6 見えない将来と離せない恋心
登校してから始業開始までの朝の時間、私は机の上で一人本を読むか考え事をするのが増えた。
以前はサラさんとおしゃべりをして過ごしていたけれど、今はそういった事も無い。
サラさんとは私がレオンス様とお昼を一緒に過ごして以来、ずっと会話をしていない。私から話し掛けようとしてもサラさんはぷいと横をむいて離れてしまう。もう私たちは友人とは呼べない関係になっていた。
そして昼休みはいつもレオンス様と一緒にいる私には新たに仲の良い友人を作る時間は無かったので、クラスの中では一人でいる事が増えてしまった。
サラさんも一人でいる事が多い。二年生になってすぐの頃、お互いに仲良しの友人と別々になってしまったという会話からサラさんとは仲良くなった。
そういえばその時にサラさんが話していた一年生の時に仲良くしていた彼女の友達は“肉食系”の方々だった。
サラさんとの会話に令息の話題なんて出なかったからあまり気にしていなかったのだけれど、私はきっとサラさんに嫌われてしまったのだろう。
自分ではどうしようも出来ない事に私はため息を吐く。
サラさんとの友情とレオンス様のどちらを取るかと聞かれたら、きっと私はレオンス様への思いを取ってしまう。けれども私はサラさんとの友情を失い、レオンス様とはただ一緒にいるだけの関係のまま止まっている。
最初はレオンス様の事ばかり考えていたから休み時間に一人でいても気にならなかったけれど、気持ちが少し落ち着いてしまった今は友人がいない事を少し寂しく感じていた。
(お茶会でも行った方がいいのかしら)
お茶会へ行けば同年代の女性たちと交流ができる。男爵令嬢の身としては気を遣う事の方が多いのでこれまでは避けてきたのだが、社交界で生きていくのなら今のうちから積極的にお茶会に参加しないと結婚後に苦労をすることになる。
(誰と結婚するのか分からないのに、ねえ…)
私は心の中でもため息を吐く。ただお茶会へ参加するのでは意味がないのだ。どちらのお茶会へ参加するのかが大切で、自分の将来を考えた上で決めていかないといけない。
低位貴族令嬢という私のような立場では裕福な平民との結婚も充分有り得る。その場合は婚家との繋がりを考えて平民の主催するお茶会へ行き、元貴族の鼻持ちならない夫人なんて思われないように令嬢時代からこまめに交流を持っていた方が後々の自分を助ける事になる。
私にとって一番理想的なのが、自分と同じ低位貴族の家に嫁ぐ事だ。嫡男が一番望ましいが、文官や騎士を目指す次男や三男でも悪い話ではない。一番のメリットは夫となる人物とはお互いに価値観のズレや親族付き合いの気遣いが少なくて済む事だ。親戚同士での婚姻やお互いに伝手も持っている場合が多いので、低位貴族同士で婚約を結んで結婚するという形は一番自然なのだ。
上位貴族たちは家同士の繋がりや政略での婚約を早々に結ぶ事も珍しくないが、低位貴族はそこまでの縛りは強くないので、本人同士の意思に任せて婚約を結ぶ事も多い。
そもそも低位貴族は人数も多いから、学園生で婚約者のいない令息令嬢も多く、学園時代の恋人関係から結婚へと繋がる事もよく聞く話だった。学園内の低位貴族同士で付き合ったり別れたりという話は上級生になるほどよく聞くらしい。
1、2年生のうちは友人やクラスメイトとして様子を見つつ、3年生や最終学年の4年生あたりで結婚を前提とした恋人同士のお付き合いを始める、もしくは学園の中で出会いが無ければ親にお願いして婚約者を探してもらう。そうやって私も自分の結婚は決まっていくものだとこれまでは何となく思っていた。
そして最近思うようになったもうひとつの可能性、レオンス様との結婚について私は考えてみる。
もし仮に私がレオンス様と結婚が出来たのなら、高位貴族のお茶会へ行って高位貴族のご令嬢たちと繋がりを持たないといけない。高位貴族向けのマナーもそれなりのドレスと宝飾品も必要になってくる。
しかし私はレオンス様とお付き合いもしていないし、彼の友人も紹介されていない。
(現実を考えると、レオンス様との将来が一番遠い感じがする。高位貴族たちの世界なんて私にとっては想像もつかない)
レオンス様の事は好きだ。けれども好きからの先が見えない。
私の初恋は袋小路に追い込まれていた。
