ep14 覚悟を決める
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「ふむ。リアの殺害を計画した奴は、リアが第三王子のヨハン殿下と婚約した理由を知らなかった貴族社会に疎い人間なのだろうね。手間暇は掛かっているのにな。」
「ええ、ホントに。絵図を描いた方の思惑が謎ですね。ジジ。」
そんな疑問を口にして、プラムジュースを飲みながら、取り敢えずジジと話しを一段落させた頃、叔父のアントニー・ピッツ子爵が訪れて、執事の案内で応接室へと勢い良く入って来た。
回帰前、叔父のアンソニーは、騎士学校卒業後に武官として海軍へと入り、マカダミア侯爵家が持つピッツ子爵領を継がなかった。
今回は、騎士学校卒業後、オベリスク帝国へ留学し2年間学んだ後、王宮で文官として勤め、暫くしてから祖父からピッツ子爵領を譲られ、婚姻した。それを知ったのが回帰した10歳の頃だった。あの頃は回帰して、未だ混乱が続いていた時期だったから、起きた物事への対処が甘かった。もしかしたら初めての王宮でのお茶会でハッキリとヨハン殿下を拒絶して居れば、彼と婚約せずに済んだのかなと思わないでもない。
文官をしていた割にがっしりとした叔父とジジは互いに初対面での挨拶をし、ジジは私の護衛をする為にマカダミア騎士団へ入団したことを話した。
叔父のアントニーは、父と似た銀髪で黄色味が強い翠眼をし、人の好い笑みを浮かべて、母の葬儀以来となる4年ぶりの再会を私と懐かしそうに喜び合った。
窓から差し込む明るい日差しを浴びて、私たちは軽く近況報告をしながら、ロザリーがサーブしてくれたオレンジの香りがする紅茶を口にしていた。
「しかしホウエン公爵令息は、格下である我がマカダミア騎士団へ入団して本当に宜しかったのですか?ホウエン家も当然騎士団があるわけで。」
「ええ、勿論。現在当主である父の許可は得ています。騎士学校には弟が未だいますしね。それと僕の主君はリアになるので、ピッツ卿も僕のことはジスランとお呼びください。」
「はあ。しかしオレリアを主にするとは物好きな。二大公爵家の1つホウエン公爵家の令息を侯爵家の娘の騎士にしたとなったら、噂雀たちが騒がしくなりそうですね。」
「そうですわね。アントニー叔父様。ジジ、本当に良いのでしょうか。」
「はい。リアも覚悟を決めてくださいね。これからの為に。」
ジジは、深く青い目を向けて、《生きて行こう》と念を押すかのように、強い眼差しで私を見詰めた。
そうね。
ジジは、私を助ける為に記憶や将来を犠牲にして時を戻してくれたのだもの。
今までは、私のプライドがあり、余り波風を立てたく無くて水面下で何とか死を回避しようと考えていた。でも今はジジが居てくれて、祖父や叔父、そして友人のミレイユが私を支えようとしてくれている。
それに如何考えても、私はヨハン殿下との婚姻なんて考えられない。
諦めていた一度目なら兎も角、婚約破棄され殺されたことを知った今回は、絶対に無理だ。
既に第三王子宮などでもヨハン殿下と義妹のジャンヌとの仲がポツポツと噂されている。
町屋敷のマカダミア侯爵邸では、執事長や侍女長が今まで通りに仕えていてくれているから、私が養女のジャンヌを虐めているなどと言う作り話が広がっていないし、一度目と違い、日中は王宮で行儀見習いをして屋敷を留守にしているから、ジャンヌが私が招待されているお茶会に付いて着ていない為、知人たちに取り入って下手な噂をバラ撒いてもいない。
ジョアンナの尻尾を掴んでから動こうと考えて居たけど、変な噂を仕込まれる前に動いた方が良さそうね。
丁度、来週の星渡り祭のエスコートを頼んだ叔父様がいらしている間に、私は覚悟を決めようかしら?
