表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の骸のオラトリオ  作者: 須江野モノ
第一章 『契りの春』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/22

第16話 『執念』

 それから更に数日が過ぎたある日の昼。


 一行は開けた街道を歩いていた。


 ライラはニナの頭を撫で、ニナは満足そうに撫でられながら鼻歌を歌う。

 フォエはニナの頭の上に乗りながら、ぼんやりと景色を眺めて欠伸をし、サウルはいつも通り先頭を歩く。


 なんて事はない、いつも通りの穏やかな昼。


 それを満喫していた時だった。


 街道の両脇の茂みから突然、武装した男達が飛び出してきたのだ。


 それは野盗だった。


 数は十人程で、全員が手に、錆びた剣や棍棒を握っている。

 正規の訓練を受けた風には見えない。

 恐らく、元傭兵が雇い主を失って野盗になった、良くある類の奴であろうと、サウルは思った。


「こんな所を女連れで歩くたあ、随分といい身分じゃねえか!」


 先頭の大柄な男が、下卑た笑みを浮かべた。

 恐らく頭目だろう。


「おうおう、久し振りに良い獲物が掛かったなあ!」


「ぎゃはは! しかも上玉が二人もいるぜ! 今日はツイてんなあ、おい!」


 野盗達はげらげらと笑った。


「なあ兄ちゃん。荷物と金は全部置いてけ。そんでよ……」


 頭目は舌なめずりをしながらライラとニナに視線を向けて言う。


「その女達は俺達が可愛がってやるからよお。特にそこの姉ちゃん、上玉じゃねえか。へへ、たっぷり楽しませてもらうぜぇ! 股ぐらかっぴらいてよお!」


「お頭、抜け駆けはなしですぜ!」


「うるせえ、俺が最初に決まってんだろうが!」


 野盗達は下品な笑い声を上げ続ける。


 ライラは悍ましさを堪えながらニナを自身の背後に隠す。

 フォエもニナの頭から降り、姿を巨大な狼に変える。


「今時、盗賊なんて儲からないのにね。時代は労働で稼いだ金を全て投資に回す方が余っ程いいよ。頭が悪い人間は、いつの時代もいるものだ。哀れだ」


 そう告げたフォエの声は野盗達には聞こえていないし、その姿も見えていない。


「そう言えばフォエ、あなたって契約してない人間には見えないのよね?」


「そうだね、その理解で合っている」


「じゃあ触れはするの? 使徒とか神成りは貴方の事が見えてたし触れてたみたいだけど、契約してない人間は?」


「つまり、彼らの攻撃が私に通るかどうか、そういう事だね。なら答えは簡単だ。場合による」


「はぁ?」


「要するにだ。私が攻撃する時は、私は実体化するからこの世界に存在する。だから見えなくても攻撃を貰う可能性はある。逆に、攻撃をしなければ私は実体化していないから、契約者と使徒にしかどうにか出来ないのさ。ちなみにだけど、防御も攻撃の内だから」