学生時代だけの恋愛、そう割り切ってしまうのがいいのかもしれない。
とにかく学園生時代は今を楽しむ、卒業後は平民に嫁いで貴族社会とも離れる。そして彼とは一生会わずに、学生時代の思い出としていけばいい。
クラス内で孤立しているせいで、誰かとお喋りをして気晴らしをすることも出来なくなった私は一人で考え込む事が増えてしまった。
「アネット・フォースさんはいらっしゃるかしら?」
教室のドアのところに隣のクラスの令嬢が3人ほど立っていた。彼女たちは1人が子爵令嬢で、残り2人が男爵令嬢だったはず。1組の前で見かける肉食系女子たちだ。もう嫌な予感しかしない。
「私に何かご用でしょうか?」
立ちあがった時にサラさんと目が合ったが、思い切り逸らされてしまった。私は彼女たちに言われるまま人気の少なそうな廊下へと連れて行かれた。
「あなた、最近ラヴェル様と随分仲がよろしいのね」
廊下の隅まで連れて来られた私に子爵令嬢が最初に声を掛ける。
「でも婚約者ではないのでしょう?」
男爵令嬢の一人がそう言うと、残りの二人がプークスクス、と笑い始めた。
「落し物を落としたフリをしてラヴェル様を誘惑したのですってね。そのような事ができるなんて強かですこと」
ペンダントの事はサラさんにしか話していない。教室を出る際に彼女と目が合った事を思うと、サラさんは私がこうやって呼び出される事を知っていたのだろう。
「私たちは一年生の頃からラヴェル様をお慕いしてきましたのよ。それがポッと出のあなたが泥棒猫のようにラヴェル様に近づくなんて本っ当に不愉快ですわ!」
「私たちは私たちのルールの中で1組のご令息様たちを応援していますのよ。あなたはラヴェル様の事をお知りになられたのも最近なんですってね。私たちまずはお見守りすることから始めますのよ。それで自分からお声掛けをしても良いのは3年生からと決められていますの。プレゼントをお渡し出来るようになるのは4年生からですわ。そこからお慕いしていらっしゃるご令息様に私たちを選んで頂きますの。最初からルールを守らない抜け駆けをするあなたなんて、今からお見守りを始めたとしても私たちのお仲間に入る資格もございませんわ」
長々と子爵令嬢が自分たちのルールを説明する。
「そのような決まり事、知りませんわ……痛っ」
私がそう言った途端、男爵令嬢の一人に強く突き飛ばされ、すぐ後ろの壁にぶつかってしまった。
「ですから私達がこうして教えて差し上げているのですのよっ!」
「この決まりは先輩たちから教えられてきたことですの。1年生の時からご令息様にお声掛けしないのは、ご迷惑になるから決めた決まりですのよ。それをあなたは勝手な事ばかりするからこのような事になるのですわ!」
令嬢達がじわじわとヒートアップしていく。幸い朝の時間なのでもうすぐ予鈴が鳴る。それまでの辛抱だ。
彼女たちは彼女たちなりの決まりがあるのかもしれない。けれども私は部外者で、彼女たちの仲間ではない。彼女たちは来年になったらレオンス様にお声掛けをすることを楽しみにしていて、私の存在が邪魔だから彼女たちは怒っているのだろうが、そのような事はレオンス様だって知らない事だろう。ただ見ているだけの彼女たちのことを彼が意識しているとは思えない。
それに上級生の女子生徒が2年生の1組の教室から出てくる令息に声を掛けていたのを見た事がある。つまり彼女たち肉食系の子たちの間では1、2年生には声掛けをさせない事で一人でもライバルを減らそうという考えなのだろう。
「婚約者でもないくせにっ!生意気なのよっ!」
子爵令嬢が手を振り上げたちょうどその時、予鈴が鳴った。
子爵令嬢は忌々しそうに振り上げた手を下ろす。
「とにかく、これ以上ラヴェル様に近づかないで!」
そう言って彼女たちは自分達の教室へ戻って行く。私はその場に座り込んでしまった。先ほど壁にぶつかった肩が少し痛い。
婚約者でもないくせに、と言われた言葉が妙に頭の中に残ってしまった。そう、私は婚約者ではないし、恋人でもない。彼とは一緒にいて楽しいけれど苦しい。
彼はいつも優しい。だからこの恋を終わらせるきっかけが見つけられない。彼の瞳の色を思い出すと今でも彼の事を欲しいと思ってしまう。
使ってしまいたい、この能力を。せっかく持っているのだから。
たったひと月と半分程度の恋なのに、私はもう疲れてしまった。