私は、意を決して仲良く談笑している叔父様とジジに声を掛けた。
「あ、あの。アントニー叔父様?王宮の方での噂をご存じ?」
「うーん。慣れない領主の仕事が忙しくて、王宮には、新年祭で年賀の挨拶をするくらいでしか顔を出さないからね。中央での噂には疎いんだよ。今回はオレリアのお願いの手紙と父のウィレムから、星渡り祭と建国祭へ出席しろとせっつかれて。序でにジスラン令息‥‥‥‥コホンっ。ジスランから丁寧な手紙が届けられたので、実に4年ぶりに此の町屋敷に来てみた。金髪の女狐母娘に会いたくなかったしね。まっ、そう言うわけで王宮や王都での噂に疎いのだよ。私は。」
「ジジは、当然今の所私の婚約者であるヨハン殿下とジャンヌの噂は、耳にしているのでしょう?」
「まあね。リアとの茶会は、今年に入って毎回ヨハン殿下がドタキャンしている代わりに、義妹のジャンヌと側近たちと王子宮で楽しまれているとか‥‥‥‥‥かな?」
「ふふ、そうね。でもそれは、今年に限った話ではなくてよ?昔から3回に1度の割合でヨハン殿下には急用が入って、顔合わせに席には、いらっしゃっていないもの。」
「まさかっ!いやオレリアとヨハン殿下との仲は上手く行っていないと父が私に話していたが‥‥兄上が、強引に養女にしたジャンヌとヨハン殿下が、そのような仲に?兄上は何をしていらっしゃるのか。」
「父は、気になさらないでしょうね。母に良く似た私のことを好いてらっしゃらないモノ。」
「しかしそれでは‥‥‥。」
「別に良いのです。それにヨハン殿下はジャンヌに心を寄せて居らっしゃるし。恐らくですが、今回の星渡り祭のエスコートをヨハン殿下は、ジャンヌになさりそうなのです。なので、叔父さまにエスコートをお願いしたのですわ。」
「だが、そんなことをなさればヨハン殿下にも醜聞が起き、マカダミア侯爵家も物笑いの種になるぞ。」
「恋は盲目と申しますし気になさらないのでは?それに父も家の醜聞より、後妻のジョアンナやジャンヌの機嫌の方が大切みたいですわ。」
「はあー、有り得ない。兄上は、能力は凡庸だと言われていたが侯爵としての矜持はある方だと思っていたが。父が懸念していた通り、やはり彼女の影響か。」
「それでですね、叔父さま。今まで私は、マカダミア侯爵家の名誉の為だと色々耐えて居ましたけど、もう我慢を止めることにしました。どの道、ヨハン殿下が星渡り祭でジャンヌをエスコートなさったら、社交界では上に下にと大騒ぎになりますでしょう。きっと父は、ジャンヌとジョアンナが望めば、その噂の鎮静化には動かないでしょうし。」
「「・・・・。」」
「ですので、星渡り祭でヨハン殿下がジャンヌをエスコートなさったら、私は婚約を解消して頂こうと思っていますの。これって正当な理由でしょ?」
そう。
回帰前は、酷い醜聞の中でも自分一人が耐えれば良いと必要最小限の社交だけして、嵐が過ぎるのを微笑んでただ待っていた。
ヨハン殿下と婚姻するまであと一年少しだと考えていた。
私が正妻で、ジャンヌが愛人として形に成れば、少なくとも不機嫌な父と兄の顔を見ずに済むし、騒がしい醜聞も少しは鎮静化すると、自分に言い聞かせていた。
あの頃の私は、頼る人が誰一人いないことを当たり前だと思っていたし、将来王族の末席に加わる自分が弱音を他人に零してはいけないと信じていた。
まあ、その挙句に殺されてしまい、死後までオレリア・マカダミアと言う存在は、ありもしない噂で貶められてしまったのだけど。
そんな悲惨な私の最期を許せなくて、ジジは私にもう一度やり直して、生き残るチャンスを与えてくれたのだ。そして此の時間では、ジジの人生をかけて私を守ってくれると誓ってくれた。祖父や叔父、親族達に申し訳ないけど、私が生き残る為にマカダミア侯爵家が醜聞に晒され嘲笑されることに耐えて貰おう。
私は背筋を正して、余りのことに沈黙してしまったアントニー叔父さまを目に力を籠め、改めて真っ直ぐに見た。
※ ※ ※
◇
「お母さまァ。ヨハンさまが星渡り祭のパーティーで、アタシをエスコートして下さるってェ。王家の馬車で、お義姉さまでなく、アタシを迎えに来てくださるのよ。凄いでしょう。」
義理の息子であるクラウスと抱き合っていた寝室に娘のジャンヌが勢いよく飛び込んで来た。互いに慣れたもので、ジャンヌはクラウスを気にせず、嬉しそうに話し続けている。
クラウスは、ベットの上でアタクシを抱え直して、左肩に顎を乗せ、微笑まし気にジャンヌの話を聴いていた。
鍛えられた肉体にソコソコ整った義息のクラウスは、20歳になった今でも尽きぬ欲望でアタクシやジャンヌに身を焦がして居る。娘より聞き分けが良い子なので、時間が許す限り可愛がってあげている。
夫のベオルフにしろ義息のクラウスにしろ、アタクシに夢中だものね。
ホント、エトの作った魅了香って効き目があるわね。
娘のジャンヌは、義姉になるオレリアの前で、彼女の婚約者であるヨハン殿下にエスコートされることが嬉しいらしく胸を張って夢見心地で話していた。
アタクシも澄ました顔を崩して歪めるオレリアを想うと、娘のジャンヌ同様に心が弾むわ。
夫のベオルフから話を聴かされていた所為か、恵まれ過ぎて高慢なオレリアの事は、会う前から嫌いだった。
そして実際に会い、気取った彼女の声や所作に益々嫌悪感が募った。娘のジャンヌにはオレリアのモノは全てがアナタのモノだと教えた。ジャンヌに何をされても取り澄ました態度を変えない姿が、益々アタクシの勘に触った。
ホントは、オレリアに傅いている使用人達を首にして、手足を奪って遣りたかったけど、執事長や侍女長は、夫が首に出来ない契約を結ばれていた。悔しい、、、。
そうだ。
婚約者から見捨てられたオレリアをエトに誘惑させてみようかしら。
美しいエトが優しくすれば、傷付いたオレリアをエトが夢中にさせて、手酷く捨てさせたらどうかしら。傷心したオレリアならエトは容易く操れそうだし。フフっ、エトの玩具に良いんじゃないかしら?
アタクシの従者として雇うなら、エトを此の屋敷へと招き入れれるわ。
エトが近くに居てくれる方が、アタクシも心強いし。
第三王子との仲も順調に進んでいると言う報告と一緒に、さっそくエトへと繋ぎを付けましょう。




