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灰に踊る姫君ードンス・シュール・レ・サンドレ  作者: ミアヒェナー=エレント
第3章ー若獅子の行進
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21/22

新生なる王国ーヌーヴォー・ロワユーム

ロアゾン王朝第4代国王シャルル8世ことドュードネが急死してから2週間が経過した。

宰相が宮殿で行ったあの宣告は即座に内外に広まり、翌日には既に国王が崩御したことと新たな国王としてアントワーヌが即位したことがロレーヌ紙によって公表された。

それ以降、宮殿ではそればかりが噂の種になっており貴族たちの話題には事欠かなかったが、宰相たちを悩ませた一番の問題は新国王であるアントワーヌが一切公務に出席しなくなったということだ。

「....と、皆の同意を得たので本件は可決した。陛下の同意を得たのち、正式に公布を..」

「宰相殿。このような体制をいつまで続けるおつもりか」

定例閣僚会議の場で軍務総督が苛立った様子で発言した。

「......それは」

「いつまでも我々閣僚のみで行政を行うのならば、現体制を変える必要があるだろう」

国王が政治に関与せず、事実上不在となっているままでは国政を動かすことはできない。

そのため宰相はやむを得ず、暫くの間は一時的に行政と立法を閣僚のみで行い最終意思の確認を国王に委ねている。しかし、このような体制はもはや絶対王政とは呼べないだろう。かつてのように強大な権限を持って議会や閣僚たちを統括していた王はもはやいない。そうなれば王の存在そのものに疑念が生じるのも仕方がないだろう。

「と、いうと?」

「つまり、これからも陛下が政治に参与されるおつもりがないのならば....王権の一部を閣僚に分配して我々を中心として国政を動かす新たな仕組みを作る必要があるということだ」

それは事実上、絶対王政の終焉を意味し宮廷貴族による集権的な政治を意味することになる。

似たような仕組みを取っているカントハーバーのような国もあるが、王権を法の下で制限し議会を中心とした内閣議員制であるそれと比べてこちらは閣僚に権力を集中させるという点で少し異なる。

そんなやり方はサンドニージュの歴史の中でも初めてのことになるだろう。

「なんと、国王はもはや不要というのか!神より授けられた神聖なる王権を王族以外に与えるなど言語道断だ!」

「そのようなことは言っていない。だが、このままでは政治そのものが滞ると言っている!」

今後の方針を巡って閣僚の間で意見が割れている。フィリップはしばらく考えながら静観していた後、やがて制止するように声を張り上げた。

「もう結構!本日の会議は以上だ。...この件は次回改めて審議するとともに、陛下にも根気強く説得しよう」

********************************************


(ああは言ったものの、これからどうすれば良いだろうか......)

無理やり会議を終わらせ、会議室から王の回廊へと足を進めていたフィリップはどうにも行き詰っていた。

日を跨ぐごとに閣僚や宮廷貴族たちの疑念は強まり、その矛先は宰相や国王に及んでいる。

一部の者は宰相が王に代わって権力を掌握することを恐れ、他の閣僚側について今後について画策したり反対に宰相側に忠誠を誓うような輩まで現れ始めた。

これは露骨に国王に対する忠誠心が薄れている証拠だろう。このままでは本当に王の権威が失墜しかねない。

全てアントワーヌが執務に戻りさえすれば良い話なのだが...

「......国王陛下。フィリップにございます。そろそろ2週間になります、皆さん陛下にことを心配しております..どうかお姿をお見せください」

国王の部屋、ではなく相変わらず王太子の部屋にいるアントワーヌに扉越しに呼びかけるが返事はない。

ほぼ毎日通って姿だけでも見せてくれるように説得を続けているが、いつも返事がないか冷たくあしらわれるだけで効果は無かった。

「っ、陛下がおられなければ如何様に王国を治めれば良いというのですか!このままでは民の心は離れ去り、陛下の立場がますます悪くなるだけです」

「............」

それでもやはり返事はなく、無言が帰ってくるだけだった。

(はぁ。やはり今日もダメか......)

