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ep19 エト、惚れた弱み

後書き追加【薬師エトのとある一日】・2026年1月24日




 俺は、幼馴染で恋人のヨンナ(ジョアンナ)から届けられた手紙を読み終えると、調薬の為、焚き放しにしている竈門の火に放り込み、彼女の手紙を燃やした。


 《エトへ  娘のジャンヌが星渡り祭のパーティーで殿下からエスコートされるのよ。凄いでしょ?流石エトの子よね。‥‥‥‥‥》 



 そんな出だしで始まった得意げなヨンナの手紙を思い出し、俺は大きく溜息を吐いた。



 (相変わらず、ヨンナ(ジョアンナ)ジャニー(ジャンヌ)は、お馬鹿だな。)



 出会った頃から精神的な成長のないヨンナを想い、俺は苦い笑いを浮かべた。





 


 ワーグナー領地にあるエウロペ館で、ジョアンナと出会ったのは、俺エト・ワーグナーが13歳でジョアンナが10歳の頃だった。


 俺の養父であったオズワルド様は、趣味で胡散臭い薬の研究をし、性欲を幼い少女たちへと開放する困ったド変態だった。それが彼に許されるのは、ラダリア王国北部の栄えた港と紙の保護液が採れるニルスの木々の群生林があった為、そのお陰でワーグナー領が豊かであったからだ。


 ラダリア王国最北の港のように、北のデルマルク王国や東のプロメシア王国との国境に隣していない為、騎士団を抱えているが活気のある比較的長閑な領地でもあった。


 主にオベリスク帝国や南方のエスタール帝国、アトラス大陸中央の神聖ロベリア教皇国、東方の国々からの商船で賑わっていた。流石に南西の王都近郊にある巨大なアムス河口の港には劣るが。



 金と暇を持て余し、変態のオズ(オズワルド)はイカレた侭で、ユリウス教徒の神の御許へと旅立った。アーメン。


 しかしヨンナは、そんなイカレたオズを純粋に崇拝していた。


 オズの死期が近い事をジャニーを身籠っていた彼女に告げた時、軽いパニックを起こした後、ゴッソリとヨンナの表情が抜け落ちてしまった。



 (───ヤバイな。

 ここまでオズに心酔していたのか───。)


 ガラス玉のような空虚なヨンナの碧色の瞳を見て、当時18歳だった俺の胸は、掻き毟る程の痛みを覚えた。



 俺からすれば、ヨンナたちはオズから手酷い扱いをされていただけの被害者に見えていたのに。


 幼い頃から、エウロペ館と呼ばれた綺麗な檻に閉じ込められ、オズの意を酌む使用人達に好き勝手に調教されたオズの抱き人形。あの当時、数人いたオズの抱き人形をオズから見せられて、その中でも飛び切り美しくて純粋な瞳をしていたヨンナに俺は妙に惹かれてしまった。


 媚薬の研究をしていたオズは、俺の反応を知りたがり、俺が気に入ったヨンナを抱かせた。


 媚薬自体の効果は微妙だったが、好みの少女たちを抱かせて貰える好機を俺が逃す筈も無く、オズの視線は鬱陶しかったが、気持ち良く愉しませて貰った。その内に肌が合うヨンナだけと閨を共にするようになった。


 本当にヨンナは純粋な馬鹿で、俺に気に入られようとはせずに、オズをどれ程好きなのかを俺の耳元で密かに囁いた。


 他の少女たちは、オズから息子だと紹介された俺に言い寄ってくるのにね。


 邪さが微塵も無い。


 その吹っ切れ具合が楽しくて、オズに俺の相手は「ヨンナだけで良い」と告げたら、エウロペ館に居た数人の少女たちは、王都の娼館や港から他国へ売られていった。


 思えばその頃から、オズの体調が悪かったのかも知れないと思った。何しろオズは、 病の床から起き上がれなくなる前に、甥への継承やら親族への財産分与やらを済ませて、後の憂いを片付けていた人だったから。



 俺の祖父や父、母の一団は、東方の付属海の港街から攫われてきた流浪の民で、先代のワーグナー侯爵に物珍しさで買われて、領主館敷地の一角に居住させられていた。


 どうやらこの国の人間には、俺たちの容姿が堪らなく好ましく見えるそうだ。


 先代侯爵、詰りはオズの父親は、祖母たちの麗しい姿を見て、アホな夢を見てしまったのだ。流浪の民の踊り子で二匹目の寵妃を作りたいとか思い付いたみたいだ。5代前の賢王の寵妃を再び自分の手でとかな。

 ホントに有閑貴族って、はた迷惑だ。

 それとも、ワーグナー侯爵領地の港で、荷揚げされた祖父たちが不幸だっただけなのか。もしくは東方の地で住む場所を失い、流浪の民となった俺たちの祖先が不幸だったのか。当然だけど俺たちは、西方ユリウス教徒ではない。西方の地で、奴隷とするには持ってこいの存在でも或る。


