ep0 プロローグ
※念の為、R15
プロローグでヒロインが死にます。暴力シーンが苦手な方はブラバを。
ゆるふわ中世末期設定
※
嫌な胸騒ぎを抱えて、私は父の執務室に呼ばれ室内に入った。其処には、応接用の重厚な椅子に腰かけた婚約者の第三王子ヨハン・ファン・ラダリア殿下。 苦虫を嚙み潰したような厳めしい表情の父が正面の曲線が優美な長椅子に座し、そして、怯えたような様子の義妹ジャンヌが父べオルフの右隣に座り、兄クラウスは、義妹ジャンヌを支える様に左隣りで寄り添っていた。怯えた様子の小柄な義妹ジャンヌを守るように父子で挟み、私を睨みつけている。
「オレリア・マカダミア侯爵令嬢!冷酷な其方との婚約を破棄する。そして愛しいジャンヌと新たに婚約を結び直す。既にマカダミア侯爵の許可は得ている。」
唐突に父に呼ばれ、状況が飲み込めず、執務室の入り口で立ち尽くして居る私へヨハン殿下は、冷たい声で、そう告げた。
呆然とする私へ、婚約者と実父、実兄が口々に姦しく私の至らなさを並べ立てる。
──────養女であるジャンヌを虐げたこと。
──────婚約者で或る私の横領。
──────傲慢で贅沢な振る舞い。
どれも全く身に覚えのない事だった。余りのことに思わず反論しようと口を開けようとした時、頬に衝撃と痛みが走った。兄が立ち上がり私の頬を平手打ちしたのだった。その衝撃で身体のバランスを崩し傾ぐのを私は足を踏ん張り、何とか耐える。
「だが、僕が一番に許せないのは、醜い嫉妬でジャンヌに毒を盛った事だ!運よく僕が気付いたから良かったが、万が一ジャンヌが其方の用意した菓子を食べていたと思うと身が凍った。こんな恐ろしい女を妻などに迎えれるモノか!だが公にすれば、ジャンヌの義父や義兄まで迷惑を被る。」
「殿下のお心遣い痛み入ります。」
「オレリアは病気療養と言うことで領地にて蟄居させましょう。」
有り得ない。
この私。マカダミア侯爵家の長女であるオレリア・マカダミアが、平民上がりの娘、ジャンヌ如きに毒を盛るなど。
第一、私が此の屋敷で菓子を用意など出来る筈も無い。
抑々、このマカダミア侯爵家で、父や兄の許しなく私が自由に動かせるものなど、何一つありはしないのに。
父と兄、殿下の茶番に、驚愕で混乱していた私の頭は、徐々に冷えて行く。
そして兄に引き摺られるように私は執務室から出され、屋敷に詰めて居た騎士たちに馬車へと放り込まれ、王都の町屋敷から北西へ向かう街道を走り、暗闇の中、領地へと家門の無い質素な馬車で護送された。
あまりの手際の良さに、此れは計画されていた事なのだと私は馬車の中で思い至った。
殿下とは私が10歳の頃、王宮でのお茶会で知り合い、その後、王家からの打診を受け、11歳で婚約した。殿下は9歳だった。
ラダリア王国は、戦後の立て直し期だった為、南隣のフローラル王国王家の血脈である公女を母に持つ私がヨハン殿下との婚約が成った。
北海を臨み北と西に栄えた貿易港を持つとは言え、小国であるラダリア王国は、東にある休戦国のプロメシア王国を睨み、周辺の国々との婚姻外交を取らざるを得ない。
第一王子はオベリスク帝国の皇女との婚約が、第二王子は、ベネキア公国の大公女との婚約が、既に決まっている。
その為、殿下と私は、国内外のバランスを考えた政略的な婚姻なのだ。抑々、私はヨハン殿下に、恋愛感情など無い。なのにジャンヌの何を嫉妬しなければならないのか。その発想のありえなさに私は言葉を飲み込んでしまう。いったいヨハン殿下は、何を言って居るのだろう。私たちってそんな近しい仲でしたっけ?
