリカの質問に、猫神の前足が頷くようにちょいと前に曲がる。
『そうにゃ。ただ、よその神産物をほしがるくせに自ら交渉するのを厭い、ここに預ける連中なのだから、一筋縄ではいかないにゃ』
「――もしかして、人見知りか」
『そうにゃ、だいぶヒドイにゃ』
ヒゲと耳を下げる猫神も困り顔である。
湊はしばしトリカと無言で見つめ合った。ともに、バッと猫神を見た。
「ま、まあ、あれですよね? 神産物をほしがっている神様たちなら、そんなに無茶はされませんよねっ⁉」
「だな! もしなにかやらかそうものなら、もうここは利用できなくなるのだろう⁉ そうだよな⁉」
そういえ、といわんばかりの剣幕である。
猫神の眼が光った。瞳孔が縦に細まる。
「っ」
正面から吹きつけてきた重い神気に、トリカとともに後退する。
『わたしが守るといったにゃ』
張り詰めた声色に、湊は素直に謝る。
「すみません、そうでした。店長、なにとぞよろしくお願いします!」
『にゃあ』
やわらかな鳴き声とともに神圧もなくなり、湊とトリカはややふらついた。
ふたたび猫神が気取った足取りで案内してくれたのは、別の拝殿であった。
屋根の四隅が反り返る、荘厳な造りである。
その前にいくと、おのずと頭を垂れたくなるから、不思議だ。
さておきこちらも賽銭箱ではなく、台が設置されているのだが、そこには何も置かれていなかった。
「店長、こちらは、すべて売れてしまったということでしょうか」
『そうにゃ。入荷したら、すぐ売れてしまうんだにゃ』
「人気があるんですね」
感嘆したその時であった。
ススス。
引き戸が指二本分ほど開いた。一気に神気が溢れ出す。あまりの重圧に、湊はやや上半身を引く。
もう、ブツを届けてくださるのか。早すぎないか。バイトがいる意味とは。
とすこしの疑問が湧いた時、猫神がいう。
『本来、こちらからお伺いを立てない限り、戸は開かないにゃ』
「じゃあ、珍しいってことですか?」
『はじめてのことにゃ』
猫神も訝しげだ。やや怖い顔になったトリカの視線が猫神から戸へ移る。
目だ。
隙間から人型の片目がのぞいていた。
怪しすぎる。が、神気の濃さから神なのは紛れもない。
トリカが不可解げにつぶやく。
「なぜ神がのぞいているんだ。普通はまず、眷属が対応するもんだろう……っ」
突然、それは起こった。
にゅっと戸の隙間から手が出てきた。
ほっそりとした指、手、腕。
人ではありえない長さのそれが眼前に迫ってくる。白魚のごとき手という言葉が似合うと、湊は場違いにも思った。
『にゃ!』
目と鼻の先で、その手が弾かれた。
華麗に跳んだ猫神が、パンチを繰り出したからだ。反り返った手は、すごすごと腕を縮め、戸の奥へと引っ込んだ。
あまりの展開の早さに湊はついていけず、固まっていた。
代わりに、トリカが礼を述べる。
「手間をかけたな、猫神」
くっと猫の手が丸まった。
「店長、ありがとうございました……!」
遅れて湊も頭を下げた。猫神はしかと約束を守ってくれたようだ。
とはいえ、手を伸ばしてきた神も悪意はないと思われる。
現にいまも、戸を握ったり離したり、少し開いたり閉めたりと忙しない動きをしている。
それに連動して流れてくる神気は清浄のまま。恐ろしいほどの清らかさだといえる。
「他者とどう接していいかわからないタイプの神様みたいだね」
「だな。たしかにどうしようもない人見知りだ」
ズバリと判じたトリカだったが、ふっと目を細め、小声でいってきた。
「湊、あの神の神産物を褒めてやるといい」
「なんという、無茶振り……! どんなモノなのか、見当もつかないんだけど」
「だからだ。まず素直に見たいといえばいいんだ」
と促され、湊は毅然と顔を上げ、背筋を伸ばした。
「神様、人気の神産物が見たいです。見せていただけませんか」
ぴゅっと神速で手が引っ込む。
スパーンッ! と戸が全開に開いた。
そして雪崩を打って出てきたのは――。
「勾玉⁉」
爪ほどのサイズから湊の顔面を凌ぐほどの大きさまで。
大小様々な勾玉であった。
綺麗だ。なれど、多すぎる。
しかしながら、こちらまでは流れてこない。
台の際で堰き止められていた。ひとつの大きな山を築くと、勾玉の放出は止まる。
そうしてその山頂から、女神がのぞいた。
いかが?
