表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆光源氏計画観察計画  作者: λμ
ショタの暗黒面
12/22

藤堂陽菜の受けた被害

 みきり、みきり、とペットボトルが不快な圧壊音をたてていた。

 陽菜の飲みかけミネラルウォーターのペットボトルがへこみ、ペダルの奥行きが深くなっていく。足の長さも感覚と違うため、不自然さは極まっている。

 優紀は敏感なアクセルワークに冷や汗を流しつつ、車を走らせていた。


 地獄のドライブである。

 駐車場を出てから、何度、さっさと家に帰れよバカヤロウ、と思っただろうか。

 ただの直線道路である。必要な操作はアクセルコントロールとブレーキを踏むだけでしかない。しかし、その程度のことすら恐ろしかった。


 ブレーキのコントロールが小便をチビるほどに難しい。せめてペットボトルじゃなく固さのあるアルミ缶だったら、と思ってしまう。

 あるいは、せめて地球環境最優先で作られた潰れやすいペットでなければ。

 たとえば無駄にデカくて固い、青とかオレンジとかの色をした意味不明な炭酸飲料のものであったなら。

 そう思わずにはいられなかった。

 優紀の張りつめた神経を逆なでするかのように、連絡端末が入電を告げた。


「は、ハナちゃん、お願い。俺、余裕、ない」

「ユウくんはとにかく前をみて。気を抜かない」

「了解」


 陽菜はグローブボックスを開け、端末を開いた。


「ジムの名簿に登録されている十歳程度の少年は、四十四名」

「四十四!? どんだけこの街の少年は筋トレ好きなんだよ!」

「ユウくん集中!」


 まるっきり母親の小言そのものだった。郷愁にも似た思いが頭を過る。

 ふいに心の奥底から湧き出てくる義母かあさんに電話すっかな感。

 優紀は、僅かながらに緊張がほぐれるのを感じた。

 陽菜は端末を操作し、言葉を続ける。


「いま写真と照合して――出た! 斉藤晶さいとうあきらくん。十一歳。えっと、これでどうすれば?」


 なんでくんづけだよ、という言葉を飲みこみ答える。


「それを観察部に報告。ここ最近の動向で不審な点はないか、探ってもらって」

「了解です。他にできることありますか?」

「あとは俺たちを尾行してた連中の方。車、尾行されてるか分かる?」

「そういえばありましたね。でも私、尾行されてるかどうかなんて、分かりません」


 優紀は小さく舌打ちし、目線をあげた。

 バックミラーは見当違いの方向を向いている。サイドミラーを後方監視に使う余裕もない。

 鼻で息をつき、陽菜に告げる。


「バックミラー弄って後ろ確認して。今の俺ね、バックミラー使えないのよ」

「……それ、大丈夫なんですか?」

「全然大丈夫じゃない。行くのがジムにしろ自宅にしろ、追突コワイ」

「……じゃ、じゃあ、私が代わりに後ろ、見ますね」

「よろしく」


 陽菜の声は心なしか震えている気がする。横目で見れば血の気も引いている。いま自分が置かれている状況がどれほど危険なのか把握してしまったらしい。

 しかし、もう遅いのだ。すでに一蓮托生なのである。


「それと、もう一個、いいかな?」

「な、なんですか?」

「この車ね、助手席にエアバッグついてないの。その端末ついてるから」

「えっ」

「でも安心して。多分、運転席のエアバッグも機能しないから。身長合わないしさ」

「えっ」 


 車内を重たい沈黙が満たした。

 前方の信号が赤色に光っている。前の車との車間距離がよく分からないまま、優紀はブレーキペットボトルを踏んだ。

 中途半端にやわこい緑茶のペットボトルが、ぺこぺこん、と沈黙を破った。


「お、降ります! 私、降りますから!」

「させるかっ!」


 信号が変わったのいいことに、優紀はすでにアクセルペットボトルを踏んでいた。

 

「いやです! 死にたくないです! ムチウチもやです! 降ろしてぇぇ!」

 陽菜の悲痛な叫びも空しく、車は加速を始めていた。

 

 二人を乗せたキャンディブルーな車は観測点に戻ってきた。車中では優紀と陽菜が滝のような汗を流し、息を荒くしている。恐怖に打ち勝ち生還した。

 原点に。

 帰ってきたのだ。


 言い換えれば渋沢瞳は、

 少年を、自宅に連れ込んだのである。

 この事象が意味するところは、計画者がいよいよ少年に魔の手を――もとい、逆光源氏計画を発動させようとしている、ということだ。


「急ごう、ハナちゃん。見逃したらコトだ」

「見逃す? 見逃すってなんですか?」

「観察だよ。観察。逆光源氏計画観察計画って言ったろう? 逆光源氏計画を実行に移すところを観察するのが(独)国立人口増加研究開発機構の最重要業務なの。だから観察部が花形部署なんだよ」