だいたい11歳から王子妃教育で王宮へと通っていたが、月に一度のお茶会でお天気の話をする以外、2歳年下の殿下と話が弾んだ記憶もない。
未だ王妃殿下や王太后様との社交での話の方が、その頃社交デビュー前だった私には楽しめた。
ヨハン殿下も側近たちと過ごされる方が、充実為さって居た様に思う。
それに母と父の関係は、醒めた義務的なモノだったので、殿下との関係も、その様なモノだと考え苦痛を感じなかった。
そんな淡々とした私の穏やかな日常が変化したのは、私が12歳を過ぎた冬、母が流行病であっと言う間に死去されてからだ。
母の死から2年後に、父と再婚したジョアンナ・ラウル伯爵未亡人は、可憐で楚々とした金髪碧眼の美女だった。しかも華奢な躰に似合わない豊満な胸に細い括れは、父べオルフや兄クラウスを虜にした。(兄の義母への熱い眼差しは気持ち悪かった。)しかもジョアンナの連れ子のジャンヌは、母親によく似た容姿で幼気な様子は、目にする者たちの庇護欲を掻き立てた。
冷淡だと思っていた父が、ジョアンナとの再婚後、ジャンヌを直ぐさまマカダミア侯爵家の養女にした。
母と全く真逆なジョアンナとの再婚は、父へ嫌悪感を抱いたが、18歳に成れば16歳の殿下と婚姻し、マカダミア侯爵家から出て行く身であった為、私は気にしないことにした。
元々義母のジョアンナは、裕福な商人の娘であったが、領主だったラウル伯爵の目に留まり、3人目の後妻として、13歳でラウル伯爵夫人と成った女性だった。15歳で娘のジャンヌを出産し、暫くして夫のラウル伯爵が、持病の心臓の発作で亡くなり、未亡人となった。名目上、子爵家の養女としラウル伯爵家に嫁いだが、平民との再婚に反発していた親族達は、当主が亡くなり母娘を追い出した。しかし、ジョアンナの美貌は衰える事も無く、社交界では一部の紳士たちが彼女に群がり傅いた。その戦いを勝ち抜き彼女を得たのが、私の父べオルフ・フォン・マカダミア侯爵であった。
私が13歳のデビュタントを終え、社交に参加し始めると、喪も明けないのにジョアンナの取り巻きに父の姿があったと、嘲笑混りの笑顔で教えて呉れる親切な淑女達がいた。私は羞恥を押し殺し、彼女たちに微笑み返していた。
私の中に降り積もる父への嫌悪感は、此の頃から芽生えて居たのだろう。
元から偶に顔を合わせても、命令しかしない父には情の欠片もなかったが、その噂で、より一層の生理的な嫌悪感を抱いた。
4歳年上の兄は、銀髪翠眼の整った容姿で、父によく似ていた。
父や兄から可愛がられない私は、白金の髪に水色の瞳で、母に似た容姿だった。
「混りもの。」とボソリと冷たく呟く父に何も感じなくなったのは、いつ頃だろうか?