「......分かりました。今日は失礼します。ですが..お忘れなく、私は少なくとも陛下の味方です」

そう言い残して彼は去って行った。


「...........俺の気持ちなど、貴様らには分かるものか。国王になんてなりたくなかった」

その囁くような声は誰にも聞かれることなくただ部屋に木霊して空気に溶けていくだけだった。


*******************************************

国王が崩御し殿下が新たな国王となったことで、公妾であったジャンヌは強制的に宮殿を去ることになった。王が存命のうちは絶大な恩寵を得られるが、王の死後は慣例によって居場所を失うことになる。

ともかく彼女も例にもれず宮殿を去り、夫の元に戻ることにしたらしい。

「あぁ...これから寂しくなるわね、エリゼ坊や。この数年間、瞬きの間でも間違いなく最高のひと時だった。ロゼイユ宮で過ごせたなんて...ほんの一瞬でも私は王に愛されたのよ」

風景を懐かしみながら馬車に乗ろうとする彼女の手を握り、目を見て言う。

「.......マダム・ジャンヌ。貴方は宮廷生活に不慣れな俺に優しくしてくださいました。心から感謝しています」

「あら、こちらこそ。孤立していた私の話し相手になってくれたでしょう?でもね、これからは私ではなく他の力ある貴族と仲よくするのよ。...王女殿下とかね... まぁ、貴方には陛下がいるものね!私が気にすることじゃないわ」

彼女は気丈に振る舞おうと微笑んで答えると最後に、陛下によろしくね、とだけ残して馬車に乗り込み宮殿の外へと去って行った。

出発する直前の彼女の瞳はどこか憂いを秘めている様な気がした。

「はぁ....これからどうすれば..というか陛下は..ん?」

これからの生活のことを考えていると背後から誰かが近づいて来る気配を感じた。

「エリゼ様、至急宮殿へお戻りを。宰相閣下がお呼びです」

「さ、宰相様が?一体なんの..」

それは宰相様の使者らしくどうやら俺を呼んでいるらしい。宰相が?一体何なのか想像もつかないがともかく行ってみるしかないだろう。

*****************************************


「宰相閣下......お呼びでしょうか」

「貴殿がエリゼ殿だな? まあ、そこに座りたまえ」

俺は宰相の執務室に入り一対一の構図で相対していた。

国王の補佐であり、国政の実質的な統括者でもある宰相に会うのはこれが初めてだったが思ったより普通というか優しげな雰囲気のある初老の男性という印象を受けた。

「噂は色々と聞いている。君と......陛下のな」

「...えっ、あ、それは...」

「いや、隠す必要はない。私が君を呼んだのは少し頼みたいことがあるからだ」

一瞬、陛下との関係性について咎められるのではないかと思い身構えたがそうやらそんなことはどうでもいいらしい。

「君は陛下とは仲が良いだろう?だから説得してほしいのだ。外に出てくれるようにと」

「説得、ですか?」

俺も何となく聞いてはいたが、やはり陛下は国王になってから部屋に閉じこもり公務にも出席していないようで俺ならばそれを何とか出来るのではないかと期待されている訳だ。

(いや...仲が良いとはいっても絶対俺のことを聞き入れてくれるかどうかは分かんないし....それにそんなこと言ったら逆に怒らせるんじゃ......)

