ep1 始まりの朝
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──────再び意識を取り戻した私は、殿下との顔合わせの前日に戻って来た。
新鮮な空気を吸い込み過ぎて大いに咽たり、懐かしい専属侍女のロザリーの優しい顔を見てポロポロと涙を流したりと情緒不安定な一時を過ごし、夢にしてはあまりにも鮮明だった為、オレリアは、時が戻ったのだと思い込む事にした。
運の悪い事に襲撃を受けた後の記憶が恐怖と薬物の所為で、首を絞めた相手の顔と《お人形》と言われたことくらいしか覚えてない。
自分を騎馬で護衛していたマカダミア侯爵家の3人の騎士たちを殺した奴等の顔を憶えて居ないのは悔しい限りだ。一先ず、ジャンヌとジョアンナは許すまじと、オレリアは小さな両手を握りしめた。
(今が10歳で、明日は王宮でのお茶会。あんなお馬鹿な殿下の顔も見たくないし、間違っても婚約なんてしたくないわ。)
気分を落ち着かせたオレリアは、専属侍女のロザリーに手早く着替えを頼み、朝食を私室に用意して貰うことにした。
メイドたちが準備した朝食を食べ終え、温かなミルクティーを飲みながら、ヨハン殿下との婚約に付いて考え始めた。
明日のラダリア王宮で催される王妃殿下主催のお茶会は、今後、王都アムスで行われる成人前の子女たちの社交におけるメルクマールと見做されるモノなので、ドタキャンなど許されない。母親のモルガーナが、明日の為に張り切って用意したドレスを無駄にするなど予想だにしていないだろう。母のモルガーナが声を荒げる姿など見たことはないが、敢えて試したいとオレリアは思わなかった。
(それに‥‥‥‥‥)
自分とヨハン殿下との婚約は、内々に既に決まっているのだと、時を戻る前の状況を思い出す。
現在、貿易都市であるラダリア王国は、東の隣国プロメシア王国と8年前に休戦協定を結んでいる状態だ。
ラダリア王国の北と西に位置する北海で浮かぶフリージア諸島と海域の領有権を巡り、幾度となく争っていた。俗に100年戦争と呼ばれている単発的な戦いの発端は、フリージア諸島にだけ咲く奇跡の青薔薇の所有権を巡っての口喧嘩だったそうだ。その頃、プロメシア王国は、オアベリスク帝国の選帝侯領の公主でしかなかった。逆にラダリア王国は、フローラル王国の前身、カナーン王国から独立し、勢いのあった国だった。その為、戦に成ってもあっけなくプロメシア王国を撃退することに、ラダリア王国は成功した。
その後、北海へ流れるアムス川を拠点に幾つもの運河を築き、アムス川流域を貿易都市へとした。船舶技術と富を簒奪しようとプロメシア王国は、ラダリア王国に戦を仕掛けてきたが、外交戦略が上手くあたり、ラダリア王国は何とか凌いでいた。しびれを切らしたプロメシア王国が、ラダリア王国を諦め、北東へと目を向けたことも休戦協定の役に立った。
そもそもがオベリスク帝国の領邦国を簒奪する目くらましにラダリア王国がプロメシア王国に使われている形だ。
南にあるフローラル王国は、同盟国であったが、隣国の大国であるがゆえに、飲み込まれない対策が必要だった。
隙あらば、フローラル王国の王子や王女をラダリア王国へ輿入れさそうと企むのだ。その為、フローラル王国王家の前国王の妹を母に持つクロノア公爵家の公女モルガーナを中立的なマカダミア侯爵家へと迎い入れた。そしてラダリア王国の第三王子ヨハンに、フローラル王国の王家から婚姻の話が持ち上がった為、オレリアとの婚約の話が出たのだ。
ベオルフ・フォン・マカダミア侯爵は、商務省で副長官を務めていた。王家との繋がりが出来たとしても派閥づくりに頓着しないマカダミア侯爵家であれば、国内での派閥バランスが崩れないことが、オレリアがヨハン殿下との婚約話が出た要因の1つだった。
婚約が決まれば、今回もフローラル王国のクロノア公爵家から幾人かの人間が婚約祝いに訪れ、王都アムスにあるマカダミア侯爵家の町屋敷に滞在するのだろう。回帰前の母モルガーナの話では、親族ではなくフローラル王国の官僚たちだったそうだ。
姑息な──────。
婚約者がフローラル王国の王女だった場合は、王宮で滞在させることになる為、世話係を命じられ、もっと面倒なことになっていたと、母モルガーナは回帰前に娘のオレリアへと伝えた。
(そんな前提を忘れて婚約者の入れ替えを仕出かした情けない父と兄。40過ぎた高位貴族のオヤジが誑かされるなんて、ジョアンナとジャンヌは傾国の美女だったのかも。ヨハン殿下は15歳とは言え、王族として処置なしだけど。)
──────悪縁を今度はバッサリ断ち切りたい!!──────
しかし、ヨハン殿下との婚約は、現状変更不可な事案だと思い至り、小さく息を吐き、空になったティーカップをオレリアは静かにテーブルへと戻した。
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