兄クラウスは、13歳で王立騎士学校に通い、卒業後直ぐに第二王子の側近として仕え始めた。父が再婚してジョアンナとジャンヌが町屋敷で暮らし始めるまで、兄と私は、余り顔を会わせる事がなかった。
私たちが繋がって居ると思えたのは、マカダミア侯爵家直系一族と言う矜持だけだった。(でも義母と義妹への腑抜けっぷりを見て、その矜持は私の思い込みだったと理解した。)
家族での朝食や夕食時に私は呼ばれる事も無く、明かり採りの中庭のガセポで、父と兄、ジョアンナとジャンヌの楽し気なお茶会は、ただ窓や通路から眺めるだけのもので、私には全く無縁のものだった。関わりたくもなかったが。
胃が悪くなる問題があるとすれば、義妹のジャンヌが私の部屋に突撃してきて、一方的にモノを強請って、ヒステリックに文句を言うことだった。当然私は不躾なジャンヌの態度を咎め、アクセサリーやドレスを渡すのを拒否した。すると父か兄から呼び出され、私が叱責されるのだ。
始めのうちは、父や兄に抵抗していたのだが、「口答えするな。」と問答無用で殴られるようになってからは、痛い想いをしたくなくて、ジャンヌが望む物は素直に差し出した。
流石に殿下から頂いたものは、王家から下賜された物だとして、ジャンヌの手に渡ることはなかったが。
その時「王家からのプレゼントは駄目だ。」と父から猫なで声で窘められたジャンヌは、俯き加減で丸く大きな碧の瞳を歪め、刺すような憎しみの籠った目で私を睨みつけた。
その頃に成ると幼い頃から私に付き従ってくれていた乳母や2人の侍女は父の命で首に成り、気が付けば中庭でのお茶会にお忍びで来た殿下が参加するように成って居た。
きっとジャンヌが、ヨハン殿下と会いたいと、父べオルフや兄クラウスに強請ったのだろう。
最近では、月に一度の王宮でのお茶会も殿下から放置され、すっぽかされてばかりだった。
既に13歳でデビュタントを済ませ、私も社交で多忙な日々を送っていたから、放置妻になる覚悟は、15歳の秋には既に出来ていた。
ラダリア王国では側妃制度はないので、父の後押しで私に許可させ、ジャンヌを殿下の公妾にするつもりなのだろうと思っていた。内外の政略的にジャンヌの血筋では王子妃として使えないと思ったのに。
それがまさかあんな見え透いた茶番をマカダミア侯爵家当主の父が自ら演じるなんて。
私は、マカダミア侯爵家にしては質素な馬車にガタゴトと揺られて、殿下やジャンヌを小物と放置を決め込み、手酷いしっぺ返しを食らっている現状に歯噛みした。
こうなる前に手を打って居れば。
侍女の1人も就けられずに、罪人の様に手荒く騎士たちに馬車へと放り込まれたことの悔しさで、私は下唇を噛み締めた。
馬車の御者から、領地へ向かう表街道に木々が散乱している為、迂回路に入ると知らされた。
領地に戻ったら、私を心配してくれていた友人に手紙を書こうと、ガタゴト激しく揺れる車内で考え付いた時、馬の嘶く声が聴こえ、馬車が大きく揺れた。
そして3人の護衛騎士たちの「襲撃だ!」と言う怒声と剣戟が、私の耳を襲った。
私は恐怖で身体が竦み、身動きが出来なくなった。そして断末魔と共に、馬車の扉を開けられ、無理矢理乱暴に外へと引き出された。転がされるように地面に落とされた。10人以上は居るだろう襲撃者の1人に地面に伏した私は薬を嗅がされ、意識を闇に手放した。
(全く最悪な一日ね。)
何処かの小屋で、私は襲撃して来た男たちに蹂躙された後、長い髪を乱雑に切られて──────そして縊り殺された。
「アンタよっぽど恨まれてんだな。《お人形なんて汚れて壊れちまえ》って、アンタに雇い主からの伝言だ。」
首を絞められ意識が薄れる中で、《お人形》と言う言葉で、私の尊厳と命を奪うように命じた相手が分かった。私を《お人形》と呼び嘲笑するのは、ジャンヌと母親のジョアンナの2人だ。──────悔しい。ギリギリと首が締り、苦痛で目の前が真っ赤に染まる。──────不意に、忘れていた銀髪紫眼の幼馴染ジリアンの笑顔が浮かんだ。
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ラダリア王国家名アラカルト
王族の家名の前には《ファン》が付く。(例)ヨハン・ファン・ラダリア
伯爵以上の家名の前には《フォン》 (例)ベオルフ・フォン・マカダミア
男爵以上は《ド》 (例)ルイ・ド・リッツ
ラダリア王国はユリウス教を国教としている。
婚姻は一夫一婦制
公妾
本来ラダリア国王のみ許されている婚姻制度。
王妃が許可を与えた妃のみ公妾として認められる。
子どもに王位継承権はなく、出産と同時に後見人の家に出される。
公妾には、終生年金を与えられる。