 でもって先代ワーグナー侯爵は、祖母たちの面倒を見ている内に、木乃伊取りが木乃伊になる。


 祖父や父の男二人に、祖母や母、他の3人の女性に夢中になり、殊に祖母をお気に召したそうだ。祖母を筆頭に5人の女性を美しく着飾らせて、ご満悦だったらしい。寵妃計画は何処に?本来は30人規模で国々を巡り、踊りや音楽を奏で、占いなどをしながら日銭を稼いで旅をしていたそうなのだが、東方の南にある帝国が内戦状態に成った為、船主にバラバラにされて売られたそうな。

祖父と父は、楽器も弾ける一座の薬師として携わっていたと言う話だ。


 広い敷地内にある森に小屋を与えられ、領主である先代侯爵が、社交シーズンで王都に居る間は、祖母や母たちが其処へ帰って来ていた。



 そんな森にオズが現れて、好奇心で祖父や父から薬作りを学んだ。意志疎通をスムーズにする為、オズは祖父や父にラダリア語を教えた。元々祖父は、典礼言語のランテ語を習っていた為に、教えられれば理解が早かったようだ。

 洗礼も受けていない(西方では人に非ず)俺たちみたいな人間から学んだり、言語を教えたりするオズは、酔狂な人間だったのだろう。


 どういう訳か俺を気に入り、領地の教会で7歳の時洗礼を受けさせ、その後、ワーグナー家の特例養子となった。(※特例養子※各家の秘匿する技能を引き継ぐ為の職人を囲い込むための特殊な養子。貴族と見做されないので騎士学校を免除される。)



 平民の場合は7歳で近くの教会で洗礼を受け、神父に名を記されて、その教会で住民台帳に登録される。主に徴税とか賦役とか、徴募とかされる。

 貴族の場合は、誕生時に司祭により洗礼、そして7歳のソラリス祭に祝福の儀が行われ、貴族の一員と認知される。



 こうしてラダリア王国の民となっていくのだ。


 しかし現在、俺以外の流浪の民三十数名は、相変わらず森の中で、ワーグナー家の男たちに囲われているだけなのだ。流浪の民の男たちは、森や敷地内の下男として無給で働いている。


 俺は16歳で、オズが倒れる前、共に王都へ出て行った時、彼らの子供たちをラダリア王国民にしたいと考えて居た。


 仮初であるが、俺も西方のユリウス教徒であり、ワーグナーの姓も与えられているのだから、教会に連れて行き洗礼を受けさせることが出来ると。


 そのことをオズに告げると、面白くない話を聴いたと言うように、闇を灯したような藍眼を細め、整えられた青灰色の眉を顰めた。



 「そんなことをするより孤児院に置いてきた方が、簡単だし確実だよ、エト。それに彼らがそれを望むとは思えない。私の父が亡くなった後、誰も森を出て行こうとしなかったからね。」



 オズに、そう言われた時は、そんな馬鹿なと思っていたが、その会話を交わしてから既に15年以上経つが、幾ばくかの銀貨を小屋に置いていても、誰もワーグナー領主館の広大な敷地から出てはいない。



 「エトは変わり種なんだよ。」


 どこか得意げに呟くオズの声を思い出した。


 そんな変わり種の俺が、ヨンナに望むのは、感情の抜け落ちたあの表情を二度とさせない事だったりする。


 若い頃は、ユリウス教一色のラダリア王国に風穴の1つでも開けて遣ろうと動いて見たこともあったが、俺一匹が動いても如何にも成らない程、ガッツリ社会の中でシステムとして根付いていた。

 よく考えて見れば(考えなくても)王に成るにも皇帝に成るにも、最終的にロベリア教皇と枢機卿たちの承認が無ければ、王位が正式に継承されないモノな。


 そんなモノに行き当たって、俺の目標はヨンナの心の隙間を埋める命令を与え続けるコトになった。


 幼少期の教育と婚家での碌でも無い扱いで、人道的なことなんかはヨンナには無理だしな。おまけにゾッとする程綺麗で儚げな容姿なのに、ビックリするくらいに短絡的で感情的だし、およそ計画的な犯罪には向かないタイプ。