「どうだ。頼まれてはくれんか?......実を言うと、陛下を説得できなければ王政自体が瓦解することになるかもしれんのだ。ロアゾン王朝はアンリ善王の時代から300年以上続いてきた王家。それをそう容易く崩壊させることは許されぬ。......どうか、王国のためにやってみて欲しい」

「......承知、致しました。最善を尽くします」

そう言うほかない。一介の下級貴族が宰相に意見できるはずも無いのだから。

*******************************************************


俺は深く一礼した後、執務室を去るとすぐに国王の部屋のある王の回廊へと進んだ。

普通ならこの回廊に立ち入れるのは王家の人間か公爵以上の身分の宮廷貴族、それに普段から給仕に当たっている侍従たちのみと慣例で決まっているのだが、今回は宰相様の命令でもあるし、許されるだろうとおもいつつ王族と宮廷貴族を隔てる扉を開く。

重々しい音を鳴らし軋みながらようやく開くと一呼吸置いてから中へ進もうとしたその時。

「貴方、そこで何をしているの?」

「ッ......!?」

思いがけず呼びかけられ、背筋が凍るような気がした。声の高さからして女性、しかも聞いたことのある気がする。

慎重に後ろを振り返り頭を上げるとそこにいたのは

王女殿下(マダム・ロワイヤル)......申し訳ございません、まさかいらっしゃるとは思わず...」

「貴方、あのエリゼ卿かしら。分かっているとは思うけどそこは王の回廊、貴方が立ち入ることはロゼイユの慣例に反するわよ」

威厳があり、かつどこか冷たいような口調で彼女はそう忠告した。

「あぁ、それは......」

俺は先ほど宰相様に頼まれたことをそのまま語ると少し納得した様子でため息を吐いた。

「......そういうことね。てっきりロゼイユの慣例を忘れたのかと。それとも......王の愛妾だからそんなルールを軽視しても良いとでも思っているのかしら?」

「えっ、あ.......その」

不意に氷に様に尖った敵意を差し向けられ、動転する。確か彼女は先日まで宮殿にいた公妾ジャンヌ夫人を毛嫌いし敵対していたと聞いた。”王のお気に入り”である俺に対しても慣例を軽視する人物だと思われても致し方ないかもしれない。

何と返せばよいか分からず返答に困っていると、彼女は突然息を漏らす様に笑みを浮かべて言った。

「ははっ、冗談よ。ごめんなさいね、少しからかってみたかっただけ」

「は、はぁ。いえ、決して慣例を軽視したりなどは...」

必死に弁明しようとする俺を見て王女はなもおかしいとばかりにクスクスと笑った。

良い気分はしなかったが、敵視されている訳ではないと分かり、ひとまず安堵する。

「分かっているわよ。けれど、気を付ける事ね。今の陛下はかなり気を乱しておられるはずだから。でも、あなたなら...何とかできるかもね」

彼女は神妙な顔でそう呟くと、ではごきげんよう、とだけ付け足して去って行った。

予想外の出来事はあったものの、俺は再び足を踏み出して王の回廊へと進む。


内部の長い廊下には、他の王侯貴族が暮らすエリアと特段変わらない装飾が施されており所々に個室が用意されてあった。

ここに入れる人間がそう多くないため、どんな豪華絢爛な空間かと噂されていたが、ふたを開けてみれば案外普通で少し拍子抜けした。

実際、宮殿なんてこんなものかもしれない。

扉を抜けてから奥へ進むと個室の扉が現れる。

(一番手前が”公爵夫人の間”、次が”王女の間”さらにすすんで”王太子妃の間”、”王太子の間”そして”王妃の間”、”国王の間”)

この配列はジャンヌから教えてもらったことの一つだ。王族しか住むことが許されないまさにロゼイユの中枢。

今は王女の間と王太子の間以外は空室になっているそうだ。

俺は意を決して陛下がいる王太子の間に近づいた。

(陛下を説得.......そんなことできるのか?)

