第16話 『執念』
それから更に数日が過ぎたある日の昼。
一行は開けた街道を歩いていた。
ライラはニナの頭を撫で、ニナは満足そうに撫でられながら鼻歌を歌う。
フォエはニナの頭の上に乗りながら、ぼんやりと景色を眺めて欠伸をし、サウルはいつも通り先頭を歩く。
なんて事はない、いつも通りの穏やかな昼。
それを満喫していた時だった。
街道の両脇の茂みから突然、武装した男達が飛び出してきたのだ。
それは野盗だった。
数は十人程で、全員が手に、錆びた剣や棍棒を握っている。
正規の訓練を受けた風には見えない。
恐らく、元傭兵が雇い主を失って野盗になった、良くある類の奴であろうと、サウルは思った。
「こんな所を女連れで歩くたあ、随分といい身分じゃねえか!」
先頭の大柄な男が、下卑た笑みを浮かべた。
恐らく頭目だろう。
「おうおう、久し振りに良い獲物が掛かったなあ!」
「ぎゃはは! しかも上玉が二人もいるぜ! 今日はツイてんなあ、おい!」
野盗達はげらげらと笑った。
「なあ兄ちゃん。荷物と金は全部置いてけ。そんでよ……」
頭目は舌なめずりをしながらライラとニナに視線を向けて言う。
「その女達は俺達が可愛がってやるからよお。特にそこの姉ちゃん、上玉じゃねえか。へへ、たっぷり楽しませてもらうぜぇ! 股ぐらかっぴらいてよお!」
「お頭、抜け駆けはなしですぜ!」
「うるせえ、俺が最初に決まってんだろうが!」
野盗達は下品な笑い声を上げ続ける。
ライラは悍ましさを堪えながらニナを自身の背後に隠す。
フォエもニナの頭から降り、姿を巨大な狼に変える。
「今時、盗賊なんて儲からないのにね。時代は労働で稼いだ金を全て投資に回す方が余っ程いいよ。頭が悪い人間は、いつの時代もいるものだ。哀れだ」
そう告げたフォエの声は野盗達には聞こえていないし、その姿も見えていない。
「そう言えばフォエ、あなたって契約してない人間には見えないのよね?」
「そうだね、その理解で合っている」
「じゃあ触れはするの? 使徒とか神成りは貴方の事が見えてたし触れてたみたいだけど、契約してない人間は?」
「つまり、彼らの攻撃が私に通るかどうか、そういう事だね。なら答えは簡単だ。場合による」
「はぁ?」
「要するにだ。私が攻撃する時は、私は実体化するからこの世界に存在する。だから見えなくても攻撃を貰う可能性はある。逆に、攻撃をしなければ私は実体化していないから、契約者と使徒にしかどうにか出来ないのさ。ちなみにだけど、防御も攻撃の内だから」
「な、なるほど……」
分かったような分からないような、少しだけ哲学的な回答をされてライラは困惑する。
そして、ライラのその姿を見ていた野盗の一人が、笑いながら叫んだ。
「おい、女! さっきから誰と喋ってるんだよ! ビビってキチゲエにでもなっちまったか!」
「「「ぎゃははははっ!!」」」
野盗達は一斉に腹を抱えて笑う。
傍から見ればどう考えても、何もいない空間と会話をしているライラなので、野盗達の反応は正しい。
だが――
「あ……?」
気が付けばサウルは静かに前に出ていた。
彼は何も言わず、ただ左腰の剣に手を掛けて野盗を睨んでいる。
「何だ、てめえ。やる気か? 剣以外は随分とボロいな、おい!」
頭目がサウルを嘲笑うと、彼の部下達も便乗する。
「おいおい、見ろよ。この兄ちゃん、たった一人で俺達とやり合うつもりだぜ!」
「ぎゃはははは! 身の程知らずってのは、こういう奴の事を言うんだなあ!」
「てめえら! この男をぶっ殺して女だけ残せ! 今日は祭りよ!!」
その号令で、野盗達が一斉にサウルへ襲いかかる。
しかし、次の瞬間には全てが終わっていた。
サウルの剣が数回だけ閃く。
ただ、それだけだった。
それだけで、先頭の野盗の胴が両断されていた。
次の野盗は首を刎ねられ、その次は袈裟懸けに斬り裂かれる。
野盗達には何が起きたのか、理解する暇も猶予も与えられなかった。
数秒の後、アレだけ騒がしかった場は死体が大多数を占め、喋れる者の方が少なくなる。
立っているのはもう、サウルと頭目と弓持ちの野盗だけだった。
生き残った数名は悲鳴を上げてその場から逃げ出す。
「ひ、ひぃ! 化物だ!」
「逃げろ! 逃げ――」
しかし、サウルはそれを許さなかった。
彼は逃げる野盗を追った。
