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洞窟探索

「今日は何か見つかりますかねぇ」

「どうだろうな。まあ一朝一夕でどうにかなる可能性が低いのは判りきってんだ、ある程度長期戦になるつもりでいた方が無難だな。つーか、そもそもガセである可能性も高い訳だしなぁ」


 まあ何でもいいから気づいたことがあったら言ってくれ、と言った男に、少女がこくりと頷いて返す。

 活動時間をできるだけ確保するため、まだ日の低い内から探索を始めた二人は、“青い森”に関わりのありそうなものを探していったが、結局午前中にそれらしいものを見つけることはできなかった。

 だが、この日はここ数日とは異なり、それなりの値で売れる香木や比較的珍しい薬草を少女が発見した。本命の方はさっぱりだが、この段階で“青い森”についての収穫がなかったとき用の収穫物を確保できたのはありがたい話である。

 昼どきになったところで、二人は昼食を兼ねた休憩を入れることにした。休憩地点の近くで野兎の巣を見つけたので、野兎を二匹捕まえ、昼食のメインとする。干し肉よりもずっと食い出があるが、やはり少女はどうにも一日目の昼食と比べてしまうようだった。そんな彼女に、難儀なもんだなぁと思いつつ、男はこの日の昼も、少女に少し多めに肉を分けてやった。

 そんな風に昼食を済ませ、再び森の深くを歩き始めた二人は、太陽が頂点から少し傾いた昼過ぎに、それを発見した。


「洞窟です、ハンターさん」

「そうみてぇだな」


 二人の視線の先、立ち並ぶ木々に紛れるようにひっそりと、岩壁に大きな口が開いていた。慎重に近づいた二人が中を窺ってみると、入口から見える範囲では、内部には緩い傾斜があり、地下に潜るような形になっていることが判った。だが、さすがに真っ暗な奥の方までは見通すことができない。取り敢えず生物の気配や音は感じないので、入口近くに魔獣などが巣を作っているということはなさそうだった。


「こういうのって、いかにも何かありそう~って気がしますけど、どうでしょう」

「さて、それはまあ、確かめてみりゃ判る話だ」


 男はそう言って、荷物の中から清爛石の小さなランタンを取り出して明かりをつけた。それを洞窟内にかざすと、温かみのあるオレンジの光が、少しばかり闇を払う。油を使わないこのランタンは、安全な上に炎の揺らめきで影が揺れてしまうのを防げるため、狩りの際に重宝する灯りだった。

 ランタンを使用したところで、この程度の光ではやはり奥までは見通せないが、灯りを頼りに進んでいくことはできるだろう。

 少女も同じランタンを荷物から取り出し、灯りをつける。それから彼女は男を見上げ、少しどきどきしたような面持ちで、大丈夫そうですか、と問うた。

 それに多分なと短く返し、男はいざという時に両手が使えるよう、ランタンをベルトで腰に括りつけた。それを見た少女も男に倣い、手が塞がらないようにする。


「どこまで深いか判らんが、入っていくぞ。俺が前を行くから、あんたは遅れないように気をつけろ。それと、反響すっからあまり大きな声を出さないように。何が潜んでいるかも判らねぇからな」

「はい」

「何度も言ってるが、最優先は自分の命だ。逃げるなりなんなりで身体強化魔法を使うタイミングが来るかもしれねぇから、ある程度そのつもりでいてくれ」

「了解しました」


 男の真面目な声に少女がしっかりと頷きを返し、行きましょう、と笑う。その顔には、探索初日に竜擬狼の存在を知ったときのような緊張が浮かんではいるが、あのとき程のものではなく、緊張のせいで力が入り過ぎているということもないようだった。もしかすると、気負い過ぎなくて良い、という初日の男の言葉を意識しているのだろうか。それは判らないが、何にせよ良い傾向だ、と男は思った。力み過ぎると逆に、いざという時に動けなくなってしまったりするのだ。

 男は少女の変化を褒めるように、彼女の頭にぽんと手を置いてから、改めて洞窟の入口に向き合い、静かに暗闇へと足を踏み入れた。

 外から窺えた傾斜面は暫く続くようで、男は足を滑らせないようにと少女に注意を促しつつ、ゆっくりと坂道を下っていく。

 洞窟内は狭いということはないが、とても広い、という程でもない。天井は男よりも頭三つほど高いくらいで、横幅は男が横に三人並んで丁度良いくらいだろうか。歩きながら洞窟の状態を確認しつつ、これ以上狭くならなければ良いんだが、と男は胸中で呟いた。