 悲しいかな娘のジャニーに対しては、愛情何て微塵もないし。


 今は、貴族令嬢として正しく生きてきたオレリアを貶めて苦しめることに、生き甲斐を感じているみたで、娘のジャニーと活き活きしているようだ。


 俺にマカダミア侯爵家に来て、自分の従者に成って欲しいと言う伝言もあったが、真っ当な紹介も無しに訪問は無理だろう。

 当主の許可があっても町屋敷の人事は、先代のマカダミア前侯爵にあるようだし、俺が従者になってもヨンナの望む通りには出来ないのがオチ。


 せめてマカダミア侯爵とヨンナの再婚時に、執事長と侍女長をこっちの手駒と入れ替えが出来て居たら、希望を叶えて遣れたのに。


 なかなか思うように潔癖なオレリアを玩具に出来ず、ヨンナが焦れて、雑で大胆な動きをし始めたようだ。


 なんでこんな歪なヨンアを可愛いと思っちまうのかね。

 娘のジャニー共々。


 ヨンナが望む事を何でも叶えて遣りたくなるのは、惚れた弱みかな。やっぱり。



 

 ヨンナが、心から求めて居るのが、今でもオズだとわかっていても。




※  ※  ※




【薬師エトのとある一日】



 今は亡きオズワルド・フォン・ワーグナー侯爵のヒット作である《養毛剤》をエトは作っていた。

 エトは店に運び込まれた塩漬けされた色とりどりの海藻の塩抜きをする為に、広い厨房の流し場で、雑に海藻に塗された精製されてない粗塩を木製の盥に放り込み、木桶の水を掛け入れる。


 水の魔石を使った水道の蛇口を捻れば、簡単に水が調達出来るのだが、飲み水でも無い事に使うのは勿体なくて、使用人に井戸から汲ませて来た水をエトは使っている。

 貴族街の外れにあるこの地区までは、水道が引かれ各建物の魔道具である水道に、水の魔石がセットされている。建物の持ち主は高価な水の魔石を購入し、水道を使うのだ。一定量の水を使用すると魔力が無くなり、新たな魔石と交換しなければならない。


 水の魔石は、教会か魔石屋で売られ、使用済みの魔石と交換するのだ。


 エトは、やる気なくザブザブと手荒く、木製の平盥の中で、海藻の粗塩をとる。


 ラダリア王国で人気の商品であるが、エトは作っている《養毛剤》の効能を全く信用していない。 師匠で養父だったオズワルドは、太鼓判を押していたが。


 「他所の薬師が売っている《毛生え薬》とは違うのだよ。私は頭部の新芽に肥料を与えて育てて居るのだからね。エト。」

 「オズは、なんで海藻が髪に良いと考えたのでしょうか?」

 「うーん。1つはワカメやヒジキって、漁で網に絡みつく様が髪の毛と似ているだろう?」


 オズワルドは、緩やかにウエーブを描く青灰銀色の髪へ長く整った指で梳きながら、目元を緩めてエトへと当然だと言わんばかりに答えた。


 「それに漁で増え過ぎた海藻が邪魔になると漁師ギルドから申し入れがあってね。海に捨てずに私の研究所まで持って来させたんだよ。そこでインスピレーションが湧いて、初めは《毛生え薬》を作っていたんだ。全く効き目が無かったが。しかし水洗いした海藻が傷み始めて、空き地に捨てさせ暫くすると雑草が茂り始めたんだ。それを見てコレだと気付き、《養毛剤》の研究を始めたんだ。」


 日頃、表情が余り動かないオズワルドが、「凄かろう?」と胸を張っているようにエトには、見えたので「凄いですね。」と称賛の言葉をオズワルドに告げた。

 飼い主の気配りは忘れないエトだった。


そんな胡散臭いオズワルドの説明を思い出しながら、銅製の大鍋に海藻を放り込み、レシピ通りの果汁や香草と薬草を加えて、竈門の小さな火に掛ける。


 そしてシトロン男爵からの注文を受けていた《勃起薬》作りの準備も始める。


 そう言えば、ジョアンナから《魅了香》追加を頼まれていたことをエトは思い出す。


 ジョアンナに作っている《魅了香》は、エトのオリジナルで、渡すのはジョアンナのみだ。後はエトの経営する娼館で使わせている《眠り香》と《夢幻香》がエトの自作だ。薬師ギルドには発表していない。


 祖父から口伝で教わった失われた古き故郷の言葉で祈りながらエトが調薬をすると、オズワルドの胡散臭い薬とは違い、素晴らしい効き目を見せるのだ。

 但し、祖父からは祈りの言葉を知られては為らないと言い聞かされていた。


 オズワルドが不老薬や媚薬作りに夢中になって居たのは、祖父が作った薬を体験したからかもしれない。


 エトは、「面倒臭い」とボヤキつつ、薬の素材の入った並んだ楠のキャビネットが並んだ部屋へと歩いて行った。






 エトは知らなかったが(当然、祖父も)、東方の南東部にあるビザン地方には、闇の精霊王の愛し子の末裔の住む谷底の村があった。

 その末裔に当たる祖父とエトは、調薬時に、闇魔法を唱え闇の精霊の力を借りながら、薬を作っていたのだ。


 ユリウス教の禁忌に触れる薬づくりを、今日もエトは無自覚に行っていた。


 

 

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