崖の縁まで追い詰め、首を掴み、無造作に蹴り落とす。
野盗の悲鳴が崖の下へと遠ざかっていく。
一人、また一人。
サウルは逃げる野盗を、一人残らず崖から突き落とした。
その動きには一切の躊躇が無い。
ライラはその光景に戦慄する。
サウルの余りの容赦のなさ、逃げる者すら見逃さない冷徹さ。
これが、サウルのもう一つの顔だった。
そうして残ったのは、頭目だけだった。
頭目はサウルの戦いを見て、完全に腰を抜かしていた。
彼にはもう戦うだけの戦意は残っていない。
「ひ、ひぃ……。ば、化物……。な、何なんだよ、てめえ……」
頭目は後退りする。
しかしその時、頭目の目がライラを捉えた。
彼は最後の悪あがきとばかりに、ライラへ突進する。
「こっちに来るんじゃねえぞ! この女がどうなっても――」
頭目の手がライラに届く、その瞬間。
サウルの纏う空気が変わる。
それまでの淡々とした冷徹さとは違う、もっと深くて、もっと暗い。
底知れない何かが、サウルの心の奥底から噴き出していた。
次の瞬間、サウルは頭目の腕を掴んでいた。
ライラに触れる寸前で。
「が――!?」
サウルはそのまま頭目の腕を握り潰した。
骨の砕ける音が響き、頭目が悲鳴を上げる。
しかしサウルは止まらなかった。
サウルは頭目を地面に叩きつけ、その顔を殴った。
一発、二発、三発と、凄まじい力で殴り付けられ、次第に頭目の顔が潰れていく。
「ぎ、ぎゃあ! や、やめ……!」
彼は情けなく小便を漏らしながら命乞いをする。
「た、頼む! 助けてくれ! もうしねえ! 二度と人なんか襲わねえ! だから……!」
サウルは頭目の言葉を無視し、無言で彼を殴り続けた。
頭目の顔は、もはや原形を留めておらず、血が飛び散り歯が砕けていた。
殴られる度に身体がビクリと跳ねるが、それはただの反射に過ぎない。
意識どころか命すら既に無いだろう。
ライラはその光景を見て止めようとした。
けれど、声が出なかった。
サウルの背中から噴き出す、底知れない殺気にただ圧倒されていたからだ。
サウルは最後に一度だけ、低く呟いた。
「――」
その声はライラには聞き取れなかった。
そして、サウルは頭目に止めと言わんばかりの、渾身の拳を放つ。
それを境に、頭目の身体はもう、完全に動かなくなっていた。
――――
戦いが終わり、サウルはゆっくりと立ち上がった。
彼の手も外套も、返り血で汚れている。
彼は剣に付いた血を振り払い、鞘に納めた。
「……」
ライラはサウルを見ていた。
たった今、目にしたあの苛烈さ。
あの底知れない殺気。
それが、ライラの脳裏に焼き付いていた。
何故、サウルはあそこまでしたのか。
逃げる野盗を崖から突き落とす冷徹さは、まだ分かる。
しかし、頭目へのあの執拗な苛烈さは、一体どこから来ていたのか。
ライラにはそれが理解できなかった。
「サウル……」
ライラは彼の名を呼んだ。
サウルは彼女の声に反応して振り返る。
その表情は既に、いつものサウルに戻っていた。
淡々とした寡黙で、不器用な優しさを持つサウルに。
「どうして、あそこまで……」
ライラは訊いた。
しかし、サウルは何も答えなかった。
ただライラを一度見つめ、それから低く言った。
「行くぞ」
それだけだった。
サウルは背を向け、歩き始める。
ライラは、その背中を追うしかなかった。
二人が歩き出したのを確認すると、いつの間にやらニナの顔に張り付いていたフォエが、その身体をニナから離した。
「もう大丈夫だよ、ニナ」
「ぷはぁ! フォエ! なんで目を隠したの?」
「ふふ。子供には、見なくて良い物もあるのさ」
フォエは軽く答えた。
ニナは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は問わなかった。
一方ライラは、サウルの背中を見つめていた。
返り血に汚れた、その背中。
あの苛烈さの理由をライラは知らない。
しかし、一つだけ分かる事があった。
サウルは、自分に手を出そうとした者に対して尋常ではない。
ハッキリ言って異常、否、ソレすらも生温い。
壊れていると言っていい程の執念を感じさせる。
まるで、それが決して許せない事のように。
まるで、過去に何かあったかのように。
しかし何故か、サウルのその苛烈さが。
ライラの胸の奥を、温かくも、とても切なくもさせるのだった。




