表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

7 謎の白い封筒

 気分が悪いと言い訳をしてあの日私は学園を早退した。そして二日ほど休んでからまた学園に登校する。相談を出来る人はいないし、状況は何も変わっていない。


 私と彼はただの同級生で、手紙をやりとりするような関係ではないから、学校を休んだ事も何も伝えていない。同じクラスの誰かに尋ねれば私が体調を崩して休んでいることなんて簡単に分かるのだし、恋人でも婚約者でもないのに手紙なんて送れない。


 学園に登校するのが少し怖かったから、私はいつもより少し遅めに登校をする。教室に入ったら、何人かのクラスメイトの女子から気遣うような視線を送られたのが救いだった。幸い私のクラスにいる肉食系女子はサラさんだけだ。


 自分の席に座り、鞄の中から授業で使う教本を取り出して仕舞おうと思ったら、カサリと机の中に覚えの無い紙が入っている感触があったので、それを取り出してみたら白い封筒が一通入っていた。


 宛名も送り主の名前の無いただの白い封筒の中には一枚の便せんとその封筒よりも小さくて白い封筒が一通入っているだけだった。


 まず便箋に書かれている文字を確認する為に、私は三つ折りに折られている便箋を開く。


―――この封筒の中にはレオンス・ラヴェルの秘密が書かれている。


 便箋にはこの一行だけが書かれていた。


 私は便箋を折り畳み、入っていた封筒の中へと再び戻した。


 これは悪意のある誰かの悪戯だろう。封筒の中身はきっとレオンス様には他に好きな女性がいるとかそういった内容が書かれているのに違いない。


 小さな封筒にはわざわざ封蝋がしっかりと施されており、この中に私への悪意が込められているのかと思うと疲労感を感じ、私は入っていた封筒と一緒に本に挟んだ。


 昼食の時間になり、私は鞄からサンドイッチの入った小さなバスケットを取り出す。いつもレオンス様とは食堂前で待ち合わせてから食べる場所を決めていたが、今日は一人で食事をしたい気分だったので、食堂へは行かずに外へ出て適当なベンチの上に座る。


 そもそもレオンス様とは昼食を一緒に食べるのだってちゃんと約束をしている訳ではない。最初のうちは「また明日も食堂の前で待ってる」と言われたから一緒に食べていただけで、一緒に昼食を食べる事が習慣化してからは口約束すらしていなかった。


 家から持参したオムレツサンドをつまみながら私は空を見上げる。雲ひとつない空は澄んでいて美しい。来年私は17歳になる。そろそろ結婚も考えないといけない。自分のギフト能力の事を考えると私は好きになった人と結婚をしない方がいいのかもしれない。


 サンドイッチを食べ終わった私は家から持ってきた本を開く。今朝机の中に入れられていた封筒がはらりと足元に落ちたので拾っていたら、誰かが走ってくる音がして後ろから声を掛けられた。


「アネット!……こんなところに、いたのか」


 声のした方を振り返ったら、深刻そうな表情を浮かべたレオンス様が立っていた。


 息を切らしながら走ってきたレオンス様はいつもの冷静さが消えている様子だったので何故か笑いたくなってしまった。


 そんなに真剣な顔をしなくてもいいのに、レオンス様にとっての私は容易く捕まえられる相手なのに。今だって簡単に見つけられてしまった。


 レオンス様は上がってしまった息を整えながら、汗で少し曇ってしまったらしい眼鏡を外してレンズを拭く。


 眼鏡をしていない彼を見るのは2度目だった。陽の光の下にある彼の瞳は夕闇の中で見た時よりもずっと澄んでいて、私なら飽きずにいつまでも見ていられるだろう。彼ほど深く青い瞳の持ち主はいないから、同じ瞳の色の人を探すのは難しいだろうな。


「二日も休んで、体調が悪いのか?それに食堂にも来なかったから探したよ」


 レンズを拭き終わった彼はすぐに眼鏡を掛け直す。


「……眼鏡、掛けていない方がステキですよ」


「……え?」


 彼の表情に少しだけ陰が差す。彼は眼鏡を掛けている自分の方を気に入っているようだ。


「冗談です。食堂に行かなくてごめんなさい。少し調子が悪かったから今日は一人で食べたかったんです」


「…………」


 私たちの間に沈黙が流れる。裏庭で話した時もお互い黙ってしまった事もあったが、あの時はどこか甘酸っぱいものがあった。


「その封筒は?」


 レオンス様が厳しい表情で私が持っていた封筒を見る。こんな表情の彼を見るのは初めてだった。


「何でしょうかね?もしかして恋文かもしれませんよ?」


 敢えておどけた表情を作って封筒をヒラヒラさせてみる。するとレオンス様が私からサッと封筒を取り上げてしまった。


「あっ!」


「中身を見ても?」


「いいですけれど、ただの悪戯ですよ」


 私の返答を聞くとすぐにレオンス様は封筒の中にある便箋にさっと目を通し、封蝋の施された封筒を手にとってじっと見つめる。


「この封筒は開けてもいい?」


「構いませんが、もしかしたら中に刃物かなにか入っているかもしれませんよ」


 レオンス様はしばらく未開封の封筒を見ていた。何も書かれていない白い封筒から何かを読み取ろうとしているような仕草だった。じっくり見るなら便箋の方ではないのかと思うが、私はそんなレオンス様を観察するように見つめる。


