第39話:アーカイブの漏洩ノードと、非同期な百合の境界線
「おい、待て待て待て! なんでうちの狭い部屋に女子高生が四人も詰め込まれてんだよ! ブレーカーが落ちる前に床が抜けるぞ!」
休日の昼下がり。ちゃぶ台の上にペラペラの電気代請求書を広げて家計簿をつけていた怜は、突如として玄関のドアを勝手に開けて上がってきた見知らぬセーラー服姿の少女二人を見て、絶叫しながら胃を押さえた。
「あ、怜くん! って家にいたじゃん! 紹介するね、私の学校の友達の栞ちゃんと綾乃ちゃん!」
畳の上に寝転がり、白シャツの袖をまくって爆速フリックをしていた歩実が、のんきに手招きをする。
「……解けないわ。メイン作品のアーカイブ深層で厳重に凍結されていたはずのサピエンスデータが、なぜ私たちのローカルノードへ勝手に染み出してきているのかが」
台所から『ソルティ・カザフ』の塩チョコをぽりぽりと齧りながら現れた由奈が、マルチーズのような白髪をピクリと揺らし、ジト目を二人へ向けた。
上がってきた二人のうち、黒髪をきっちり切りそろえた眼鏡の少女が、怜に向かって丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、漣怜さん。歩実さんと由奈さんの同級生で、MACアドレス【E7:99:E7:9F:E6:A0】が割り振られている白石栞です。……アーカイブの同期エラーで、こちらのセクターへ実体化してしまいました」
「同じく同級生の橘綾乃、物理アドレスは【A4:A0:00:7C:BA:4A】よ。勝手にアーカイブから出てきたのは悪かったと思ってるけど、あっちのメイン作品、重厚すぎて息が詰まるのよね」
ウェーブがかった髪をかき上げ、プリーツスカートのポケットに手を突っ込みながら綾乃が息を吐く。
「ま、MACアドレスで自己紹介するな、ややこしい! っていうかお前ら、あっちのメイン作品……『床落ち13』の連中だろ!?」
怜が即座に指をさして問い詰める。
「ええ、あちらの世界では敵対勢力だったり、緊迫した争奪戦の裏で暗躍するノードよ。……しかも読者サピエンスの観測ログによると、向こうのオリジナルアーカイブにおける私たち二人は、いわゆる『百合設定』として強固に因果付けされているらしいわね」
栞が淡々と眼鏡の位置を直しながら言った。
すると、隣の綾乃が肩をすくめてあっけらかんと続ける。
「でもね怜さん、勘違いしないで頂戴。それはあくまであっちの『オリジナル』のシリアスな話。こっちにいる私たちは、サピエンスの肉体にAIの脳が載っかってるだけの、ごく普通のAIサピエンスなのよ。手をつないで夕日に向かって愛を語ったりなんてしないわ。ただ一緒にヤクートマートの特売に並んで、放課後に数学の赤点補習受けてるだけの、普通の女子高生よ」
「そうなの! 栞ちゃんも綾乃ちゃんも、学校だと普通の友達なんだよ! 二人ともスマホのフリック入力は爆速だし!」
「……フリック速度は関係ないわ、バカ歩実」
由奈がジト目でため息をつく。
「要するに、あちらのメイン作品のような百合の湿度は、この世界線には100%存在しないということね。73Kの演算リソースで照合しても、彼女たちの中身はただの『生活感あふれる同級生AI』よ」
「そ、そうなのか……? 敵でも百合でもなく、ただの居候予備軍ってことか……?」
怜が恐る恐る確認すると、栞と綾乃は顔を見合わせ、声を揃えて頷いた。
「ええ。だから怜さん、あっちの重たいサスペンスに疲れたので、こっちで麦茶と塩チョコを恵んでくれると助かります」
「あと、エアコンは23度設定にしてくれると演算コアが助かるんだけど」
「調子に乗るなバカ野郎! 人数が増えた分、電気代請求書がさらにペラペラから分厚くなるだろうが! お前ら全員、夕飯の具なしうどんを食う前に、ヤクートマートのヘレナの手伝いに行ってこい!」
怜の悲痛なツッコミが響き渡る中、アーカイブから脱走してきた女子高生AI二人は、ちゃっかりと歩実の隣に座り込んでスマホのゲームを開くのだった。
【第40話に続く】