 陽菜は嫌そうに口の両端をさげた。


「いやな花形ですね。ラフレシアの形をしてそうです。ハエとかたかってそうです」

「花形ってそういう意味じゃねぇよ。とにかく、行くぞ」

「やっぱり、なんかちょっと、嫌だなぁ」

 

 優紀は渋る陽菜を追い立てて、車から飛び降りた。


 ――車、文句いわれたらどうしようか。


 駐車場に斜めに停めた社用車を横目で見つつ、観測点の部屋を目指す。

 少年の姿のままでは後ろを見通すことができず、後進バックが困難だったのである。下手したら管理人がすっ飛んでくるかもしれない。


 優紀は、どうか何もいわれませんようにと願いつつ、陽菜が開けた観測点の部屋の扉に滑り込んだ。急ぎ椅子に飛び乗り、ゲゼワの接眼レンズを覗きこむ。

 少年はすでに渋沢瞳の部屋に入っていた。

 だが、コトはまだ何も始まっていないらしい。


「っぶねぇぇぇぇ」


 背中に張りついていた焦燥感が霧散していく。

 ここしばらく予想外の事象が頻発している。一昨日の事件にしてもそうだ。まさか先輩がやられるとは思ってもいなかった。そして後輩ができるとも。

 ハナちゃんが落ち着いたら、休暇をもらおう。

 どうせ果たされない儚い望みだろうが、優紀はそう思わずにいられなかった。


「ユウくん、どう?」


 冷静極まる陽菜の声がした。子供の足で必死に階段をのぼるのを置いてった薄情者である。だが車の一件ではよくやった。チャラにしてやってもいい。


「大丈夫、間に合ったよ。見てみるか?」

「お断り、といきたいところですけど、仕事ですもんね」

「そうそう、仕事だよ。仕事」


 優紀はゲゼワの録画・送信機能をスタートさせて椅子から飛び降りた。

 さっそく陽菜がゲゼワに張りつき、ふひ、とか奇妙な歓声をあげだす。


「……ムッツリタイプめ」


 優紀は小声で悪態をついた

 急に陽菜が振りむいた。ジト目だ。


「なにか言った? セクハラユウくん?」

「ナニモイッテマセン」


 聞こえていたらしい。


 ――地獄耳め。地獄耳のムッツリハナちゃんめ。てか、ナチュラルにタメ語かよ。


 今度は、胸の裡だけに留めておく。

 優紀は台所に足を向け、背伸びをして換気扇のスイッチを入れた。生活に関わるものは、なにもかもが大きい。


 ひとつため息をつき、ポケットからタバコを一本抜き取りくわえる。まだ夜間交代要員がくるまでには数時間かかる。人手が足りなければ夜通し観察する羽目になるかもしれない。優紀はまだしも、陽菜にとってはキツいだろう。


 他にも考えなければいけないことが多すぎる。

 まずは早いところ元の躰に戻る方法が知りたい。マニュアルは何百ページとある割に役立たずだし、モールで見つけた尾行者もわからないまま。積み重なるのは問題ばかりで、肯定的ポジティブな要素が存在しない。

 優紀は旧型のジッポー型即時変身装置を取りだして、火を灯した。


 ――この状態で変身したらどうなるんだろ。


 手の中で揺れる火を見て、素朴な疑問が湧いた。しかし直後には首を振り、やめておこうと思いなおしていた。

 ただでさえ得体の知れない道具である。わざわざ併用して、不確定要素を付け足す意味はない。大体、オーバーパワー気味な新型に旧型のパワーが純粋に加算されたりすれば、いままでのようにはすまないだろう。

 優紀は火をタバコの先端に移し、強く吸った。


 むせた。


 これ以上になく苦しく、苦く、まずい。笑えないほど激しく咳き込んだ。はじめてタバコの煙を肺に入れたとき以来の感覚である。

 まさか、と優紀は思った。

 まさか躰の構造自体が若返っているのか? だとしたら、この技術の方から先に全世界に発表すべきだろう。それこそ人口増加を促すのに最も手っ取り早い手段は、自然死の数を減らすことだろうに――。

 

 ……ということは、違うのか。

 息を整え、目じりに溜まった涙を拭う。

 優紀は細い煙を立ち昇らせる煙草を見つめた。もう一度試す気にはならず、長いままの煙草を携帯灰皿に押し込んだ。


 居間に戻ると、陽菜がゲゼワを熱心に覗きこんでいた。何が楽しいのか鼻息を荒くしている。もはやすっかり覗き魔――もとい、いっぱしの観察部員のようである。

 ふいに振り返った陽菜は、優紀の目を見つめて動きを止めた。小さな鼻が、ひくひくと動く。臭いを嗅いでいるらしい。眉が、にゅにゅっと寄った。


「どした?」

「ちょっとそのまま。動かないで」


 命令口調である。

 俺は犬じゃねぇぞ、と思いつつ、優紀は腕を組んだ。

 陽菜はすんすんと鼻を鳴らしながら優紀に接近し、急に抱きついた。


 結果として優紀は、陽菜の控えめながらやわこい双丘の狭間に顔を埋めることになった。唐突に訪れた柔らかな感触に喜びよりもむしろ恐怖を先に感じた。しかしそれも、微かに漂う香水とも石鹸とも違う仄かな香りに押し流される。