 レオンス様はさっき掛け直したばかりの眼鏡を外して上着のポケットへ仕舞う。そして慎重な手つきで封蝋を外して開封しようとする。私はそんな彼の瞳をじっと見ていた。


 手紙を開封した瞬間、彼の瞳の色が深い青から熟したワインのような濃厚な赤色に変わった。そして彼の瞳は徐々に元の瞳の色に戻っていく。


 それはまるで夕方の空のようだった。


 初めて会った時にも彼の瞳の色が同じように赤く輝いていたのを私は思い出していた。


「今のは?」


「……中身は空だ、何も入っていない」


 私は封筒の中身の事よりもレオンス様の瞳の色の方が気になってしまい、そちらの方を聞いたのだが彼は封筒の中身の事しか答えてくれなかった。


 封筒の中には何も入っておらず、封筒の内側に何か書かれているような様子も無かった。あんなにしっかり封をしておいて何も無かったといのはただの悪戯だろうか。


「これは俺が持っていてもいい?」


 そう言いながら彼はベンチの上に置いてある便箋とそれらが入っていた封筒を手にする。


「構いませんが、理由をお聞かせいただけますか?」


「この封筒にはギフトによる呪いのようなものがかけられていた。開封したら相手を害する魔法が発動するタイプのものだ。術者は分からないが、そいつは物を使って人を害するギフトを持っている」


「呪い、ですか?」


 突然呪いなんて物騒な事を言われたので、私は戸惑ってしまう。封筒を開封したのはレオンス様だけれど、彼は何か害のある魔法を掛けられた様子はない。レオンス様の妄想ではないと信じたいけれど、実害が無い以上、盲信的に信じるのもどうかと思ってしまう。


「俺の家系は代々ギフト能力の研究をしているんだ。伝手もあるから、少し調べればこの封筒に呪いを掛けた相手の手掛かりも分かるかもしれない」


 彼の話す内容は私にとっては突拍子も無い事で、突然の話の展開に私は、はいともいいえとも言えなかった。


(ギフトに詳しいのなら、もしかして私の魅了の事も気付いてた?)


 家系的に彼がギフトについて詳しいのだったら、出会ったあの時に私が彼に魅了を掛けた事に気付いていたのではないのだろうか?私の頭の中でふとそんな考えが浮かんだ。


 実感の湧かない他人事のような呪いの事よりも、彼が私のギフトに気付いていたのかどうかの方が気がかりだった。


「も、もしかして私の事もお気付きでしたか?」


 恐る恐る遠回しに彼に尋ねる。察しの良い彼は私の言葉だけで私の言わんとしている事を理解してくれていた。


「……アネットが持っているギフトの事?」


 驚いた様子もなく私に聞き返す様子を見て、私は彼が最初から気付いていたのだと分かった。


「え、ええ。そうですわ」


「実はあのペンダントは我が家が用意したものなんだ。父は物を媒体にしたギフト封じの能力を持っている。あれと同じものがウチにはいくつかあるからすぐに分かったよ。もしも違うデザインのものが良かったら相談に乗るけれど」


 私はベンチから立ち上がってレオンス様に深々と頭を下げる。


「ごめんなさいっ!実は、初めてお会いした時にレオンス様に魅了の能力を使ってしまいましたっ」


「ああ、あの時は魅了封じを持っていなかったから不可抗力だよ。それに微弱だったからそれほど影響は受けなかった。それよりも――」


 そう言いかけてレオンス様は私をひと目みた後に瞳を固く閉じる。彼が何かを言わんとしていたので、私は続く言葉を待ったが彼は続きを話してくれなかった。


「そろそろ時間だから教室に戻った方がいい」


「………魅了を掛けてしまった事を……怒らない、のですか?」


「俺の方は問題無い、けれど……」


 私が悩んでいた事も大した事も無さそうに答えるレオンス様に私は拍子抜けしてしまった。


 レオンス様はまだ何か言いたそうな様子だったが、校舎へと戻っていく他の生徒たちの様子を見て時間が無いと思ったらしく、気まずそうな様子で眼鏡を掛け直して歩き出した。


 私はこれまで自分が魅了を掛けてしまった事への罪悪感が彼に対してあったのだが、彼からは気にしていないとあっさり言われてしまった。そしてその事に気を取られ、彼が言い掛けて止めた言葉の事にまで頭が回らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