不安で仕方のない心を抑えつつ、部屋の扉に爪を立て知らせた。

「......へ、陛下。突然申し訳ございません..! エリゼです。少し、お話よろしいですか?」

「っ......!?な、何の用だ!チッ、宰相の差し金か。すまないが、今は姿を見せることはできぬ。帰ってくれ」

前に会った時と比べて明らかに疲弊しているような声からして、やはりかなり精神的なストレスを抱えているようだ。

それも無理はない。何せ父親を失ったのと同時に望んでもいない王という重責を担うことになったのだから。

「陛下、お願いです。少しだけでも話を......」

「必要ない!今は......帰ってくれ」

何を言っても拒絶される。相当に参っているようだが。

(ここで王の責任を果たすよう言ったところで逆効果だろうな......どうすれば)

宰相から命じられた以上は責務は果たさなければならない。だが、今の陛下が俺の説得に応じてくれるとも思えない。

そこで妙案を思いついた。一か八かにかけるしかない。

「......俺たちが出会った時にこと、覚えてますか?」

「.......。」

「貴方は俺を一目見て見ずぼらしい下女だと言っていましたよね。今考えると酷い言われようですけど。それから舞踏会でもう一度出会って......それであの時陛下の本当の気持ちを教えてくれた。本当に嬉しかったんですよ?それまで友達と呼べる人なんて誰も居なかったから。......そして最後には人生を変えてくれた。ただの屋敷にいる召使から宮廷貴族にしてくれました」

「だから何だ」

彼の声音が少し軽くなった気がした。

「俺にとっては貴方が唯一無二の王子様なのです」

「......っ!だが、俺は、今や王になってしまった!父上は死んで、問題だけが山積みになっている。

俺にそんな重責など......」

いつになく弱弱しい声が扉から聞こえる。舞踏会の時にも思ったがやはり根は弱気な少年なのだろう。

話してはくれるがこのまま王になることを承知するとも思えない。ここは少し思い切った手を使うしかない。

「......もっと俺を頼っていいんですよ。王になることに不安があるのなら......俺にすべて打ち明けてください」

「お前に、何ができる!下級貴族の分際で!政治の知識もないくせに、王を支えるだと...?」

もっとも意見だ。確かに俺は政治の知識はないし、王を支えるなんて大それたことはできないだろう。でも、不安を受け止めたり相談に乗るくらいにはなれるかもしれない。

「それでも、貴方の不安を和らげることくらいはできる。......失礼しますよ」

これ以上は埒が明かないと思い、扉を開いて中に立ち入った。

慣例にも法律にも反した行為だ。

「なっ......貴様、許可なく立ち入るとは何様のつもりで.......っ」

そして正面から手を伸ばし固く抱きしめる。

「陛下......たとえ国民全員があなたを憎んだとしても俺だけは貴方を愛し続けます。自分だけは愛されないなんて思わないでください」

「......くっ、エリゼ......」

見上げた彼の瞳は赤く腫れ、涙が滲んでいた。

「王になったからっていつも国王らしくいる必要なんてないと思います。少なくとも、俺といるときはただの、恋人同士でいいじゃありませんか」

(なんだか恥ずかしい、だけど自然と落ち着くような)

「......アントワーヌと呼べ」

「え?」

「俺と一緒のときはアントワーヌでいい。変な敬称も敬語もいらん。お前だけは俺と対等に接することを認めてやろう」

弱気になっているのか偉そうなのか分からないが、心なしか彼の表情が少し緩んだ気がした。

立場や身分に拘るあの陛下がここまで言うなんて、にわかには信じられない。

「そ、それは...少し畏れ多いです...」

思わずそんなことを言ってしまった。

「なっ......俺が良いといっているんだ。有難く受け取れ。これは勅令だ」

そんなことを言われたら従うしかなくなる。

「分かりまし.......わ、分った。アントワーヌ.......なんか慣れないな」

国王にタメ口で話す日がくるとは夢にも思っていなかったが、俺の気恥ずかしそうな表情に彼は満足しているようだ。

「ふっ、それでいい。俺といるときはこれからそうしろ」

「じゃあ、宰相様に.....ちょっ」

言い終わらないうちに俺の腕をつかみそのままベッドに引きずり込む。

「あ、あの...」

「今は、こうして...少し休みたい。お前といると安心するんだ」

「うん......」

抗議しようとしたが力が強くどうしようもない。俺は仕方なく考えることを止め、身を委ねた。

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