ep21 偽りの処女(おとめ)
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キラキラと天蓋から幾つもの大きなシャンデリアが輝くホールの真ん中で、ヨハン殿下に抱かれ、眩いスポットライトに照らされているような高揚感に満たされ、アタシはヨハン殿下と軽やかにワルツを踊った。
ヨハン殿下に右手と腰を取られて音楽に合わせクルクルと回り、シャンパンゴールドのシフォンの裾を翻して、世界の中心で気分はお姫様になったよう。
本当は、殿下が屋敷へとアタシを迎えに来た様子をオレリアに見せつけたかったのだけど、ホウエン公爵家へ招待されたらしく昨日から留守だった。
かなりの肩透かしを喰らって、アタシはガッカリしていた。
《アンタよりアタシの方が大切にされて居るのよ。》って、オレリアに見せびらかせて遣りたかったのに。
ヨハン殿下はオレリアの留守を知って「アレは逃げ出したか。」かって鼻先で笑っていたわ。
残念だけど流石に国王さまが列席する来週の建国祭には、アタシをエスコートすることが出来ないって、ヨハン殿下が言っていたもの。
母さん(やっぱりお母さまって呼び難いわ。)の話だと、今日までにもっとオレリアの悪い噂を社交界で広まっている予定だった言っていた。
義姉オレリアの友人たちの茶会へ付いて行こうとしても、執事長の指示で使用人たちに邪魔され後を追えないし、アタシや母さんがオレリアのスケジュールを訊ねても、淡々とした慇懃な口調で躱されるだけ。アタシには招待状なんて送られてこないし、母さんに来るのは下位貴族たちからの招待ばかりだと悔しそうに嘆いていた。アタシはラウル伯爵の娘だけど、母さんは平民出身だからアタシたちは貴族社会で歓迎されないらしい。(アタシが王子様と結婚したら、そんな扱いさせないわ。)
出来る所からと、母さんや殿下が招待してくれたお茶会で、義姉に虐げられていると匂わすように瞳を潤ませ訴えてみたけど、今一つ噂としては広がらない。
その場では、「可哀想ね。」と同情はされるのだけど。
何方かと言えば、ヨハン殿下との仲を興味深く尋ねられてばかり。
親身になってアタシを慰めてくれるのは、ヨハン殿下と殿下の側近である乳兄弟のヘルマン・カーベリア伯爵令息、ヨーゼフ・ドルッセン侯爵令息(我が家より家格が高い)、マルセル・ターシス伯爵令息の3人くらい。
別にオレリアから何かされたわけじゃないけど、アタシの存在を無視しているのが腹立たしいの。
夕食を共にするでは無し、屋敷が広いからアタシから彼女の部屋へ訪ねて行かないと、オレリアと顔を合わせる事って殆ど無かった。
唐突にアタシが部屋へと訪ねると、オレリアが眉根をくっと寄せて、不愉快そうに顔を歪めるのを見るのが気分が良い。
同じ屋敷に居るのに、オレリアは部屋を訪ねる前に連絡を寄こせとか何とか五月蠅かったけど、無視して室内を物色していると、いつの間にか諦めて何も言わなくなって、眉を顰めるだけになった。
初めて出会った時から、オレリアは苛立たしい存在だった。
可愛さや美しさは、明らかにアタシの方が上なのに、澄まして真っ直ぐに立つ姿や言葉遣い、そして仕草で、アタシや母さんとの違いを見せつけ、しっかりと線を引かれた様な気がした。言葉にしない拒絶で、酷く馬鹿にされたような気がした。
此れだって一種の虐めだよね。
だってお義父さまやお義兄さまは、アタシや母さんに夢中で、滅茶苦茶に甘くて優しいのだもの
だから、アタシは皆の前で目を潤ませて、ポロリとわざと失言してみる。
「お義姉さまにアタシが話し掛けても無視される。」
「お義姉さまから、いつもアタシが蔑まれている。」
「(お義姉さまの)招待状を隠されてしまう。」
「酷い言葉で罵られる。(ノックをしなさい等の注意だけど。)」
などなどある事ない事、アタシが声を震わせ告げると、周りが優しく慰めてくれるのだ。お陰で、義姉のオレリアを嫌っていたヨハン殿下との距離が一気に縮まったわ。
もっと悔しがるオレリアの顔を見たかったけど、中央のダンスホールを外れた場所に居たオレリアと目が合った瞬間、吃驚した表情をみれてので、僅かにアタシの留飲が下がった。
ヨハン殿下や側近のヘルマン、ヨーゼフ、マルセルと踊った後、もう一度ヨハン殿下と踊っていると、人目に付かないようにすごすごと、オレリアたちが華やかな夜会の会場からアタシに負けて逃げ出して行くのが見えた。
そのことをアタシはヨハン殿下に耳打ちして、互いに声を殺して笑い合った。
少し離れた場所では、母さんが凛々しくて大人っぽい王太子さまと、しっとりと身体を寄せ合い踊っていた。
「ねえ、ジャンヌ。そろそろ‥‥‥‥‥。」
「ええ、そうね。ヨハン殿下。」