「な、なるほど……」


 分かったような分からないような、少しだけ哲学的な回答をされてライラは困惑する。

 そして、ライラのその姿を見ていた野盗の一人が、笑いながら叫んだ。


「おい、女! さっきから誰と喋ってるんだよ! ビビってキチゲエにでもなっちまったか!」


「「「ぎゃははははっ!!」」」


 野盗達は一斉に腹を抱えて笑う。

 傍から見ればどう考えても、何もいない空間と会話をしているライラなので、野盗達の反応は正しい。


 だが――


「あ……?」


 気が付けばサウルは静かに前に出ていた。

 彼は何も言わず、ただ左腰の剣に手を掛けて野盗を睨んでいる。


「何だ、てめえ。やる気か? 剣以外は随分とボロいな、おい!」


 頭目がサウルを嘲笑うと、彼の部下達も便乗する。


「おいおい、見ろよ。この兄ちゃん、たった一人で俺達とやり合うつもりだぜ!」


「ぎゃはははは! 身の程知らずってのは、こういう奴の事を言うんだなあ!」


「てめえら! この男をぶっ殺して女だけ残せ! 今日は祭りよ!!」


 その号令で、野盗達が一斉にサウルへ襲いかかる。


 しかし、次の瞬間には全てが終わっていた。


 サウルの剣が数回だけ閃く。

 ただ、それだけだった。


 それだけで、先頭の野盗の胴が両断されていた。


 次の野盗は首を刎ねられ、その次は袈裟懸けに斬り裂かれる。

 野盗達には何が起きたのか、理解する暇も猶予も与えられなかった。


 数秒の後、アレだけ騒がしかった場は死体が大多数を占め、喋れる者の方が少なくなる。


 立っているのはもう、サウルと頭目と弓持ちの野盗だけだった。


 生き残った数名は悲鳴を上げてその場から逃げ出す。


「ひ、ひぃ! 化物だ!」


「逃げろ! 逃げ――」


 しかし、サウルはそれを許さなかった。


 彼は逃げる野盗を追った。

 崖の縁まで追い詰め、首を掴み、無造作に蹴り落とす。

 野盗の悲鳴が崖の下へと遠ざかっていく。


 一人、また一人。

 サウルは逃げる野盗を、一人残らず崖から突き落とした。


 その動きには一切の躊躇が無い。


 ライラはその光景に戦慄する。


 サウルの余りの容赦のなさ、逃げる者すら見逃さない冷徹さ。


 これが、サウルのもう一つの顔だった。


 そうして残ったのは、頭目だけだった。


 頭目はサウルの戦いを見て、完全に腰を抜かしていた。

 彼にはもう戦うだけの戦意は残っていない。


「ひ、ひぃ……。ば、化物……。な、何なんだよ、てめえ……」


 頭目は後退りする。


 しかしその時、頭目の目がライラを捉えた。

 彼は最後の悪あがきとばかりに、ライラへ突進する。


「こっちに来るんじゃねえぞ! この女がどうなっても――」


 頭目の手がライラに届く、その瞬間。


 サウルの纏う空気が変わる。

 それまでの淡々とした冷徹さとは違う、もっと深くて、もっと暗い。

 底知れない何かが、サウルの心の奥底から噴き出していた。


 次の瞬間、サウルは頭目の腕を掴んでいた。

 ライラに触れる寸前で。


「が――!?」


 サウルはそのまま頭目の腕を握り潰した。


 骨の砕ける音が響き、頭目が悲鳴を上げる。


 しかしサウルは止まらなかった。


 サウルは頭目を地面に叩きつけ、その顔を殴った。


 一発、二発、三発と、凄まじい力で殴り付けられ、次第に頭目の顔が潰れていく。


「ぎ、ぎゃあ! や、やめ……!」


 彼は情けなく小便を漏らしながら命乞いをする。


「た、頼む! 助けてくれ! もうしねえ! 二度と人なんか襲わねえ! だから……!」


 サウルは頭目の言葉を無視し、無言で彼を殴り続けた。


 頭目の顔は、もはや原形を留めておらず、血が飛び散り歯が砕けていた。

 殴られる度に身体がビクリと跳ねるが、それはただの反射に過ぎない。

 意識どころか命すら既に無いだろう。


 ライラはその光景を見て止めようとした。


 けれど、声が出なかった。

 サウルの背中から噴き出す、底知れない殺気にただ圧倒されていたからだ。


 サウルは最後に一度だけ、低く呟いた。


「――」


 その声はライラには聞き取れなかった。

 そして、サウルは頭目に止めと言わんばかりの、渾身の拳を放つ。


 それを境に、頭目の身体はもう、完全に動かなくなっていた。



 ――――



 戦いが終わり、サウルはゆっくりと立ち上がった。


 彼の手も外套も、返り血で汚れている。

 彼は剣に付いた血を振り払い、鞘に納めた。


「……」


 ライラはサウルを見ていた。

 たった今、目にしたあの苛烈さ。


 あの底知れない殺気。

 それが、ライラの脳裏に焼き付いていた。


 何故、サウルはあそこまでしたのか。

 逃げる野盗を崖から突き落とす冷徹さは、まだ分かる。


 しかし、頭目へのあの執拗な苛烈さは、一体どこから来ていたのか。

 ライラにはそれが理解できなかった。


「サウル……」


 ライラは彼の名を呼んだ。


 サウルは彼女の声に反応して振り返る。

 その表情は既に、いつものサウルに戻っていた。


 淡々とした寡黙で、不器用な優しさを持つサウルに。


「どうして、あそこまで……」


 ライラは訊いた。


 しかし、サウルは何も答えなかった。

 ただライラを一度見つめ、それから低く言った。


「行くぞ」


 それだけだった。

 サウルは背を向け、歩き始める。

 ライラは、その背中を追うしかなかった。


 二人が歩き出したのを確認すると、いつの間にやらニナの顔に張り付いていたフォエが、その身体をニナから離した。


「もう大丈夫だよ、ニナ」


「ぷはぁ! フォエ! なんで目を隠したの?」


「ふふ。子供には、見なくて良い物もあるのさ」


 フォエは軽く答えた。

 ニナは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は問わなかった。


 一方ライラは、サウルの背中を見つめていた。


 返り血に汚れた、その背中。

 あの苛烈さの理由をライラは知らない。


 しかし、一つだけ分かる事があった。

 サウルは、自分に手を出そうとした者に対して尋常ではない。

 ハッキリ言って異常、否、ソレすらも生温い。


 壊れていると言っていい程の執念を感じさせる。


 まるで、それが決して許せない事のように。


 まるで、過去に何かあったかのように。


 しかし何故か、サウルのその苛烈さが。

 ライラの胸の奥を、温かくも、とても切なくもさせるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