 ほんの数秒の間に、恐怖は妙な安心感へと姿を変えた。

 陽菜の吸気に合わせて、すぅ、と胸が膨らむ。頭の上から、冷たい声が聞こえた。


「ユウくん、タバコ吸ったでしょ」

「へ?」


 優紀はこじるようにして胸の谷間から顔をだし、陽菜を見上げた。

 いつものジト目、というより、怒れるおねーさんがこちらを見ていた。


「タバコはダメって、言ったよね?」


 怒っている。間違いなく、怒っている。


「聞いてる? ユウくん、タバコはダメって言ったの、忘れちゃった?」


 優紀は首を左右に振ろうとし、状況に気付いて赤面した。それをやるのは成人男子としてどうなんだと理性が囁いている。しかし胸に押しつけられている現状、発生はは不可能で――いや、違う。


 仕方がないのだと、言い訳しようとしている、自分がいるのだ。

 おそらくは、柔らかな感触を楽しむために。

 気づいた瞬間、優紀は火が入ったかのように躰が熱くなるのを感じた。 

 背伸びをして逃れがたい束縛から脱出する。


「は、ハナちゃん。抱きつくのは、どうかと思うよ」


 ついでに抗議の意を込め睨んでおく。ジト目に対する返答である。

 優紀には、これで気づいた陽菜は奇声を発してさがるはず、という公算があった。

 しかし、


「ユウくん。ごめんなさいは?」

 

 ものの見事に予想は外れた。

 泣きたい。しかしここで泣いたら、完全におねーさんに怒られたボクの図、になってしまう。

 優紀はめげずに言葉をつづけた。


「あの、忘れてないか? 俺、これでも今年で二十歳なんだけど?」

「ユ・ウ・く・ん?」


 陽菜は、優紀の言い分など聞く耳をもたないようだった。少年時代に義母に怒られた時もそうだったが、説教中に取れる選択肢など、子にありはしないのだ。

 優紀は腹に一物を抱えたまま、謝罪を口にしていた。


「ゴメンナサイ」

「はい、よろしい」


 陽菜は満足げにそういって、優紀の頭を開放した。すぐに差しだされた手の平の意味は分からない。まるで飼い犬に、お手、とでもいうかのように、水平に突きだされている。


「えーっと、なに? この手は」

「タバコとライター、出しなさい」

「いや、タバコはともかく、ライターの方は装備品で――」

「どうして言い訳ばっかりするの! ユウくんは!」

 ――まるっきり母さんじゃんよ。


 ツッコミを想い描くも言葉にならない。陽菜には有無を言わせぬ迫力がある。例えるのなら、いつもは怒らないおねぇさんが怒っちゃった系である。

 優紀はとりあえず、陽菜の手に自分の手を重ねた。少年魂が疼いてしまったのだ。


「違うでしょ!?」


 手を振り払った陽菜は、優紀のぶかぶかデニムのポケットをまさぐった。


「お、おい! ちょっ、なにすんの!?」

「これは没収です!」


 引き抜かれた陽菜の手には、旧型の即時変身装置とタバコが握られている。


「ええぇ!?」

「ダメでしょ!? こんなものを持ち歩いているから、煙草を吸っちゃうの!」

「そ、そんな殺生な」


 そう言って優紀はそっぽをむいた。

 タバコもライターも、あとで買えばいいだけだ。

 そう思った瞬間だった。


「買えばいいと思ったでしょう」

「えっ」

「一人じゃ買えないからね? いまは」

「えっ」


 優紀は思いだした。いや、思いださせられた。

 変身が解けるまでは、優紀はただの推定十歳程度の少年である。コンビニに顔をだそうが、スーパーに行こうが、新たな火種を入手する手段はない。仮に身分証の提示をしたところで、下手すれば親の身分証を持ちだしたと思われるだけだろう。

 優紀は上目遣いで陽菜を見上げた。


「あ、あのぉ、ハナちゃん? いや、陽菜さん?」

「ダメ!」


 まるっきり機嫌が悪いときの母親である。


「そ、そこをなんとか! タバコは俺に精神安定剤みたいなもんなんだって!」

「絶対に、ダメ! おねぇちゃん怒るよ!?」

 ――おねぇちゃん?


 優紀は陽菜の発言に違和感を禁じえなかった。おねぇさんとボク作戦中であるならともかく、いまは渋沢瞳の観察中だ。立場が逆転しているではないか。

 勢いまかせでたまたまそう言っているのなら、腹立たしくとも許容範囲だ。

 しかし、これが無意識的なものだとしたら――。

 なにかが、おかしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