その言葉を合図のように、曲が終わってからアタシたちは、ヨハン殿下が用意していた部屋へと向かった。
今回、ヨハン殿下に星渡り祭の夜会へエスコートして貰った代償が、最後の一線を超えること。
より強くアタシへと夢中になって貰う為に、今まではペッティングまでしか許していなかった。
でも、今年の夏の初めにアタシにも、月の印がきて、女になった。
母さんがニッコリとして「これでヨハン殿下の子供を身籠れば、ジャンヌは王子さまともしかしたら結婚出来るかもしれないわね。」と謳うように楽し気に囁いた。
エトから届けられた処女に見せる為の小道具を準備して来たし、これからがアタシの本番になる。
ヨハン殿下の為にアタシは偽りの処女になるのだ。
と言うのは、母さんからの教え。
会場にあるカーテンで区切った王族の控えの間で、鬘を被り事務官たちが着るゆったりとしたグレーのローブを羽織り、変装してひっそりと通路に出て、ヨハン殿下たちと部屋へ向かい歩みを進める。一緒に来ていたアタシ付きの侍女は、既に用意された部屋で待って居るそうだ。
いけないことをしている様で、胸がドキドキしてきた。
そう言えば旧暦の年明け祭後に、母さんに内緒でエトの店へ行った時、「ジャニーは、ヨハン殿下が好きなのかい?」って、エトに訊かれた。
「まあ、好きかもね。」と、アタシがあっけらかんと答えると、エトはちょっと困ったような顔をして、肩を竦めティーポットからテーブルの上に置いたカップへ紅茶を静かにサーブして呉れた。
ヨハン殿下は、綺麗な顔をしているし。
義姉オレリアの婚約者だし。
ラダリア王国の第三王子だしね。
昨年のデビュタントで、豪奢な王族席に特別扱いで座るオレリアとヨハン殿下を見て、凄く興味が湧いた。
丁度ヨハン殿下も社交デビューの年で、オレリアとヨハン殿下は、二人主役のように国王陛下夫妻の後に、王太子夫妻と優雅に踊っていた。
アタシも中央で踊りたいって母さんに言うと、王族のパートナーしか特別扱いされないと答えられた。
それを聞い王子さまのパートナーになれば、アタシもオレリアのようにアソコへ行けるのだと思うと、滅茶苦茶ヨハン殿下が欲しくなった。
それに母さんの夫が侯爵さまなら、王子さまの方が身分が上だもの。
やっとアタシが母さんに勝てる相手を見つけたと思えて、嬉しかった。
ヨハン殿下もデビュタントの時、アタシを見て、一惚れだったと後で聞かされモノ。
同じ日に互いを好きになった運命的な恋人同士だと思うのよね。
エトは「ジャニーは、雑念が多過ぎだ。」って、鼻を鳴らして皮肉っぽく言うけど、いつもの軽口だと思って気にしないことにした。
アタシに取ってエトは父親みたいな人。
母さんの昔からの恋人でもあるらしい。
アタシにとってエトは、母さんより近しい人だったりする。
マカダミア侯爵家の町屋敷へと引っ越す12歳まで住んでいた貸し邸は、下位貴族の集合住宅や裕福な平民が住んでいた場所にあった。
侯爵邸と比べたら、とても小さくて狭い3階建ての屋敷。
7歳位までは3階の子供部屋に閉じ込められていて、乳母やメイドたちと過ごしていた。
其処へ週に1~2度、短時間だけどエトがお土産を持って遣って来て、幼いアタシの御機嫌取りをしていた。
乳母は、娼館へ身売りに来た貧しい元男爵家の夫人をエトが連れて来てくれたらしい。
「ジャニーは一応ラウル伯爵令嬢だから、身の回りの世話は女性の手でやらないとね。」
エトは、そう言ってアタシの周囲には、乳母と若いメイドを雇ってくれていた。7歳の祝福の儀を終えるまで、殆ど母さんと会った記憶がない。祝福の儀が終わると邸内を自由に動けるようになり、一気に世界が広がった気がした。
一階は、玄関から応接室、二つの大小の居間、晩餐室などになって居て、二階に続く階段がある。
2階は主寝室に母さんとアタシの部屋。
そして4つのゲストルーム。3階は、元子供部屋とメイドたちの部屋。半地下には小姓や下男たちの部屋が或る。
新たに作られた煉瓦壁で仕切られた隣りにある大きな貸し屋敷の別邸だったそうだ。
運河や水路に流れる潺、行き交う船舟が走る水音、掛け合う声の喧噪と窓から見える景色や日常の音が、今でも懐かしい思い出だ。
天上に星々の河が瞬き、地上の川には係留した舟に魔石の灯火が灯され、日頃は暗い王都の宵闇がオレンジ色の灯りで満ちる。
そして遥か東に見える王宮も此の日ばかりは、オレンジ色に華やかにライトアップされ、アタシを招いているように見えた。
その王宮に、今、アタシは居る。
きっと王子妃になって、この王宮の住人になってみせる。
そうすれば、オレリアにも母さんにも、アタシが勝ったことになるわよね。
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