と、その目が雄弁に問うてくる。
「――失礼します」
と湊は近寄り、勾玉の山をじっくり眺めた。
いずれもまばゆい光を内包しており、まさに神がつくりし品物といった体だ。
が、神気は微塵も感じない。
織物の神であるアメノハヅチがいっていたように、他の神のモノになるのなら、神気を込めないのだろう。
「――すべて精巧で美しいですね」
ありきたりな賛辞しかいえなかった。
しかしそれは、心からこぼれた言葉であった。
見上げると、女神が両手で顔面を覆っていた。
バラバラと勾玉が崩れるなか、下がり、戸を閉ざしてしまった。
湊は焦る。
「俺、なんか失敗した⁉ 駄目だった⁉」
「湊、おちつけ。相手は極度の人見知りだぞ。おそらく歓喜のあまりどうしていいかわからなくなったんだろう。ほら、拝殿を見てみろ」
全体が細かく振動している。爆発しそうな歓喜を必死に抑えているようであった。
しかし完全には抑えられないようだ。
勾玉の山が崩落を起こした。
「神様、神産物に傷がついてしまいますよ!」
湊が叫ぶと、ぴたりと拝殿ごと振動はとまった。
『タマノオヤがここまで御しやすい神だったとはにゃ』
笑いながら、猫神は尻尾をゆらした。すっと拝殿の戸を流し見る。
『しかしタマノオヤよ、量が多すぎやしないかにゃ』
といった途端、戸が開く。伸びてきた両手が、ごっそりと勾玉を回収していった。
あとには、十個ほどしか残されていない。
なおタマノオヤとは、かの三種の神器の一つ、八坂瓊曲玉をつくった神である。
そんな神がつくりし勾玉を湊は丁寧に台に並べ、次へ向かった。
新たな建物を前に、湊は感嘆の声をあげた。
「はじめて見るタイプの造りだ」
笹の葉で葺いた屋根に、茅壁。戸として、筵が吊るされており、さも古代の住まいといった佇まいだ。
「こちらも拝殿なのかな?」
「だな。奥に神がいるから、そう言っても差し支えないだろう。出入り口の近くに台もあるぞ」
トリカの言う通りであった。
そこにも何も置かれていなかった。
こちらも売り切れらしいと思いながら、湊は傍らに鎮座する猫神を見た。
「店長、こちらから声をかければいいんですよね?」
にゅっと上がった前足が虚空をかいた。
「まずは、ノックをしろと」
いわんとする意味を理解し、湊は建物に近寄った。
戸に吊るされた筵は、容易に蹴破れそうであるが、堅固な鉄の扉に匹敵する雰囲気を感じた。
ここは、猫神の神域内である。
ゆえに、それぞれ独特な居を構えていようと、扉なり戸なりが開くまで、その神気をうかがい知ることはできない。
意を決した湊は戸を叩く。ポスポスと気の抜けるような音がした。
「こんにちは」
声をかけると、静かに戸が開いた。前髪が逆立つほどの神気が押し寄せてくる。が、耐えた。
いったいどんな神なのか。
好奇心に駆られた湊は上ばかりを見ていた。ゆえに足元からひょっこり顔を出した存在に気づけなかった。
「湊。下だ、下」
後方からのトリカの声に、湊は慌てて視線を落とし、目をかっぴらいた。




