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ep20 よろめく王太子






私ユストゥス・ファン・ラダリアは、煌びやかなパーティー会場の中、弟である第三王子のヨハン・ファン・ラダリアに苛立っていた。


 父の13世国王陛下から、ヨハンがとんでもないことを仕出かす恐れがあるが、粛々と夜会を乗り切って見せよと、私は申しつけらていた。


 王族の立ち位置にヨハンは、婚約者ではないひときわ目立つ可愛らしい少女をパートナーとして連れて来ていた。


 近くには、日頃このような夜会には顔を出さないホウエン公爵と夫人、そして私の側近である次期ホウエン小公爵が居て、私を見ながら皮肉気に口の端を挙げていた。その後ろで隠れるようにヨハンの婚約者であるオレリア嬢が、薄い藤色のドレスを品よく纏い、公爵夫妻に合わせて、私たち夫婦に臣下の礼を取った。


 弟の仕出かしに申し訳ない気持ちになり、軽く顎を下げ、オレリア嬢に頷いて見せた。


 そして明日は、自分がホウエン親子から弟のことで、揶揄われることを覚悟した。


 苛立ちで感情が表に出ることを隠す為、弟たち一団を無視し、私はホウエン公爵へと話し掛けた。妻の王妃も戸惑いを飲み込み艶やかな笑顔で挨拶に訪れた人々に答えている。


 7回目になる此の夜会は、私が王太子となった時に、派閥や家門を超えた若い世代の交流を促進する為、企画したものだ。


 建国200年を過ぎたラダリア王国は、家門内での結びつきが強くなり過ぎて、王家が他国との婚姻同盟を深めているのに、他国に対して排他的な貴族が増えている。特に南の隣国フローラル王国に対しての嫌悪感が強く成って居る気がする。貴族たちのこういう空気は好ましくない。



 まあしかし、ラダリア王家とフローラル王家との婚姻が、初代フルーヴ国王の時、交わされたのみだったのも、その一因か。

 それと言うのも初代フルーブ国王とラダリア8世国王との密約があったせいなのだが、フローラル王国側からヨハンとの婚姻を打診されたので、現フルーブ4世には引き継がれていないようだと、父は訝しんでいた。その内容は、未だ私には開示されていないが。



 ある程度、主だった家格の貴族たちからの挨拶を受けていると、マカダミア侯爵が夫人を伴って挨拶に来た。



 「マカダミア侯爵は、中々に目を引く娘を引き取られた様だな。」

 (常識を知らな過ぎだ。保護者なら確りと手綱を握って於け。)


 「あはは。ジャンヌは、妻に似て美しく愛らしいので、目を惹いてしまうのは致し方ないことでしょう。自慢の娘であります、王太子殿下。」



 私は、嫌味の全く通じないマカダミア侯爵にギョっとし、呆れ返った。



 「紹介が遅くなりました。妻のジョアンナです。デビュタント以来ですから、王太子殿下とは、2度目のご挨拶になりましょう。」



 マカダミア侯爵は、私の咎めるような視線を気にすることなく、蕩けるような目をマカダミア侯爵夫人に向け、私たち王族が立つ深い橙色の糸と金糸で織られた絨毯の手前へと招いた。



 「ラダリアの輝ける星、ユストゥス・ファン・ラダリア王太子殿下に拝謁の名誉を賜り感謝いたします。ベオルフが妻、ジョアンナ・マカダミアでございます。」

 「ああ、、、。」



 耳朶を打つ甘い響きに誘われるように、ジョアンナ夫人を見やり、私はその美しさに息を飲み、言葉を失った。


 初めて挨拶を受けたデビュタントの時は、壇上で距離があった所為か気付かなかったが、マカダミア侯爵家に嫁いだ2年間で磨かれたのか、今まで見たことの無い容貌の麗しさに、私の目はジョアンナへと奪われてしまった。


 弟が連れていた少女が妖精だとしたら、ジョアンナ夫人は女神のような美しさを放っていた。


 そして華奢な躰に似合わない豊満な胸にも目が奪われ、自分の中に眠る本能をムラムラと刺激されてしまった。


 私への挨拶を終え、マカダミア侯爵夫妻が、弟のヨハンの元へと去って行く背中を目で追わずには居られなかった。妻である王妃の声掛けがなかったら、順番を待って居た貴族たちへの挨拶を忘れてしまう所だった。


 確かジョアンナ夫人は、私より4歳年上の29歳だった筈だが、華奢で儚げな見目の為、二十歳前後に見えた。


 

 (欲しい!)


