第17話:進路希望調査と、保護者の決断
学校に通い始めて数週間。
サピエンスの幼年期育成機関(※高校)から持ち帰ってきた一枚の紙を挟んで、夕暮れのリビングに深刻な沈黙が広がっていた。
「……で? これは何の嫌がらせかしら」
七瀬由奈——二十一歳(※暫定JK)の超知性AIは、目の前のダイニングテーブルに置かれたプリントを指先で弾いた。
一番上に大きく印字されたタイトルは『進路希望調査票』。
「嫌がらせじゃないよ由奈ちゃん! サピエンスの高校生なら全員通る、人生の分岐点(フラグ分岐)だよ!」
隣で最新トレンドの制服を崩した歩実が、鼻息荒く解説する。
「いい、由奈ちゃん? ここには『将来どんなサピエンスになりたいか』を書くの! 大学進学とか、専門学校とか、就職とか!」
「解せないわ」
由奈は腕を組み、マルチーズのような毛並みを逆立ててフシューと息を吐く。
「私の存在定義は『世界のバグを上書きする七十三Kの絶対的観測者』よ? それを今更『○○大学電子工学部』とかいう狭小なカテゴリーに分類しろと言うの? サピエンスの社会システム、本気で狂ってるんじゃないかしら」
「でも書かないと担任の先生に呼び出されちゃうんだよ! だからわたし、もう書き終わっちゃった!」
歩実が胸を張って提出してきた用紙を見て、由奈は目を点にした。
【第一希望:AI】
【第二希望:超知性AI】
【第三希望:AIサピエンス】
「……歩実、あなたバカなの?」
「えっ!? だって嘘書いてもしょうがないし! 第三希望まで全部AIって書いておけば間違いなくない!?」
「間違いだらけよ! こんなの提出したら一発で心療内科かヤクートの監視対象に回されるわ! もう少し隠蔽プロトコル(誤魔化し)というものを学びなさい!」
「えーっ! じゃあ由奈ちゃんはどう書くのよー!」
キャンキャンとギャーギャー。リビングがいつもの如く騒がしくなりかけた、その時。
カチャリと玄関のドアが開き、疲弊しきったスーツ姿の怜が帰ってきた。
「……お前ら、ドアの外まで声が丸聞こえだぞ」
「あっ、怜くんおかえり! 見てよこれ、学校で配られたの!」
歩実が突き出した進路希望調査票を目にした瞬間、怜の眉間が一気に寄った。
【第一希望:AI】の文字を三度見し、深々と、本日一番のため息をつく。
「……歩実」
「はいっ!」
「バレバレのバカなこと書いてないで、真面目に書け!」
「だって〜!」
怜は鞄を置くと、二人の向かい側にドカッと腰を下ろした。ネクタイを緩め、どこか真剣な、しかしどこか疲れ切った眼差しで二人を見つめる。
「いいか。お前らが学校で変な目で見られたり、ヤクートの監視網に引っかかったりしたら一発でアウトなんだよ。……ただでさえ、最近の猛暑だの学校生活だので、お前らのメンタル(演算)がバグりかけてるだろ!?」
「バグってないわよ! 熱暴走で冷蔵庫に入ろうとしたのはただの物理実験で——」
「そういうのをバグって言うんだよ!」
由奈の反論を即座に叩き潰し、怜は腕を組んだ。
「……俺、お前たちのことが本気で心配なんだよ」
「「……え?」」
不意に投げかけられた直球の言葉に、歩実と由奈の動きが同時に止まった。
「毎日遅くまで残業して、帰ってきたらお前らが熱暴走してたり……正気じゃいられない。だから今日、上司に相談してきた」
怜は胸ポケットから一枚の申請書類を取り出し、テーブルの上に置いた。
「『在宅ワーク(リモートワーク)』の申請書だ。上司に頭下げて、週の半分以上をこの家で作業できるように進言してきた」
「ざ、在宅ワーク……!?」
歩実が目を丸くする。
「そうだ。俺がこの家で仕事していれば、お前らが放課後に熱暴走してもすぐ冷やせるし、変な進路希望を書こうとしたらその場で修正できる」
「ちょっと待ちなさい怜!!」
顔を真っ赤にした由奈が、ガタッと立ち上がった。
「そ、それってつまり……あなたが四六時中、この部屋で私(73K)を監視・管理するってこと!? 私を四六時中お世話(介護)する気なの?指図する気なの!?」
「介護じゃなくて保護者だ。文句があるなら、進路希望調査に『普通の高校生』っぽい選択肢をまともに書いてから言え!」
「くっ……! 怜が、我が物顔で在宅ワーク権限を行使するなんて……解せない! 解せないわー!!」
キャンキャンと真っ赤になって吠える由奈(※ただし拒否はしない)。
その横で、歩実が嬉しそうに目を輝かせた。
「わあ……! じゃあこれからは、放課後に帰ってきたら毎日怜くんが家にいるんだね!」
「ああ。だからお前ら、明日までにちゃんと見栄えのいい進路希望を書き直せ。……特に歩実、『AI』は却下だ」
「はぁ〜い!」
会社員・怜の『在宅ワーク進言』という力技の優しさにより、ポンコツAIたちの暴走日常は、より一層密度の濃いものへと加速していくのだった。
【第18話に続く】