 そのまま進んでいくと、入口の光が見えなくなって少し経ったあたりで坂道は終わりを告げ、道が平坦なものになった。だが、それでも洞窟はまだ先に続いている。


「まだまだ先があるみたいですね」

「ああ、思ったよりも深そうだな」

「正直、そんなに奥まで続いてなくて、早い内に行き止まっちゃうんじゃないかなあとか思ってたんですけど……」


 その言葉に、男が小さく笑った。


「想定よりも深くて怖気づいたか?」

「まさか、そんなことはないですよ。そりゃあ、魔獣とかがいるかもしれない、っていうのは、やっぱりちょっと怖いですけど。でも、洞窟の探索って凄く冒険っぽい感じがして、実はちょっとワクワクしてるんです」


 えへへ、と小さく笑った彼女は、しかしその直後、緊張感なさ過ぎでしょうか、と控えめに言った。

 どことなく自省するような響きのあるその声に、男は一瞬ちらりと少女の方を振り返るも、すぐに正面に顔を戻した。そして、思案するような小さな間の後で、そうだなぁ、と口を開く。


「あんた、俺がここ入る前に言った注意事項、きっちり頭に入れてるか」

「え、はい、勿論です。ハンターさんに遅れないよう気をつけること、大きな声を出さないこと、最優先は自分の命であること、身体強化魔法を使う心づもりでいること、ですよね?」

「おう、しっかり覚えてるじゃねぇか。ならまあ、良いんじゃないか、楽しむくらい。俺だって、駆け出しの頃はあれこれ目ぇ輝かせたりもしたし、今だって狩りの最中に心躍って楽しくなることもある。そんなもんだ」


 少女はまさに駆け出しも同然なのだから、少しはしゃぐくらいおかしなことではない。勿論それで注意事項を忘れてしまうような有様では咎めなければならないが、そうでないのなら、むしろ楽しみを見出してくれるのはありがたいことだと男は思った。

 なにせ、彼女は正式にはハンターというわけではなく、ただ男の手伝いをしているだけなのだ。自分に縛り付ける気はないので、男は少女と何かしらの契約を交わしているということもない。だから彼女が男に付き合う義務はどこにもなく、今の二人の関係は、少女の力を借りたいという男の要望と、男と共にいれば世界の色んなものを目にすることができるだろうという少女の思惑が合致しているために続いているものである。

 もしも少女がもう男についていきたくはないと言い出したのなら、男にそれを引き止める術はない。仮にそうなった場合、男は勿論すんなり引き下がったりはせず、粘って交渉をするだろうが、それでもなお嫌だと言われてしまったら、彼は彼女の決定を受け入れるより他ないのだ。

 だからこそ、この状況を楽しめるのなら楽しんでくれれば良い、と男は思う。

 狩りというのは、どうしても過酷になってしまうときもあるものなので、楽しむ余裕があるときは可能な限り楽しんでもらい、良い思いを沢山して欲しい。そうすれば、万が一の時の楔になってくれるだろう。

 縛り付ける気はない。少女の意思を蔑ろにする気もない。ただ、彼女を易々と手放すのは惜しいと、男はそう思っているのだ。


(それに、どうせ一緒に仕事をするなら、嫌々やられるよりも楽しくやって貰った方が気分は良いしな)


 男もプロなので、必要があればどんな相手とでも組むが、だからといって好みがないかというと、そんなことはない。男にとって狩りとは、仕事であると同時に楽しいものであり、楽しむものである。どうせ組むなら、同じ感覚の相手との方が気も合うしやり易い。

 加えて、男は少女の優秀な魔法能力だけでなく、彼女自身のことも純粋に気に入っている。なので、むやみに心理的負担を与えたいわけではないし、彼女が喜んでいたら嬉しく思ったりもするのだ。

 そんな訳で、楽しむくらい構わないだろうという先程の言葉は、気遣いというよりは利己的な感覚での言葉だった。だが、少しの沈黙の後、そんなもんなんですねぇと言った少女の声は笑っているようだったので、あの答えで良かったのだろう。

 ただ、直後続いた、ハンターさんは優しいですね、という言葉はきちんと否定しておいた。背後から小さな忍び笑いが聞こえたので、恐らく彼女は男の否定をあまり真に受けなかったのだろうが、一度否定したからには、あとは勘違いするもしないも彼女の勝手だ。

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