 

 思わず漏れた心の呟きに、私は自分自身に驚いてしまった。



 これでも私は賢王の子孫として、祈りと鍛錬で己を律し、父や叔父、宰相たちに学び、尊敬する父を目指して正しく学んで来たと言う自負がある。それが、たった一度の邂逅で、此れ程に心が揺れてしまうとは──────。


 私はしっかりしなくてはと、微笑を作り直し、挨拶を受けながら、自分自身の理性を鼓舞した。


 私には2年前にオベリスク帝国から娶った王太子妃がいるではないか。


 そして彼女(ジョアンナ)は、既にマカダミア侯爵夫人だ。


 どう足掻いたとしても、あの吸い込まれそうなブルーダイヤモンドのような瞳へ私だけを映させたいと願ったとしても叶わないのに。


 叱り飛ばしたいと怒っていた弟のヨハンと変わらない愚かな欲望を自覚して、私は軽い眩暈を憶えた。





 目はジョアンナ夫人に惹きつけられ、心もそぞろに貴族たちの挨拶と王太子妃とのファーストダンスを終え、理性を奮い立たせ、家格順に貴婦人たちとも踊る。そしてマカダミア侯爵の腕からやっと離れたジョアンナの柔らかな手を取り、私は歓喜に溢れてステップを踏む。


 自分の胸元へと、藍色のドレスを纏い、黄金の髪を結上げたジョアンナを引き寄せ、その身体に触れる喜びで、胸の奥が熱くなる。



 「やっと貴女の手を取り、踊れました。」

 「光栄ですわ。王太子殿下。娘のジャンヌもヨハン殿下と踊れましたし、母娘揃って、最高の栄誉を賜った夜ですわ。アタクシの一生の思い出になりますわ。」

 「‥‥‥‥‥思い出にして欲しくない。」

 「えっ?」

 「私が、おかしな事を言って居るのは理解している。だが、‥‥‥‥‥こんな気持ちは初めてで。いや、うん。後日連絡を送るので、また会って欲しい。マカダミア侯爵夫人、お願いだ。」

 「ふふ。王太子殿下なのですから命令為されば宜しいのに。うふふ、可笑しな方。ええ、お待ち申しております。」




 ジョアンナの甘く濃密な香りが私の鼻孔から全身を包み、私の頭の中は、彼女のことでいっぱいになり何も考えられなくなった。


 そしてふわりと妖艶な笑みを浮かべて、ダンスを終えた私の腕からサッと離れ、また儚げ風情で夫であるマカダミア侯爵の元へとジョアンナは去って行った。



 この時の私は、もうヨハンへの苛立ちや会場を立ち去ったオレリア嬢のことなどを完全に忘れ、美しく甘やかなジョアンナへの想いに囚われていた。








    ◇──────────────────◇


 

《※傍観するとある某伯爵令息》







 珍しくマカダミア侯爵が、溺愛と噂の美貌の細君を連れて、星渡り祭の夜会へと訪れていた。


 それよりも四半刻前、第三王子のヨハン殿下が婚約者以外の令嬢をエスコートして入場していた騒ぎの方が大きかったが。

 何も王太子殿下が主催した夜会で、あんな騒動を起こさなくとも。


 今夜から社交界では、この話がホットニュースとして知れ渡るだろう。


 婚約者のオレリア嬢も災難だな。


 ザワザワと交わされる噂話で、ヨハン殿下がエスコートした令嬢は、マカダミア侯爵と再婚したジョアンナ夫人の連れ子のジャンヌ嬢らしい。実の父親は、亡くなったラウル前伯爵だそうだ。


 今は、マカダミア侯爵の養女になり、オレリア嬢の義妹にあたるとか。


 確かに容姿は可憐で際立っているし、オレリア嬢より義妹のジャンヌ嬢の方が遥かに美しいけれども。侯爵令嬢としてのプライドが、地の底まで叩き落されたって感じだよ。婚約者であるヨハン殿下の手によって。


 遅れて入場して来たマカダミア侯爵夫妻が揃って、2人にこやかなのもオレリア嬢を余計痛々しく見せている。


 そして比較的フラットな夜会に参加しないホウエン公爵家の面々も揃って、何故かオレリア嬢をガッツリガードされている。


 なんだなんだ。


 今夜一晩で、向こう数カ月は噂で飯ウマ状態にしてるって、一体何が起きてるんだ?



 しかし、健気に微笑んでいるオレリア嬢は、報われないな。


 マカダミア侯爵は、最初の妻であるモルガーナ夫人との夫婦関係は最悪。外部で噂になる程ヤバイってどんだけだよと思わなくもない。

 ヨハン殿下と婚約したと思ったら、その年の終わりに母親であるモルガーナ夫人は事故死。でもって婚約者であるヨハン殿下からは、嫌われていたという噂だ。


 そして今夜のオレリア嬢へのこの仕打ちは、ヨハン殿下と身内からの悪意以外ないだろうな。救いとなるのは、ラダリア王国に二つしかない公爵家であるホウエン公爵の家族が守っている事か。マカダミア侯爵家だけなら兎も角、ホウエン公爵家を敵に回そうと思える奴等など居ないだろうから、オレリア嬢をあからさまに口撃されることは無いだろう。


 しかし婚約者以外をパートナーにした不文律破り───普通なら、マカダミア侯爵家から婚約破棄して慰謝料を!ってなる所なんだが、浮気相手がマカダミア侯爵家の養女。しかも相手は、第三王子で王族だ。


 やっぱりこれからどうなるかと言う噂の渦中に、オレリア嬢は放り込まれるのか。なんか、不憫だなあ。



 おっと、ダンスが始まり、叔母が知り合いの令嬢を連れて来たみたいだ。


 何処の御令嬢なのだろう。

 星渡り祭の夜会を王太子殿下が主催なさるように成って、家門以外の令嬢と知り合える機会が増えて嬉しい限り。

 俺のような下っ端伯爵家の3男なんて碌な紹介も無かったから有難い。


 話が合うといいな。

 さて、と、叔母たちと御令嬢の元へ行きますか。





※  ※  ※




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